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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
39/52

#9-3


 真剣勝負と言っても、これは正々堂々という状況とは言い難い。

 何故なら、今回の敵はバッターだけでなく、本来は投手の最大の味方であるはずのキャッチャーも敵方に回っている状況だからだ。

 僕と松井の間にはサインなんかの取り決めはもちろんないため、変化球なんて投げることはできない。

 予告なしに変化球を投げたりして、松井にもしも怪我をさせてしまえば、勝負どころではなくなってしまう。

 尤も、今の僕には変化球なんてまだ無理なのだが。

 どちらにしろ、僕が投げることのできる球種はストレートのみだ。

 ストレートだけで、四番打者であるキャプテンを三振に取らなければならない。


 ボールを握る指先に力が籠る。

 自分の心臓が高鳴っているのが分かる。

 久方ぶりのマウンドで、失敗は許されない勝負だ。

 緊張しない方がおかしい。


 僕は不安と緊張で圧し潰されそうになっていた。

 そんな時、僕はチラリとグラウンド脇に控えている彼女を見た。

 彼女は、じっと僕を見つめていた。

 その目は、僕を応援し、僕が勝つと信じて疑わない目をしている。

 そんな彼女を見て、僕は自分を奮い立たせた。


 ここで負けるわけにはいかない。

 彼女の為にも、浩介の為にも、こんな所で躓いているわけにはいかないんだ。


 僕は大きく深呼吸をした後、松井が構えるミットを真っ直ぐと見据える。

 狙うはストライクゾーンど真ん中。

 そこに狙いを定め、僕は右足を上げ、前へと踏み出すと同時に左腕を思いの限り振るった。

 瞬間、ボールは僕の手を離れ、真っ直ぐキャッチャーミット目掛けて飛んでいく。

 けれど、キャプテンは僕の狙いを分かっていた。

 だから、彼は初球から思いっ切りバットを振ってきた。

 だが、そのバットは空を切り、ボールは松井が構えるミットに収まる。


 誰もがその瞬間を見て、唖然としていた。

 声も出さず、ただ呆然と起きた事を見つめている。

 バットを振るったキャプテンでさえ、バットを振り切った状態で固まっている。

 そんな中で唯一、キャッチャーの松井だけが呟いた。


「嘘……だろ?」


 松井は自分のミットに収まったボールを見つめ、信じられないという顔をしている。


 確かに、僕は右肩を怪我して、一度は野球を辞めてしまった。

 けれど、それでも僕は自分の夢を未練がましく捨てきれなかった。

 いつかは、医療の進歩とかでこの右肩が完治して、選手として、ピッチャーとして、復帰できるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いていた。

 だから、『日課』と称して、体だけは鍛えていた。

 そんな事、恥ずかしくて誰にも言えなかったし、二度と野球なんてやらないと意地を張った手前、周りに隠していたけれど。

 けど、それが変わったのが、あの時だ。

 彼女にもう一度野球をやると素直に言った時、僕は自分の可能性に賭けてみたくなった。

 そして、『日課』と称したトレーニングに、左腕でボールを投げる事を追加した。

 でも、その時はまだ、あくまでも野手として、外野からでも問題なくホームベースまで投げられる程度と考えてのことだった。

 それがさらに変わったのは、浩介と約束した日からだ。

 僕はサウスポーのピッチャーとなるべく、あの日から一ヶ月、僕は『日課』の中で、ただひたすら左腕での投球練習を重ねてきた。

 そして、それが今日、やっと実を結ぼうとしている。


「こ、こんなのまぐれだ! そうに決まってる!」


 松井は狼狽えた様子でそう言うと、僕にボールを投げ返す。


「さて、それはどうかな?」


「こ、このぉ……!」


 悔しそうな声を上げて、松井は座り直す。キャプテンもバットを構え直した。


 二球目は、タイミングは合っていなかったが、四番打者に対して流石に同じコースには投げられないので、バッターの胸辺り、内角いっぱいのストレートを投げた。

 キャプテンは最初の球で慎重になったのか、それを見送り、ツーストライク。


 三球目、僕は勝負に出ることにした。

 この勝負、僕の入部をただ認めてもらうだけのものではない。

 この勝負で、三球三振に取って見せなければ、今後エースとしても認めてもらうことはないだろう。

 だから、僕は渾身の限りでボールを投げた。

 投げたのは、外角へのストレート。キャプテンもそれを読んでいたのか、タイミングを合わせて、バットを振ってくる。


「もらっ――え?」


 キャプテンは完全にボールを捉えたと確信し、声を上げようとしたけれど、それは途中で疑問の声に変わった。

 何故なら、キャプテンの振るったバットがまたも空を切ったためだ。

 僕が投げた球は、バットが届かないギリギリをいくボール球だった。


「やったー! 三振だよ、タッちゃん!」


 ミットにボールが収まった瞬間、彼女が誰の目も憚ることなく、喜びの声を上げる。

 その声を皮切りに、他の部員からもどよめきが起こり、そして、それは次第に歓声に変わっていく。

 僕はそれを放心状態で見ていることしかできなかった。

 すると、そこにキャプテンがやって来た。


「おめでとう、高杉。これで、君は正式に野球部員だ」


 キャプテンはそう言って、ニッコリと微笑む。


「あ、ありがとう、ございます」


「ん? なんだ? あんまり嬉しそうじゃないね?」


「い、いえ、そんなことないです!」


「そうかい? なら良かったよ!」


 キャプテンは僕の返事に嬉しそうに笑う。


「しかし、やられたよ。まさか、あそこでボール球とはね。二球目で内角を攻めて、僕の状態を逸らして、外角のボール球を振らせる。四番打者に対して思い切った戦法だ。恐れ入ったよ!」


「す、すみません! その、あーするしかないと思って……」


「いやいや、謝る必要なんてないよ。真剣勝負だったんだからね」


「そ、そう言ってもらえると助かります」


 僕は冷や汗を掻きながら、ほっと胸を撫でおろす。


「それにしても……うん、君は本当に凄いな。あんな球、僕は名倉以外で見たことない。もしかしたら、君なら本当に成し遂げられるかもな」


「キャプテン……」


 それは僕がキャプテンに野球部員として、エースとして認められた瞬間だった。


「改めて、自己紹介しようか。僕はキャプテンを務める三年の高木だ。宜しくね」


「はい! 二年の高杉です。宜しくお願いします!」


 僕と高木先輩は、勝負前と同様、笑顔で握手を交わす。

 その瞬間、どっとグラウンド脇が湧いた。

 見れば、監督や部員たち、そして、彼女が僕と高木先輩に拍手を贈ってくれていた。

 そして、部員たちから、次々と僕を称賛の声が聞えてくる。

 けれど、そんな中で……。


「み、認めねぇ! こんなの、認められるか!」


 称賛する声の中、松井だけが声を荒げ、僕を睨んできた。


「松井、恨み言はなしと言ったはずだぞ」


 高木先輩が松井を諭すように言う。


「う……く、くそっ!」


 流石の松井もキャプテンからの言葉には逆らえず、それ以上は何も言って来なかった。

 けれど、その日の練習が終わるまで、松井は僕の事を親の仇を見るような目で睨んでいた。



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