第19話 召喚獣の正しい使い方~その5~
「『猛火の猟犬ガーム』。あなたが来ましたか」
現れたのは、全身を炎に包まれたオオカミだった。
首回りを始め、身体のあちこちから燃え盛る炎が噴き出している。
体表にもひび割れができており、そこからほんのりと赤い光を放っている。
「こ、これが……破壊神……」
コシンジュをはじめ、仲間たちは息をのむ。
気難しいと聞いているので、どんな状況に陥るのかはわからない。
もしかしたら自分たちのほうが危ないかもしれないのだ。
ところがである。
巨大オオカミは宙に浮かび上がったまま、座りこむような姿勢になり、突然くつろぎだした。
「ああ……起こされたの……
でもなんか、めんどくさい……」
コシンジュ達、ぼう然。
「……よりによってこのタイプの気難しいかいっ!」
すると巨大オオカミが少し顔をあげ、こちらを見た。
「なに? そこ、ちょっとうるさいんだけど」
「わぁっ! すみませんっっ!」
機嫌を損ねるとまずいのでとりあえずあやまる。
「あのう……ちょっとすみません」
いきなり話しかけてきた奴がいた。海のほうにいるサッハギンだ。
魚の頭をしているのでよくわからないが、何やらビビっているように見える。
「……ん? なに? あんた魔物?」
「あ、はい。そうですが、ひょっとしてあまり何かやらかすつもりない?」
「ん、そうだけど、なに?」
「あ、それだったらいいんです。
私たちも、すぐに帰りますから……」
そのとたん、相手が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それが意味するところは……
「あっっ!
お前ら破壊神をさっさと帰らせて攻撃再開する気だろっっ! なんて汚いっ!」
「ハハハハハッッ!
破壊神と聞いてどんなデンジャラス野郎が来るかと思ったら、こんなやる気のない奴が来るとはなっ!
ビビって損したぜっ!」
「キミたち、ちょっとうるさいよ」「「はっ、はいっっ!」」
両者一斉にあやまる。にもかかわらず、巨大オオカミは立ち上がった。
「……わかってるよ。せっかく目覚めさせてもらったんだから、仕事しなくちゃね」
「わひょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
サッハギンはすっとんきょうな声をあげた。ガームは声をかける。
「だけどすぐにはやれないね。キミたちを片づけると、オレ、また眠らされちゃうから」
「じらすつもりかっっ!」
サッハギンはビビった顔でのけぞる。
しかしその一方で、その足が水の中に沈みこもうとしている。
コシンジュはすぐさま指差した。
「あっ! お前らこっそり逃げ出そうとしてるだろっ!
ガームさんっ! 早くしないと逃げられちゃいますよっ!」
「そんなこと言っても、ひと思いにやっちゃったら終わりだからね。
いいんじゃない? このまんま逃がしちゃって」
「そ、そんなぁ~~~~……」
その時だった。
座りこむトナシェのほうから、何やらすすり泣きのようなものが聞こえてきたのは。
「うぅ……ううぅぅぅ……」
「ど、どうしたんだよトナシェっ!?」
まさか弱気になったのか?
とは言えなかった。実際に破壊神を呼び出して、急に自信がなくなったとはそういうのはカンベンしてくれよ。
「お、お願いです。
お願いですから、帰らないでください……」
すると、不思議なことに巨大オオカミの動きがピクリと止まった。
顔をこちらに向け、すすり泣くトナシェに注目している。
いったいどうなっているのか、コシンジュは冷静に様子をうかがう。
「わたし、あの化け物たちにいじめられてるんです……」
思わず、コシンジュは「は?」とつぶやいてしまった。
すると突然ロヒインに肩をたたかれ、振り向くと彼は口に人差し指を当てている。
「あの化け物たち、わたしを寄ってたかっていじめるんです。
たたいたり、けったり、あとひどい言葉をさんざん言ってわたしのこといじめるんです」
「えーと、そんな事実は……ん~~! ん~~っっ!」
イサーシュが何かを言おうとして、うしろからメウノに口を押さえつけられる。
……お前人の気持ちがわかるようになったんじゃないんかい。
ガームはトナシェと半魚人集団を交互に見やり、最後にトナシェをじっと見た。
「それは、本当のことなのか?」
するとトナシェは顔にやっていた手の片方をビシッ! と半漁人たちに指差した。
「はいっ! あいつら本当にひどいことをするんですっ!」
「おい……お前ら一体さっきから何の話してるんだ!?」
サッハギンがまずいと言わんばかりの表情をしている。
どうやら状況が不利なことに気付いているようだ。
イサーシュが口を押さえられつつも暴れているなか、トナシェがいきなりガッと顔をあげた。
その顔はありえないくらいに泣きはらしている。
「お願いっ! あいつらをやっつけてっっっ!」
「おいっ! ちょっと待てよっ!
おたくらいつの間にそんな方向に話が進んじまってる……」
サッハギンが言いきる前に、おもむろに巨大オオカミが前足を振り上げた。
そこからすさまじい勢いの炎が飛び出し、あっという間に大半漁人の全身がモロにかぶった。
「ぐわばちゃっっっっっ!」
全身があっという間に火だるまになったかと思いきや、あまりに炎の勢いが激しすぎて、あっという間に水の上にバチャンッ!
と倒れ込んでそのまま沈んでしまう。
「なっ! なんじゃありゃっ!
つーかなんちゅう破壊力……」
コシンジュがあ然としているあいだに、奥にいた手下たちが気付いたのか竜巻がだんだんこちらへと近づいてくる。
コシンジュはオオカミの顔を見上げた。
するとガームは大口を広げた。すると上下の歯の並びのあいだから小さな赤い光が現れ、どんどん丸く大きくなっていく。
「みんなっっ! 身を伏せてっっ!」
ロヒインに言われてコシンジュ達はその場にしゃがみ込むと、とたんにオオカミの口からすさまじい炎のビームが噴き出した。
コシンジュが片目でそれをちらりと見ると、まず半魚人の集団を軽々と吹き飛ばし、続いて竜巻があっという間にはじけ、かわりに海から巨大な水しぶきが上がる。
攻撃はそれだけに収まらず、オオカミは顔を上にあげながらビームを発射し続け、大海原に巨大な水しぶきの壁が出来上がる。攻撃はかなりの距離まで続いているようだ。
「いくらなんでもデタラメすぎるだろありゃぁっっっ!」
対角線上に船が通りかかっていなければいいが。
そう思いながら見ていると、オオカミはアゴをあげきったところでようやくビームを出し終えた。
そばにいたロヒインがそっと顔をあげてつぶやく。
「……これが破壊神の力……。
正直水属性の魔物に対して弱点属性がどこまで健闘できるか不安でしたが、まったくの杞憂でしたね」
「……ああ、終わっちゃった。
しょうがない、またひと眠りするか。ああまったくめんどくさい……」
そう言ってガームは再び宙に浮いたまま寝転がると、突然強い光を発し、あっという間に消えてなくなってしまった。
コシンジュはまわりの安全を確認し、その場を立ち上がる。
「おお、すげぇ。あれが破壊神か。
変な犠牲が出てないか心配だけど、あまりの大迫力にオレちょっと感動しちゃったぞ……」
そして思わずトナシェに目をやる。
少しぼうっとしていたと思ったら、おもむろにコシンジュの顔を見上げる。
「あれ? 終わったんですか?
ガームはもう去っていったんですか?」
いつものトナシェだ。
コシンジュはあることに気付き、首をかしげる。
「お前、演技とか習ってるのか?
よくあんなウソつけるな」
そう言えば彼女はガチガチの石頭だ。
そんな彼女がウソ泣きまで披露してペラペラとウソがつけるのだろうか。
ふたたびケガ人の治療を続けるメウノに視線を送りつつ、トナシェはあらぬ方向を見上げる。
「わかりません。破壊神を呼び出すと妙なスイッチが入って、わたしいつの間にか別人にみたいになってるんです。
特別な訓練上で呼び出すときは、いつもこうなってしまうんです」
「まったくの別人に?
精霊か何かでも取りつくのか?」
イサーシュが眉をひそめていると、いきなりロヒインが指をパチン、と鳴らした。
「ひょっとして、『トランス状態』じゃないですか?」
コシンジュとイサーシュが同時に「「とらんす状態?」」というと、ロヒインはうなずいた。
「一種の特別な意識状態です。
ある特定の状況に遭遇すると、普段とは別の正確に変貌する心理現象のことです。
イサーシュの言うとおり何らかの霊に憑依されていると長らく言われていましたが、実証されておらず現在では精神の内面的な特殊現象としてとらえられています」
するとロヒインはいまだ座りこむトナシェに顔を向けた。
「トナシェ。
ひょっとしてキミ、召喚訓練のほかに特別な訓練受けてない?」
「う~ん、たしかにそれっぽい訓練受けたかも……
よく覚えてないですけれど、終わった後は訓練感のみなさんがみんなすごい、すごいって言ってくれてますけど、あれ一体何でしょう?」
「トナシェのお母さんが自分の娘をオススメするわけだ。
彼女、どうやら特別な才能があるらしい」
コシンジュが言うと、イサーシュはいまだに首をかしげている。
「フェルナンも彼女の実力を認めているようだな。少し話を聞いてみるか」
そこでようやくメウノの治療が終わったようだ。
顔に少し汗をかきながら、それを手でぬぐってほっと息をついた。
「よかった。この人はもう大丈夫です。
危ない所でしたが、トナシェちゃんの召喚魔法のおかげで事なきを得ましたね」
コシンジュ達は互いにハイタッチしだした。
立ち上がったトナシェもそれに加わるが、相手がイサーシュになったところで相手のほうが躊躇する。
どうするか迷っていたが、片手だけを出して軽く彼女と手を合わせた。
イサーシュが鼻を指でポリポリするのを見て、コシンジュとロヒインは顔を見合せて笑った。
その時である。あらぬ方向から女性の叫び声が聞こえた。
「あんた~~~~~~っっ! あんた~~~~~~~~~~~っっ!」
全員がすぐさまそちらを見ると、村の建物の前でヴァスコのすぐそばに動かない男性を抱えている妙齢の女性の姿があった。
コシンジュ達はすぐに駆け寄り、メウノが微動だにしない男性の前にヒザをついた。
「様子を見ますっっ!」
メウノは脈を測ったり、手かざしをしながら様子をうかがうが、やがて両手をヒザに置いてうつむいた。
「ダメです……遅すぎました……」
「そんな! 蘇生治療はきかないのかっ!?」
コシンジュは思い返していた。
最初に彼女に会ったとき、彼女は完全にこと切れていた相手に必死に治療を施して、見事蘇生させてしまったことがある。
「あの時とは違うってのかっ!?」
メウノは半開きになっている男性の目をそっと閉じた。
その手が明らかにふるえている。
「わたしが先ほどの男性の治療をしていた時には、この人の心の臓は完全に止まっていました。
その時に彼ではなくこの人を治療していたとしても、復活できたかどうか……」
「そんなっ!
なんとかしてくださいっ! 僧侶さまっっっ!」
女性はすがりつくようにメウノのローブにしがみついた。
メウノはゆっくりと首を振った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そして完全にうつむいた。
あきらめの悪い彼女がここまでさじを投げているということは、よほど見込みがないのだろう。
見るに見かねたのか、そばにいたヴァスコが頭をかきむしりながら告げる。
「しょうがねえじゃねえか!
だいいちあんなとんでもないバケモン連中に、まともに訓練も受けたことがねえ奴が立ちむかうのが無謀だったんだ!
そいつらに責任なんかねえよ!」
すると女性は顔をあげて責め立てるような声をあげた。
「そんなっ! うちのダンナは一家の稼ぎがしらなんです!
この人がいなくなったら、うちは、うちは……!」
コシンジュは残された家族を思い、思わず目を押さえた。
子供たちは父親のいなくなった家庭でどうやって生きていけばいいのだろう。
そう思うと、つい足が前に進み出てしまう。
そしてメウノのとなりに座りこみ、頭を下げた。
「すみませんでした……オレらのせいで……」
メウノの視線がこちらに向いた。
女性も同じように見ると、こらえきれなくなったのか夫のなきがらにしがみつき、そのまま泣きくずれた。
イサーシュはそっと、ヴァスコのとなりに移った。
そして女性のほうに顔を向けたまま話しかける。
「これが魔物にかかわるということです。
どうですか、考え直しますか?」
するとヴァスコは目を閉じて首を振った。
「ダメだ。これでよけい降りられなくなった。
よその船長に任せておいたら、こんなことがわんさと起こっちまう。
他の人間をこんな目にあわせてらんねえよ」
イサーシュは彼の顔をうかがった。
その真剣な目を見て、心の奥底から何かがこみ上げてくるような気がした。




