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第19話 召喚獣の正しい使い方~その3~

 その日はもう遅かったので、明日あらためてギルドをたずねることにしてヴァスコと別れた。

 コシンジュ達は手ごろな宿に泊まることにした。


「あ~っ! やっぱいいな~っ!

 山にいるときは身体も洗えずにこんなフカフカなベッドに寝られなかったもんな~! 宿屋サイコ~ッ!」

「コシンジュ、うれしいのはわかるがそうやってベッドではしゃぎまくるな。

 破れたら弁償(べんしょう)だからな」


 イサーシュに言われおとなしくしていると、ロヒインが同じベッドに座ってきた。

 コシンジュはろこつにいやそうな顔をした。


「なんだよロヒイン。悪いけどちょっと部屋出て行ってくれるか?

 身体を洗うのに裸をジロジロ見られちゃたまんねえからよ」

「わかってるよ。だけどまだ礼を言ってなかったでしょ?

 あのあとのドタバタですっかり忘れちゃってたし」

「トナシェの件か。あれ、気にすんなよ?

 あの子は世間知らずのところがあるから、これから誤解をといておけばいいんだって」


 するとなぜかイサーシュが立ち上がった。

 コシンジュはあわてて声をかける。


「おい、どこ行くんだよ?」


 イサーシュが振り返ると、ニヤリと笑って告げる。


「俺はジャマだろ。

 ちょうど小腹がすいたところだ。下でツマミでもかじってくる」

「おい、待て! 待てって!

……ああもう行っちゃったよ」

「なんだよコシンジュ。別に取って食おうってわけじゃないんだし。

 ていうかトナシェちゃんのおかげでわたしもこっちの部屋に泊まることになったんだから、しょうがないでしょ?」


 するとコシンジュはアゴに手を触れて上を見上げる。


「思えばメウノ、お前に理解があったからな。

 オレらが同じ部屋に泊まるのもずいぶん久しぶりじゃねえのか?」

「これでイサーシュさえいなければ、コシンジュと二人っきりで過ごせるんだけどね♡」


 そう言って抱きついてきたので、コシンジュはやんわりと振り払った。


「やめろよ。お前またそんなイタズラしかけてきやがって」


 するとロヒインはうつむいて上目づかいになり、指先をもじもじさせながら「だめ?」と問いかけてくる。


「お前なにカン違いしてんだっ!?

 そんなマヌケヅラで色目使われてもこっちにゃなんもひびかねえよ!」

「コシンジュ、顔で人のことを言うのは感心しないよ?」

「そういう問題じゃねえよ! だいたい何だよ!

 近頃オレが優しく接してるからって、『男モード』のまんま誘ってもこっちゃちっとも欲情しねえよ!」


 コシンジュがフンッ、と言って腕を組みつつそっぽを向くと、ロヒインは急に真面目な口調になった。


「だったらコシンジュ。

 わたしがもし『女の子モード』で誘ってきたら、乗ってくれる?」


 コシンジュは雷に打たれたようになって、「それは……」と口ごもった。


「わたしが女の子の身体になったら、受け入れてくれる?」


 コシンジュは目を向けた。

 誘うような、すがりつくかのような切ない表情だった。


 そして視線をはずすと、しばらく考え込んでから、ゆっくり首を振った。


「ダメだ。

 オレ、やっぱりロヒインのことは好きになれない……」


 相手が息をのんでいるのがはっきりわかった。

 ロヒインは消え入りそうな声でたずねる。


「他に好きな人が?

 それともわたしのこと、男としてしか見れない?」

「そうじゃない。

 オレ、ロヒインのことは友達として好きだ。

 そしてお前がオレのこと、本気で想ってくれてること、痛いほどわかってる」

「だったらどうして、受け入れてくれないの?

 ひょっとして気持ち悪い?」

「そうじゃない!」


 そう言ってコシンジュは相手にさっと顔を向けた。

 その悲しげな表情に一瞬胸が痛んだ。


「もしおまえのこと本気で受け入れたら、きっとあとに戻れなくなる……」


 言ったところで、コシンジュは自分の本当の気持ちに気づいた。

 自分はロヒインのこと、まんざらでもないと思っている。だけれども……


「わかっているのかロヒイン。お前心は女だけれど、身体は男だ。

 その身体じゃ、こんなことは言いたくないけれど、一生子供をつくることはできない」


 そう言うと、ロヒインは両手でコシンジュの片手をにぎった。


「わたし、別にそんなこと考えてないよ?

 コシンジュに一生付き合ってくれだなんて言ってない。

 ほんの一時期だけ、思い出を作れたらそれでいいと思ってる。わたしはそれで構わないよ?」


 それでもコシンジュは首を振った。


「欲が出たらどうするんだ?

 ほんのひと時だけでなく、一生付き合いたいと思ったら?

 お前だけじゃなく、オレほうからも。そしたらとても苦しむことになる」

「コシンジュ。将来は自分の家族がほしいんだね?」


 ロヒインの真剣な目にうながされ、コシンジュはうなずいた。


「おやじとおふくろを見てるからな。

 オレもあんな家庭を持ちたい、あこがれちまうのは当然だと思う」


 するとロヒインはあこがれるような目で、ぼう然と上を見上げた。


「わたしも、本当に女だったらいいのに。

 そしたらコシンジュの子供をいっぱい産んで、チチガム先生みたいな温かい家庭を(きず)けたらいいのに……」


 コシンジュはロヒインがまだ手をにぎっていることに気づいた。

 それを見て急に胸がカッと熱くなってしまい、乱暴にその手を振り払う。


「なんでオレじゃなきゃいけねえんだっ!」


 相手がこちらを見やる。

 その問いかける視線に、コシンジュは目をそむけた。


「世の中に男なんていくらでもいるだろっ!

 お前みたいに男じゃなきゃダメだっていう奴もいるだろうし、お前のことを普通に受け入れてくれる奴もいるだろ!?

 なんで他じゃなく、オレじゃなきゃダメなんだっ!」


 返事がない。

 思わずロヒインのほうを見ると、いきなりビンタが飛んできた。


 思わずほおを押さえて相手を見ると、ロヒインは目にいっぱいの涙をためていた。

 なにも言えずにいると、ロヒインはふるえる声で告げる。


「コシンジュはわかってない……!

 なんにもわかってないっっっ!」


 そう言ってロヒインは勢いよく飛び出し、部屋のドアを乱暴に開けて出て行ってしまった。

 コシンジュは前に視線を戻し、そしてうなだれた。


 ロヒインが言いたいことはわかっている。本当はわかっているんだけども……

 コシンジュは髪をくしゃくしゃとかきむしった。


「そういう問題じゃ……ないんだよなぁ……」





 真夜中。

 月明かりがほんのりと部屋を照らすなか、ロヒインは部屋に戻ってきた。

 そして姿見の大きな鏡の前で立ち止まり、ゆっくりと黒いローブを脱ぎ捨てる。


 裸だった。その上少女の姿に変身している。

 ロヒインは細い手で自分の身体をそっとなでつけると、急にその可憐(かれん)な顔をくしゃくしゃにゆがませた。


 その場に座り込み、両手で顔をおおう。

 後ろのベッドで寝ているコシンジュとイサーシュを起こさないよう、声を必死におさえつつ泣きくずれていた。


 コシンジュとイサーシュはこっそり起きていた。

 ひそかに悩み続ける親友を前に、2人とも天井を見つめたまま眠りにつくことができずにいた。





「あれ? みなさんどうしたんですか?

 そろってそんな顔して、ひょっとして部屋で何かあったんですか?」


 トナシェはやつれた顔をしているコシンジュ、イサーシュ、そしてロヒインを見比べる。

 気まずい状況ではあったが、コシンジュとロヒインは顔を見合わせ、そして一緒にイサーシュに目を向ける。

 相手は気恥ずかしさをごまかすかのように眉間(みけん)を指で押さえた。2人は想像した以上に自分たちのことを心配してくれているイサーシュに内心感謝していた。

 メウノがトナシェの肩に手をかけつつ答える。


「まあ、いろいろあるんですよ。

 3人は同じ村の出身ですからね」

「そうなんですかっ!? じゃあ旅に出たのも同時ってことじゃないですか!

 てっきり勇者さまは最初に仲間探しからスタートしたと思ってました!」

「伝説の勇者の村ですからね。自然と優秀な人材が集まるんですよ。

 道中でスカウトされてついてきたのは私だけです」

「とはいっても、メウノももうすっかり旅なじみになってきたけどな。

 他にも2人一緒になった奴がいるけど、どっちも理由があって別れた」


 コシンジュが言いつつイサーシュを見ると、彼もムッツェリを思い出したのか遠い目をしてあさってのほうを見る。


「トナシェちゃんも、無理をしないでついてこれなくなったら言ってくださいね?」


 すると少女はメウノを見て思いっきり目つきをするどくさせた。


「まだわたしを足手まといと思ってるんですか?

 頼まれなくても、わたし最後まで皆さんについていくつもりですからね!」

「そんなこと言ってないですよ。

 とにかく、あまり無茶はしないでくださいね。あなたのお母様に申し訳が立ちませんから」


 それでもふてくされるトナシェを無視し、イサーシュがみなに声をかける。


「とりあえずギルドに行くぞ。

 きっとヴァスコが首を長くしてお待ちかねだ」





「なんでこの私がっ!

 みな一斉に私を指名しよっって!」


 数多くの商人が集まるギルドの一角。

 日の光が差し込む部屋で、対象的にくらい表情をした商人が右往左往している。


「しょうがないじゃないですか『ロンブス』さん。

 満場一致(まんじょういっち)とありゃ、さすがのあんたも断るわけにはいきますまい。

 でなきゃ商売にひびきまっせ」


 するとやたらときらびやかな衣装を着た商人はびしっとヴァスコを指差した。


「わかってないなヴァスコッ! 軍船は一般の帆船(はんせん)と違って金がかかるんだっ!

 それを失うことになればうちは大損だっ!」


 そして再び右往左往する。

 ヴァスコはあきれて首を振りながらも言った。


「大丈夫です、おれがついてるんですから。

 この腕にかけて、勇者たちは無事に送り届けまっせ。さすがに船を無傷で持ち替えるってのはムリですが、もし万が一のことがあっても北の連中が保証してくれるはずです」


 力こぶを見せながら言うものの、相手はあまり話を聞いていないようだった。


「くそっ、なんで私が!

 いくら私の気が弱いからと言って一斉にこちらを指し示しよってっ!」

「……逆だ。

 ロンブスはあくどい手を使ってまで人の手柄を横取りする奴で、他の商人仲間みんなから嫌われてる」


 ヴァスコがヒソヒソ声でコシンジュ達に話しかけると、ロンブスはクルリとこちらを向いた。


「なんか言ったかヴァスコッ!

 まったくお前と言う奴は、いまいち船主に対する敬意が足りないなっ!

 これだから海の荒くれ者は嫌いなんだっ!」


 それを聞いたイサーシュがここぞとばかりに悪態をつく。


「フン、自分は街から一歩も出ないくせに、命をかけて海を渡り歩く男たちに少しも感謝をしないとはな。

 傲慢(ごうまん)な貴族気取りか」

「き、貴様この私になんという口を……

 いやなんでもありません」


 どなりあげようとしたロンブスは、しかしすぐにイサーシュの鋭い視線に射すくめられ、すぐに訂正し直した。


「け、剣士さま。こわい……」


 昨日といいイサーシュの迫力におじけづいてばかりのトナシェは、相手の視線に気づくとすぐに顔を下げた。

 ヴァスコは皮肉まじりに笑う。


「まあそうカッカしなさんなダンナ。今のおれはやとわれの身だ。

 自分の船を持ってない身分でえらそうな口をたたけるわけじゃねえんだよ。

 ここじゃ船のない奴はみんな肩身のせまい思いをしてる。金を稼げるやつこそ、この街の実力者。ここはそういうところだよ」

「実力があるんならな。

 だがこいつにそれほどのものがあるか、俺には疑わしいな」


 イサーシュがあごでしゃくると、ロンブスは口ごもりながらも声を荒げた。


「え、ええい! 下手に出ればつけあがりおって!

 ゆ、勇者の手先だからってこの私にえらそうな口を……

 いやなんでもありません」


 しかしイサーシュが背中の剣を引き抜こうとするのを見ると引きさがる。


「なあイサーシュ。お前途中から面白がってないか?」


 コシンジュのツッコミに苦笑しつつ、ヴァスコがコシンジュ達に向き直る。


「よし、これで2つ目の課題はクリアだ。

 後は船に乗り込む船頭たちだな。おれにも優秀な部下が何人かついちゃいるが、いくらかは家族持ちだ。

 それに無理強()いはできねえ。今回ばかりはいくらなんでも危険すぎるからな。

 この街じゅうの船乗りの中から、失うものがねえ命知らずを片っぱしから探すことになる。

 それに船自体も準備が必要だ。悪いがだいぶ時間がかかるが、待ってもらっちゃ悪いか?」


 ロヒインがこっくりとうなずいた。


「先を急ぐ旅ですが、仕方ありませんね。

 後は準備しているあいだに、魔物たちが何か企んでなければいいのですが……」

「ああっ! こうしているあいだにも魔物どもがここにやってくるっ!

 私は(おそ)われるのはいやだからなっ!」


 そう言ってロンブスが頭を抱えているあいだに、突然部屋に衛兵が入りこんできた。


「勇者さまっ! 大変ですっ!

 この付近にある漁村、『マルフィ』にほど近い場所に魔物たちの集団が出現、村へと接近している模様(もよう)ですっ!

 どうか我々の援護(えんご)をっ!」

「なんだってっっ!?」


 コシンジュ達がおどろいていると、ロンブスがますますヒステリックになった。


「ああっ! その村は私の御用達(ごようたし)じゃないかっ!

 まったく何たることだ! お前らが来たせいでとんだことに……

 いやなんでもありません」

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