第19話 召喚獣の正しい使い方~その4~
付近に近づいたところで、村の建物は傾斜になっているガケに建てつけられるようにびっしりと並んでいるのがわかった。
どれも輝くような白い色をしている。
「へえ、変わった村だな。あんな感じのやつは初めて見る」
「感心してる場合か。
きっと魔物どもは村にたどり着いてる。急がないと厄介なことになるぞ」
イサーシュにたしなめられながらコシンジュが崖のふちに立つと、村の前の海岸はとんでもない騒ぎになっていた。
村人と衛兵、そして魚の姿をした人間、いや人の姿をした魚が入り乱れて争っている。
追いついたヴァスコが開口一番叫びをあげた。
「なんてこった! 村の奴ら血気にはやって暴れやがって!
見ろよ、あんな気味のわりいバケモンどもを相手に、まともにぶつかって勝てるわけがねえだろうが!」
イサーシュが背中の剣を抜きつつ答える。
「ここは下手に作戦を立てても仕方がない。
一気に加勢して少しでも被害を少なくするぞ」
「そうこなくっちゃなっ!」
コシンジュも背中の棍棒を取り出し、ともに急斜面をかけおりて一気に争いの現場に向かう。
勢いに任せて砂場に降り立つと、コシンジュはすぐに目の前にいた半漁人に向かって棍棒で殴りつけた。
激しい光とともに吹き飛ばされるのを確認したあと、あやうく敵が手に持つモリで突き刺されそうになっていた漁師に向かって声をかける。
「大丈夫かっ!」
「あんた勇者か。あんなバケモノを一発で吹き飛ばすとは、すげえもんだな。
対して俺らはなにもできなかったよ。ありがとう」
「いいからあんたはほかの連中を逃がせ!
こいつらは普通の人間じゃ太刀打ちできない!」
あたりを見回すと、半漁人はモリを持つのとは反対の手に、半透明になっている丸い盾をかかげている。
コシンジュは自分の腰に目を向けた。チューリップの姿をしたマドラゴーラが花びらだけをひょっこりと頑丈な袋から出している。
「ありゃあ水属性の魔物、『マーマン』ですよ!
奴らは変幻自在に水を操る能力を持っている、決してあなどっちゃいけませんぜ!」
視線を移すと、衛兵がマーマンに向かって剣を振りかぶっている。
しかし相手の盾にさえぎられたと思いきや、それがボヨンと大きく弾み、逆に衛兵は身体ごと大きくはね飛ばされてしまう。
「大丈夫かっ!」
コシンジュが駆け寄ると、衛兵は信じられないと言わんばかりの顔をしている。
「な、なんなんだあの盾はっ!?
あんなバケモノ、まともにやりあって勝てるわけがないっ!」
「そうか。なら俺が相手してやる」
こちらにモリを突きつける怪物の前に、イサーシュが立った。
そして敵の前に剣を突きつけると、先ほどはわからなかったが何やらボウッと光っているようにも見える。
「あれ? イサーシュ、その剣おかしくない?」
「ああ、まだ説明してなかったな。
ミンスターの鍛冶屋のオヤジ、オレに黙ってこっそり魔法属性を細工してやがった」
「魔法剣っ!?
お前いつの間にそんなオプション発動させてんだっ!?」
そう言っているあいだに半漁人が盾を構えたまま襲いかかってきた。
イサーシュがすっと息を吸うと、軽く振り回して真上に持ち上げ、一気に振り下ろす。
すると、マーマンが持っていた盾は軽々と切り裂かれ、相手の恐ろしい容貌が明らかになる。
そして剣を突きつけているあいだに倒れている衛兵が叫んだ。
「うおぉぉっ!
俺の剣が全く通用しなかった化け物の盾を、あんなあっさりと切り裂いちまうなんて、いったいどういう威力なんだあれは!」
「いいや、ありゃイサーシュの巧みな剣さばきあってのもんだな。
もっとも剣の威力も相当アップしたみたいだけど」
コシンジュがつぶやくと、別のところで暴れていたマーマンがこちらに気づき、必死に抵抗している村人を無視してこちらに向かってきた。
コシンジュは「けどっ!」と叫びつつ相手に向かい、思いきり横方向に棍棒を振り払った。
マーマンは盾を持っているにもかかわらず、光とともに大きく吹っ飛ばされてしまった。
「……オレも負けてらんねえってことだよな!」
それを見た最初の漁師が衛兵の横に行き、「なんてすごい奴らなんだ」と呼びかける。
「あれが勇者って奴か。
あんなに若いのに、俺らが手出しできねえ奴らを軽々とやっつけちまうなんて……」
「……てめえらっ! その辺にしておけっ!
勇者どもはお前らの手に余るっ!」
別の方向から叫びが聞こえた。
するとそこらじゅうで暴れていたマーマンたちが動きを止め、海の方向に向かって後ずさりし始めた。
入れ替わるようにして前に進み出た者がいた。
他のマーマンと違い、一回りも大きく手足がひょろりと伸びている。
顔も普通のマーマンがのっぺりしたいかにも魚らしい顔をしているのに対し、こちらはより獰猛そうな魚に近い。
「まだ2人だけか。
ちょうどいい、この俺、『海辺の狩人サッハギン』サマがまとめて相手してやる!」
すると巨大半漁人は持っていた武器をこちらに構えた。
他のマーマンとは違い、青白く流線的な形をした槍になっている。
イサーシュが光る剣を振り回しながら告げる。
「おいおい、こっちは何人もの魔物を葬ってきた戦士だぞ。
そんなツワモノ2人を相手に、たった1匹で立ち向かうつもりか?
正気とは思えないな」
「クククク……。我ら水属性の魔族を他の連中と一緒にするな。
ここは海岸、我ら海底魔団の足場だ。ここでは俺の方が圧倒的に有利だ」
「こちらはずっと敵に有利なフィールドで戦ってきたんですけどねぇ……」
コシンジュが言うと、イサーシュが少しだけこちらに顔を向けた。
「コシンジュ、ここは俺1人でやらせてくれ」
「はぁ? いいじゃねえかよ。
向こうは2人まとめて相手にしてくれるってんだから、お言葉に甘えてリンチしたほうが楽じゃねえか」
「試してみたいんだよ、新しい力をな。それに……」
イサーシュは敵に向かって真っすぐ剣を構えた。
「たまには俺がボスクラスとやらないとな。
お前ばかりが大将首を相手にしたら、俺との差がどんどん縮まるだろ」
コシンジュはため息をついて、両手をあげて首をすくめた。
「ハイハイ。たまには手柄をゆずりますよ。
どうかごゆっくりお楽しみください」
「てめえら、ナメてるのかっ!?
この俺様の力、見せてやるっ!」
するとサッハギンは、まだイサーシュと距離が離れているにもかかわらず槍を突き出した。
すると槍の先から強烈な水しぶきが飛び出し、イサーシュの眼前に襲いかかった。
イサーシュはそれを軽く振り払う。
「水の属性攻撃か。
この剣がいまだ物理属性だったら振り払いきれなかっただろうな」
ところが、飛び散ったはずの水しぶきは元に戻り、サッハギンの槍に吸い込まれた。
イサーシュは眉をひそめる。
「ははぁっ!
貴様の剣は魔法がかかっているようだが、俺が扱う水の槍は変幻自在!
たとえ叩きつぶされようとも下に戻り、わが手元に戻ってくる!
これが水属性の真骨頂よ!」
「なるほど、通りで自信満々なわけだ。
魔法でつぶしても消滅しない、思ったよりは手間がかかるな」
「甘く見るなっ!
俺の術はこれだけではない!」
するとサッハギンは槍を大きく振りかぶり、こちらに向かって薙ぎ払った。
なぜか払いきる前に現れた水しぶきは、大きくカーブを描きながらイサーシュの真横へと向かう。
イサーシュはそれを横目にして剣で払うが、サッハギンはそこでさらに槍をふるった。
すると水しぶきは別の方向へ飛んでいき、すばやくイサーシュに迫る。
それを払ってもまた別の方向から攻撃が飛び、イサーシュはあっという間に矢継ぎ早にやってくる水しぶきの対応に追われることになる。
「どうだっ! これほどの素早い連撃、ついていくのがやっとだろっ!
果たしてどこまで耐えられるかなっ!?」
「イサーシュッ! ムリはするなっ!
もしあれならオレも加勢するぞっ!」
コシンジュは言うが、イサーシュは全く動じていなかった。
それどころが途中から相手の攻撃を見もせずに払い、いつの間にかイサーシュの目は相手の動きにくぎ付けになっていた。
「なっ! 俺の動きが読めるだとっ!? そんなバカなっ!」
「悪いがお前の動き、わかりやすいぞ。
槍の動かし方を見れば、お前の攻撃パターンはだいたいつかめる」
「お前どんだけ腕が立つんだよっ!」
コシンジュがくやしそうに言うと、サッハギンが「おのれぇっっ!」と言いながら直接槍を突き出してきた。
イサーシュはそれを簡単に払うと、敵の持っていた槍が軽々とはじかれて空を舞い、遠くの砂場に落ちた。
「どうした? こんな小細工じゃ、この俺を倒すことはできないぞ?
まさかこれで打ち止めと言うわけじゃあるまい」
「ククク、その通りだっ!」
最初はくやしそうな顔をしたものの、すぐに笑みを浮かべて大半漁人はその場を大きく飛びあがる。
すると急激な勢いで海から何かが飛び出し、落下したサッハギンの両足がそれに乗った。
何やら平べったい水の板に見える。
サッハギンは遠くにあった槍を念力だけで引き戻し、がっちりと受け取る。
「コイツは『サーフボード』というやつだっ!
こいつの移動力を見やがれ!」
サッハギンは宙に浮かぶそれに乗ったまま叫ぶ。
するとあっという間にイサーシュの真横を通過し、素早い動きで砂浜を旋回し始めた。
そこには村人や衛兵が何人か残っており、必死に身を伏せている。
「みんな、立ち上がるなっ!
あれにひかれたらひとたまりもないぞっ!」
コシンジュが叫んでいるあいだに、空を飛ぶサッハギンはイサーシュの目の前に突進してきた。
剣士は軽々とかわしつつ水の板を斬りつけるが、当然元に戻り砂浜を旋回する。
やがてサッハギンは槍からふたたび水しぶきを発射し、イサーシュに向ける。
イサーシュはそれを払いのけながら、ふたたびやってきたサッハギンに備えなければならない。
「これならどうだっ!?
2つの攻撃を同時に受けて、いつまでたもてるかな?」
「集中力が乱れているぞ。
おかげで水しぶきのほうはあまり警戒しなくてもよくなった」
話しかけられたサッハギンは「おのれぇぇっ!」と言いつつ槍を突き出した。
イサーシュはひょいとかわして剣を払うが、魚人もジャンプしてそれをかわす。
「まずいな。イサーシュはなんとか攻撃をかわしてるけど、相手の移動力に追いついてない。
このまんまじゃみすみすやられるぞ」
コシンジュはそう言うものの、イサーシュはどちらかというと冷静に相手を観察していた。
そしてあるタイミングで、イサーシュは一気に動いた。
突然ジャンプしたかと思うと、光る剣をちょうど近寄ってきた水しぶきに向けて思い切りたたきつけた。
それだけでなく、その反動かイサーシュの身体自体が宙に舞い上がっていく。
身を縮め回転するイサーシュは、現れたサッハギンの上半身に向けて剣を払った。
「ぐぬおぉぉぉぉっっ!」
肩のあたりを斬られたサッハギンは海岸に近づいたところでバランスをくずし、砂の上に落下した。
主を失った水の板は向こうの民家にぶつかり、大きくはじけて消えてしまう。
「なっ、なんだあれはっ!?
あんな動き見たことないっ! あの剣士も魔物なのかっ!?」
漁師が思わず叫ぶと、コシンジュは「あ、いやあれは……」と言って口ごもる。
それを聞いていたらしいイサーシュは降り立った砂浜から立ち上がり告げる。
「なにを言っている? これも魔法剣の力ゆえだ。
俺の身体能力だけでこれほどの芸当ができるわけがない」
イサーシュは離れた敵に目を向けた。
槍を持つ手は血でぬれており、もう1つの手で傷口を押さえている。
「ぐっ! まさかこれほどとは!
さすがはラハーンを葬り去っただけのことはある!」
すると隣にあるガケの上から声がかかった。
「遅れてゴメンっ!
トナシェちゃんの足にあわせてたらちょっと時間がかかっちゃった!」
声をかけるロヒインとともに、トナシェ、メウノが息を切らせてこちらをうかがう。
大半魚人もそちらに目を向けた。
「ちっ! 全員そろったかっ!
まあいい、もともとこうやって正面からぶつかるつもりはなかったんだ。
こうなりゃ舎弟の力を借りてお前ら全員叩きつぶしてやる!」
連続でバック転しながらサッハギンは距離をとる。
そのあいだに漁師と衛兵が会話する。
「なんて奴らだ。
ザコだけでもあんなにやっかいなのに、そのボスを軽々と打ち倒すなんて。
奴らいったい今までどれだけの魔物を倒してきたんだ?」
「勇者たち、相当場慣れしてるぞ。
よっぽど数多くの連中を相手にしてきたんだな。見ろよ、あの涼しい顔を」
「おい! あんたたち!
ここは危険だからガケの上まで逃げろ!」
コシンジュに言われうなずくと、2人はその場を逃げ出した。
それを見届けつつコシンジュは別の村人たちや衛兵に声をかけていく。
そのうちの1人が、血を流して倒れている。
座りこんで様子をうかがうと、意識はなく息も絶え絶えになっている。
「メウノっ! 早くこいっ!
この人は非常に危ない状況だ! 早くしないと!」
言っているうちにコシンジュは前方に視線を戻した。
水の上に立っているサッハギンの指示に従い、マーマンの集団は水の上に浮かんだまま輪になって素早く旋回している。
「マドラゴーラ、あいつら何をするつもりだ?」
「まずい、水の大魔法です!
見てください、奴らの中央を!」
すると、水の中から何かが舞い上がった。
それは段々上空へと上がっていき、次第に竜巻のようなものを作り出していく。
コシンジュはまわりを見回すと、ようやく3人がこちらに近寄ってきた。
「ロヒイン! あの竜巻を止めろ!」
すると「させるかっ!」との叫びでサッハギンが水しぶきを飛ばしてきた。
コシンジュがそれを吹き飛ばすと、飛び散った水しぶきはコシンジュ達のわきを通り抜け、離れたところで1つにまとまる。
そしてロヒインのほうに向かって再び向かってくる。
ロヒインは飛びすさってかわすしかない。
「ダメだよコシンジュっ! 奴はあれを使って足止めするつもりだ!
再生する水の攻撃の前じゃ、杖を構えて呪文を唱えるのは難しい!」
「ここは砂場です! 私たちでは足をとられて思うように動けない!
この人を別の場所に移すことも難しいでしょう!」
メウノは仕方なくその場に座り込み、ケガ人の治療を開始する。
コシンジュがあたりを見回すと、イサーシュに連れられトナシェがやってきた。
「勇者さま、1つだけ方法があります。それは……」
「攻撃よ~いっ!」
聞き覚えのある声だ。
ガケの上に目を向けると、バンチアの総督フェルナンの横に大砲のようなものが見える。
総督があげた腕を一気に下げると、ものすごい轟音を立てて筒先が火を噴いた。
反対に目を向ける。竜巻は大きくはじけ、半漁人たちはバランスをくずす。
しかしそのあいだにサッハギンが大砲のほうを見た。
「おのれっ!」
サッハギンが槍を突き出すと、そこから水しぶきが勢いよく飛んだ。
「あぶないっっ! みんな逃げろっっ!」
コシンジュの警告でフェルナンと大砲のそばにいた衛兵たちが逃げ出す。
とたんにそばのガケが大きくはじけ、大砲が少しバウンドして別の方向を向いた。
「相手は上級魔族だ。
ちょっとした武器やそこらで立ち向かえる相手じゃない」
イサーシュの声にトナシェがうなずいた。
「この難しい状況で魔物たちに対抗するには、破壊神を呼び出すしかありません」
「さっそく使うしかないのか……」
コシンジュがためらっていると、トナシェは袖をつかんできた。
「こちらには大勢の人がいますが、相手は海の向こうです。
シュチュエーション的にはそれしかありません」
「しかし、ロヒインが呪文を唱えるのが困難な状況なのに、破壊神がそんな簡単に呼び出せるわけじゃないだろ?」
「破壊神自体を呼び出すのは、それほど難しいことではありません」
コシンジュ達の目の前で、トナシェはその場にヒザをついた。
そして目を閉じ、両手を組んで静かにつぶやき始める。
「長き眠りにつきし破壊の神よ。
我が声にこたえ、その呪われし力を存分にふるえ……」
すると昼間にもかかわらず、あたりが突然暗くなりはじめた。
コシンジュ達だけでなく、敵までもがあたりをキョロキョロ見回し始める。
やがて再び明るくなりはじめたと思うと、それは太陽のある方向ではなかった。
コシンジュ達のそばにある上空が、真っ赤に染まった光に照らされる。
最初は球体だったそれは、やがて徐々に形を成し始める。
やがて頭上をおおわんばかりに巨大になっていくそれは、急に何らかの形を取りはじめた。
それは4つ足の獣に似ていた。




