#6-3
浩介は立ち直りが早い男だ。落ち込んでいるように見えて、すぐにケロッとした顔で何事もなかったように振舞う。
その精神力はゴキブリ並みのしぶとさだ。
それが浩介のいいところでもある。
だから、今回も落ち込んでいるように見えたけど、すぐに立ち直っていた。
飛んで行ったボールを彼女はまだ探している。
そんな彼女を離れたところからそんな彼女を眺めつつ、僕らは話し合っていた。
「んで、どうする気だ?」
浩介が脈絡なく尋ねてきた。
「どうするって、何がだよ?」
何を指して言っているのか、それは分かっていたけど、敢えて分からない振りをして返した。
「知れたことを……。相変わらず、誤魔化すのが下手だねぇ、お前」
「ほっとけ……」
やっぱり浩介には見抜かれていた。
以前、坂田君やマスターにまで考えていることが見抜かれたし、僕ってそんなに顔に出やすい人間なんだろうか?
「浩介こそ、どうするのさ?」
「俺か? うーん……さっきまで何するか悩んでたんだけどな。でも、由香を見てたら思いついたよ」
「奇遇だね。僕もだよ」
「そうか。じゃあ、被ってたら嫌だから、お互いに教え合うってのはどうだ?」
「いいけど……それで一緒だったらどうするのさ?」
「そん時はそん時だ」
「……まさか、ジャンケンで決めようとか言わないよね?」
「馬鹿言ってねぇで、由香が戻ってくる前に済まそうぜ」
「分かったよ」
腹の探り合いなんて言うと大げさだけど、僕も観念して浩介の提案に乗ることにした。
確かに、いざ蓋を開けてみると、同じ物でした、なんて事になったら、目も当てられない。
浩介の「せーの」という掛け声ともに僕達は同時にそれを声にした。
「グローブ」
「グローブ」
「……」
「……」
お互いに考えていた物を言葉にした後、無言で顔を見合わせる。
まあ、何となく、そんな気がしてたさ。だけど、ここまで思考が同じだと、ちょっと嫌気がさしてくる。
三日後の12月24日は、クリスマス・イヴだ。
けれど、僕達は別にクリスマスプレゼントの話し合いをしているわけではない。
実は、その日は彼女の誕生日なのだ。
だから、僕達が彼女に隠れて話し合っているのは、クリスマスプレゼントではなく、誕生日プレゼントについてだ。
かくして、僕と浩介で彼女にあげようと思っていたものは見事に被っていた。
誕生日まであと三日しかない。
早急に話をつけるべきだろう。
「言っとくが、俺は退く気はねぇぞ」
先手を打たんとばかりに、浩介が口を真一文字にして、頑なな態度を示した。
「ジャンケン」
「嫌だ」
「ジャン、ケン!」
僕はあくまでもジャンケンで決めようと、手をグーにして上下に揺らす。
「だが断る!」
「……」
なんて頑なな奴……。
と言うか、退く気もなければ、ジャンケンも嫌。
だったらどうしろと言うのだ。
「おい、浩介。被ってたら嫌だから教え合おうと言い出したのはお前だろ。その態度は如何なものかと思うぞ」
「はっはっはっ! 確かに言ったが、被ってたら譲ってやるとか、ジャンケンで決めようなんて約束した覚えはねぇぞ」
浩介は聞いているこっちが腹立たしくなるような笑いを零しながら、なんとも自分勝手な事を口にする。
汚いやり口な上に屁理屈で、ムカッと来た。
「この野郎……」
「お、やるか?」
しばし僕等は睨み合う。
こんな時、彼女がいたら「喧嘩はダメーッ!」とか言ってきそうなのだが、その仲裁役は、今は何処かにいってしまったボールを探すのに夢中で、こちらで起きている騒動など知る由もない。
いくらライバルでも喧嘩はしない。
それは彼女と最初に交わした約束だ。
沸騰した頭にその約束が冷や水のように浴びせられ、僕の頭は急激に冷えていった。
「仕方ないなぁ」
「……あ?」
僕の諦めにも取れる言葉に浩介は不思議そうな顔をした。
「譲ってやるよ、今回は」
「なんだよ急に……そんな事されたら調子狂うじゃねぇか……」
「別に。彼女との約束もあるしね」
「だから譲るってのか? そんな事してたら、いつまで経っても俺に譲ることになるぞ?」
「ばーか。今回はって言っただろ? それに、誕生日プレゼントにグローブなんて、女の子っぽくないって思い直しただけだよ」
「む……そこまで言うからには、グローブは俺がプレゼントするからな。後でやっぱなし、なんてこと言うなよ!」
「ばか。言うかよ」
ちゃんと否定したのに、浩介はそれでも僕に疑いの目を向けてくる。
よっぽど僕が素直に引き下がったのが信じられないらしい。
まあ、確かにグローブは今の彼女には最高のプレゼントになるかもしれない。
けど、それが浩介と被っていたなんて、正直いい気もしてなかったし、女の子っぽくないと思ったのも本当だ。
だったら、僕は僕で彼女に合うものを見つければいい。
あと三日しかないけど……。
「おーい、二人ともー!」
彼女が遠くから手を振って僕達を呼んでいる。
「いま行くよー!」
僕はこのプレゼント合戦の話し合いを打ち切るべく、彼女に呼び掛けに応えて走り出した。
浩介も僕に続いて走り出す。
「ちっ! 借りだなんて思わねぇからな!」
浩介は律儀にそう宣言して、僕を追い抜いていく。
僕も別に貸しにする気なんてさらさらなかったから、黙って浩介の後追って、浩介に負けまいと走った。
そして、彼女の傍まで駆け寄ると、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「ごめんね、タッちゃん、コウちゃん。ボール、見つからないの」
彼女はそう言うと、さらにシュンとした表情になった。
ボールが出てこないことに落ち込んでいるのだろう。
僕と浩介が話をしていた間ずっとだから、結構長いこと探していたはずだ。
もしかすると、思っていたより遠くに飛んで行ってしまったのかもしれない。
それから、僕と浩介も加わって、三人でボール探しをしたが、それでもやっぱりボールは見つからなかった。
「ダメだな……こんだけ探しても見つからないとなると、出て来ないかもな」
「……みたいだね」
いくら探しても出て来ないので、浩介も僕も既に諦めていた。
「ごめんね、二人とも。……本当にごめんなさい」
彼女は落ち込んだ様子で僕達に頭を下げてくる。
きっと、ボールをなくした責任を感じての行動に違いない。
「そんな……ボール一個くらいで、そんなに気にしなくてもいいよ、由香」
「そうだぜ。こんな事で謝ってたら、俺達野球部員は毎日監督に謝らないといけなくなっちまう。気にすんな」
僕も浩介も彼女に笑い掛けながら、フォローを入れる。
それに彼女は薄っすらとだったけど、笑顔が戻った。
「うん、ありがとう。タッちゃん、コウちゃん」
僕達にお礼を言う彼女は、それでも後ろ髪を引かれるように、ボールが消えていった方向を気にしていた。
「んじゃあ、今日はこの辺して帰るか」
彼女のそんな未練を断ち切るように浩介がお開きを宣言する。
「ま、そうだね。ボールがなきゃ続けられないしね」
「うう……ごめんなさい」
「……」
僕の余計な一言でさらに彼女を落ち込ませてしまった。馬鹿か僕は。
「ばか」
浩介も小声で僕を非難してくる。
もっともな意見だ。
僕も今回ばかりは反省するしかない。
なので、僕は罪滅ぼしをする事にした。
「浩介。由香を送っていきなよ」
「あ? お前はどうするんだよ?」
「僕は……まあ、用事を思い出したんだ」
「……そうかい」
「うん。じゃあね、浩介、由香。また明日」
僕はさっさと浩介と彼女に本日のお別れを口にした。
浩介はそれに対して「おう、またな」と言って、歩き出す。
けれど、彼女は何をそんな気にしているのか、その場を動こうとはしない。
「おい、由香。行こうぜ」
「う、うん……そ、それじゃあね、タッちゃん」
浩介に促される形で、渋々ながら彼女も僕に別れの言葉を告げて歩き出した。
よかった。
浩介には気づかれていたようだけど、どうやら彼女には僕の意図は気づかれなかったようだ。
僕は二人の姿が見えなくなるまで見送った後、ボールが消えていった方へと再び足を踏み入れた。
それから三十分後、いくら三人で探しても見つからなかったボールが見つかった。
「やれやれ……随分と遠くまで飛ばされてたな……」
信じられないことに、浩介の全力投球を彼女は本当にホームラン並みに打ち返していた。
きっと、どこかの強豪校の監督なら、彼女の性別が女性であることに嘆くことだろう。
天は彼女に二物を与えたけれど、それを役立てる運命までは与えなかったらしい。
「さてと……ボールも見つかったし、やっていくかな」
僕は左手でボールを握り、毎日欠かさず行っている『日課』を始めた。
『日課』を終えて、その帰り道。
すでに薄暗くなり始めた頃、いつも公園に来るために三人で通っていた道で、車がガードレールに突っ込んでいる事故を見かけた。
見通しの悪いカーブになっている所で、事故の多い場所だと知っていたが、その事故現場を見るのは初めての事だった。
「……本当に危ない場所だったんだな」
僕はその事故をしたフロント部分がひしゃげた車を見て怖くなり、身震いした。
もし、あのガードレールと車の間に人がいたりしたら……。
そんな考えが過ってさらに怖くなって身の毛がよだつ思いがした。
今度、浩介達にも危ないことを伝えておこう。
そんな事を思いながら、僕は家路についた。




