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第19話 召喚獣の正しい使い方~その2~

「よく来た諸君。私がこのバンチアの街をおさめる総督(そうとく)、『フェルナン』だ。

 ようこそわが街へ」


 5人が一斉に頭を下げると、なぜかトナシェのほうを見た。


「ほう、トナシェか。

 予想してはいたが、やはり一行についていくつもりか」


 眉をひそめる総督にトナシェはこっくりとうなずく。


「総督さま。たしかにわたしの召喚術は危険で、大変ご迷惑(めいわく)をかけるかもしれません。

 ですがこれは召喚巫女としても大事なお役目、ぜひとも勇者ご一行にご同行させてくださいませ」


 するとフェルナンは持っていたパイプをくゆらせ、(けむり)を吐き出してうなずく。


「仕方がない。

 まあお前が召喚術を扱うということであれば、少なくとも最悪の事態にはならないだろう。

 そう思いたいものだ」

「あれ? なにトナシェ?

 なにげに総督にまでお墨付(すみつ)きもらっちゃってんの?」

「勇者さま、これで少しはご納得いただけましたか!?」


 ふてくされる美少女に、コシンジュは「なんでもない、なんでもないよぉ~う」と言って手をブンブンする。


「さっそく本題に入りたいのですが、実はおりいってお話があるのですが……」


 前に進み出るロヒインに総督は「うむ」と言って、白いアゴヒゲに手を触れる。


「ランドンのマグナクタ王より書状をあずかっておる。

 わが街の軍船を貸し出して、南の大陸へと送ってほしいとな。

 海岸一帯のほかの都市国家にも同様の書状が送られているらしいが、おそらくわが街がその役目を引き受けることになるだろう」

「やはりすんなりと引き受けていただくわけにはいきませんか……」


 ロヒインが神妙な顔でうかがうと、総督はしぶしぶうなずいた。


「許可を出すのは簡単だ。

 だが君も知っているだろうが、都市国家とは総督の一存ですべてを決められるわけではない。

 かつては各都市で争いを繰り広げたくらい、この一帯に住む者たちは自立心が強い。

 ましてや商人にとっては共同体の利益より個人の金儲(かねもう)けこそがすべてだ。喜んで軍船を差し出す持ち主はおらんよ」

「ですけど世界の平和がかかってんですよ?

 海の魔族が思う存分行きかうような状況になったら、困るのはみんなだろうに」


 コシンジュが首をひねるが、フェルナンはゆっくりと首を振る。


「もちろん連中もそれをわかっておる。

 だが自ら進んで名乗りをあげる者がいるかは微妙なところだ。おそらく商人同士で責任のなすりつけ合いが始まるに違いない」

「そんなに団結が薄いんですかこの街は?

 思った以上にまとまりがない……」

「この北の大陸にとって、本来脅威(きょうい)とも言える帝国と貿易をしているくらいなのだ。

 商人たちに良心を期待するのはやめておいた方がいい」


 そしてフェルナンは程よく整えられた机の上に置いてある書類をとり上げ、丸めてヒモでしばる。

 赤い封蝋(ふうろう)をつけ、ハンコを押すとコシンジュ達のほうにさしだした。


「これが許可状だ。

 これを船の持ち主たちに見せていきたまえ。効果のほどは期待できないがな」





「……思った以上に厄介な状況ですね。

 おそらく商人たちにこれを持っていっても、議会を開かずに誰が船を出すのかを決めることはできないと突っぱねられるのがオチですね」


 ロヒインが書状を見ながらつぶやく。

 街の酒場のテーブルを囲み、ビールではなくジュースが入った木製のコップをたたきつける。


「だけどよぉ~、この街の人間だってわかってるだろ?

 南の帝国が魔王軍に占領されちまったら、真っ先におそわれるのはここだろうに」


 それを聞いてイサーシュは考え込むようにアゴに手を触れる。


「その時は本当に一致団結するだろうな。

 しかし今は特殊な状況だ。複数の船で南に向かえば、帝国の連中に侵略だとうたがわれる可能性がある。

 だからと言ってたった一隻(いっせき)で行けば、今度は寄ってたかって魔物の襲撃(しゅうげき)にあう。

 いくら頑丈(がんじょう)な軍船とはいえ、一週間以上もかかる船旅が最後までもつか、持ち主たちにとっては不安に思うところだろうな」

「それを保つようにするのが、オレたちの仕事なんじゃねえか」

「わかっている。

 だがこの街の連中は俺たちや魔族の実力を知らない。だからどんな結果が待ち受けているか気が気でないんだろうな」


 それを聞いてロヒインが書状をしまい、深いため息をついた。


「はぁ、果たして会議が本当に開かれるとして、あすあさってで結論が出るんでしょうか。

 正直何日かかるのか見当も……」


 突然ロヒインの身体がボンッ! と煙をあげた。

 それを見たトナシェが椅子から飛び上がりそうになった。

 コシンジュ、イサーシュ、そしてメウノは顔を見合わせる。


 ロヒインは今女の子に変身している。それはつまり……


「あ、元に戻っちゃいましたか。

 こんな人前で……あは、あははははははは」


 それよりもよっぽど不安要素があった。

 4人の顔が一斉に同じ方向に向けられる。


「あ、あの……

 魔導師さま、いったい何が起こったんですか……?」


 トナシェは目の前で起こったことが信じられない、そう言わんばかりに目を大きくしている。

 ロヒインは苦笑した。


「あ、こ、これには深い事情があって……」

「……おい、今の見たか?

 やはりあの魔導師、女装して女になりすましているという話、本当らしいな」

「ウワサでは心も女らしい。

 ときどきああやって変身してハメを外しているそうだ」


 聞こえないでくれ、頼むから聞こえないでくれ……。

 4人は必死で願った。しかし……


「魔導師サマ。今の話本当なんですか。

 ひょっとしてわたしをダマしていたんですか?」


 可憐(かれん)な美少女は口を手でおおう。

 その目はウルウルと涙ぐんでいた。


「あの、ごめんねトナシェちゃん。

 変身したのは会う前の話だから、別にだまそうとかそういうつもりは……」


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!

 へんたぁぁぁ~~~~~~~~~~いっっっ!」


 あまりの大声に、コシンジュ達だけでなく周囲のテーブルまで耳をふさぐ。

 一瞬静まり返った店内だが、すぐにもとの喧騒(けんそう)を取り戻す。

 ロヒインがあたりを見回しながらたしなめる。


「へ、変態って!

 だ、だましたのは悪かったけど、だからって変態呼ばわりは……」

「うるさいっ! みなさん!

 ここに男が好きなヘンタイキチクがいますっ!

 誰か捕まえて牢屋(ろうや)にブチこんでくださ~いっっ!」

「なんだよこの予備知識なしの偏見(へんけん)まっしぐらな超保守的思想っ!

 ロヒイン完全否定じゃねえかっ!」

「へ、変態鬼畜……」


 ロヒインが明らかに精神的に死んでいる。

 コシンジュは肩をゆさぶりながら必死になだめるなか、メウノがトナシェに向かって必死に弁護する。


「トナシェちゃん。

 たしかにロヒインさん心は女かも知れないけど、そういうのはあくまで生まれつきのものであって、度を超えた迷惑をかけるわけでなければ別に犯罪と言うわけでは……」

「なに言ってるんですっ! 僧侶(そうりょ)さまはだまっててくださいっ!

 いいんですかこんな歩く公害を放っておいてっ!

 憲兵(けんぺい)さん、憲兵さぁぁぁんっ!」

「うるさいなお前がだまってろこのクソガキがっっっ!」


 イサーシュが机を思いきりたたきつけた。

 テーブルの上の料理とともにトナシェが飛びあがり、そのまま固まる。


「さっきからさんざん言いたい放題言いやがってっ!

 俺のダチにああだこうだつまんねえことほざきやがったら、首根っこつかんで叩きだすぞおらぁっ!」


 細かくふるえだしたトナシェを見つつ、コシンジュはイサーシュをなだめた。


「ちょっと言いすぎじゃないかイサー……でも今回ばかりは助かったか。

 ていうかちょっとびっくりしたぞ。お前がそこまで完全にブチ切れるとこ初めて見た」

「昼間のお返しもあるんでな」


 そう言ってイサーシュは前髪をさらっとかきわける。コシンジュは眉をひそめた。


「なんで、なんでそこまで言われなきゃいけないんですか……」


 トナシェを見ると、ふるえながら完全に涙を流している。

 コシンジュは首を振った。


「悪く言いすぎなのはお前のほうだ。

 なんだ、まるでロヒインのこと犯罪者みたいに。

 こいつの心が女なのは生まれつきだ。好きでそうなってるわけじゃない」


 先ほどからうつ伏せになっているロヒインを見ながら、話を続ける。


「コイツだって苦しんでるんだよ。

 自分の身体と、心の性別が全く逆だってことに。

 世の中には、そういう人間がたくさんいるんだってことを、よく勉強しておくんだ」

「勇者さま。この人は魔導師ではなく僧侶になるべきでした。

 そして神々に生まれ持った自らの罪を()いあらためながら生きていくべきです」

「いったいどういうところでそういう考えを吹きこまれた。

 まさか神殿の連中ではあるまい」

「イサーシュさん、言っておくべきですけど修道院の世界では決してそういう教えがあるわけではありませんからね。封印の(いしずえ)も同様です。

 この子の考え方はおそらく本人独自のものでしょう」


 メウノの言葉を聞いて、コシンジュはテーブルにヒジをつけてトナシェの顔をのぞきこんだ。


「トナシェ、なんでお前同性愛者に対してそんな考えを持ってるんだ?

 言い分があるんなら聞かせてくれ」


 トナシェは上目づかいで信じてくれと言わんばかりの顔をする。


「男は女を、女は男を愛するべきです。身体つきからしてそういうふうにできていますから。

 たとえ好みがちがっていても、結婚は男女でするべきなんです」

「まさか。

 僧侶(そうりょ)みたいに、一生独身で生涯(しょうがい)をまっとうする奴だっているだろ?

 絶対結婚しなきゃいけないなんてことはないだろ?」

「それは神に身をささげた方のすることです!

 たとえ僧侶でも、ご(えん)があれば結婚し家庭を持つことを強くすすめられています!

 子供をつくることは人間の義務ですから!」

「どうする?

 この子の考えを陥落(かんらく)させる、うまい知恵があるかコシンジュ?」


 イサーシュはもはや降参(こうさん)と言わんばかりに両手を広げる。

 コシンジュは考え込み、そして目だけを上にあげて口を開いた。


「それって、なんか違う気がするんだよな」


 少女が「違う?」と言うと、コシンジュは大きくうなずいた。


「たとえば、農家の人が手ごろな場所に畑を作りたいと思うだろ?

 狙った通りの場所を見つけるんだけど、そこにおっきな()が生えてたりするわけだ。とても樹齢が長い立派な樹だ。

 だけどたがやす人はそれが邪魔だって思ってる。

 その木を切らないと、自分は仕事ができない、そう言いたいわけだ」

「おっしゃる通りだと思います」

「だけど、その樹は大昔からそこに根を張り、ずっとその土地を見守ってきたわけだ。

 そんな樹を仕事するためにスパッと切っちゃう。

 お前が言ってんのはそれと似たようなことなんじゃないかと思ってさ」

「たとえがあんまり理解できません」


 コシンジュはメウノやイサーシュに「オレの言ってることわかる?」と告げた。

 2人は首をかしげる。イサーシュが片手をあげた。


「言いたいことはわかるが、通じない奴もいるだろうな」

「とにかく。いくら自分にとってそれが間違っていることだからって、それを無理やり他人に押し付けるのは、オレは正しくないと思うな。

 明らかな犯罪と違って、価値観の違いはそう簡単に()められるものじゃないし、埋めるべきかどうかはいちがいに判断できないもんだと、オレは思うんだな」


 それまでうつ伏せになっていたロヒインが顔をあげて、「コシンジュ……」と呼ぶ。

 コシンジュは彼に向かってしっかりとうなずいた。


「コシンジュ。お前本当にいいこと言うな。

 勉強はできないバカのくせに」

「勉強できるくせにいまいち人の心情理解できないイサーシュに言われたかねえよっ!」


 イサーシュは「最近はわかってるぞ」と言って不敵に笑う。コシンジュは顔をそらせて拳をにぎる。まずい、このままではこのスカした野郎に負ける。


「なんで、なんでそんなことが分かるんですか?

 勇者さまだって、わたしとそんなに年齢が離れてないじゃないですか!」


 途中でトナシェは怒りだした。

 まずかったかなぁ、と思いつつコシンジュは頭の後ろをくしゃくしゃさせる。


「いろんなことがあったんだよ、オレの人生って。

 この長い旅で勉強したことも多かったけど、それ以前にオレの村でいろんなことを学んだ。

 村にはいろんな人がいて、オレにいいことも悪いこともいろいろ教えてもらった。

 となりのイサーシュにだっていろいろ学んだぞ? そうだろイサーシュ?」

「お前、ムッツェリに気絶させられた時、俺の話聞いてただろ」


 それを聞いてコシンジュはニッコリとし、イサーシュはふてくされて腕を組む。


「神殿の人たちはみんないい人そうだな。

 それとトナシェ、お前あんまり神殿出たことないだろ?」


 コシンジュがのぞき込むように言うと、少女は思い切りのけぞった。


「な、なんでそんなことが分かるんですか?」

「お前の話聞いてりゃわかるよ、ていうのは通じないか。

 オレみたいにいろいろな人生勉強をさせてもらってると、いやでも人の心がわかっちゃうもんなんだよ」

「私からすると、コシンジュさんはそういうことが人一倍得意な感じがしますね。

 勉強に使う脳みそを犠牲(ぎせい)にして」

「メウノ、よけいな一言だぞ。

 とにかく、もうちょっと様子見ろって。ロヒインの生き方をじっくり観察すれば、こいつの人の良さがわかるって」


 ロヒインを指差すと、相手がすがるようにコシンジュの腕をギュッと握った。

 触り方がちょっと気持ち悪かったが、コシンジュはニッコリと彼にうなずいた。


「わかりました。

 少なくとも率直な気持ちは言わないようにしておきます。勇者さまのために……」


 トナシェの表情はかたい。

 その態度にため息をついていると、ロヒインがつかんでいた腕から手を離してをポンポンと叩いた。


「あれ、ちょっとおかしくない?」


 コシンジュが指差した方向を見ると、向かいのテーブルの様子がおかしかった。

 まわりのようにちらちらとこちらをうかがうでもなく、ひそひそと内緒話をしているようだった。


「ああ、あの連中気になるよな。

 恰好(かっこう)もなんだかおかしいし」


 前から気にしていたのだが、この地が亜熱帯に当たるにもかかわらず、他の人々と違いマントにほっかむりをかぶっている。

 どう考えても涼しいわけがなかった。


「あれ、南の大陸の連中だよ。

 南の大陸は湿気(しっけ)よりも日差しのほうが心配だから、ああやって身体を(かく)しておいた方が涼しいんだよ」

「へえ、そうなのか。

 それにしたってこんなところに来てまであんな格好って……」

「聞いたことありますけど、南の方では肌を露出するのは習慣で禁じられているとか。

 素肌を見せるのは恥ずかしい、そういう感覚があるのかもしれませんね」


 メウノの言葉を飲み込んでいると、突然例のテーブルの男の1人がのけぞって叫んだ。


「今の世の中、勇者の存在っていらねえかもなっ!」


 コシンジュたちが突然の行動が理解できないでいると、別の男が叫ぶ。


「帝国は強いっ! 魔物どもになんか負けやしないっ!

 勇者の存在なんて必要あるかっ!」


 トナシェがそれを聞いて立ち上がろうとするのを、メウノが押さえつける。


「これも社会勉強です。奴らの話を聞いてみましょう」

「勇者だか何だか知らねえが、わが帝国軍が誇る精鋭(せいえい)部隊はチビッコが1人助けに来たくらいでどうなるわけでもねぇっ!

 そいつが出る幕もなく魔王軍は追い返されるさっ!」


 一部は明らかにこちらを見て挑発的になっている。

 どう考えても普通の態度ではなかった。


「おかしい。

 途中で出会った巨漢もそうだったが、あいつら勇者に対する敬意もクソもない」

「まるで我々に期待をかけていないようですね。

 それどころか我々に対して挑戦的ですらある」

「今までそんなこと一度もなかったのに。

 (けむ)たがられることはあっても、みな勇者の存在意義自体は認めているようでした」


 イサーシュ、ロヒイン、メウノが言い終わると、コシンジュは立ち上がった。


「なにをするつもりだ。

 まさか相手のケンカを買うお前でもあるまい」


 向かいのテーブルから目を離さずに告げるイサーシュに、コシンジュは首を振る。


「話を聞いてくるだけだ。どうしても事情が気になる」


 コシンジュは正々堂々と相手のテーブルに向かい、高圧的に話しかけた。


「お前ら、オレが誰だかわかってて言ってんだろ?

 本人を前にして、それはさすがに言い過ぎなんじゃないか?」


 すると正面に座るフードの男が中の暗い表情をニヤニヤさせた。


「本当のことを言って何が悪い。

 お子様はこんなところで遊んでないで家に帰りな」

「本当のこと?

 たしかにオレはまだガキだけど、あずかってる武器がどれだけ強力なのかぐらい、わかるだろ」

「だったらもっと腕の立つ奴に渡しな。

 そしたら、さすがにわが帝国の連中も『ハハァッ、勇者さまぁっ!』と言って(あが)めてくれるかもな」


 そう言うと、そのテーブルにいる男たち全員がどっと笑う。


「渡すんだったら俺たち南の大陸の連中がいい。

 そいつはお前ら北の人間が持つもんじゃねえ。

 お前のような甘ったれたクソガキが持つと、神聖な武器が汚れる」


 コシンジュは途中の言葉が気になった。コシンジュは神妙にたずねる。


「あんたらはこっちの人間に対する差別意識でもあんのか?

 オレら過去になんか悪いことしたっけ?」


 すると、テーブルに座る一同の顔色がくもった。

 うち1人が仲間に向かってほんの小さい声でつぶやく。


――やっぱり、なんにも聞かされてないんだな。

「おい、なんか言っただろ。

 言いたいことがあるんならはっきり言ってくれ」


 すると、コシンジュの腕が大きな手につかまれた。

 (おど)しだとはっきり分かった。


「そんなこと、お前には関係ねえ。

 とにかくそいつはお前のような、うすぎたないドブネズミが持つもんじゃねえんだよ。

 何なら、俺らがそいつをいただいちまってもいいんだぜ?」


 コシンジュは背中の武器に目をやり、はっきりと告げた。


「悪いけど神様が選んだのはこのオレだ。

 向こうが預けてきた限り、簡単に渡すわけにゃいかねえんだよ。

 神殿か修道院にでも行って、神様から直接許可をもらえ」


 すると、彼らのうちの1人が思い切りテーブルをたたきつけた。

 その音で、とうとう酒場全体が完全に静まり返る。


「クソッ! なんでまたしても北の人間なんだっ!

 俺たちの国は再び魔物どもに占領されるのかっ!

 それ以前にお前らにそいつを持つ資格はないっていうのにっ!」

「だからなんで資格がないんだ。

 ワケを言ってくれないとオレらも反省のしようが……」


 1人が「うるせぇ!」と言ってとうとうテーブルから立ち上がる。

 かなり背の高い男性は、明らかにコシンジュを上から見下している。


「なんなら力づくで(うば)い取ってもいいんだ。

 お前は武器が強力な以外は、ただの小僧(こぞう)だ。

 これだけ大の大人にかかられれば、なんにもできやしない」


 そして仲間に目配せする。

 コシンジュは両手で思いきり相手の手首をにぎり、ひねり返した。


「いでででででででででっっっっ!」


 相手が大きくのけぞっているあいだに、コシンジュは彼らから離れた。


「悪いけどこっちも素人(しろうと)じゃないんでさ。

 反撃させてもらったよ」


 テーブルの男たちが一斉に立ち上がる。

 店内が騒然(そうぜん)となった。奥から店主が叫んでくる。


「おいっ! そこの奴らっ!

 店の中であばれるんじゃねえっ! テーブルや上の料理が散らかるだろっ!?」


 男たちは店主の声をまったく聞いていない。仕方なく店主は続ける。


「勇者のボウズ、悪いけどお前さんもだ!

 そいつらに外に出るよう言ってくれ!」

「ムリだなオヤジさん! こいつら言って聞くような連中じゃない!

 片づけるから弁償(べんしょう)はこいつらに直接請求(せいきゅう)してくれ!」


「なんてこった」となげく店主をしり目に、男たちは指や首をポキポキ鳴らす。

 コシンジュは首をひねった。


「オレにケンカ売るつもりか?

 悪いけどこっちも人数連れだ。お前らみたいな大の大人じゃないけど、絶対そっちより強いぞ」


 後ろの仲間たちも立ち上がる。トナシェの声が聞こえた。


「わ、わたしも加勢しますっ!

 勇者さまをここまでバカにするなんて、許せないっ!」

「トナシェちゃん、君は睡眠(すいみん)魔法知ってる?

 だったら準備しておいて」


 ロヒインが言いきったところで、コシンジュは身構えた。

 相手はみな屈強だが、仲間と力を合わせればやってやれないことはない。


「……おいおいっ! どうしたんだいったいっ!

 みょうに静かになったと思ったら、よりによって勇者さまってやつにケンカを売ろうなんざ、お前ら正気かっ!?」


 奥から何者かが現れた。

 かなりの大柄で、顔や袖なしの腕は真っ黒に焼けている。

 黒い三角帽をかぶり、黒い髪やヒゲは伸び放題になっていてもじゃもじゃしている。


 男は酒をビン丸ごとがぶ飲みすると、手の甲で口をぬぐって相手側に問いかけた。


「その暑苦しい恰好(かっこう)、南の連中だな?

 またおれら北の連中に難クセつけやがって。そんなことやってたら商売やってられねえこと、わかってんだろうが」


 暑苦しい男たちのうちの1人が、別の男に耳打ちする。


「おい、まずいぜ。『長ひげのヴァスコ』だ。

 コイツを相手にすると厄介だぞ」


 男たちは互いに見合わせ、うなずく。

 代表のもっとも背の高い男がふところに手を入れた。


「悪かった。俺ら出ていくよ。

 迷惑(めいわく)をかけちまったな」


 そう言ってテーブルの上に小銭を置いていくと、ぞろぞろといっせいに店の入り口に向かってしまった。


 コシンジュは現れたヴァスコと言う男のほうを向いた。


「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」


 すると大男はコシンジュの身体全体を値踏みするかのようにながめ、モジャヒゲをなでつけた。


「えらい謙虚(けんきょ)じゃねえか。

 それにどう見ても、お前勇者に見えねえな。連中にナメられんのも当然かもしれんな」


 言われてコシンジュは照れ臭くなって頭の後ろをなでた。


「あははは、よく言われます。

 おかげですっかり慣れちゃいました」


 ヴァスコはそこであたりをキョロキョロし、すっかり注目を集めている客たちに声をかけた。


「おい、こっからは見世物じゃねえんだぞ。

 せっかくの酒なんだから、もっと飲め、歌え、さわげや」


 そう言うと、ようやく客たちが自分たちの席に戻り、店内にいつもの活気が戻ってくる。


「さっきのおっさんたちも言ってましたが、有名なんですか?

 俺ら北の出身なんでよくわかんないですけど」


 コシンジュがたずねるとヴァスコは照れくさそうにヒゲをいじった。


「まあお前らも座れよ。話はそっからだ」


 男はコシンジュ達を座らせ、自分は先ほどの男たちが使っていたイスを1つ拝借(はいしゃく)してコシンジュ達の輪に加わった。

 かなり酒臭かったが、さっきの礼もあるのでコシンジュ達はガマンした。


「おれか? おれなんぞ、この街のただのやとわれ船長よ。

 ただこうやってハバきかせてると、今みたいに何かと便利なんでな。この街でやたらと有名になっちまった」

「船長さんですか。どおりで迫力ありました」


 ロヒインがうなずくと、目でコシンジュをうながした。


「ああそうだ、ヴァスコさんでしたっけ?

 実は困っていることがあって、もしよかったら手を貸してもらいたいんですが……」

「おお? 話は聞いてるぜ? お前ら南に渡りてえんだろ?

 どうせ街の商人どもが船を壊されるのがいやってんでしぶりまくってんだろ」


 そしてうししし、と笑いながらコシンジュに目を向ける。


「なんならその話、おれが引きうけてやってもいいぜ?

 お前らを乗せてちょっくら南の大陸まで送り届けてやってもいい」

「「「「本当ですかっ!?」」」」


 イサーシュ以外が目をかがやかせる。

 1人冷静な彼はめずらしく丁寧(ていねい)な口調になる。


「あなた、腕は確かなようですが、1つ確認させてください。

 我々の旅はとても危険なものです。海の危険さはあなたのほうがよくご存じでしょうが、今回はそれに加えて魔物との戦いも(ひか)えています。

 おそいかかる敵を払いのけながらの船旅、正直お(すす)めできるものではありませんが」


 するとヴァスコはドン、と胸をたたいた。


「そんなことは百も承知(しょうち)よ!

 ちょうどよかったぜ、おれは金持ちどもの荷物を北から南へとひたすら運び続ける毎日にうんざりしてたんだ。

 こんな機会、ほかにはぜってぇ来やしねえからな、まかしとけ!」

「いいんですか? そんなに軽々しく引き受けてしまって?」

「イサーシュさん、ここまで下手に出るの、初めて見ました。

 なにかあったんですか?」


 メウノが声を小さくして問いかけると、コシンジュはうなずいた。


「イサーシュはもともと腕を認めた人には敬意を払うタイプなんだよ」


 言っているあいだに、ヴァスコはひげをなでつけながらあらぬ方向を見上げる。


「なぁに。なんせ勇者を運ぶなんて大仕事、きっと北の連中がガッポリ謝礼を払ってくれるぜ。

 きっとウハウハだぞぉ」

「あ、なんだ。現実的な理由もあるわけだ。納得」

「やめてくれよボウズ。

 おれを商人どもみたいな金の亡者と一緒にするんじゃねえ。

 おれぁ必要があって金を(かせ)ぎたいだけだ」


 コシンジュが「必要?」と問いかけると、ヴァスコは何度もうなずいた。


「おう。おれは金をためてでっけえ船を買う。

 そして街の商人どもを介さずに、南の連中と直接商売をするんだ。

 あんな自らの命を危険にさらさずに、家でのんびりしてる連中の下で働いてらんねえからな」

「いい夢ですね。実現することをお祈りしますよ」


 メウノが顔をほころばせて言うと、ヴァスコはビンを持ち上げて笑った。


「お、言ってくれるねネエちゃん。

 よし、そうと決まれば話ははえぇ。さっそく明日ギルドに行って話をつけてくるぜ」


 そこへまたしても水をさすようにイサーシュが告げる。


「あなたには発言力があるようですが、だからと言ってこの街の商人連中がすぐに納得して船を出す許可を出すとは思えませんが」

「そこをなんとかするのがおれの仕事だ。

 ガツンとひとこと言ってやりゃ、奴らもしぶしぶなんとかするだろうよ。

 商人どもだって魔物にうろちょろされて海で商売できなくなるのはイヤにちげえねえからな」

「ぜひともお願いします」


 イサーシュはうなずいた。こうして商談は成立した。

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