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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
49/52

#11-3


 目を覚ました時、最初に目に入ったのは、見知らぬ白い天井だった。


「ここ、は……?」


 自分が置かれている状況が理解できず、首だけを動かして辺りを確認する。

 そして、どうやら僕はどこかのベッドの上に横たわっているのだという事だけは理解できた。


「目を覚ましたか、高杉」


「ここは病院だよ」


 すぐ隣からそれぞれ別の声が聞えてきた。

 僕は視線を少し右上にずらす。

 そこには見知った顔があった。


「キャプテン……それに、監督も……。びょ、病院って……?」


 何故、キャプテンと監督が僕の傍にいるのか分からなかった。

 それ以前に、どうして僕が病院のベッドの上なんかで眠っていたのか、それすらも分からない。


「覚えてないかい? 君は試合中に倒れたんだ」


 監督が良く分からないことを口走っている。

 僕が試合中に倒れた?

 なんで?

 そんな疑問が湧いて、僕は僕の中に残る最後の記憶を辿る。

 すると、それはすぐに思い出せた。


「そうだ……試合……! 試合は……決勝戦はどうなり――づっ!」


 決勝戦の事を思い出して、勢いよくベッドから起き上がろうとすると、左肩に痛みが走った。

 その痛みで、またも僕は自分が忘れていた事実を思い出す。


「こらこら、安静にしてないとダメだ。突然動いたりしたら、肩に響く」


 監督は僕を諭すようにそう言って、僕をゆっくりと起き上がらせてくれた。


 肩。

 そうだ、僕は左肩を痛めていたんだった。


 気になって左肩を動かそうとしたけれど、何かテーピングのようなものでガチガチに固められていて、動かすことも出来なかった。

 けれど、今はそれどころではない。

 決勝戦の行方、僕が投じた最後の一投がどうなったのか、それを訊かないと。


「決勝戦は……どうなったんですか?」


 僕は監督とキャプテンに再度尋ねる。

 すると、彼らは一様に暗い表情を見せた。

 それだけで、僕は全てを悟った。


「負けた……そう、なんですね?」


 そう尋ねると、監督は黙って頷いた。


 負けた。

 決勝戦、負けてしまった。

 僕のせいで。

 僕が打たれたせいで。

 負けてしまった。

 その事実が僕に重くのしかかってくる。

 結局、僕は約束を守れなかった。


「すまない、高杉」


 自責の念に駆られていると、何故だかキャプテンの方が僕に謝ってきた。


「ど、どうしてキャプテンが謝るんですか! 打たれたのは僕の責任で、キャプテンのせいなんかじゃ……」


「違うんだ、高杉。負けたのは、君のせいじゃない。お前は、最後の一球、最高の球を投げてくれた」


「え……どういうことですか?」


 困惑する僕に、監督とキャプテンが、僕が意識を飛ばした後の事、試合の行方を詳しく説明してくれた。

 結果から言うと、僕が投じた最後の一球は、相手の四番打者に打たれた。

 ただ、打たれたと言っても、ショートへのゴロという凡打だったそうだ。

 それをショートが取って、二塁に投げればゲームセット。

 青蘭高校は優勝と、誰もがそう思って喜びかけた時、ショート手前でボールがイレギュラーなバウンドをした。

 ショートはそれに対応できず、ボールを後ろに逃し、その間に二塁、三塁にいた走者がホームベースに帰還。

 青蘭は逆転サヨナラ負けを喫したとの事だった。


「だから、負けたのは君のせいじゃない。君は最後までよく頑張ったよ」


 キャプテンはそう言って僕を慰める。

 けれど、僕はそれを素直に受け取れなかった。


「そんなことないですよ、キャプテン。やっぱり、負けたのは僕のせいです。僕が三振に取れていれば……」


「いや、高杉、そうじゃなくて……」


「いいえ、僕のせいです! エースなら、あの場面、打たれたらダメなんです。エースなら……アイツなら……浩介なら、きっと打たれなかった!」


 そうだ。

 浩介が投げていれば、きっと打たれなかった。

 アイツなら、最後の打者を三振に取って、優勝していたはずなんだ。

 けど、僕にはそれが出来なかった。

 それは僕にその力が、エースとしての資格がなかったからだ。


「それは違うぞ、達也!」


「え……」


 突然、否定される言葉と共に名前を呼ばれ、その声に驚いて正面を向く。

 すると、病室の入り口に左手に松葉杖をもった浩介が立っていた。


「こ、浩介!?」


「よお、達也。思ったより元気そうで安心したぜ」


 浩介は微笑みながら右手を上げて、そうするのが当然のように気軽に挨拶をしてくる。

 けれど、僕はその挨拶に返すことが出来ない。

 いや、浩介の顔を見る事すらもできなかった。


「浩介……僕、お前との約束、守れなかったよ……」


「はあ!? お前、何言ってんだ?」


「え……」


 思いもよらぬ浩介の反応に顔を上げると、浩介はやれやれと首を振って呆れたような表情をしていた。


「お前、何か勘違いしてないか? 絶対に打たれないピッチャーなんて、この世にはいないんだぜ?」


「そ、それはそうだけど……だけど、あの場面で打たれたのは、僕に力が足らなかったからで……」


「それが勘違いだって言ってんだ!」


 浩介は病院の中だというのに大声を出して否定した。

 その目から少しだけ怒りに似たものを感じる。


「お前が最後に投げた一球、あれはな、あの試合で投げたどの球よりも、最高の一球だった。並みの打者なら、空振りに終わってたはずだ。それを当てただけでも、向こうの四番を褒めてやりたいぐらいだ。それなのに、お前は自分に力がなかったなんて言いやがって……それは相手を侮辱しているのと同じだぞ!」


 浩介はただ怒っていた。

 僕の間違いを正そうと、叱りつけようとしているように僕には見えた。

 そんな浩介は、やせ細って頬もこけているけれど、以前僕と言い争いばかりしていた頃の浩介と重なるものがある。


「青蘭が負けたのは、お前のせいでも、ましてや、ボールを取り逃したショートのせいでもねぇ。ただ、運がなかった。それだけのことだ。だから、お前は……もうちょっと……」


「浩介……?」


 浩介は途中で言葉を詰まらせ、何か言いづらそうにしている。


「胸を張れってことだろ? 名倉」


 キャプテンが浩介の言葉を引き継ぐようにそう口にした。

 すると、浩介は恥ずかしそうに少しだけ顔を赤くして、


「ああ、そうだよ! お前は、エースとして立派に役目を果たした! 俺が嫉妬しちまうぐらいにな! だから、もっと胸を張りやがれ!」


 そんな風に口を荒らしながらも、僕を称賛してくれる。


「高杉、名倉の言う通りだ。その証拠に野球部には誰も君を責める奴なんていない。今回の事について、誰かが誰かを責めるようなことはしない。そう野球部の皆と決めたんだ」


「けど、キャプテン……キャプテン達は……」


 三年生はこの夏で引退だ。

 この夏の大会が最後の試合だったのに、今まで甲子園を目指して、頑張ってきたのに、あのたった一球でそれが終わってしまった。

 僕の身勝手な思いだけで、終わらせてしまったのに……。


「高杉。僕はね、君に感謝してるんだ」


「え……?」


「僕だけじゃない。三年生全員、同じ思いだ。エースだった名倉が怪我で離脱して、僕達は半ば諦めていた。そんな時に君が野球部に来てくれて、僕らは助けられた。そして、君に気づかされた。諦めなければ、夢はいつまでも追い続けられるって事に。だから、僕達は君に感謝することはあれど、恨むことなんて何一つないよ」


 そう言って微笑むキャプテンの顔を僕はもう見ることが出来なかった。

 キャプテンの言葉は、純粋に嬉しかった。

 こんな問題ばかりを野球部に持ち込んだ僕にキャプテンは感謝してくれている。

 それだけで、僕は救われた。

 きっと、感謝すべきは僕の方だ。

 だから、自然とその言葉が口から零れ出ていた。


「ありがとう、ございます……キャプテン!」


 その言葉と共に、目から熱いもの流れ落ちていた。

 この時の事は、どんなに時間が流れても、きっと僕は一生忘れないだろう。



「さて、僕らはそろそろお暇しようか、高木君」


 僕が落ち着くの見計らって、監督がそう切り出してくる。

 それは、僕と浩介に気を利かせての事だとすぐに分かった。

 そして、病室には僕と浩介だけになる。

 二人っきりになった途端、場が一気に気まずくなった。

 そんな中、最初に切り出してきたのは浩介の方だった。


「肩の……具合はどうだ?」


「え? あ、ああ……うん、今はそんなに痛まないよ。けど……」


 野球がまた出来るかどうか、それは怪しい。

 もしかしたら、右肩と同じように……。


「心配すんな。精密検査はまだだが、医者の見立てじゃあ、腱を痛めて炎症を起こしているだけだそうだ。時間を掛けて、しっかり治して、リハビリすれば、また投げられるようになるってよ。良かったな?」


「そう、なのか……?」


 意外だった。

 痛めた挙句、あんなにも酷使したのに、その程度だと思わなかった。

 けれど、浩介は怖い顔をして、僕の考えを否定する。


「勘違いするなよ? 楽観できるような状態じゃない。ちゃんと治して、リハビリしないと、以前のようには投げられないとも医者は言ってたからな。今度は壊れないようにちゃんと肩を作れよ?」

「う、うん……」


 浩介があんまりにも怖い顔で真面目に言うものだから、僕は素直に返事するしかなかった。

 すると、浩介は少し恥ずかしげにして言う。


「まあ……リハビリに時間が掛かるのは、俺も同じなんだが、な」


「え……リハビリ……? それって……」


「あー、いや、その、なんだ。だ、だからだな……」


 浩介はしばし言いづらそうにした後、意を決したように真面目な顔をして、僕を真正面から見据えてきた。


「いままで、色々と心配かけて悪かったな、達也。その……球場で由香が言った通りだ。俺はもう、大丈夫だから」


「浩介……それ、本当に……?」


「ば、馬鹿! こんな事、冗談で言うか!」


「だ、だけど……僕は約束を……」


 僕は浩介との約束を守れなかった。

 それなのに浩介は……。


「違うぜ、達也。お前は約束をちゃんと守ったさ」


「え……? で、でも、試合に負けたのに……」


「馬鹿。お前が俺としてくれた約束はもっと別のものだろうが。……お前は俺に証明してみせてくれた。どんなハンディを背負っていようが、諦めなければ夢は追い続けられるってな。それにな、そもそも、お前は試合に絶対勝つ、なんて約束はしなかっただろう?」


「あ……」


 そうだ。

 僕は浩介に立ち直って欲しくて、約束した。

 それには優勝することが必要だと思っていたけれど、それは大きな間違いだ。

 浩介が立ち直るのに勝利は必要ない。

 必要だったのは、夢に向かって諦めない姿。

 それを見せる事だったはずで……。


「そっか……そうだったんだ……馬鹿だなぁ、僕は……」


「やっと気づいたのか? 俺はお前が昔から大馬鹿だって知ってたぜ」


「はは……ひ、ひどい、なぁ……浩介は……」


「へへ……本気に……すんな、よ。……じょ、冗談……だって、の……」


 おかしいな。

 なんだか、視界が歪んで前が見え辛い上に、浩介の声もくぐもって聞こえる。

 まだ、試合の疲れが残っているのかな……?


 そんな風に思っていると、また頬を伝う温かいものを感じる。

 ああ、なんだ。

 前が見え辛いのは、僕が泣いているからだ。

 浩介の言葉を聞いて、恥ずかしげもなく、僕は浩介の前で涙してしまっていた。

 それに気が付いた僕は恥ずかしくなって、急いで右袖で涙を拭う。


「こ、浩介、これはあれだ、違うんだ! 忘れてくれ!」


「あ? な、何がだよ? 悪いが、今は……」


「え……?」


 浩介の返答を奇妙に思って、僕は涙を拭ってから浩介を見る。

 浩介は俯いて、肩を震わせていた。

 浩介も、泣いていた。

 僕はそれに気づいて、浩介を見ないように浩介と同じように下を向いた。


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