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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
47/52

#11-1


 決勝戦、その序盤、僕の立ち上がりは上々だった。

 奪三振を増やしつつ、回を重ねていく。

 しかも、仲間から2点の援護も貰い、このままゲームセットまで投げ続けられるのではと淡い期待が脳裏を掠め始めていた。


 けれど、中盤に差し掛かった辺りから、状況が一変した。


 肩の違和感は中盤以降から明らかな痛みに変わっていった。

 そのせいで制球は定まらず、毎回打者を塁に出す。

 それでも、最終回に入るまでなんとか抑え続け、失点も1点だけに抑えることが出来た。


 そして、1点リードで迎えた最終回、その裏。

 肩の状態はさらに悪くなり、僕はボールを投げる度に激痛に襲われていた。

 制球は定まらず、ストライクが入らない。

 球速も落ちて、ヒットも打たれる。

 それでも、交代を監督に申し出るわけにはいかない。

 痛みを見せるなんてことはできない。

 ここで僕がマウンドの降りてしまっては、浩介との、そして彼女との約束が果たせなくなってしまう。

 それに、何よりも、エースとしてここでマウンドを降りることを自分自身が許さなかった。


 僕は苦しみながらなんとか投げ続け、そして、勝利まで、甲子園への切符を掴むまであと一人というところまで漕ぎつけた。

 けれども、状況は決して楽観できるものではない。

 立て続けのヒットとフォアボールで満塁。

 もう、一打も浴びることも、フォアボールを与えることも、できない。

 そして、最後の打者は、相手高校の四番。

 もう敬遠はできない。

 真向勝負あるのみだ。


 その初球、相手打者は思いっきり振って来た。

 キンという金属音と共にボールは高く舞い上がる。

 すぐさま僕はそのボールの行方を追った。

 ボールは、大きく左に切れて行った。


「ふぅ……」


 一瞬、ヒヤッとした。

 甘めに入ったボールだったから、打たれた瞬間、完全にホームランになる思った。

 それがファウルになったのは、ただの運だ。

 きっと制球が定まっていなかった故に起きた奇跡的な偶然。

 相手打者もそれが分かっているのか、悔しそうにバットの先を地面に叩き付けている。

 それでも奇跡は二度と起きない。

 僕はそう気を引き締めて、セットポジションに入る。


 二球目、三球目はボール。

 四球目はファウルチップになった。

 これでツーストライク。

 相手を追い詰めた。

 あと、一つ。あと一つストライクを取れば、僕達は勝てる。

 けれど、流石は決勝まで勝ち上がってきたチームの四番。

 簡単には勝たせてくれない。

 ストライクを取りに行った五球目、六球目はファウルにされた。

 七球目はボールになりそうだったけれど、追い詰められた相手が振ってくれて、またファウルになった。


 一球一球、心臓が止まりそうなほど緊張を強いられる。

 きっと、ちょっとでも気を抜けば、意識だって失いかねない。

 そう断言できるほどの極度の緊張感。

 それでも、そんな中にあっても、肩の痛みだけはハッキリとその主張を続けている。

 既に肩の回りも悪くなっている。

 もう、誰から見ても僕が問題を抱えているのは明らかだろう。


 それでも、僕はなにも言わず、三つ目のストライクを取りに、八球目を投じた。

 その瞬間――。


「あ、ぐ……!」


 これまでとは比べものにならいほどの激痛が左肩に走った。

 投じた球は、キャッチャーの松井が指定した所とは、まったく見当違いな所へ飛んでいく暴投になる。

 けれど、松井はそれを間一髪のところで捕球してくれた。

 松井のお陰で、なんとか一命は取り留めることできた。

 けれども、それはもう、僕にとって意味のないものだ。


 九回の裏、2死満塁。

 ボールカウントはツーストライク、スリーボールのフルカウント。

 スコアボードは2―1。


 肩が上がらない。

 痛みで動かすこともできない。

 それは、僕の肩が限界に来たことを証明していて、僕が約束を果たせないことを告げていた。

 僕は、もう、投げられない。


 痛む左肩を右手で抑え、僕はマウンドの上で蹲る。


「おい、達也! 大丈夫か!?」


 蹲る僕にいち早く駆けつけてきたのは松井だった。


「お、お前、まさか肩が!? この、馬鹿野郎! どうして、もっと早くそれを言わねぇんだよ!」


 僕が左肩を抑えているの見て、松井は僕がどんな状態にあるのか察したのだろう。

 怒りを露わにしている。


「監督!」


 松井はすぐさま監督を呼んだ。

 ベンチの方に目を向けると、既に監督もベンチから出てきて、こっちに向かっていて来た。


 交代。

 その二文字が脳裏に過る。

 それが当然の判断だ。肩を痛めた投手をそのまま投げさせる監督なんていない。

 それでも監督は選手の意向をくみ取ってくれる人だ。

 投げさせてくれと言えば、続投できるかもしれない。


 けれど、それは無理だ。

 だって、もう僕は投げることができない。

 もう、腕だって上がらない。

 肩だって回らない。

 そんな僕がマウンドの上に立つことは許されない。


 勝利を目前にして、約束を果たすその直前で、僕は諦めるしかなかった。

 でも、きっと、それは当然の結果だったんだ。

 浩介がこの試合を観に来てくれているとは限らない。

 例え、観に来ていたとしても、浩介が僕の投げる姿を観て、立ち直ってくれるとも限らない。

 それなのに、肩を壊してまで投げるなんて、馬鹿のすることだ。

 馬鹿すぎて笑い話にすらならない。

 だけど、それでも僕は信じていた。

 この試合に勝てば、甲子園行きを決めれば、浩介がまた夢に向かってひた走る姿を取り戻せるって。

 そして、彼女も本当の笑顔を、僕の大好きだったあの眩しいくらいの笑顔を取り戻してくれるって。

 そんな可能性の低い希望を胸に僕は投げ続けてきた。


 けど、それも、もう終わりだ。

 僕はもう投げれない。

 もう、諦めるしかない。


 僕を心配するチームメイトの声が聞える。

 マウンドにやってきた監督が僕に何かを告げている。

 スタンドにいる観衆はなにが起きたのかと、どよめいている。

 それら全てが、もうどうでもよくて。

 僕は、夏の暑さと肩の痛みから朦朧としてきていた意識を、その流れのまま手放そうとした。

 けれど、その間際で――、


「諦めるなああああ! たつやああああああ……!」


 そんな叫び声が、僕の名を叫ぶ声が観客席から聞こえきて、僕の意識を呼び戻した。



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