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ずっと君を見ていたい  作者: みどー
第一部 僕と彼女と野球と
14/52

#4-2

「あ、ありがとう、坂田君。助けてくれて……」


「あいよ、困った時はお互いさまってな。ま、ちょっとばかし助けるのが遅かったようだけどねぇ。顔、大丈夫?」


 坂田君はまだ立ち上がれない僕のためにしゃがんで顔の傷の具合を診てくれる。


「う、うん……ひりひりするのと、頭がクラクラするぐらいだよ」


「あちゃー、そりゃあ、ちょっとヤバイな。保健室まで連れて行こうか?」


「あー……それは有難いけど、お断りしておくよ。この顔見られて、先生に事情を聴かれた時にどう答えればいいのか分からないから」


「んなの、上級生に問答無用で殴られたっていえばいいじゃねーの?」


「あのね……そんな事言ったら、色々と問題になるだろう? 僕は何事も波風立てたくない主義なの」


「ああ、そういうこと。そりゃまた、難儀な生き方だねぇ」


 坂田君は苦笑する。

 どの辺が難儀なのか教えてもらいたいところだけど、今はそれも億劫だ。


「それにしても、君、強いんだね?」


「ま、ね。これでも中学まで空手やってたからね。素人なんかには負けません!」


 坂田君は自慢げにえっへんと胸を張る。

 その様子がちょっとおかしくて笑ってしまった。


「あたた……」


 笑ったついでに頬が痛んだ。


「おいおい、まだ安静してた方がいいぞ?」


「あ、うん、でも大丈夫だよ、もう」


「そっか? しっかし、お前はとんだとばっちりだよな? 勘違いされた挙句、殴られるたぁ」


「……うん」


 まったくだ。

 それもこれも、彼女に関わってしまったからだ。

 彼女と関わりさえしなければ、こんな事にはならなかった。


「お前、いま高橋にさえ関わらなければこんな事にならなのかったのにー、とか思ってるだろ?」


「え!?」


 坂田君に心の声を言い当てられて、僕は取り繕うこともできず、驚いてしまった。


「図星か……まあ、お前の気持ちも分からなくもないよ。オレもお前と同じ立場ならそう考えると思うよ。けどよ――」


「高杉君!」


 坂田君が何かを言いかけた時、僕の名前を呼ぶ声が聞えてきた。

 僕と坂田君はその声が聞えてきた方を一斉に振り向いた。

 そこには、彼女がいた。


「げっ! ゆ、由香ぁ!?」


 現れた彼女に、坂田君は何故か悪さをしているところを先生に目撃されてしまったような、そんな慌てた時のような声を出した。


「……ト、トシちゃん?」


 坂田君の声に彼の存在に気づいた彼女は、彼を見て、不思議な言葉を呟く。


「由香? トシちゃん?」


 彼女と坂田君、その顔を交互に見た。

 彼女は状況が理解出来ていないのか、茫然としている。

 対して、坂田君は気まずそうな表情を浮かべている。

 そんな二人に挟まれて、僕はこの状況が何か凄くまずいよう気がしてきた。


 一時の空白の時間、それは彼女が我に返ったことで終わった。

 彼女は僕に視線を移してくる。


「た、高杉君、その怪我!」


 彼女は僕の顔を見るなり、僕のところに駆け寄ってきた。


「顔、赤く腫れて……だ、大丈夫?」


 彼女はその細い指で、僕の頬に触れてこようとする。

 僕は身を引いてそれを拒んだ。


「あ、ああ、うん……だ、大丈夫だよ、これぐらい……」


 気まずさから、極力を目合わさず答える。

 すると、彼女は頬に触れようとした手を引いて、俯いた。


「……トシちゃん、これはどういうこと?」


 トシちゃん。

 おそらく、それは坂田君のことを指しているのだろう。

 彼女は俯いたまま、暗い声で彼に尋ねた。

 それに対して、坂田君は非常に困った様子だった。


「こ、これはその……いやいや、それ以前になんでお前がここに?」


「私は……高杉君が男子生徒に体育館裏に連れていかれたって友達に聞いて、それで心配なって来たの。そしたら……」


 僕と坂田君がいたというわけだ。

 しかも、僕に至っては顔に殴られた跡がある。

 となると、この状況、ちょっとまずい方向に傾いているのかもしれない。


「答えて、トシちゃん。ここで何があったの?」


 彼女はもう一度坂田君に尋ねる。

 今度は顔を上げて、彼をまっすぐ見て。

 案の定、彼女の表情は強張っていた。

 その目は彼を睨んでいるようでさえあった。


「い、いや、だから、これは……」


 そんな彼女の様子に坂田君はしどろもどろになってしまっている。


「ちゃんと答えて! 答えによっては、いくらトシちゃんでも許さないよ!」


 彼女は語気を強くして坂田君に迫る。

 けれども、それは逆効果でしかない。

 それでは、答える側も委縮してしまう。

 それは僕の知らない彼女の一面だった。

 彼女がこれほど感情を露わにして、他人に対して激情をぶつけるなんて、意外だった。


「ち、違うんだよ、高橋さん! 彼は僕を助けてくれたんだ!」


 僕は彼女や坂田君の様子に見かねて、後先考えず、そう口にしてしまっていた。


「え……たす、けて……?」


 僕の言葉に彼女の強張っていた表情が薄れていく。

 けれど、坂田君はそれを聞いて、天を仰いでいた。


「どういうこと?」


 今度は落ち着いた様子で彼女は真っ直ぐ坂田君を見据えて尋ねた。

 その様子に坂田君は諦めたように肩を落とした。


「あーあ……わーったよ、言うよ。けどなー、あんまショック受けるなよ?」


 そう前置きして、坂田君は事の真相を彼女に語って聞かせた。

 僕が三人組の先輩に勘違いされた挙句、因縁をつけられ、殴られたこと。

 その原因が、ここ数日の僕と彼女との交流であったこと。

 そして、殴られていた僕を見かねて、坂田君が助けに入ったこと。

 それらを包み隠さず、彼は喋った。

 そして、最後に彼は付け加えるように、ある事に触れた。


「まー、引き金になったのは、昨日、お前らが一緒に街を歩いているのを目撃されたってのが、一番だよな。それが、お前に好意を抱いている奴らにとっちゃあ、面白くなかったんでしょーよ」


 坂田君の話を彼女は黙って聞いていた。

 そして、彼が話し終わると、俯いてしまった。

 この時になって、坂田君が何故彼女の問い詰めに答えあぐねていたのか分かった。

 彼は、この事実を彼女に告げると、彼女が傷つくと分かっていたのだ。

 それを僕が馬鹿正直に「助けてくれた」なんて言ってしまったから……。


「そっか……そういうことだったんだね……」


 抑揚なく彼女はそう呟く。

 その言葉からでは、彼女がいまどんな心境にあるのか、測り知ることはできなかった。


「あ、あの、高橋さん……?」


 声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせた。

 そして、僕の方へと振り返って、顔を上げた。


「――」


 その顔を見て、僕は衝撃を受けた。

 彼女は瞳を潤ませ、今に泣き出しそうな顔をしていた。


「ごめんね、高杉君。私のせいで……」


「い、いや、これは、君のせいなんかじゃ……」


「ううん、全部私のせいだよ。高杉君や周りの人の気持ちも考えずに、自分勝手なことをした私のせい。そのせいで、君を傷つけた。昨日も、今日も……全部、私が悪いんだよ」


 そう口にする彼女は今にも泣きだしてしまいそうなところをぐっと我慢していた。

 そして――。


「ごめんなさい!」


 その言葉を告げて、彼女は走っていってしまった。


 彼女を呼び止めることはしなかった。

 僕にはそれが出来なかった。

 呼び止めたところで、どんな言葉を彼女に掛けるべきか分からなかったから。

 だから、泣いているのが分かっていても、走っていく彼女の後ろ姿をただ見送ることしかできなかった。


 校舎裏には、僕と坂田君とだけが取り残されてしまった。


「あちゃー、ありゃあ、ちょっとまずいな……」


 坂田君は頭を掻きながら、困り顔でそう口にする。


「……ごめん。僕のせいだ。僕が余計な事を言ったから……」


「んなことねぇよ。高杉は何も悪い事なんてしてないだろ。それに由香が高杉に迷惑かけていたのも本当のことだ。あいつもそれを知っておくべきだったんだよ」


「……うん」


 果たして本当にそうだろうか?

 少なくとも、あのまま黙っていれば、彼女をあんな風に泣くほど傷つけることもなかったように思う。


「彼女……大丈夫かな?」


「あのねー、お前が由香の心配しても仕方ないでしょ? まー、アイツもこれで自分の今の立場ってもんが分かったんじゃないの」


「そうかもしれないけど……。それにしても、君は随分と彼女と親しいみたいだね?」


「……まあ、ね」


 坂田君は曖昧な返事と共に、気まずそうに僕から視線をそらす。


「もしかして、坂田君って、高橋さんの……?」


「ばっ……そ、そんなんじゃねーよ!」


 僕の勘ぐりに坂田君は慌てて否定した。

 けれど、その反応では余計に怪しくなってしまう。


「じゃあ、何のさ? さっき彼女に親しげに呼ばれてたでしょ? トシちゃんって。君も彼女の下の名前を呼び捨てしてただろ?」


「う、うぐ……お、お前、殴られてフラフラな癖に、よくそんな余裕が……」


「あんなに連呼されれば、どんな状況でも気にもなるさ。で、どうなの?」


「おう……まあ、アイツとオレは、家が近所でな。ガキの頃からの腐れ縁だ。所謂、幼馴染って奴だよ」


「幼馴染……」


「ああ。つっても、アイツとはそれだけだ。こうやって周りに関係を勘ぐられたくなくて、黙ってたけどね」


「そっか。そうだったんだ……」


 なんとなく、その気持ちは分かる。

 僕も元ピッチャーだった事は、あまり周りに知られたくない。

 ピッチャーであった頃に周りから持ち上げられていただけに特にだ。

 彼女があれだけ校内で有名だから、彼もそれに似た気持ちがあるに違いない。


 そんな事を考えていると、坂田君は僕をじっと見つめてきた。


「な、なに?」


「……いや、高杉って変わってるなって思って」


「……なにそれ?」


「いや、気にすんな。それよりも、一限にはもう間に合ないし、何処かで怪我の手当てでもしながら、時間潰さね?」


「あ、ああ……うん、そうだね」


 僕は坂田君が何を言いたかったのかよく分からないまま、彼の提案に乗った。


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