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第19話 召喚獣の正しい使い方~その1~

 山脈をこえると、そこは亜熱帯地方になる。

 巨大な大地の壁に(へだ)てられたそこは北とは違う植物がおいしげり、初夏も手伝ってか少々暑苦しい。


 その場所が近づくと、4人は一気に前へとかけだした。

 崖の手前で一斉に立ち並び、目の前の光景に息をのむ。


「これが……海か……」


 イサーシュは見たことがなかった。

 目の前に水がある場合、はるか先には必ず対岸が広がっているものだと思っていた。

 しかし目の前にある水面の、はるか向こうに目をこらしてもそれは全く見えない。

 イサーシュは一瞬自分の優れた視力を(うたが)った。


「へぇ~っ! ここの海、すっごいきれいな水色してんだな。

 オレが前船に乗った時は『リスベン』からだったから、その時はちょっとくすんだ色をしてたぞ」

(しお)の加減やプランクトン、海底の岩場の色によって変わるという話ですからね。

 ここの海は美しい色を見せるのに最適な環境にあるのでしょう」


 コシンジュの声にロヒインが応える。

 ふと横を見ると、メウノが年甲斐(としがい)もなく大粒の涙を流している。


「めっ、メウノさんっ?」


 言われて彼女はハンカチを取り出して目をぬぐう。


「あ、いや、あまりに感動してしまって。

 旅もここまで来たんだなと思うと、つい……」

「お~いみなさ~んっ!

 待ってくださいよ~っ!」


 後ろから声をかけられたコシンジュは、やってきた少女に振り返った。


「ああごめん。目の前が開けてきたと思ったら、思わずさ」


 コシンジュが申し訳なさそうな顔をすると、相手はふくれっ面で怒りだす。


「もうっ! みなさんペース早いんだからっ!

 いくらこっちが子供だからって遠慮(えんりょ)なさすぎですよっ!」

「そう言えばわたしたち、マンプス山脈ですっかり足腰が鍛えられたからね。

 おかげで徒歩で進むペースがすごく早くなったかも」


 ロヒインが言うと、コシンジュは角つき帽子からはみ出す髪をカサカサかいた。


「しかしホントにいいのか?

 オレが言うのもなんだけど、この旅は本当に危険なんだぞ?

 下手したら……ああやだ、想像したくない」


 すると新しい仲間トナシェは真面目な表情になってこっくりとうなずいた。


「わかってます。命をかけるんですよね。

 でも覚悟はできてます。わたし、勇者さまのためならこの命おしくはありません!」

「あの、ちょっとたのめるかな……」


 コシンジュは座りこみ、トナシェを見上げながらつぶやく。


「その、勇者さまっていうのはやめてくれるかな?

 もてはやされると恥ずかしいし、逆に俺らのこと悪く言う奴だっているし」

「なっ、何言ってんですかっ!?

 本当にそんな人たちがいるんですかっ!?」

「うん、オレら常に魔物に(ねら)われてるし、巻き込まれて死にかけた人たちだって大勢いるから、あまり人前で勇者って呼んでほしくないんだ」


 するとトナシェはわかりやすいほどプンプンと怒りだした。


「なに言ってるんですっ! 勇者さまは勇者さまですよっ!

 なにを恥ずかしがることがあるんですっ!

 神々から与えられた立派なお役目、もっと正々堂々としていればいいんですよっ!」


 そう言うとコシンジュは立ち上がって複雑な表情でロヒインを見た。


「ダメだ。この子ガチガチの勇者信者だ。

 年齢の問題じゃない。こりゃ大人でもおんなじこと言うだろうな」

「うん。コシンジュのカン、多分当たってる」


 ようやく海をながめ終わったイサーシュが2人に振り返った。


「仕方がない。

 この子には現実の勇者がなんたるか、その目できっちり確認してもらうしかないだろう」

「剣士さま。

 ところでみなさん、どちらに向かれるかはおわかりですか?」


 トナシェが目を爛々(らんらん)として見上げると、イサーシュはさらりと髪をかきわけた。


「剣士様、か。うむ、悪くない」

「なぜだ!

 近頃すっかり考えが変わったはずのイサーシュから、ふたたびいらだちのようなものを感じるのは!」

「コシンジュ、多分吹っ切れたんだよ。

 いい意味でも悪い意味でも」

「魔導師様、いったい何の話をしてるんですか?」


 するとロヒインは少し腰を折って少女向かって人差し指をたてた。


「いいトナシェちゃん?

 これからわたしたちの仲間になるっていうんなら仕方ないけど、これからはわたしたちのことを名前で呼んでくれないかな。なんか他人行儀(ぎょうぎ)みたいじゃない。

 ちなみにわたしはロヒイン、わかった?」

「いいんです。

 わたしはこのパーティの中で一番の新米だから、明らかに立場は下です。

 そうなれなれしくお名前を呼ぶことなんて、できません!」

「役職で呼ばれると困ることがあるんだよ。

 特にオレの場合は……」


 コシンジュはあさってのほうを向いて目をおおった。


「そんなことよりみなさん!

 さっきの話の続きなんですけど、ここからどこへ向かわれるんですか?」

「ああそれなら。

 これから南の大陸へ渡るために、都市国家に入って船を探そうと思ってるんだけど」

「都市国家『バンチア』ですか?

 それならほら、あそこに!」


 トナシェが指差す。


 コシンジュ達が見下ろす海岸からけっこう近いところに、物々しい城塞(じょうさい)に囲まれた街がたたずんでいた。


「あら、あんな近くに。

 久しぶりの海に感動して全然見えなかった」

「かなり堅牢(けんろう)要塞(ようさい)都市だな。

 魔王軍や帝国の侵入をはばむには、あれほどの規模がなければならないということか」


 ロヒイン、イサーシュに続いてコシンジュが口を開く。


「とにかく、いつまでも海ばっかながめていないでさっさと街に入ろう。

 ほら、メウノいつまでも海ばっか見てないでさっさと行くぞ!」

「ふぇっ? あ、す、すみません……」


 メウノはまだハンカチで目元をぬぐっていた。





 バンチア入口の大きなアーチの前に立つと、そばに立っていた装飾だらけの衛兵がこちらにやってきた。

 (かぶと)についているフサフサの羽根がうっとうしくならないのだろうか。


「まてっ! 今は魔王軍の侵略に備えて厳戒態勢中だっ!

 この門を通る時は許可証がなければダメだっ! 見せてみろっ!」


 どことなく横柄(おうへい)な態度に、少しキレたコシンジュは背中から勇者の(あかし)を取り出す。


「こいつが……許可証じゃぁぁっっ!」


 一瞬相手は動きを止めると、次にはその場にひざまずいていた。


「は、ははぁ~っ!

 勇者様っ! すぐにここをお通りくださいっ!」





 街の中に入ると、城塞と同じく赤茶けた建物が所狭しと並んでいる。

 街を行きかう人々はどちらかと言えば薄着で、ちらちらとこちらに目を向けている。


「あれが勇者? 若いって聞いてたが、まさかあんな子供だとは……」

「おいおい、うしろにさらに小さい子がいるぞ?

 ただの連れか? まさか仲間なんてことはあるまい……」

「わぁ、すごい。勇者さま、大人気ですね」


 トナシェはニコニコとあたりを見回す。

 うすい色の金髪がさらさらと舞い、少し小麦色かかった肌にかかる。

 コシンジュは振り返りながら顔を手でさえぎる。


「うっ。

 出来ればもう少し、おだやかにしてもらいたいんだけど……」

「なにが『こいつが許可証じゃ~』だよ。

 おかげで街の住人にバレバレじゃんか」


 ロヒインが言いつつ、ヒソヒソ話をしている連中に目を向ける。


「……奴らがこの街にやってきたということは、ひょっとして魔物におそわれるのか?」

「今まで何度も同じ手を使ってきたらしいからな。

 また今度も、とは限らないが油断はできん」

「あの~、ちょっとすみません……」


 ロヒインがにっこりしてたずねると、ウワサ話をしていた中年たちは飛び上がった。


「すみませんっ!

 かげでコソコソ話をしてしまってすみませんっっ!」

「フフフフ……、別に責めてるわけじゃないんだけどね。フフフフ……」

「うん、ロヒイン、完全に責めてるね」


 コシンジュはロヒインの怪しすぎる笑みに完全に引いていた。

 しかしロヒインは途中でまじめな口調になった。


「ところでおたずねしたいんだけど、この街のトップに会いに行くにはどうすればいいの?」

「あっ、はい!

 ここから南西のところに行った街のはずれに(とりで)があって、そこに総督(そうとく)のお屋敷(やしき)があります。そこに行けば……」


 ロヒインは「ありがとう」と言って先に進む。

 ほっと胸をなでおろした2人に、コシンジュは手を振った。


「オレは別に気にしてないからな!

 お前らの言ってることは事実だしっ!」

「このお人よし病め。あんな奴らビビらせておけばいいんだ」

「イサーシュ。

 こういう気遣(きづか)いをこまめに積み重ねることで、勇者の評判っていうのは上がってくんだ。

 お前も剣ばっか修行してないでそういうのも学べよ」

「さっすが勇者さまっ!

 『手下』に対する細やかな指導、リーダーシップもバッチシですねっ!」


 トナシェの声にイサーシュの顔色がくもったが、コシンジュはあわててその肩をにぎり、ブンブンと首を振る。

 そしてささやくような声で言う。


「やめろ! まだ小さい女の子だぞ!

 下手にどなりつけるとどんなに傷つくかわからない!」

「そぉだねぇ。

 俺、こんな小さい子にここまで腹立ったの、初めてだけどねぇ……」


 ひきつった笑みを浮かべつつ目が血走っている。非常に危ない。


「彼女はまだ何も知らないんだから。

 あとでオレがきちんと説明しとくから」


 コシンジュが振り返ると、トナシェは無垢(むく)な顔で小首をかしげる。

 それに対し苦笑いで返した。


 ここでイサーシュが立ち止まった。

 前に視線を戻すと、先頭を行くロヒインの前方に人影があった。


 というか、かなりデカい。魔物くらいあるんじゃねえかと言わんばかりの大巨漢だ。

 石畳(いしだたみ)のど真ん中に立ちはだかり、明らかにコシンジュ達の行く手をはばもうと言わんばかりだ。


「おうっ! 聞いたぜっ!

 てめえのようなちっこいガキが、よりによって勇者なんだってな!

 そんなむちゃくちゃな話、納得できねえからその伝説の武器ってやつこっちによこしな」

「ロヒイン、下がってろ」


 コシンジュがロヒインと入れ替わるように前に出る。

 イサーシュが首を回して言った。


「俺が出ようか?」

「いい、お前の手をわずらわせることもない」

「おう、ガキィ。

 威勢(いせい)だけはたしかに勇者サマだな。だけど実力のほうは……」


 コシンジュは目にもとまらぬ速さでローキックを繰り出すと、巨漢のむき出しになったスネにつま先を思いきりぶち当てた。

 とたんに相手はそこをかばうようにひざまずく。


「……ぅうおうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 とたんに周囲の人々が騒々(そうぞう)しくなる。

 予想以上の勇者の実力におどろいているようだ。


「すっごぉ~~~~~いっ! 勇者さまぁ~~~~~!」


 コシンジュは感動するトナシェではなく、メウノに向かって巨漢を指差した。


「ねえ、人間ってなんでスネを(きた)えられないの?

 コイツ一発でノックアウトしちゃったんだけど」

「う~ん、足の骨まわりの筋肉が薄いというのもありますし、ちょうど骨の角の部分に当たるので神経を刺激して痛みが増すということも考えられます。

 コシンジュさんも気をつけた方がいいかと」

「お前もこのあいだまでは丸出しだったけどな。

 ミンスターの鍛冶屋で具足をゲットしておいてよかったな」


 イサーシュの言葉で、一行は巨漢をう回して前に進んだ。

 トナシェだけが巨漢を見てアッカンベーをする。

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