表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第一部 僕と彼女と野球と
23/52

#5-8

 色々とあったけれど、僕らは笑い合えるような仲になることができた。

 そういう関係に戻ることができた事に、僕は心底嬉しかった。

 そんな安堵の空気に包まれた時だった。


「あ、そうだ!」


 笑い合う僕らの間で、彼女が突然思い出したように声を上げた。


「どうしたの? 高橋さん」


「うん、いいことと思いついちゃって」


「いいこと?」


「うん、いいこと、だよ」


 そう繰り返す彼女は、本当にいいことを思いついた時のように嬉しそうな表情だった。

 けれど、僕はそれに何か嫌な予感がしていた。


「そ、それってどんなこと?」


「難しいことじゃないよ。私達、折角仲良くなれたのに、いつまでも他人行儀に苗字で呼び合ってるじゃない? だから、もっと親しげに呼び合えたらいいなって思っただけ。それに、二人とも前から私の事は名前で呼んでいいって言ってるのに、ちっとも呼んでくれないんだもん。これを機に、名前で呼び合うとかしようよ」


「おー、それはいい考えだな!」


 浩介が彼女の提案にあっさりと賛同してしまった。


「う、うん、僕も構わないよ」


 彼女の言い分は、別におかしな事でもなんでもない。

 だから、僕も嫌な予感がしつつも賛同した。


「じゃあ、二人とも、これからは私の事、由香って呼んでね?」


「おう、分かったぜ、由香!」


 ここでも浩介はあっさりと彼女の名前を口にする。

 それに彼女は嬉しそうに微笑み、そして、期待に満ちた目を僕へと向ける。


「う……」


 僕は気恥ずかしさのあまり、すぐに言葉にできなかった。

 この時ばかりは、浩介の豪胆さを羨ましく思った。


「ほら、高杉君も」


 彼女は僕にも呼ぶように促してくる。


「わ、分かったよ……ゆ、由香」


 僕は渋々彼女の名前を口にする。

 すると、彼女はまた嬉しそうに満面の笑みを見せた。

 恥ずかしかった。さっき彼女に想い告げた時よりも、ずっと緊張してしまった。

 そんな思いをしている事に彼女は気づく気配もなく、話を続けた。


「それじゃあ、私は二人をなんて呼んだらいいかな?」


 彼女が僕と浩介にそう尋ねると、浩介が答えた。


「ん? それは由香が呼びやすいように呼んでいいんじゃないか?」


「え! ホント!?」


「ああ、それでいいよな? 達也」


「え!? あ、ああ……うん、そう、だね……」


 僕は戸惑いつつも浩介の賛同してしまった。

 それがいけなかった。


「そっかー、それじゃあ、なんて呼ぼうかなぁ……」


 彼女は何故かそんな事を呟きながら悩みだした。

 そして、しばらくすると、閃いたと言わんばかりに表情を明るくした。


「よし、決めた! じゃあね、名倉君はコウちゃん、高杉君はタッちゃんって呼ぶね!」


「え!?」


 彼女の言葉を聞いて、僕は驚きのあまり声を上げてしまった。


 タッちゃん……。

 それじゃあ、まるで本当にあの漫画の……。

 これはいくらなんでも……。


「え……ダメ、かな……?」


 彼女は僕の反応に不安げな表情を向けてくる。


「い、いや、俺は全然問題ないけどよ……」


 浩介はそう言うと、僕をちらりと見てくる。


「良かった。高杉君は?」


「あ、いや……それは……」


「やっぱり、ダメ?」


「あ……う……」


 申し訳なさげに上目遣いで彼女が見てくる。

 それに僕は嫌だとすぐに告げる事ができなかった。

 浩介はそんな僕を見ながら、クスクスと笑っていた。

 その浩介の様子に彼女も気づき、小首を傾げた。


「あれ? コウちゃん、どうしたの?」


「い、いや……達也の反応が面白くって……。由香、お前、狙ってやってるのか?」


 よっぼど僕の反応が滑稽だったのか、浩介はそう彼女に尋ねている時でさえ笑っていた。

 けれども、彼女は訳が分からないとでも言いたげな表情をしているばかりだ。


「そっかそっか、知らないでやってたのか! まあ、そうだよな!」


 浩介はそんな彼女の反応を見て、さらに笑っていた。

 浩介の奴、こっちがこんなに困ってるのに完全に楽しんでやがる。


「えっと……どういうこと?」


「ん? あ、ああ、コイツの名前な――」


「ば、馬鹿、浩介! それ以上先はお前でも許さないぞ!」


 浩介が口を滑らせそうになったので、慌てて止めに入った。


「いいじゃねぇか、この際。知ってもらっておくことも必要だと思うがなぁ」


「馬鹿言え! お前は、ただ面白がってるだけだろ!」


 第一、そんなにやけ面で何を言われても信じられるか!


「ええっと……つまり、タッちゃんは、ダメ?」


「うぅ……ダメじゃ、ないけど……」


 再度、彼女に悲しげに尋ねられて、僕はその表情に押し負けてしまった。


「ホント!? ホントにタッちゃんって呼んでいいの?」


「……うん」


「わぁ! よかったぁ!」


 僕の返事を聞いた彼女は満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔があんまりも嬉しそうだったので、僕はもう嫌とは言えなかった。


「よし、ひとまず話は纏まったし、もう遅いから、そろそろ帰ろうぜ」


 僕が頭を抱える中、浩介がこの話題を打ち切るように告げた。

 公園にある時計を見れば、もうすぐ八時を回ろうとしていた。

 随分と長く話していたようだ。


「うん、そうだね。すっかり遅くなっちゃったもんね。二人とも、もちろん家まで送ってくれるよね?」


「おう、当然だろ」


「夜道を女の子だけ歩かせるわけにはいかないからね」


 僕も浩介も当然の如くそう言うと、彼女の両脇に並んで、歩き出した。


「あ、そう言えば!」


 歩き出すと、突然彼女がまた思い出したように声を上げた。


「タッちゃん、コウちゃんが出てくる前に私に何か尋ねようとしてなかった?」


「え……ああ、うん、そう言えばそうだったね……」


 そうだった。

 彼女が中学生の時に見たピッチャーが誰なのか聞こうとしていたんだ。

 今や、それが誰なのかなんて、もうどうでもいいかもしれないけど、それでも気にはなることだ。


「あれって、なんだったの?」


「う、うん……由香が中学に見た時のピッチャーって、結局誰だったのかなって……」


「おう、それ、俺も気になってたんだ。どう考えても、その練習試合、俺達がいた北中と三崎中の練習試合だろ? つーことは、その時のピッチャーは、俺か達也のどっちかってことだろ?」


 そう、僕と浩介のどっちかだ。

 あの試合は、前半は浩介が投げて、後半は僕が投げた。

 だから、彼女が見たピッチャーは僕か浩介のどちらかなのだ。

 果たしてどっちだったのか……。


「えへへ……やっぱり二人にはバレてたんだね……」


 彼女は恥ずかしそうに笑いながら、僕達より一歩前に踏み出して、振り向いた。

 僕はその瞬間、息を飲んだ。

 ずっと疑問に思っていたことが、つい分かると思って緊張した。

 けれど、彼女は人差し指を口元にそえて、


「それは……内緒だよ!」


 愉しげにそう言った。


「ちょっと待て! それはないだろ!」


「そうだよ! 教えてよ!」


「えー、どうしよっかなー?」


 僕と浩介は彼女に迫ったが、彼女は愉しげに笑うだけで、決して話そうとはしなかった。

 その時の彼女の天真爛漫な笑顔は、本当に綺麗だった。


 そんな君の笑顔を、僕はずっと見ていたいと思った。


第一部、完。

第二部へ続きます。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入って頂けた方は 評価ブックマーク感想 をいただけると嬉しいです。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ