#7-1
色々考えたけれど、これまで女性と付き合った経験がない僕には、女の子が何をもらった嬉しいかなんて分かるはずもなく、結局、彼女の誕生日前日になっても、何をプレゼントしたらいいか決められずにいた。
あれこれ悩んでも結論が出ないと悟った僕は、他者の助力を請うことにした。
とは言え、こんな事を相談できる女友達などいるはずもなく、ともすれば、彼女の事を良く知る人物に相談する手しか思いつかなかった。
「で、オレになるわけねー」
坂田君は僕の説明を聞き終えると、あまり気乗りしないような表情をしていた。
「えっと……ダメ、かな?」
「ダメじゃないけどさ……そういうのって、他人にどうこう言われて決めるものじゃなくね? 貰う方も、その人が選んでくれたってこと自体に意味を感じると思うけどねー」
「……う、ん」
いつも軽薄そうな坂田君とは思えない真っ当な意見に正直驚きつつ、その通りだと僕は納得していた。
けれども、折角あげるなら、その人にとって貰えて嬉しいと思える物の方が好ましいことも、やっぱり事実なのだ。
「じゃ、じゃあ……せめて、彼女が野球以外で日頃どういう事に興味があるのかと教えてよ」
「おーい、それをオレに訊きますかー? それこそ本人に聞いた方がよくね?」
「そ、そうだけど……もう前日だし、今更彼女に訊いたら、プレゼントの事だってバレバレじゃないか」
「それもそっか……まあ、仕方いないですなー」
やれやれと坂田君は首を振って呆れた素振りを見せる。
「今回だけ、手を貸してあげましょう」
「ほ、ほんと!?」
「ああ。でも、由香にはオレが一枚嚙んだことは内緒にな。オレがアイツに誕生日プレゼントなんてしたこと一度もないんだからさ。変に気を使われても困るし」
「う、うん、分かったよ。恩に着るよ」
「ま、上手くいくかどうか知らないけどねー」
そう前置きしつつ、坂田君はしばし考えた後、思い出したように手を打った。
「そういやー、アイツ昔から本が好きだったな」
「本が好き……?」
「ああ、前に話しただろ? 昔のアイツがどんなだったか」
「ああ……うん」
そう言えば、その話を坂田君がした時、彼女はいつも本ばっかり読んでいたって聞いた気がする。
「アイツ、地味だったし、いつも一人でいたから、本ばっかり読んでたせいか、結構な読書家なのよ。オレからすれば、何がそんなに楽しんだーって気がするけどねー」
「そうか……本か……」
読書家。
それは僕の知る躍動的な彼女とは似ても似つかない言葉だ。
けれど、本を読む彼女を想像して、何故だかそれも彼女らしいと思えた。
「けどさ、流石のオレもアイツがどんな本が好きかなんて知らないよ。それに、本だとアイツももう持ってるかもしれないっしょ?」
「うん、そうだよね……」
さて、困った。
本をプレゼントするのはいいアイディアかもしれないが、既に持っている本では意味がない。
けれど、彼女が持っていない本なんて僕に分かるはずもない。
結局、何をプレゼントすればいいのか振り出しに戻ってしまった。
僕は悩みつつ教室を見渡す。
すると、後ろの方の席で本を読んでいる女子生徒を見かけた。本の話題になっていた時だったので、その女子生徒が何を読んでいるか気になったのだが、その本の表紙に書かれているはずの本のタイトルは見えなかった。
なぜなら、その本の表紙は真っ黒なものに覆われていたからだ。
「あ……」
女子生徒の読む本を見て、僕はピンときた。
「ブックカバー……なんて、どうかな?」
「ぶっくかばぁ、だあ?」
僕の提案に坂田君は意外そうな顔をした。
「やっぱり……ダメ、かな?」
彼の反応に不安になって僕は尋ねる。すると、彼はしばし考え込んで、
「んー……いや、いいじゃないかな」
賛同してくれた。
「ほ、本当に!?」
「ああ、いいと思うよ。アイツ、本を読むときはいつも真っ白で飾りっ気もないブックカバーしてたから、ちょっとは可愛らしいのとかあげれば喜ぶんじゃねーのかな」
「そっか……うん、そうだよね!」
心強い賛同者を得た僕は、彼女にプレゼントする物が心に決まった。
善は急げ。今日の放課後にブックカバーを買いに行くとしよう。
彼女に似合うような女の子っぽいブックカバーを。
「……あ、れ?」
プレゼントするものも決まり、それを買いに行く気にもなったところで、僕は肝心なことに気が付いた。
女の子っぽいブックカバーってどんなものものか僕には分からない。
というか、坂田君の言う可愛らしいものなんて僕は見たこともない。
どうしたら……。
いや、もう、どうすべきかなんて決まっていた。
「ねえ、坂田君……折り入ってお願いがあるんだけど……」
「な、なんだよ……改まって……」
僕の意図に坂田君は薄々感づいているのだろう。顔を引き攣らせている。
「今日の放課後……暇?」
「……本気か?」
「う、うん……」
「……勘弁してくれよ、せんせー」
坂田君はがっくりと項垂れて、ジトッとした目で僕を見てくる。
僕も自分でもどうかと思ったけど、それでもやっぱり今頼れるの彼しかいない。
「このとーりだから! お願いします!」
僕はわざとらしく頭を下げて懇願した。
「はあ……わーったよ、分かりましたよ! お付き合いしましょう、せんせ」
坂田君は呆れた様子を見せながらも、僕のお願いを聞き入れてくれた。
軽薄そうに見える坂田君だが、なんだかんだで彼は律儀で優しい。
やっぱり持つべきものは友だと思った。
その日の放課後、僕は面倒くさがる坂田君を連れ添って、駅前にある雑貨屋店に向かった。
その雑貨屋店は、高校生男子が二人で入るにはあまりにもファンシー過ぎるものだった。
そんな店に入ることを坂田君はもちろん嫌がった。
無論、僕だって入りたくなかったが、彼女へのプレゼントのためと腹を括り、僕は彼の首根っこを捕まえて入った。
そして、数十分後、僕と坂田君は顔を赤面させつつ、雑貨屋店を出た。
結果から言うと、目的のブックカバーを買うことはできた。
けれども、坂田君が一緒になって来てくれる必要があったかというと、甚だ疑問だ。
店に入った僕らは、そのピンク一色に染め上げられた店内に圧倒された。
そして、その雰囲気に困惑していると、あっという間に女性店員に声を掛けられた。
たぶん、男二人という面子が珍しかったからだと思う。
その店員にプレゼント用にブックカバーを探していると言うと、その店員はなんともわざとらしい笑顔で作って、僕らを案内し、そして、とても僕らでは考えも及びつかないピンクで可愛らしい装飾が施されたブックカバーを薦めてきた。
僕らは店員に薦められるまま、それを手に取りレジへ。
そして、ブックカバーはプレゼント用に包装され、可愛らしげな紙袋に入れられた。
そして、それを片手に僕らは店を出て、現在に至る。
「もう二度と、プレゼント選びなんかには付き合わない」
疲れ切った表情で坂田君は言い切った。
僕は苦笑い浮かべつつ、心の中で彼に詫びるしかなかった。




