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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
29/52

#7-3


 病院にたどり着いた時、彼女は薄暗い待合室のソファに呆然と座っていた。


「由香!」


 僕が呼び掛けると、彼女はゆっくりと頭を持ち上げて、こちらを見た。


「タッちゃん……」


 彼女は僕に気づくと、それまで抜け落ちていた感情が戻って来たのか、見る見るうちに表情を崩し、その目から涙を零しだす。


「タッちゃん……コウちゃんが、コウちゃんが……!」


 電話の時と同じように彼女は浩介の名前を何度も口にするだけで錯乱状態に陥っていく。

 逆に、そのおかげで僕はやっと冷静になることができた。

 僕は彼女を安心させるように彼女の両肩を掴んで、正面を見据え、努めて冷静に、そして、出来る限り優しく尋ねる。


「由香、落ち着いて。大丈夫だから。だから、最初からゆっくり聞かせてくれ。浩介に……何があったの?」


「う、ん……」


 僕の問いかけに彼女は目から溢れる涙を拭う。


 本当はこんな状況で彼女から話を聞く事は酷な事だと分かっていた。

 ここに来る途中、事故現場が見えた。

 そこは、三日前に事故があったばかりの見通しの悪いカーブだった。

 あの時と同じように、事故を起こした車のフロント部分はひしゃげて原型は残していなかった。

 そして、その車が突っ込んだ思われるガードレールには、真っ赤な血が残されていて、事故の悲惨さを物語っていた。

 その事故が浩介の身に起きた事故であることは、すぐに予想がついた。

 けれど、僕には分からなかった。どうして、浩介がそんな事故に巻き込まれなければならなかったのか……。


 彼女は落ち着きを取り戻して、ぽつぽつと何があったのか話してくれた。


 やはり浩介は予定通り彼女を連れ添って公園に向かってきていた。

 そして、その途中、あの事故現場となる見通しの悪いカーブに差し掛かったそうだ。

 そこで彼らは見てしまった。

 カーブに猛スピードで突っ込んでくる車と、そこを歩く小学生を。

 それにいち早く気付いて、行動を起こしたのは、浩介だった。

 浩介は小学生を助けようとして、走り出してしまった。

 それが良くなかった。

 車のドライバーは、子供がいることに気づき、ハンドルを切って避けようとした。

 けれど、避けた先に浩介がいて……。


 浩介は車とガードレールに挟まれ、押しつぶされる形になったそうだ。

 事故後、付近の通行人がすぐに119番してくれて、浩介は救急搬送された。

 そして、今僕達のいる病院に運ばれ、浩介は現在手術中だということだ。


「……あの、バカッ!」


 彼女の話を聞き終わった時、思わずそんな暴言が口をついて出た。

 本当に馬鹿だ。

 助けようとして逆に事故に遭うなんて、馬鹿すぎて笑い話にもならない。

 無駄に強い正義感なんて持っているから、そんな事になるんだ。


「ごめん……なさい……」


 ぽつりと彼女が謝った。


「どうして……君が謝るのさ?」


「だって……私が……私がコウちゃんを引き留めてさえいれば……」


「ち、違うよ。そんなに風に思わない方がいい」


「でも……」


「違うって言ってるだろ!」


 彼女はビクッと体を硬直させた。

 つい怒鳴ってしまった。

 自分でもどうして声を荒げてしまったのか分からない。

 けれど、彼女の自身を責める言葉を聞いて、それだけは違うと強く思ってしまった。

 それだけは絶対に認めてはいけないと思ったんだ。


「……ごめん、大きな声を出して。でも、違うんだ。君のせいじゃない。君は何も悪くない。だから、自分を責めないで」


「……うう……うああああ……!」


 彼女は僕の言葉を受け、堰を切ったように泣き出した。

 きっと、怖かったんだと思う。

 事故の事、浩介の事、自分が何もできなかった事、今日起きた事の全部が。

 けれど、その恐怖から逃げることも、その現実から目を逸らすことも許されない。

 独りではとてもじゃないけど、受け入れられるような事じゃない。

 事故の瞬間を見たわけではないけれど、それぐらい僕にだって察しがつく。

 だから、他人から声を掛けられて、君は何も悪くないと言われて、やっと彼女はその恐怖を前にして、その現実を前にして、感情を露わにすることが出来たんだ。

 僕は泣き叫ぶ彼女の肩を抱いて、ただ隣に座っていることしか出来なかった。


 しばらくして、彼女が泣き止んだ。

 けれど、ちょうどその頃、浩介の両親が僕の両親も連れ添って病院にやって来た。

 浩介の両親と対面した彼女は、頭を下げて、僕の時以上に何度も「ごめんなさい」と口にした。

 けど、おばさんが――浩介の母親が彼女を抱きしめて、「あなたのせいじゃないのよ」と優しく慰めるように言うと、彼女はまた泣き出した。



 浩介の手術は真夜中になっても終わらなかった。

 僕と彼女、僕と浩介の両親はただひたすら待合室で待ち続けた。

 本当は、僕等の両親が彼女は帰った方がいいと言ったんだけど、彼女は手術が終わるまでいさせて欲しいと懇願したため、彼女の両親に了解を取ってから、残ってもらうことにした。

 結局、浩介の手術が完全に終わったのは、事故から十時間後のことだった。

 手術が終わった直後、医者から僕達全員に説明があった。

 まず、手術は成功して、浩介は一命を取り留めたことと、現在は容態が安定していること。

 それを聞いて、僕も含め全員が安堵した。

 次に、奇跡的に脳にダメージは一切なかったため、麻酔が切れれば目を覚ますであろうことが説明された。

 それを聞いて、浩介の両親は安堵のためか、涙していた。

 もし、脳にダメージを受けて、何らかの障害が残るような事態になれば、本人とっても、両親にとってもこれほど辛いことはない。

 医者の説明を聞いて、誰もが安堵する中、けれども医者は最後に深刻な顔になって、残酷な事実を告げた。


「左足の膝から下の損傷が酷く、温存することが難しかったため、切断を余儀なくされました」



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