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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
48/52

#11-2


 その声は、周りにいるチームメイトやスタンドにいる観衆の声を押しのけ、ハッキリと僕の耳に届いていた。

 声がする方を見る。

 一塁側のスタンド席、その最前列よりも前、フェンスにしがみつくようにして立っている人物が見える。

 その姿を僕は知っている。


「こう、すけ……?」


 その人物が浩介のなのだと分かった時、不思議にも混濁していた意識は呼び戻されていた。

 その目にはハッキリと浩介の姿を映している。

 そして、浩介の隣には彼女が彼を支えるように寄り添っている。

 遠目からでもハッキリと分かる。

 彼女は僕を心配そうに見ている。


 浩介が、彼女が、来てくれた。

 約束を守ってくれた。

 それが分かったのに、僕は嬉しくなんてなかった。

 だって、もう、僕は投げることができない。

 約束を守ることが出来ないのだ。

 それなのに、浩介は――。


「なに諦めてやがる、達也! お前が、証明して見せるって言ったんだろうが! 俺に証明して見せるって言い出したんだろうが! だったら、最後まで諦めるんじゃねぇ! こんなところで諦めやがったら、俺はお前を一生許さねぇぞ!」


 声が聞える。

 幼馴染でライバルの声が。

 その彼が僕を鼓舞するように叫んでいる。

 大声なんて、もう出し方は忘れてしまうほど出してなかったはずなのに、その掠れ声で必死に叫んでいる。


「立てよ! 立って、証明して見せろよ! 勝って見せろよ! 勝って、見せてくれよ! 俺とお前の……皆の夢の続きを! 夢を、叶えろ、達也ぁああああ……!」


 夢。

 僕と浩介の夢。

 甲子園に行って、優勝すること。

 それが僕らの夢だった。

 いや、高校野球をやっている者なら、誰しもが一度は夢見て、目標とするものだ。

 けれど、遠い夢だ。

 遠すぎて、手が届かない夢。

 少なくとも、県大会の決勝戦のマウンドで膝を折っている僕には、遠すぎる。


「立てぇえええ! 高杉ぃいいい……!」


 今度はどこからともなく別の叫び声が聞えてきた。

 その声も聞き覚えのあるの声だ。

 その人がどこにいるのかは分からない。

 それでも僕には分かった。

 叫んでいるのは坂田君だ。


「取り戻すんだろ、アイツの笑顔を! だったら、立てよ! お前なら出来るはずだ! 立てぇえええ……!」


 取り戻す。

 そうだ。

 僕は取り戻したかった。

 彼女の本当の笑顔を。

 僕と浩介と彼女と一緒にいた頃の、あの眩しい笑顔を。

 あの輝かしい日々を。

 その為なら、僕はどんな事だってやるって決意したんだ。

 それなのに、結局僕は……。


「由香ぁ! お前もいるんだろ? 見てるんだろ? だったら、何か言ってやれよ!」


 坂田君は、今度は僕ではなく彼女に叫んで呼び掛けている。

 その声に僕はもう一度一塁側のスタンドを見た。

 浩介の隣に彼女は変わらず立っている。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 そして、彼女も叫んだ。


「もう、いいよ……!」


「え……」


 彼女の言葉に静粛が訪れた。

 聞えてきた彼女の叫びは、意外なものだった。

 きっと僕だけでなく、呼び掛けた坂田君も、隣にいる浩介さえも絶句していたと思う。

 でも、彼女を止める人はいなかった。

 だって、誰もが彼女の声に聞き入っていたから。

 まるで、入学式の時、新入生代表として登壇したときのように。

 彼女のその言葉は決して僕を冷たく突き放すわけでも、僕を励まそうとしているわけでもなく、ただ静かに優しく心に染み入るような声だった。


「もう、いいの。もう、大丈夫だから。もう私もコウちゃんも大丈夫だから。だから、もう無理しないで。もう無茶しないで。ただ、タッちゃんが笑って野球ができるなら、それで、いいから。それで、私も笑ってられるから。だからもう、私やコウちゃんの為に苦しまないで! お願いだから、タッちゃんの為の、自分の為の野球をして!」


 彼女の涙を流しながらの叫びは、誰の声に阻まれることなく、球場に響き渡る。

 静粛の中、彼女の必死な叫びは、僕にしっかりと届いていた。

 彼女のその叫びは、彼女の思いそのものだ。

 僕に無理をして欲しくない。

 無茶をして欲しくない。

 その一心で出た言葉に違いない。

 僕を鼓舞するわけでなく、ただ僕を心配しての言葉。

 けれど、その言葉に僕は……。


「ああ……そっか。そう、だったよね……」


 彼女の言葉に、僕は気付かされた。

 どうしてもう一度野球をやりたいと思ったのか、どうしてピッチャーになろうと思ったのか、その理由を。

 浩介の為だとか、夢の為だとか、そんな小難しいことは、きっとこじつけに過ぎない。

 そうした方が、格好がつくから、それを理由にして誤魔化していたんだ。

 僕はただなりたかったんだ。

 彼女を魅了して、彼女を変え、あの眩しい笑顔の原点となったピッチャーに。

 彼女にずっと見ていてもらえるようなピッチャーに。

 そんな不純で自分勝手な動機が僕の原動力だった。

 それに気づいた時、僕は不思議と活力が湧いてきて、体が軽くなった。


 痛みはある。

 もう体力も限界だ。

 けれど、何故だか体は、肩は、動いてくれた。

 まるで、背負っていた重い荷物を降ろしたような感覚だ。


 僕は、まだ、投げられる。


「……ったく、アイツら、恥ずかしげもなく、人の名前を連呼しやがって。こっちが恥ずかしくなるっていうの……」


 そんな悪態をつきながら僕は立ち上がる。

 そして、交代を審判に告げようとする監督に向かって言った。


「監督、あと一球、あと一球だけ投げさせてください」


 僕がそう言うと、監督は酷く驚いた顔を見せた。


「な、何を言っているだ!? もういい。高橋さんの言う通りだ。もう無理は――」


「違うんです、監督」


「え? 違う?」


「はい、違います。僕は僕の為に投げたいんです。誰の為でもなく、自分の為に。だから、最後に一球だけ投げたいんです。最初で最後の自分の為だけのボールを。お願いします!」


「し、しかし……」


 僕は頭を下げて監督に懇願する。

 それに監督は困惑していた。

 当然だ。

 試合に勝つことを考えれば、肩を怪我した投手よりも、二番手の投手の方が幾分勝機もある。

 それに僕自身の事も考えれば、投球を続けさせず、すぐに病院で診てもらう方が正しい選択だ。

 だから、僕の要求は受け入れ難いものだろう。


「僕は構いませんよ、監督。高杉に全て任せたいと思います。僕はエースを信じます」


 迷う監督の横で、そう言ったのはキャプテンの高木先輩だった。


「キャプテンがそう言うならオレも構いませんよ。大体、達也がいたからここまで来れたんだ。最後ぐらい、コイツの好きなようにさせてもいいじゃないですか?」


 高木先輩に続いて、松井も僕の後押しをしてくれる。

 すると、チームメイトから次々と声が上がった。


「そうですよ、監督! 高杉に任せましょう!」


「大丈夫。打たれたら打たれただ! エースが打たれて終わるなら、皆納得だ」


「その通りです、監督! それに打たれからって終わりじゃないですよ。俺達だっているんですから!」


 皆が僕の後押しをするように監督向かって口々に言う。

 誰もが勝ちたいはずなのに、それでも僕を信じて、僕の続投を望んでくれていた。


「やれやれ……しょうがないな、君達は……」


 監督はそう言って諦めたように溜息をついた。


「か、監督、それじゃあ……」


「ああ、続投を認めるよ。ただし、本当に一球だけだ。それ以上は監督としても、教師としても見過ごせない」


「ありがとうございます! 皆も、ありがとう!」


 僕はもう一度頭を下げ、監督とチームメイトに感謝にした。

 そして、監督はベンチに、チームメイトはそれぞれの持ち場に戻って行く。

 僕はマウンドの上で、もう一度浩介と彼女のいるスタンドを見た。

 二人とも、心配そうな顔で僕を見守っている。

 そんな二人に僕は微笑みを返す。


 大丈夫。

 僕はもう諦めない。

 途中で投げ出すなんてこともしない。

 だって、好きだから。

 野球が、ピッチャーが、僕を信じてくれる皆が。

 そして、君のことが大好きだから。

 もう、それだけは見失わない。

 それさえ、見失わなければ、僕は投げられる。


 試合は再会された。

 左手にボールを握り、バッターに相対する。

 もうお互いの手の内は分かっている。

 最後は知識も技術も関係ない。

 真っ向勝負あるのみだ。

 僕は渾身の力と思いを込めて、最後の一球をキャッチャーのミット目掛けて投げた。


 ボールが手から離れた瞬間、肩の痛みが限界に達したせいか、僕の視界は突然電源を切られたテレビのように真っ暗になる。

 きっと脳が意識を強制シャットダウンしたのだろう。

 ただ、その意識が消える間際、高い金属音が聞えたような気がした。



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