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第20話 いざ、大海原へ~その5~

「全員配置につけぇぇぇっっ!」


 ヴァスコは叫びながら操舵輪(そうだりん)の前につくと、短いロープをとって自分を縛りつけ、操舵輪の下にある柱にくくりつけた。

 そして両手でしっかりとにぎると、船の真後ろをにらみつけた。

 しかしその表情がすぐに溶けてしまう。


 (せま)い入り江の向こうから、黒々とした水の壁が迫る。

 そのあまりの大きさにヴァスコは後悔し始めた。


「なんて大きさだ。これじゃ船が島ごとつぶされちまう」


 トナシェに破壊神を呼び出させるべきじゃなかった、そう思いながらもあらぬ場所をにらみつけると、すぐに船員に指示を送った。


「おまえらっ! しっかりロープで腹をくくったかっ!?

 みんなしっかりつかまっとけよっ!」


 そして深く息を吸い、その時に備える。


 瞬間、轟音(ごうおん)を立てて入り江の岩に大波がぶつかった。

 振り返ると、入江のすきまには大量の海水が入り込み、岩の上からも激しくしぶきが舞う。


「くるぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 衝撃。

 船尾が激しく打ちつけられ、それをも乗り越えて大量のしぶきが舞い上がる。

 ヴァスコは必死に操舵輪にしがみつくと、すさまじい水が背中に叩きつけられた。


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 水に飲み込まれるかと思ったが、視界が開けると船首が徐々に前に押し出される。

 前方に岩場が迫ってくるのを見て、あわててヴァスコはハンドルを思いきり回した。


 船はそれなりに右に曲がったものの、それでも前側面が激しく叩きつけられる。

 衝撃でヴァスコ達はバランスをくずしそうになる。「ぐおあっっっ!」


 やがて船体が徐々に上へと浮かび上がってくる。砂浜が完全に波に飲み込まれたのだ。

 必死に舵を押さえつけるヴァスコの耳に、その場にいない人物の叫びが聞こえてくる。


『ロヒインですっ! 魔術を使って話しかけてますっ!

 いまの衝撃に船底に穴があいて大量の水が入り込んでいますっ!』

「ほうっとけっ! いまはここを無事に抜け出すのが先だ!

 まだぶつかる可能性があるからみんなしっかりつかまってろいっ!」


 やがて船が入り江のほうに引きずられている。

 しかしまだ船首は入り江のほうを向いていない。このままでは岩場に船が叩きつけられてしまう。


 ヴァスコは一瞬迷い、思いきって舵をまっすぐ戻すことにした。


「うおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 全力でハンドルを回していると、船の向きがどんどん入り江に向かって後ろ向きになっていく。

 船員がヴァスコに呼び掛ける。


「船長!

 この向きでは船尾のどちらかが岩場にぶつかっちまいますっ!」

「だからお前らを残したんだっ!

 いいからしっかり岩場を見張ってろっ!」


 巨大船は後ろ向きのまま、狭い入り江に引っ張られていく。

 別の船員が叫んだ。


「まずいですっ!

 左舷(さげん)のほうが岩場に近づいていますっ! なんとかしないとっ!」


 真後ろをしっかりと確認することができないまま、ヴァスコは叫んだ。


「もっと舵を切るぞっ!

 それでも船の横っつらがぶつかるかもしんねえからみんな覚悟しとけっ!」


 そしてヴァスコは力の限り、ハンドルを(せい)いっぱい回した。


「どおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 一瞬影につつまれたかと思うと、次の瞬間船全体が細かい震動におそわれた。

 そのショックでヴァスコはとうとう床にたたきつけられてしまった。


 気を失いそうになり、それでも頭を振りかぶって立ち上がる。

 そして立ち上がって船員たちに呼び掛ける。


「どうだっ! 抜け切ったかっ!」

「……大丈夫ですっ!

 船はなんとか入り江を抜けだしましたっ!」


 すると船が大きく()れだした。周りをうかがうと海が大きく荒れている。

 大波がぶつかったあとも津波は海全体を(おそ)っているらしい。


「みんなまだ動くなよっ!

 船に2か所も穴があいちまったが、直すのは揺れが収まってからだっ!」


 やがて船の揺れが少しずつ収まっていった。

 ヴァスコは船員たちに手を振る。彼らが一斉に下に降りて行くのを確認すると、ヴァスコは操舵輪に背を向けてその場に尻をついた。


「フゥ、こうなるのはわかっちゃいたがたまったもんじゃねえな。

 魔物どもにはしばらくおとなしくしてもらいたいもんだぜ」

「おっさんっ! 大丈夫かっ!?」


 うっとうしそうに顔をあげると、そばに立つコシンジュが心配そうにこちらを見つめていた。


「おう、おれなら大丈夫だ。それより下はどうなってる?」

「みんな必死で作業中だ。

 オレには特になにもできることはないから、こうやって上の様子を見てきた」

「ふん、優しいこったな。

 だけどこっちじゃ別にやれるこたぁねえぜ」


 その時だった。2人の上空で、なにか巨大な影が現れた。

 コシンジュたちが見上げると、巨大なサメがまっすぐ立って腕を組んでいる。


「あ、あれ? ヨトゥンさんまだ消えてなかったの?」


 コシンジュの消え入りそうな声を聞き、怒り心頭の表情が口を開けた。


「キミたち、まだ死んでなかったのか。

 ひょっとして、ぼくをうまく利用してあの入江から抜け出すって魂胆(こんたん)だったんじゃないの?」


 コシンジュとヴァスコは必死に首を振るが、目のない顔は思い切りゆがんだ。


「許さないっっっ!

 こうなったらこの船ごと、お前らを吹き飛ばしてやるっっっ!」


 そう言って片手を思いきりあげると、そこから激しく回転する水のかたまりを生み出した。


「「わっ、わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」


 2人が抱き合って身体をかばう。

 ところが攻撃はやってこない。見上げると、海の中から水でできた触手が現れ、ヨトゥンガルドの体中を縛りつけた。


「待てっ! ぼくの仕事はまだ終わっていないっ!

 ぼくはこいつらを片づけるっ! 邪魔をするなっっ!」


 必死に抵抗するヨトゥンガルドだったが、触手に思い切り下に引きずられると、あえなく巨大な水しぶきをあげて消えていった。


「お、覚えてろよ……

 次呼ばれた時は、必ず……」


 見えない場所から捨てゼリフを吐くと、急に波が穏やかになっていった。

 コシンジュとヴァスコはほっと胸をなでおろす。


「ヨトゥンガルド、再び眠りにつきましたか」


 後ろからトナシェに呼び止められ、2人は飛び上がるようにして振り返った。


「ばっ、バカッ! 後ろから声をかけるんじゃないっ!」

「心臓がちぢみあがったじゃねえかっ!」


 叫ぶコシンジュとヴァスコだったが、どこか呆然としたままの彼女を見て冷静になった。


「トナシェ、大丈夫なのか?

 あいつ相当怒ってたぞ、次呼びだしたらいったいどうなることか」


 すると突然トナシェは現実に戻ったかのようにコシンジュのほうを向き、あっけらかんと答える。


「それなら大丈夫ですよ?

 ヨトゥンガルドは破壊神の中でも圧倒的に物覚えが悪いんです。

 次に呼び出すことになっても、また笑って出てきますよ」


 それを聞いて、いまだに信じることができないコシンジュとヴァスコはお互い顔を見合わせ、そしてまたトナシェに目を向けた。

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