第2話 4人目の仲間、なんだけど~その3~
「……痛い」
ほっぺたをはらし鼻血のあとを残して目にあざをつくっているロヒイン。
そこにいつもの美少女の面影はない。
「大丈夫かお前」
イサーシュは多少距離を引きながらもロヒインに気遣う。
「すみません、昨日はさすがにイタズラが過ぎました。2
度とこのようなことはいたしませんのでお許しください……」
「ていうかお前なんで朝っぱらからまた変身してんだよ。
そんな姿で街うろついてたらオレらがドメスティックバイオレンスしてるみてえじゃねえか。
ていうかさっきから周りの視線が痛いんだよ」
コシンジュは両手を頭の後ろで組みながら不機嫌な表情を崩さない。
「ああ、さすがに宿の皆さんに姿が変わっているところを見られたらまずいと思いまして。
とりあえず今回は簡易魔法を使ったのですぐに元に戻ると思います……」
「それとイサーシュ。
結局お前もとの部屋に戻らなかったよな。宿の人にはなんて言ったんだよ」
「ああ、それなら。
仲間と派手なケンカをしてしまったので別の部屋にしてくださいと言ったら、簡単に1人部屋を用意してくれたぞ」
「だったらよけいに誤解されちまったじゃねえか!
宿の人があそこまで気まずそうにしてた原因はそれかっ!」
「まあ、堂々と女の子を傷つけている人なんてめったにいませんからね」
ロヒインが言うなりコシンジュが烈火のごとく怒る。
「そんなめったな人がよりによって勇者だと思われたらきついよ!
絶対世も末だと思われるよ!」
イサーシュがあたりをきょろきょろして気まずそうにつぶやく。
「おい、あまり怒るな。よけい誤解が広まるぞ」
言われる通り、たしかに道行く人は3人に目を向けるなり、ひそひそ話をしたり口元を手で覆ったりしている。
これにはさすがのコシンジュもバツが悪い。
「うぅ……」
「はやく僧侶の方を見つけないと。
この傷のままではうかつに外に出られない……」
「ロヒインさっそく僧侶の出番増やしてんじゃねえよ!」
しょうもない会話を繰り広げているあいだに、3人はいつの間にか寺院にたどり着いていた。
街の外で見るよりも、中央の巨大ドームはずっと大きかった。
見上げるようにして3人は鮮やかな青で彩られたドームを見上げる。
「うぉぉ。
王国の城もなかなかのもんだが、ここもずいぶん立派なたてもんじゃねえか」
コシンジュがのんきにつぶやいていると、イサーシュは少し難しい顔になった。
「しかし、なんでこんなところに僧院が?
前から疑問に思っていたんだが、この町にそれにまつわるゆかりがあるなんて聞いてないぞ?」
「それもそうですね。
本当にゆかりがあるんだとしたら、それはわたしたちの村のことですから」
コシンジュがポンと手をたたく。
「ああそうか。
もしここいらで聖地なんてもんがあるとしたら、それはオレたちの勇者の村以外にないもんな。
なんせ2度も神様が舞い降りたところだし。2回目はついこないだのことだけど」
「ですが肝心の勇者のほこらは、安全のため立ち入り禁止です。
平穏な村への巡礼も禁止されてますから、聖者たちは代わりにここに聖堂をたてたんですよ」
言ったロヒインがふと入口を見下ろすと、巨大な寺院入口にはぞろぞろと人々が引きこまれるように中に入っていく。
「ご覧のように、巡礼者たちも数多く訪れます。
ここはいわば、村に代わる神々への祈りの場、ということですね」
イサーシュはわざとらしいしぐさでアゴに手をやりうなずいてみせる。
「なるほど、これは期待できるな。
ここならさぞ優秀な僧侶も集まっているに違いない」
「さっそく中に入ってみましょう」
「待てーいっ!」
歩き出そうとしたロヒインを、コシンジュはすぐに引きとめた。
「え、どうしたんですか?」
「どうしたもクソもないだろっ!
お前その姿で聖地に入るのかっ!?
神に選ばれた勇者が女に暴力をふるうクソ野郎だというシチュエーションは、人々の信仰心にデリケートにひびかないかねっ!?」
「あ、しまった……」
開いた口がふさがらないロヒインに変わり、イサーシュがあきれ果てたように首を振る。
「コシンジュ、合っているとは思うがまた足止めを食うのか?
正直急ぐ旅だ。あまり細かいことは気にしない方がいいんじゃないか」
そう言った時、横からボンっという音が響いた。
そこには先ほどの美少女とは似ても似つかない間の抜けた顔の男が立っていた。
イサーシュはうなずく。
「よし、問題なしだ」
「いや、問題はあると思うぞ。こっちを見てる人たち相当びっくりしてるぞ。
勇者パーティーに女装グセのある奴がいるってのも結構デリケートじゃないか?」
「うぅ、コシンジュ。これからは変身魔法をひかえめにしておきます……」
「信用できん。まったくもって信用できん……」
3人は入口に向かって歩き出したが、コシンジュはしきりに首をかしげている。
外からの姿も相当な迫力だったが、中に入った3人は一様に言葉を失った。
そこには無数の巨大な円柱に支えられるようにして、見上げんばかりの大伽藍が広がっていた。
天井からも斜めに数多くの光の柱が伸びて、堂内のあちこちを照らしている。
装飾も非常に豪華だ。
天井や床に張り巡らされたモザイク画は創世神話や先代の勇者の冒険を色鮮やかに映し出している。
「やべえっ! やべえよっ! オレすごいとこに来ちゃったよ!
ていうかあれなにっ!? あれオレのご先祖様っ!? やべえすげえカッコイイ! ていうかあれ見たらオレすごいプレッシャーなんですけどっ! オレも今度の旅が成功したらあんな風になっちゃうわけっ!? なんかすごく心臓バクバクしてきたんですけどっ! バクバクしすぎて死んじゃいそうなんですけどっ!」
「これは……すごいですね……」
あわてふためくコシンジュと驚嘆してつぶやくロヒインに対し、イサーシュは言葉もなくひたすらその光景に見入っている。
「お待ちしておりました、勇者御一行様」
「「ふおうっっ!」」
コシンジュとロヒインは呼び止められて大げさなくらいに跳ね上がった。
イサーシュも少し驚いている。
目の前には、これ以上はないというくらいに柔和な顔つきをした豪華な衣装のヒゲの長い老人が立っている。
「これはこれは、もしやあなたさまは大司教でらっしゃいますか?」
ロヒインが頭を下げると、老人は何度もうなずいた。
「お初にお目にかかります。
わたくしが当院司祭、『ココーヤ』でございます。このたびは当院においでになり、深く御礼申し上げます」
老人が深く頭を下げると、3人もつられて同じようにする。
コシンジュだけがちょっとあわてたそぶりになっている。
「それにしても司祭様、お耳が早いですね。
こちらのコシンジュが勇者に選ばれたのは、つい先日のことですのに……」
「ええ、それはもう、昨日のあいだに『神の天啓』が下った時は、わたくしもびっくりしてしまいました」
ロヒインが「なるほど」とつぶやくなり、司祭は広間の奥のほうへと手を指し示す。
「では、さっそくこちらへ。
当院の修行僧たちが待っております。まずはごあいさつを」
「おお、あれが新しい勇者か。実に若々しいな……」
「ていうかまだ子供じゃん!」「ばかっ! ホントのこというなよ!」
なぜか頭をはたく音が聞こえる。
司祭のあとについていったはいいものの、先ほどから自分に注がれる視線が痛々しい。
前回の勇者はそれなりに歳がいってたので、まだ子供と言ってもいい自分が新しい勇者に選ばれたとなると、相手が信じられなくなってしまっても仕方がないだろう。
この状況、案外一緒についていこうと思う僧侶はそんなにいないんじゃないか。
「ささ、こちらへ」
司祭に案内され、3人は礼拝堂の一番奥、祭壇の手前に並ばされた。
祭壇はわりと簡素な造りで、すべてなんらかの幾何学模様でデザインされている。
ただ、礼拝堂にはおびただしいほどの僧侶たちが群がっており、みんながみんな自分たちを好奇な目で眺めている。
なんだか値踏みされているようで居心地が悪い。
そんなコシンジュをしり目に、司祭は目の前の僧侶たちに呼び掛ける。
「みなの者、よく聴け。
お主らが存じておる通り、勇者御一行がついにこの僧院をたずねられた。
この奇跡にあふれた日に立ち会えたことに、我らは素直に感謝しよう。祈りを捧げよ」
すると僧侶たちは一斉に押し黙り、組んだ両手に額をかたむけて一心不乱に祈り始めた。
さすがは修行を積んだ聖職者たちである。
「うわっ、すげ……」
「コメントをはさむな。お前が勇者なんだぞ」
イサーシュにたしなめられながらもコシンジュは横をちらりと見ると、司祭までもが同じような姿勢で一心不乱に祈っている。
それを見て心臓が止まりそうになった。なんて役目背負ってんだよオレは。
祈りが終わったのか、僧侶たちが両手をほぼ同時に下ろした。なんて精密な動き。きっとだいたい同じ時間になるようにきっちり訓練されているんだろう。
ここでイサーシュが前に進み出る。
「あいさつが遅れました。
わたしがご紹介にあずかりました、神に選ばれた勇者イサーシュです」
「なっっ! おまっっ!」
コシンジュとロヒインは絶句した。
なんと言う裏切り、なんという勇者宣言。
まさかこいつ、神の武器は今コシンジュが背負っている棍棒だと知らない僧侶たちに向かって勝負に出やがったな!
すると、僧侶たちが一斉にポカンとし始めた。
そして、クスクスと笑いだした。
「わはははははははっっっ! イサーシュさん、おたわむれはおよしなさい。
我々はきちんと伝説の内容を存じておりますよ。
本物の勇者は、わたしのとなりにいる、神々の棍棒をたずさえたこの歳若い少年でしょう?」
司祭につられ、僧侶たちもこらえきらなくなったかのように大笑いし始めた。
「イサーシュ!
よく考えてみたらさっきのモザイクに映し出されてたオレのご先祖様、きっちり棍棒持ってたじゃねえかよ!
お前何考えてあの光景眺めてたんだよ!」
コシンジュは思わずツッコんだ。
しかし彼らは気付いていない。イサーシュは堂々と宣言した時の姿勢のまま、まったく微動だにしていないことに……
「あれ? イサーシュ? どうしたのイサーシュ……」
ロヒインがおそるおそるたずねると、イサーシュは同じ姿勢のまま、そして同じ表情のままくるりとこちらを振り向いた。……こわいこわいこわいこわい!
そしておもむろに背中に手を回すと、剣をゆっくりと引き抜き始めた。
「おい、お前何考えてんだよ。
こんな神聖な場所で刃傷沙汰はまずいぞ。
お前まさかそんなバカなわけあるまいし……」
「……死ねぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
次の瞬間イサーシュは剣を引き抜き、ものすごい表情でコシンジュに向かってきた。
それをあわててロヒインが押しとどめる。
「わぁぁぁぁっっ! だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「わ~~~~~~~~~っ! わ~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
コシンジュはにらまれてたじろぐことしかできない。
一方のロヒインは押し倒されそうになったので、あわてた僧侶たちが一斉にこちらに向かってきた。
数分後、イサーシュは近くの太い柱に縛り付けられていた。
イサーシュは相変わらず目につく者を手当たりしだいににらみつけている。
それでも先ほどよりはだいぶましだが。
「何やってんだよお前っっ! お前危うく世にも恐ろしい大犯罪起こすとこだったんだぞっっ!
もっと自重しろよ自重!
だいたい調子に乗って大ボラ吹くからよけいな赤っ恥かくことになるんだよっっ!」
コシンジュが乱暴に人差し指を振り回しながら説教している後ろで、司祭が横にいるロヒインに声をかける。
「大丈夫なんですかあの者は? 信用してもいいので?」
「ああ見えて幼なじみなんです。
やり過ぎはしないと思います……たぶん」
「たぶんで大丈夫なんですか?」
「腕は確かなんで、カンベンしてもらっていいですか?」
そんなやり取りをしているとき、僧侶の1人が前に進み出た。
「司祭様、このようなことをしている場合ではありません。
勇者様がこちらにおこしになった理由はわかっております。
我々の中から、旅に連れて行ってもらう者を選抜するためでしょう?」
するとその場にいた僧侶たちが、いっせいにコシンジュのほうを向いた。
説教を続けていた彼は妙な視線に振り返って、そして「うぇぇっ!」という短い声を発した。
それらの目線が、どれもこれも「ぜひ私に」と言っているので、コシンジュは震えが出るのをおさえられなかった。
「みなの者!
いきり立つのはやめい! 勇者様が困っておいでではないか!」
司祭にしかられ、僧侶たちはいっせいに意気消沈してうつむいた。なんだこの統制された動きは。
そんなことはさておき、コシンジュは司祭に少し頭を下げた。
「すみません司祭様。なんだか勇者らしい振る舞いができなくて。
神様から直接司令を受けたとはいえ、オレ、まだどっかで実感がわいてなかったと思います」
ずいぶん歳上にもかかわらず、司祭は柔和な笑みを浮かべ首を振る。
「恐れることはありません。旅は先が長い。
続けているあいだにそれなりの風格が、あなたさまにも備わってきますよ」
「そ、そんなものですかねえ」
そう言ってコシンジュは困った顔のまま頭の後ろをなでた。
ロヒインが口をはさむ。
「司祭様。お茶をにごすのも恐縮ですが、そろそろ旅の同行者の選定をしていただかないと……」
「おお、すみません忘れておりましたな。
あなたさまの旅のお供ですが、実はもう決まっております」
その場に沈黙が降りた。最初にコシンジュが口を開いた。
「えっ、もう決まってるんですかっ!?」
振り向いた司祭は何度もうなずく。
「ええ、旅には強力な仲間が必要でしょう?
わたくしには最初から、あなたさま方について行けるのはあの者しかいない、そう思っておりました。
大丈夫、本人にも前日のうちに話をつけてありますよ。
こころよく承諾してくれました」
すると司祭は奥のほうを振り向き、大きい声で叫んだ。
「『メウノ』! メウノをここにっ!」
すると僧侶の1人が一歩踏み出して叫んだ。
「彼女をっ!? 彼女をここに呼ぶんですかっ!?」
「えっ!? 女の子っっ!?」
「こらコシンジュここで誤解されるようなリアクションはやめなさい!
ただでさえ外で変な騒動になったんだからおかしなキャライメージがついちゃうよ!」
喜々としたコシンジュをたしなめるロヒインをよそに、司祭と僧侶は話を続ける。
「そんな! 我々の中からではなく、別院にいる女性僧侶を同行させるんですかっ!?
司祭、一体どういうことです!?」
「どういうこともなにも旅する仲間に女の子が1人くらいいたほうが話盛り上がるじゃねえか」
「こらコシンジュだまらっしゃい!」
こっそりつぶやいた2人をしり目に、司祭は威厳ある口調で告げる。
「言ったであろう。旅には強力な仲間が必要だと。
彼女にはずば抜けた治療者としてのスキルがある。
それさえあれば勇者様たちの強力な味方になれるに違いあるまい。
後は多少の身を守れる技量さえあれば何も問題ない」
「しかし……」
「私の目に狂いがあるとでも申すか……」
そう言うと、反論した僧侶はしぶしぶと引き下がった。
口論が終わったところでロヒインが声をかける。
「この寺院、女性もいらっしゃるんですね」
「神に仕えたいという願いに男女の差はありません。
ただ一緒に寝泊まりさせるとどんな出来ごころがあるかわかりませんから、別の棟で修業させてます」
言っているあいだに、僧侶たちが次第に向こう側をむき始めた。
どうやらウワサの人物がやってきたらしい。
「わぁ、どんな女の子がやってくるんだろ……」
そう言ってコシンジュはそわそわした動きを見せる。
「だからコシンジュ変な期待は持つなって。ああもうめんどくさいからいいや」
ロヒインがつぶやいているあいだに、その人物はやってきた。
何やら白いローブを、頭まで深くかぶっており表情がうかがえない。
「おお、はやく顔見してくんねえかな……」
「だからいい加減にしろよコシンジュ……」
女性はすぐ目の前までやってきた。
多少背が高いが、そのいでたちやふるまいからは確かに女性のものだとわかる雰囲気が伝わってきた。
「お初にお目にかかります。
わたくしがご紹介にあずかりました、カンタ大修道院別院に籍を置きます、僧侶メウノです」
声も若干低いが、たしかに女性のものだ。
「そんなことはいいから、フード取って顔見せてくんないかな」「コラッ!」
コシンジュのきわどい発言に、フードの女性は司祭のほうを振り向く。
「よろしいのですか? 司祭様。
男性僧侶もいるこの場所で……」
「大丈夫であろう。
得体の知れない者を引き連れるより、きっちりと素性がわかっているほうがこの方も安心するはずだ」
「……わかりました」
そう言ってコシンジュのほうに向きなおり、女性はフードに手をかけた。
「おお、楽しみ……」
ロヒインはもう頭に手をやって首を振ることしかできない。
コシンジュはひたすら、下品な笑みを浮かべて取れていくフードを凝視し続ける。
ところが、コシンジュは次第に顔をひきつらせた。
そこにいたのは確かに女性ではあった。あったが……
「あ……イマイチ……」
そこに現れたのは、黒髪を短くまとめた女性だった。
しかし表情を見ると、目、鼻、口のパーツが少々小ぶりになっている。
正確には少々どころか結構である。
おかげで顔の輪郭が妙に強調されているように見える。
言っておくがブ○イクではない。ブ○イクではないのだが、美人と称するにはあまりにも程遠い顔つきであった。
「……どうかされましたか?」
メウノに呼び止められ、コシンジュははっとする。
「あ、いや、なんでもない、なんでもないよぉっ!」
あわてて手を振るが、メウノは神妙な顔を崩さない。
「ひょっとして、がっかりされてしまわれましたか?」
図星をつかれてコシンジュはあわてる。
「そんなことないっ! ないないっっ!」
それを見ていたロヒインが、両手で口をおさえて必死に笑いをこらえている。
「プククククククククク……」
後ろでもイサーシュが下を向いて同じように笑いをこらえる。
それを見たコシンジュは露骨に顔をひきつらせる。
それを見たメウノが、深いため息をついた。
「そうですか。
やはり私では、お役に立てませんか……」
「あ……いやっ! そうじゃない、そうじゃなくって」
「いいえ、私にはわかります。
わたくしのようなものでは、皆さまのお役に立てる気がしません。
私ではあなたさまの心の支えにはなれないでしょう」
「そういう意味じゃないんだって」
するとメウノはギュッと目をつぶり、あさっての方向を向いた。
そしてふところからおもむろに何かをとりだした。
あれ? 今妙にキラッと光ったような……
「わが心臓を……神々にささげる……!」
そしてメウノは高くかかげたナイフを、自分の胸元に突き刺そうとした!
「わぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ! やめい、やめぇぇぇぇぇぇぇいっっっっ!」
あわてて複数で取り押さえた後、ナイフはスタッフの1人が安全のために回収しました。
「というわけで、少々困ったところのある奴ですが、みなさんのお役に立てることはこのわたくしが保証いたします」
司祭は肩を上下させながら多少乱れた息で答える。
「少々どころかすごいキャラが来ちゃったけどねっっ!」
ロヒインがつぶやく。
いったん落ち着いて祭壇前の段差に座っていたメウノは、ため息をつきながら首をゆっくり振った。
「そうおっしゃいますか。ならば仕方ありませんね……」
なんとまたしてもメウノはふところから刃物をとりだした。
あわててコシンジュは手元をつかんだ。
「は、はやまっちゃダメぇぇぇっっ!」
「止めていただかなくて結構です!
わが命、神々にささげられるのならば本望!
きっと神々はわたしの魂を喜んで引き受けてくださるでしょう!」
「いやいやいやいや! オレ神様に直接会ったからわかるよ!
神様あんまりイケニエとか喜ばないと思うよ!
それより俺たちのほうはなにも問題ないから、一緒に旅についてってよ!」
必死に説得するコシンジュに、ようやくメウノはナイフをしまい込んだ。
「そうですか、ならば自重いたしましょう。
こんなわたくしめでよければ、ぜひとも旅に同行させてください」
それを聞いたロヒインはうなずくが、いまいち納得していないようだった。
「ええ、問題ありませんよ。ですがその実力のほど、よくわからないですね。
僧侶が扱う治療術とは、いったいどのようなものなのでしょう」
「あ、そうだちょうどいいサンプルがあるじゃねえか。
ロヒイン、お前顔の傷ちょっと直してもらえよ」
そこで司祭が気づいたように声をかける。
「そう言えば。魔導師様、そのおケガはいったいどこで?
もしや魔物におそわれたのですか?」
「あ、いやこれはちょっと。今朝階段を転げ落ちまして……」
「ロヒイン、そこは不良にからまれて殴られたとか言った方が説得力あるぞ」
コシンジュがあきれてつぶやいているあいだに、メウノがロヒインの前に立った。
緊張ぎみの彼に向かってメウノは両手をそっと顔に近づけると、その手からうっすらと光のようなものが現れた。
しばらく待っていると、ロヒインの少しはれたほおや目のアザはすっかり消えてなくなっていた。
コシンジュはすっかりおどろいていた。
「えっ、もう? 呪文とかいらないの?」
そばにいた司祭が笑いまじりに答える。
「ははは、勇者様は何もご存じないので。
魔導師様の扱う魔法と、我々の治療術は少々勝手が違います。
魔導師が自然の力を利用するため天地の理を解放する特殊な詠唱法が必要なのとは異なり、治療術は病や傷を負った人々を回復するために神々に祈りを捧げます。
神に誠実な信仰を見せることで、治療を受ける者は許しを得てその苦痛をなかったことに出来るのです」
「へえ、だとすると魔導師と僧侶はすることも、目的も違うんですね。
これだと魔術と治療術を同時に扱うことはむずかしそうだ」
「そんなことはありませんよ。僧侶の中には魔術と治療術を両方たしなむ変わり者もいるようです。
私もめったに会うことはありませんがね。修行の妨げにもなりますし」
「わたしには、これで十分です」
メウノはふところからナイフを取り出した。
「わたし自身は魔術の代わりにこちらのほうをたしなんでおります。
それなりにお役に立つ自信もありますよ」
「その武器はぜひ自決用ではなく敵に向かって使ってください」
ロヒインはため息まじりにつぶやいた。
コシンジュ達は再び入口に案内された。
ようやくナワをほどかれたイサーシュは両腕をぐるぐると振り回す。
「ふう、人をコソ泥扱いしやがって」
「似たようなもんだけどな!」
横にいたコシンジュはすかさずツッコむ。
「しかしあいつ、また相当のクセモンだな。
またどうしてどいつもこいつも変わりもんばかり……」
「お前も人のこと言えるかっっ!」
「何の話ですか?」
メウノが振り向いたので、2人はあわてて「「なんでもない!」」とごまかした。
しかしここでイサーシュは司祭のほうへ歩いていき、その肩を叩いた。
「ちょっとこちらへ……」
司祭を引っ張ってくるように連れてくると、イサーシュはコシンジュにもかろうじて聞こえる程度の声で話し始める。
「司祭様。あのメウノとかいう者、ひょっとして過去に何かあったのですか?」
「ああ、あの者ののことですか……」
そう言って司祭はぼう然と上を見上げる。イサーシュとコシンジュは思わず顔を見合わせた。
やはり過去に何か原因があると考えた方がいいだろう。
「……特に何もございません」
「「ないんかいっっ!」」
2人は思わずバランスをくずした。
「ははは、強いて言うならば、メウノは信仰心が強すぎるのです。
しかしそれゆえに、彼女は当院において一番の治療者としての能力を有しておるのです」
「へえ、そうなんですか……」
コシンジュのつぶやきに司祭は深くうなずく。
「彼女のもとには、大勢の病を抱えた人々がいらっしゃいます。
そのどれもが一晩二晩では治せない重い病ばかり。
そうした方々の面倒を見てきたからでしょうか、彼女は人一倍責任感が強くなってしまったようです。
だからあのようにプレッシャーに負けてしまうと、あのような行動に出るようになったのやもしれません」
「なるほど、ストレスのかかる仕事なのかもしれませんね。
重い責務を背負い続け、彼女自身知らず知らず追い詰められているのかもしれない」
イサーシュの発言に司祭は的を得たような表情になった。
「ですから、このような旅に出られるのもよい機会かも知れませぬ。
魔王打倒の旅は彼女にとってよい刺激になるでしょう。
わたくしとしても、喜んで送り出したいと思っております」
「お任せください。
彼女の身の安全は、このイサーシュとその道連れが必ずや保証して見せます」
「一応メインはオレなんだけどな……」
あまり刺激しないようにコシンジュはつぶやくと、司祭は高らかに笑った。
「はははははははっっ!
ぜひ頼りにしておりますよ、剣士様御一行!」
「うっ、言いかえやがったよ……」
「ははははははははは……」
そうしているうちに、いつの間にか入口を抜けていた。
メウノが頭を下げて、司祭の前に立つ。
「それでは、行ってまいります」
「うむ、急ぐ旅だが、あわてずに歩むのだぞ。
そして御一行の容体ばかりに気取られて、うっかり己自身の状態を見過ごすことがないように」
「心に刻み申し上げます、司祭様」
「行きましょう。また日が暮れないうちに次の宿を探しますよ」
ロヒインにうながされ、コシンジュ達は見送りの僧侶たちに手を振った。