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第20話 いざ、大海原へ~その2~

「あ~っ! 海風が吹いて気持ちいいな~~っ!

 そしてなにより、ヒマだな~~~~っっ!」

「なんでテンションマックスでそんなことが言えるんだ。アホかお前は」


 コシンジュの能天気な声にイサーシュがぼんやりしてつぶやく。

 若い剣士は早くも船旅にあきてきた模様である。ロヒインが苦笑する。


「船の旅はこれまでと違って変化がありませんからね。

 わたしもこれから一週間以上これが続くってなると、正直うんざりしてきます」


 そこへ少々あきれ顔のヴァスコが彼らに呼び掛ける。


「なに言ってんだお前らは。はっきり言ってヒマじゃないぞ?

 お前らはこれから船の一員として、いろんなことを覚えてかなきゃいかん。

 マストの張り方しまい方、砲台の使い方、貴重な水や食料の扱い方、何から何まで覚えてもらわなきゃいかん」

「え~っ!?

 なんでそんなこと覚えなきゃいけねえんだよ。めんどくせ~」

「めんどくせ~、じゃねえよ。

 こんなことは言いたかねえが、乗組員に万が一のことがあったら、お前らが代わりを務めなきゃいけねえんだからな。

 まったく何を浮かれてやがんだお前らは」


 するとバンダナを巻いた乗組員の1人が荷物を持ちながら告げる。


「まあまあ船長。あっしらはあんたの腕を頼りにしてまっせ。

 心配しなくてもあっしら自分で自分の身を守れまさぁ。

 もっとも日にちが立てばいやでも教えてくれと頼んでくるに決まってますがね」

「そんなもんか?

 だったらしばらくはなにをして過ごせってんだこいつらは」


 ヴァスコがアゴヒゲをいじりながら言うと、船員は別の仲間に呼びかけた。


「おい! あれを持って来やがれっ!」


 すると仲間は一度船内に入り、しばらくして両手に何かを持ってきた。


「おい! コイツを受け取りなっ!」


 そう言ってこちらに向かって放り投げると、イサーシュとコシンジュの2人がなんともなしに軽々とそれを受け取る。


「おおっ! コイツはっ!」

「なるほど、こいつはいいヒマつぶしになるな」


 2人が受け取ったのは、表面に布をグルグルに巻いた模擬(もぎ)の剣だった。

 それなりの重量があり、実戦を想定したものと考えられる。


「お前らもいっぱしの戦士なら、船の扱いよりそっちの方が性に合うだろ」

「おうっ! 気が効くなニィちゃん! ありがたく使わせてもらうぜっ!」


 コシンジュが剣を振って礼を返したところで、ロヒインが眉をひそめた。


「ちょっと待った。コシンジュとイサーシュはそれでいいと思うよ。

 だけど残されたわたしたちはどうすればいいの?」

「ああそれならちょうどよかった」


 となりにいた小さいトナシェがロヒインを見上げた。


「魔導師さまにお願いがあるんですけど、どうかこのわたしに魔術の指導をしてもらえませんか?

 いちおう神殿でも教えは受けたんですけど、まだ基本的なものしか教えてもらえなくて」

「ええ?

 でもわたし、まだ修行中の身……」

「なにが修行中の身だよ。

 実戦で魔物バンバン倒しまくってるお前がまだ修行中だったら、いったい一人前はどんな領域にまで達してなきゃいけねえんだよ?」


 コシンジュに言われ、ロヒインは腕を組んで考え込んだ。


「わかった。人にものを教えるのも修行の一環(いっかん)ってことだね。

 ここは認可を受けた者として、弟子の最初の1人にキミを採用しましょう」

「わ~いっ! やった~っ!

 これでわたしが魔導師さまの一番弟子だ~っ!」

「認可は普通に受けてんじゃねえかよっ!

 それって一人前じゃねえのかよっ!」


 喜びはしゃぐトナシェの横でコシンジュは冷静な突っ込みを入れる。

 イサーシュは残されたメウノに目を向けた。


「お前はどうする?

 僧侶だからいざという時は引っ張りだこなんだろうが、それまではあまりすることもないはずだぞ?」

「ちょっと面白いものを見つけまして。

 船旅の安全や健康に関する書物を見つけました。それを今からじっくり読んでいきたいと思います。

 特に長い航海では『壊血病(かいけつびょう)』という栄養失調から来る病気がつきものでして、それに関する知識を(たくわ)えておかなければなりません」

「なるほど、開拓された航路でも油断は禁物か。

 メウノ、よろしく頼む」


 相手は「かしこまりました」と言って船内に入っていった。

 ロヒインはトナシェの肩をたたき、船尾のほうを指差す。


「後方に行こう。

 魔法は実際に使って(きた)えるのが一番だから、邪魔にならないように海に向かって放ったほうがいい」


 トナシェがうなずいて一緒にその場を去ると、コシンジュとイサーシュは顔を見合わせた。


「おお、邪魔ものがいなくなったな。

 さっそくお前らも始めるとするか?」


 そう言ってヴァスコは船員たちとともに下がると、観客として2人の様子を見守ることにするようだった。

 なんだかんだいってみな興味しんしんである。


 コシンジュはさっそく模擬剣をたくみに振りまわし、イサーシュと距離を取った。


「こないだはオレが勝ったかんな。もうお前には負ける気がしねえぞ」

「フッ、バカな。あれはまぐれというものだ。

 神の領域に達したこの俺の剣技、お前は2度と勝つことはできない」


 対するイサーシュは髪をさらっとなでただけですぐに構えた。相変わらずそのしぐさはイライラする。


「なんだとぉ!? あとで大恥かいても知らねえからな!」

「お前こそ1度勝ったくらいで調子に乗るな。

 吠えづらかかれるのは見ていられないからな」


 2人は位置についた。

 そして両者ともに構え、お互いににらみあう。


「よし、準備できたか? それでは……はじめっ!」


 ヴァスコがあげた手を一気に下げると、2人の剣士は一気にお互いの間を詰めた。


 するとそれを見ていたヴァスコ達があ然とする。

 目の前には剣を払いきったイサーシュと、それとは対照的に素手になっていたコシンジュがおり、先ほどまで手にしていた剣がない。

 その向こうでは1人の船員が上空を見上げており、反対側を向くと船の外に手を伸ばした。

 その手にはがっちりとコシンジュの剣が握られている。


「おいおいっ!

 船に積み込んだ模擬剣は数が限られてんだ、あんましムダにしてくれるなよ!?」

「なんてこった。

 勇者のほうはまだガキだから差はあると思っちゃいたが、まさかこれほどとはな」


 ヴァスコのひとことで正気に戻り、コシンジュは頭を抱える。


「なんでだっ!?

 ここんとこずっと化け物を相手にし続けてきたのに、こんなあっけなく負けんのか!?

 こないだはビビってたから勝てたのは認めるけど、まだこんなに差がついてるなんて認めらんねえぞっ!?」


 剣を小脇にかかえたイサーシュはすました顔をする。


「フン、俺だってさんざん魔物どもを相手にしてきたんだ。

 違うのはザコが複数か単独のボスかっていう違いだろ。

 俺だって場数をそれなりに踏んでんだ。問題あるか」

「あ~もうっ! 認めねえっ! 絶対認めらんねぇっ!

 イサーシュッ! もう一回勝負だっ!」

「仕方がない。

 まともに相手できるのはお前しかいないんだからな。何度でもかかって来やがれ」


 イサーシュは再び構える。

 それにつられて剣を持っていた船員がコシンジュに向かってそれを放り投げた。


「今度は海に落とすなよ!」


 言われて受け取ると、コシンジュはすぐにイサーシュに向かって構えた。

 ヴァスコが合図を送る前に、2人は勝手に第2試合を始めた。





 一方、山脈をはさんだ向こう側では……


「ああ違う、そうじゃない。

 排水溝(はいすいこう)の中身を円滑(えんかつ)に流すためには、使用済みの生活用水を併用(へいよう)しなきゃいかん。

 そのためにはなんとしてでも上水道を整備する必要がある」

「ですがこの街では、もともと井戸水が使われていました。

 街の者が水道を使うようになれば、地下水の需要は極端に落ちてしまいます。

 もしそこに排水の水が流れ込むようになれば、この街の地下は汚染されてしまいますよ?」


 必死に食い下がる地元の都市計画者に、ノイベッドはメガネを直しながら告げる。


「地上が汚染されるよりはましだ。

 今でも住民たちの中には病に苦しんでいる者も多いんだろう?

 大丈夫だ。排水溝はすき間ができぬよう、新素材のセメントというものを使う。

 コイツは下手なつなぎよりもよっぽど丈夫で、大地震でも起きない限りヒビが入ることはない。隙間(すきま)から水がもれることもないはずだ」


 都市計画者は机の上の地図をさしながら、別の反論を繰り出した。


「ですが言われたとおりの大規模な工事となりますと、街の構造が根本的に変わってしまいます。

 住民の移住も計画せねばならんでしょう。

 とても10年20年で完成できるとは思えません。資金も相当な額に及ぶはずですが?」

「そのためのランドンの財政支援だ。

 我々が援助(えんじょ)すれば街の富裕層は郊外に新築を建てることができる。

 余った土地は旧市街の住民たちの物にすればいいだろう」


 すばやく地図上の指を動かすノイベッドに、相手は眉をひそめた。


「……タークゼをはじめ、旧貴族たちはあなたの計画に好意的ではありません。

 ホスティ将軍でさえ、郊外に住居を移せば魔物の襲撃(しゅうげき)に対処できないと申しております」


 ノイベッドは姿勢を正し、メガネの横に手を触れて応える。


「あせるな。いまは魔王軍に対処するほうが先だ。

 だからこそ我々は手始めに軍を再編成し、装備を一新することにした。

 幸いベロンの防衛軍は指揮系統だけはきちんとしている。将軍のリーダーシップのもと、魔王軍や帝国軍に勇敢(ゆうかん)に立ち向かってくれるだろう。

 話を元に戻すと、今回の新都市計画は息の長い一大プロジェクトだ。

 この国の根本を変えるには、まずこの街が前時代の悪臭を残したままにしておくことは許されない。

 時間がかかってもいいが、必ず成功させろ」

「……わかりました。徐々に手はずを整えておきます」


 悩ましい顔で担当者は頭を下げ、部屋を出ていった。

 開かれた扉から入れ替わるようにして別の人物が現れる。

 まだ若い青年の姿をしている。


「だいぶ苦労しているようですね。

 やはり地元の人間に任せるのは不安が残りますが」


 ノイベッドは若い副官にうなずき、机に両手をおいた。


「『ビーコン』、この都市整備計画は時間をかけて進める計画だ。

 担当者はそのあいだに我々のやり方を学び、十分に理解したうえでこれを完成させねばならん。

 我々がなにからなにまで改革を推し進めていけば、不満も出てくるだろうし後継(こうけい)も育たん」

「国主さま。お言葉ですが……」


 ベロンの新しい国主は顔だけをそちらに向けた。

 相手は露骨(ろこつ)に不安そうな顔を浮かべている。


「街の者がうわさしております。

 国主さまがこの国を治める方としてこちらに送られてきたのには、実はランドン本国における魔導師たちとのいさかいがあるのだとか。

 それを避けるため、国王陛下がこの地へと遠ざけたとの話ですが、事実ですか?」


 するとノイベッドは窓の方へと身体を向け、ずれてもいないのに自分のメガネを直した。


「事実であって、事実でない、と言ったところだろうな」

「それはどういう意味でしょう?」

「……お前はまだ私の下について日が浅いが、サコンヴァをはじめとする魔導師連盟が私の唱える科学優位主義に対して、あまりこころよく思っていないのは事実だ。

 わたし自身はそのつもりはないが、利害が衝突(しょうとつ)すれば争いが起こるのは確実。

 陛下はそれをも考慮(こうりょ)して、私をこの地へと送りつけたのだ」


 ビーコンが「でしたら!」というと、ノイベッドは片手をあげて制した。


「だが、大義名分があるのも事実だ。

 私の科学技術の知識を生かし、目に見える形で改革を行えば、人々は我々の思想の根本にある民主政治をも理解する。

 2つの側面でこの国に革命を起こしていくことで、ベロンはランドンにも勝る最新の国家へと生まれ変わることができるだろう」

「陛下は、まさかそこまで考えて?」


 ノイベッドはそこで相手に振り返った。

 その表情は自信に満ちあふれている。


旧態依然(きゅうたいいぜん)の文化が残されたこの国は、未知の知識に()えている。

 人々は必ず我々の真意を理解するだろう。今は小国にすぎないこのベロンが、いずれ世界最強の国となるのだ。

 それを想像するだけで目がくらむ」


 言われて、ビーコンも自信満々の笑みになった。


「やはりあなた様の考えはすごい。

 その改革、ぜひとも最後までおともさせてください」


 ここでノイベッドは真顔に戻った。内心気恥ずかしいらしい。


「まずは軍の再編成をさらに推し進める。そして国民に我々の技術力を徹底(てってい)的にアピールする。

 ビーコン、お前は『錬金術師(れんきんじゅつし) 』だから魔法・科学の両面にあつい。

 必ずやこの国の魔導師たちを説き伏せてみろ」


 若い士官は「わかりました」と言って背を向けたが、思いだしたように振り返った。


「そうだ、知らせがあってきたんでした。

 国主さま、これを」


 ビーコンが差し出した手紙を受け取ると、それを開きつつあきれた表情を浮かべた。


「まったく、そそっかしいところがあるなお前と言う奴は。

 まあだからこそ天才と呼べる知性を得たのだろうが……」


 そして手紙の内容を見ると、チラリと視線だけを相手に向けた。


「ところでヴィーシャ姫はどうしている?」

「ああそれなら、ヴァルトの郊外の遺跡で調査をしている途中です。

 このままでは勇者さまのお父上とすれ違いになるかと」

「それはよくないな。すぐに魔法伝書バトを本人に送れ。

 まったく、はやく魔法に頼らずに相互間でやり取りができる技術をつくりたいものだ」

「錬金術師であるわたしにはあまり抵抗がありませんがね。

 それでは失礼します」


 ノイベッドはうなずいて、部屋をそそくさと出ていく若い青年の背中を見送った。





「なぜだっ!? なぜあれだけやって、まだ1本も取れないっ!?」


 ランプの明かりがともるなか、コシンジュはくたびれた机の上をたたいた。


「こら! そんな強く叩いたらテーブルがこわれるでしょ」


 ロヒインがあきれ顔でつぶやくと、イサーシュは腕を組んですました顔で言う。


「見ろ、これがコシンジュの本当の実力だ。

 チチガム先生の最高の弟子と言われるこの俺に、親の七光りにすぎないバカなせがれが勝てるわけがない」

「最高の弟子だってっ!?

 そんなこと言ったら村の他の弟子たちが怒るぞっ!」


 くやしまぎれのコシンジュに、メウノが思いだしたようにつぶやく。


「お父上のお弟子さんと言えば、ほかに『ポルト』と『アラン』さんが有名でしたよね?

 2人は最初の魔物ギンガメッシュが村を襲撃(しゅうげき)した際には留守にしてたとか」

「うん、ポルトさんは外国に武者修行に、アランさんはとなり街で剣の稽古(けいこ)に行ってた。

 けど魔物襲撃の知らせを聞いて、急いで帰ることにしたらしいよ?

 おふくろの手紙にそう書いてあった」

「あの2人がいれば、村も安泰(あんたい)ですね。

 ランドンからも兵士や魔導師のみなさんが送られていて、とても魔物が手出しできるような状態にありません」

「一時はおやじが抜け出してどうなるもんかと思ったけど、そうなりゃ何も心配はいないな。

 これで親父までついてくれりゃ完璧だ」

「1つ気がかりなことと言えば、村の中を物々しい格好をした連中がウロウロしていて、村人たちがやりづらくなってないかということだな」

 そう言って全員が笑う。

 しかし彼らは知らない。村にいるはずのチチガムが、神のお告げでそこを離れているということを。

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