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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
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45/52

#10-4


 翌日、僕は浩介のもとを訪れた。


「浩介、僕だ。入るよ」


 ノック後にそう言って、僕はドアノブを回す。

 何時ぞやとは違い、浩介の部屋のドアに鍵は掛けられていない。

 ドアはすんなりと開いた。

 けれど、部屋の主は相変わらずベッドの中だった。

 浩介は布団に包まって、姿を見せようとしない。

 以前のようにドアに鍵を掛けて、誰もかれも締め出すなんてことはなくなったが、部屋に引き籠っているのは同じだ。

 浩介は自宅に戻ってきて以来、一度も部屋から出ていない。

 おまけに、あれ以来僕達には顔すら見せようともしないから、僕には今の浩介がどんな風体になっているかすら分からなかった。


「何しに……きた?」


 布団の中からくぐもった低い声が聞えてくる。

 何しに来たと問われれば、僕の答えは決まっている。

 僕はそれだけの為に今日ここに来たし、その為だけにこれまで頑張って来たとも言える。

 だから、それを浩介に告げる事に躊躇いなどなかった。


「今日はお前に言っておきたい事があるんだ」


「俺、に?」


「ああ。青蘭、決勝まで行ったのは聞いてるよね?」


「……ああ。昨日、由香からのメールで……」


「うん、なら話が早い。明日の決勝、観に来て欲しいんだ。由香と一緒に」


「は……?」


 僕の要求に浩介は惚けたような声を漏らす。

 そして、少ししてから、ベッドからもの凄い物音が聞えてきた。

 きっと、浩介が手でベッドを叩いたか殴ったかしたのだろう。


「お前は……お前はこんな俺に試合を観に来いって言うのか! お前らが楽しげに野球してる姿を観に来いって言うのかよ! ふざけんな! 誰が観に行くか!」


 浩介は激高して、怒鳴り散らす。

 その声も久しく大声なんて出すことがなかったためか掠れ気味だ。

 それでも、そこに僕に対しての確かな怒りの感情が見える。

 そんな浩介に、僕は安心した。

 まだ、浩介には怒るだけの感情が残っている。

 それは、浩介の中に野球に対しての未練が残っている証拠だから。

 僕は怒る浩介に怯むことなく、静かに問いかける。


「浩介。由香から僕の事は聞いてるよね?」


「ああ! 聞いてるさ! 知ってるさ! お前が野球部で、試合でどんな活躍をしてるかなんてな! 由香は……アイツはいつも嬉しそうに話してくれた。お前が打っただの、走っただの、そんな事ばかりを! それを聞いて、俺は……俺は……」


 浩介は今にも泣きだしそうな声で喋っている。

 顔が見えないから、もしかすると本当に泣いているのかもしれない。

 もし泣いているとするなら、その涙は、きっと悔し涙だ。

 僕が野球で活躍している、頑張っている話を聞かされて、自分がそこにいない事への悔しさからくるものだ。

 それが僕には痛いほど分かる。

 けれど、僕は浩介の言葉を聞いて、また安心していた。

 どうやら、彼女は僕との約束を、この時の為の約束を守ってくれていたようだから。


「浩介さ、僕がどのポジションをやってるか知ってる?」


 その質問をする事が怖くはあった。


 現代はネット社会。

 知ろうと思えば、なんだってネットから情報を得られてしまう。

 だけど、これは賭けだった。

 いまの浩介なら、それすらも怖くてきっとしないだろうと思ったから。

 その賭けに勝つか負けるか、それは僕がした質問に浩介がこれからする返答で決まる。


「……知らねぇよ。由香の奴、それだけは教えてくれなかった。どこなんだ? ファーストか? サードか? それとも、外野か? まさか、キャッチャーって事はねぇだろ」


 その返答を聞いて、僕はほっと胸を撫でおろした。

 どうやら僕は賭けに勝てたらしい。


「そっか。そんなに知りたいなら教えてやるよ。僕のポジションは…………ピッチャーだ」


「え……」


 僕がピッチャーだと告げたことは、浩介にとっては思いがけないことだったのだろう。

 浩介は驚きのあまり起き上がっていた。

 その拍子で、包まっていた布団はズルリと垂れ落ち、浩介の顔が露わになる。


 久々に見る浩介の顔は、以前とは全く違うものだった。

 やつれて、頬もこけている。

 顔だけではない。体の方もやせ細っている。

 その姿は、もう僕の知っている浩介ではなかった。

 けれど、僕はそんな事は気にしなかった。

 そんなものは、これから幾らでも取り戻せる。

 それよりも、真実を知った浩介がどんな反応を示すかが重要だ。


 浩介の顔は驚いた表情のまま固まっていた。


「ピ、ピッチャー……? お前が……?」


「ああ、そうだよ。僕が投げてる。エースとして」


「エ、エース? う、嘘だろ……だって、お前はもう……」


 浩介は戸惑っていた。

 当然の反応だ。

 僕がピッチャーをやっている事は、本来ならあり得ないことのなのだから。


「うん。右肩は無理だよ。だけど……」


 僕は右手で左肩を掴んでみせる。


「ひ、左肩、だと? ま、まさか、お前……左、で……?」


「うん。左投げでピッチャーをやってるよ。昨日もこれで延長十五回まで投げたんだ」


「う、嘘……だろ?」


「嘘じゃないよ。知ってるだろ? 僕は右じゃあボールは投げられない。だから、左で投げる練習もしていたじゃないか」


「だ、だけど……それは野手としてで……」


「うん。最初はそのつもりだった。だけどさ、やっぱり僕はピッチャーを捨てきれなかったよ、浩介。確かに、以前のような剛速球は投げられない。だけど、左でピッチャーができるなら、それに賭けてみたくなったんだ。だから、必死に練習した。右利きで右投げだった僕が、右肩が使えないハンディを克服するために、ね」


「そん、な……」


 僕がどうやってピッチャーになったかを伝えると、浩介は愕然としていた。

 未だ、僕の言ったことが信じられないような表情をしている。

 だけど、後一押しのようにも感じる。

 後は……。


「浩介。僕、言ったよね? 夢は諦めなければ追い続けていけるもので、諦めさえしなければ叶うものだって」


「……ああ」


「それを明日、証明してみせるよ。だから、明日の決勝戦には必ず来て欲しい」


 僕は浩介の目を真っ直ぐと見据えて、ここに来て最初に告げた言葉をもう一度言う。

 けれど、浩介は黙ったまま俯き、それには答えてくれなかった。

 僕から口で伝えられる事は全て伝えた。

 後はマスターから渡された物に頼る他ない。


「試合を観に来るかどうか、決めるのはお前自身だ。だけど、少しでも迷っているなら、これを読んでから決めてくれ」


 僕はマスターから渡された雑誌を浩介に渡す。

 浩介はそれを手に取ると、訝しげな顔をする。


「これは……野球雑誌……?」


「ああ。きっといまの浩介に必要なものだと思ったから……」


「俺、に……?」


 僕の言った言葉に何か思うことがあったのか、浩介は雑誌の表紙に目を落とす。

 まんまマスターの言葉を借りただけだが、浩介には効き目があったようだ。


「浩介。明日、球場で待ってるよ」


 僕は最後にそれだけ告げて、部屋を出た。



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