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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第二部 彼女と幼馴染と野球と
25/52

#6-2


 浩介の腕が僕に向かって大きく振り下ろされた瞬間、バシンという音と共に僕のグラブにボールが収まる。

 キャッチボールの時とは次元を異にする球速だ。相変わらずいい球を投げる。

 まあ、間違ってもそんな事、悔しいから本人には言わないのだけれど。


「それじゃあ、いってみてようかー!」


 僕が浩介にボールを投げ返すと、快活の良い声を上げて、彼女が僕の斜め左に立つ。

 その手にはバットが握られている。


「ねえ、本当にやる気なの?」


「うん、当たり前だよ。バッターがいた方が練習になるでしょ?」


 彼女は僕の問いかけに平然と答える。


「でも、危ないんじゃない? せめてヘルメットぐらいはした方が……」


「大丈夫だよ。ピッチャーを誰だと思ってるの? あのコウちゃんだよ?」


「だってさ、浩介。信頼されるてるねー。凄いじゃないか」


「感情が籠ってねぇぞ、達也。心にも思ってねぇこと言うんじゃないっての……。けどよ、由香。ぶつけるなんて事は絶対にないが、本当に大丈夫か?」


「だいじょーぶー! 散々、二人の脇で見てきたんだから。もしかしたら、打てちゃうかもよ?」


「いやいや、流石にそれはねぇわ」


 浩介は笑いながら否定したが、僕はといえば、内心では、もしかしたら、なんて事を思っていた。

 なんたって、彼女の幼馴染である坂田君曰く、二物持ちらしいから。

 彼女は頭だけじゃなく、運動神経もいい。

 それは僕も浩介も知っていたけど、僕はそれを実感していたから尚更だ。

 まあ、どんなに運動神経が良くても素人が打てるわけがないのだが。


「ふっふっふっ! 私を甘く見ると、痛い目にあうよ、コウちゃん!」


 彼女もあくまでも打つ気でいるようだ。

 あの不敵で怪しい笑いがその証拠だ。


「ちっ! そこまで言われちゃあ、後にはに退けねぇな……おい、達也! おもっきり行くからな!」


 浩介もよせばいいのにムキになっている。

 勘弁してほしいが、もはや、止める術はない。

 僕は面倒くさいことになったと思いながら、この無意味な対決を容認することにした。

 彼女はバットで地面にホームベースとバッターボックスを描くと、バッターボックスに立ち、構える。


「……へぇ」


 意外だった。

 バッターボックスに立つ彼女の姿は案外と様になっていたのだ。

 僕はそれに感嘆していた。

 浩介もきっと僕と同じように感じているはずだ。

 その証拠に、僕とは違って顔を若干引き攣らせている。

 きっと、思っていた以上に相手が強敵かもしれないと思っている違いない。

 こうなると、負けず嫌いな浩介はもう後には退かない。

 と言うか、たぶん全力でくるだろう。

 闘争心に火が付いたというやつだ。

 益々、面倒くさいことになったと僕は思ったが、もう何も言わなかった。


「本当に全力で行くからな!」


「うん、いつでもどうぞ!」


 浩介の最終通告も気合満々で彼女は受け流す。

 なんて男前な。

 これぞ、大和撫子というやつか。


 浩介は彼女の返事を聞くや、真面目な顔になって、投球モーションに入る。

 僕も覚悟を決めて、浩介の投げる球に意識を集中する。

 浩介が本気で投げる球なんて、遊び気分では受けられない。

 下手して、受け損なえば、僕が怪我してしまう。

 引き上げられた左足が、大きく踏み込まれると同時に、浩介の右腕が振るわれる。

 その瞬間、目にも止まらなぬ剛速球が迫ってくる。コースはど真ん中のどストレートだ。


 どんなにバッターボックスに立つ姿が様になっていていも、野球経験のない素人ならば、その速さに恐れおののき、バッターボックスから逃げ出す。

 正直言うと、彼女もそうだろうと考えていた。

 だから、何も起こらず、浩介の投げた球は僕のグラブに問題なく収まる。

 そう思っていたんだ。

 銀色に鈍く光るものがタイミングよく視界に入り込むまでは。


「えい!」

「――え」


 彼女の気合いっぱいの声と僕の呆気に取られる声が被る。

 グラブにボールが収まる際の独特な音と感触はない。

 その代わりに、耳をつんざくような快音が響き渡った。


「う、うそぉ!?」


 浩介が背後を振り返って驚愕の声を漏らす。

 僕は思わず立ち上がって、それを見送った。

 青空に弧を描くようにそれが飛んでいた。


「やったー! 打てたー!」


 彼女はその場で飛び跳ねて大喜びしている。

 信じられない。

 信じられないけれど、彼女は浩介の全力投球を打ってしまった。

 そして、さらに信じられないことに、彼女が打った球は、僕らが思っている以上に空を渡っていく。


「あ、あれ……? み、見えなくなっちゃった……」


 彼女もその様に些か困惑ぎみだ。

 飛んでいったボールは、公園の木の陰で隠れて見えなくなってしまっていた。

 見事に、ホームランである。

 僕はボールが見えなくなってもなお、それを探し求めるように目を泳がしていた。

 浩介もきっと同じで、空を見上げたまま、固まっている。


「あ、はははっ……ぼ、ボール、探してくるね!」


 彼女は僕達の様子に気まずさを感じたのか、バットを投げ捨てて、慌ててボールが飛んで行った方に走って行ってしまった。

 僕は彼女の姿を目に追いつつ、浩介に近づいていく。

 その間、浩介は微動だにしてなかった。

 浩介の傍まで寄って、僕は浩介の肩に手を置いた。


「ま、まあ、こういう事もあるさ。偶然って怖いよな」


 慰めのつもりではないが、それでも浩介の心情を慮って、声を掛けた。

 そのつもりだった。


「……なあ、達也」


「な、なんだ?」


「俺、ピッチャー、やめようかな」


 浩介にしては珍しく落ち込んでいた。


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