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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第18話 魔族たちの饗宴~その4~

 翌日、村を出立するころには昼間になっていた。


 コシンジュ以外の4人が集まって村の入口に立っているなか、当の本人があわててやってくる。

 リュックを下ろし身軽になったコシンジュの足取りは軽かった。


「コシンジュ、遅すぎるぞ。

 いくら昨日は食いモンをむさぼって寝倒したとはいえ、お前だけ異常に長すぎないか?」


 イサーシュに続いてロヒインが呆れた顔で告げた。


「彼の場合体を洗うって時間がありますからね」

「ごめんごめん、久方ぶりだったからさ。

 ずいぶん入念に洗ったら、手ぬぐいがまっ黒! 正直引いたね!」

「まあ十分思い思いに時間が過ごせたということです。

 さて、たっぷり休息ができたところで、さっそく次の目的地に向かうとしますか」


 メウノの意気揚々とした声にコシンジュも足をジタバタさせる。


「次の目的地は……海っっ!」

「両手まであげて、子供かお前は。

 どうせまた船の上でヒマだヒマだとわめきたてるのがオチだ」


 イサーシュが額をおおうと、コシンジュは信じられないと言わんばかりの声をあげる。


「イサーシュ、お前海が見たくないのか?

 お前は初めて海に行くんだろ?」

「イサーシュとメウノさんは、海を見るのは初めてなんですよね」

「隣国キロンとの間にあるピトビテ湖なら見たことありますけどね。

 まああれだけ大きな湖はみなさん見慣れているでしょうが、ロヒインさんはきちんとした海を見たことあるんですか?」

「メウノさんそんな、もちろんですよ。

 わたしはシウロ先生とともに、半年間大陸を放浪(ほうろう)していた身ですからね。

 当然あちこちの海をこの目で見てきました」

「俺にはコシンジュのほうが意外なんじゃないかと思ったんだが……」


 イサーシュがコシンジュを見ると、相手は胸を張って応える。


「オレはオヤジたちに連れられて、船まで乗せてもらってはるばる『東の大陸』にまで行ったぞっ!」

「へえ、それはびっくりですね。いったいいつ頃のことですか?」

「ええと、確か10歳くらいの時かな。

 武者修行のついでにオレら家族も連れていくことになって、ついでに社会勉強っていうことで」

「知ってるぞそれ。

 お前の親互いに離れるのが嫌で、それでついでに子供も連れてったんだろ?

 お前の下の妹も道中で出産したんだろ?

 そんなんでよく武者修行なんて言ってられるな。自分の師匠(ししょう)に文句つけるのもあれだが」


 コシンジュはあきれ顔のイサーシュをにらみつける。

 ロヒインがなだめるように2人に告げる。


「まあまあ。こんなところで変な言い争いしてないで、さっそく海を見に行きましょうよ。

 ムッツェリさんは見に行ったことあるんですか?」


 話しかけられた女狩人は妙にしどろもどろになって応える。


「ま、まあな。わたしはほとんど山しか知らないが、それでも必要があって南の都市に行くことはある。

 海を見るのは初めてじゃない」

「意外ですね。それはいいとして、さっそく行くとしますか」


 そしてコシンジュ達が足を踏み出した時だった。

 イサーシュが違和感を覚え振り向くと、ムッツェリは村の入り口からまったく動こうとしない。

 仲間たちも一斉に振り返り、コシンジュが口を開いた。


「どうしたんだよ。早く行く……

 っておい、まさか……」


 あ然とするコシンジュの反対側で、ムッツェリはうつむいて申し訳なさそうな表情をしている。


「まさか、来ないんですか?」


 ロヒインがか細い声でつぶやくと、たしかに彼女はうなずいたのだ。


「わたしは、山の人間だ。ここを離れることはできない」


 そこでイサーシュと目があった。

 相手が悲痛そうな顔を浮かべているのに気付き、ムッツェリはあわてて両手を振る。


「あっ、違うんだっ!

 ほら、魔物の骨を拾っていかないと、どちらにしろもう矢は残っていないからなっ!」


 苦し(まぎ)れの言い訳をする彼女。山を登る前ならこんな表情は絶対にしなかったのに。


「ムッツェリ。一緒に来てくれないのか」


 すると彼女は顔を赤らめ、上目づかいにイサーシュをちらちらと見る。


「い、いや、わ、わからない。

 す、少なくとも今はムリだ、だけど……だけど……」


 そこでイサーシュは彼女のほうまで近寄った。

 ムッツェリは最初おどろいていたが、顔を見上げて泣きそうな表情を見せる。


「怖いのか。山を離れるのが……」


 言われて彼女は片手で顔をおおった。消え入りそうでぼそぼそと応える。


「わからないんだ……本当に……」


 するとイサーシュがおどろくべき行動に出た。

 突然彼女の身体を抱きしめると、顔を彼女のほうにすりよせたのだ。

 なにをつぶやいているのか。仲間たちにはわからない。


「う、マジかよ。イサーシュって、あんなことする奴だっけ?」

「この山でいろいろ見つめ直したみたいだけど、まさかあそこまでするようになるとは……」


 コシンジュとロヒインが絶句していると、やがてイサーシュが戻ってきた。

 表情はなんとも言えない。


「ど、どうだったんだよ」


 コシンジュが問いかけると、イサーシュはゆっくり首を振った。


「言えるだけのことは言った。後は彼女次第だ」


 そしてコシンジュ達の前を通り過ぎる。握る両手に力を込めながら。


「ちょっ、お前、待てよっ!」


 コシンジュ達はあわててそのあとをついていく。

 それぞれが後ろを見返すと、ムッツェリは力なく手をあげ、こちらに向かって振っている。


「お、お前っ! 時間かかってもいいからっ!

 絶対来いよっ! 絶対だからなっ!」


 コシンジュは逆に大きく手を振る。突然の別れに納得のいかない様子だった。


「じゃあムッツェリさんっ! お元気でっっ!」

「私たち、待ってますからねっ!

 必ずどこかで会いましょうっ!」


 ロヒインとメウノも別れの言葉を言うなか、コシンジュはイサーシュの横に進み出た。


「おいっ! いいのかよっ!

 お前だったら強引にでも引っ張ってくと思ってたぞっ!」

「俺ももうガキじゃない。相手を尊重しないとな」

「いいやっ! お前はわかってないっ!

 あいつはお前に引っ張られるのを待ってたんだっ!

 無理やり連れて行けば、あいつは絶対イヤとは言わねえってっ!」

「いかにも人の心を察するのが得意な奴の発言だな。

 だがこれも考えてみろ。今の俺に、それができると思うのか?」


 それを言われてコシンジュは押し黙った。

 そしてうつむいて、細かく首を振り始めた。


「あり得ねぇっ! こんなのあり得ねえってっっ!」


 ロヒインとメウノはそんな2人を後ろから見守る。

 新たなる旅立ちにもかかわらず、勇者一行にはしこりの残る序幕だった。





 高く昇る日の光に照らされる仲間たちを見送り、ムッツェリは1人彼らを見送った。


「いつ時間がかかってもいい、必ず俺を追って来い、か……」


 『俺たち』、ではなくイサーシュ自身をさした言葉。

 ムッツェリの中で()め付けられるような(おも)いがした。

 彼女はその痛みを押さえるように胸の位置でぎゅっと手をにぎる。


「……いいのかね? 君にとってこれが最後で?」


 ムッツェリは心底おどろいて振り返った。

 そこにはみずぼらしい服をまとってはいるものの、それなりに身だしなみを整えている老人の姿があった。


「なんだ、ただの通りすがりか。

 見せ物じゃないんだからよけいな口出しをするな」


 そこで老人は自分の胸のあたりを指差した。


「ところがただの老人じゃないんだな。

 私はよく知ってるぞ。洞窟(どうくつ)の中、あの時君は大粒の涙を流してなかったかい?」


 ムッツェリはみけんにしわを寄せながらも目を丸くした。

 なぜこいつはそんなことを知っているのだろう。


 いや、心当たりはある。ムッツェリはため息をついて苦笑いをした。


「そうか、そういうことか。

 神というのは、お前のように人の様子をのぞき見るのが趣味なのか?」

「ムッツェリ君。

 私はいいんだけど他の兄弟に話しかけるときはその言葉づかいは危ないよ」


 残念な表情をする神に対し、ムッツェリは首をすくめた。


「で? あいつのあとを追いかけろと?

 まったく下世話な話だな。そんなことをしてお前に何のメリットがある」

「そんなことはいちいち考えなくてもいいよ。

 問題なのは、君が本当に自分の心に素直になっているか、そのことなんだよ」


 相手が(だま)っていると、ヴィクトルはうんうんと言って続けた。


「よろしい。イサーシュ君は君が住みなれた土地を離れるのが怖いと言った。

 だけど君にはもう1つ、彼について行けない理由がある。

 君はまだ、自分の感情の変化に戸惑(とまど)っているんだね?」


 するとムッツェリはうつむき、自分の胸を押さえつけた。


「こんなこと、初めてだ。

 こんなに胸が熱い。いったいこれはなんなのだ」

「ああ、それなら問題はないよ。

 君はイサーシュ君と同じ気持ちにとらわれている」

「わたしが……あいつに……こここ、ここ……」

「恋しちゃったってことだね」

「わひゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 ムッツェリは両手で自分のほおを押さえた。


「そんなすごい声でビックリしなくても。

 でも自分の気持ちがわかってすっきりしたでしょ?」


 しかし、それでも彼女の顔は浮かない。

 少女のようにも見える彼女の顔に、ほんの赤みがさしてはいるが。


「わ、わたしに、あいつの想いにこたえることができるだろうか。

 自分の本当の気持ちに気づかないほど、不器用な人間なのに……」

「確かにね。だけど大丈夫。

 相手だって似たようなものじゃないか。だからお互いにわかりあえたんだろう?

 だ~いじょうぶだって。ゆっくりゆっくり、その想いにこたえていけばいいんだから」

「本当に、大丈夫なのか?」


 ムッツェリは顔を赤らめながら、上目づかいでヴィクトルを見た。

 相手はうんうんとうなずいている。


 すると、ムッツェリは顔をあげた。その顔に決意をみなぎらせながら。

 ところが、なぜかその足は村の中へと向かう。


「えっ!? そんな顔してどこ行っちゃうの?

 なんだかんだ言って結局山に帰っちゃうわけ?」


 するとムッツェリは振り返って不機嫌(ふきげん)な顔をした。


「バカかお前は。いろいろと準備がいるだろう。

 せっかくだから山の中の死体から資材を調達したいしな。お前本当に神様か?」


 毅然(きぜん)とした足取りで建物内に消えていくムッツェリを見送り、ヴィクトルはあ然とする顔を、急に真面目な顔に切り替えた。


「さて、これで『3人目』か。

 あと何人の迷える旅人を送りだせばいいかな……」


 老人は振り返り、今では消えてしまったコシンジュ達の通った道をながめた。

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