第18話 魔族たちの饗宴~その2~
もう夜空と言ってもいい状況のなか、くずれかけた要塞の屋上にてまぶしい光が発生している。
うすい青と赤の光は中央でぶつかり、横方向に広がっている。
それが突然やんだ。あたりが急に暗くなると、闇の中にメウノとコカコーライスの姿が現れた。
「なるほど。たしかにそのダガーに秘められた力は強大だ。
神の武器でもないのにここまで我が攻撃を防ぐことができるとは、まったく驚嘆に値する」
「これには強い想いを抱えた死者の熱い祈りが込められています。
それは偉大なる神の力に勝るとも劣りません」
ダガーを両手で構えるメウノに対し、コカは首を少し傾けた。
「究極の愛と忠誠心が生み出した武器、『ウェイストランド・サヴァイヴァル』か。
そいつはこれから神々の棍棒と並ぶ要注意武器として魔界の記録に収められるだろう」
「注意するのはそれだけじゃないはずだっ!」
メウノの後ろからムッツェリが現れ、ふりしぼった弓から矢を放つ。
敵は氷の矢を吹きかけ、矢を凍らせて地面に落してしまう。相変わらずなんという命中率。
「わが眷族の骨から作られた矢か。
風属性を解除して単なる魔力だけを発生させているな。
これならワタシにも効果があるが、当たらなければ意味はないぞ」
「こしゃくなっっ!」
すると巨大鳥は羽根を大きく広げ、こちらに向かってはばたき始めた。
突然の突風に2人は立っているのがやっとの状態になる。
「遊びはおしまいだ。そろそろ本気で行くぞ。
風属性の頂点に立つ魔物の力、思い知るがいい」
コカコーライスはそのまま宙に浮かび上がると、次の瞬間全身から青白い光を放ちはじめた。
あまりのまぶしさに顔をそむけざるを得ないムッツェリとメウノだったが、しばらくして光が収まると顔をあげた。
そこには先ほどとは全く別の姿をした魔物がいた。
全身はうっすらと光を放ち、青と緑の身体は人の姿をしている。
ところどころが霜や氷で覆われ、背中の羽根は大きく平らに伸ばされ、はばたきもしないのにその身体は宙に浮かんだままである。
鳥の頭部にはくちばしがなく、かわりに口元まで完全に人の姿をした顔がついていた。
とても端正な顔立ちをした魔物がその口を開く。
「知っているか。
魔族の中でも最も位の高い者は、隠されたもう1つの肉体を持っている。
変身の際に多少の魔力を使うだけで、2つの姿を自在に切り替えることができる。
もちろん変身後によけいな魔力を消費することはない」
「ファブニーズも人間の姿を持っていましたね。それと同じことですか」
メウノの言葉にコカコーライスは氷に覆われた手を大きく横に振り払った。
「さあ、こうなってはお前たちに勝ち目はない。
2人まとめて氷漬けにしてやる」
そしてもう一方の手をこちらに向けた。
指先からふたたびすさまじい勢いで吹雪が飛んでくる。
メウノは再びダガーを構え、ふたたび青と赤の光が放たれる。
「同じ手ばかり使うとでも思っているのか?
甘いな。さすがに次の攻撃は避けきれまい」
するとまっすぐ広げたままの翼から複数の光が放たれた。
それがゆっくりカーブを描きながら、左右両歩からやってくる。
「くそっ! メウノよけろっ!」
ムッツェリにフードを思い切り引っ張られながらも、メウノはダガーを構えたまま後ろへと倒れた。
カーブする光はコカの手から放たれる光る吹雪に吸い込まれた。
「なんて攻撃だっ!
自在に方向を変えられる魔法攻撃なんて聞いたことがないぞっ!」
「どうした? くやしそうだな女狩人。
一方のお前はまっすぐにしか矢を飛ばせない。なんて不器用な人の攻撃能力よ」
そして鳥人間は再び両側の翼から再び複数の光を放った。
今度は横方向に伸びず、カーブを上へと向けてはるか上空へと立ちのぼった。
ムッツェリが「立て!」と言ったのに合わせ肩を叩く。
メウノは後ろからの力に押され立ち上がると前方向へと進んだ。ちょうど倒れていた場所に敵の光が叩きつけられる。冷たい感触がしたのでこれもやはり氷のかたまりなのだろう。
「まっすぐにしか飛ばせないだと!?
これを見てみろっ!」
するとムッツェリはおどろくべき行動に出た。
矢の羽の部分をかみちぎり、弓につがえると敵とは別の方向に向けた。
メウノがあ然としながらも横目を向けると、放たれた弓は横方向にカーブを描き、コカの肩の部分に吸い込まれた。とたんに相手がよろける。
「ぐぅっ! すべては知恵と工夫次第かっ!
ならばワタシも本領を発揮すべきかっ!」
するとコカはいったん手から吹雪を出すのをやめ、羽根をまったく動かさずに全身を横方向にスライドさせはじめた。
旋回するコカの動きはあまりにも早く、メウノは全くついていくことができなくなった。
そのあいだにも例の光攻撃はやってくる。
メウノはムッツェリに背中を押されながらも身を伏せてかわす。ムッツェリが叫ぶ。
「敵の本体を見るなっ!
放たれる光に目をこらせばよけきれなくもないっ!」
「ですがあの速さではとても攻撃に転じられませんよっ!
ムッツェリさんはついていけてるんですかっ!?」
一部の攻撃はかわしきれずに、ムッツェリが曲がったナイフを取り出してはじく。
それでも別の一撃がメウノの太ももの裏をかすった。とたんに「うっ!」と悲鳴が聞こえる。
「気をつけろっ! お前は自分がケガをしたら回復できるわけじゃないんだろっ!?」
「だから攻撃できるかって言ってるんですっ!」
「ムリだっ! あの速さではさすがのわたしも目が追いつかん! だが方法がないわけではない!」
そうしているうちに相手の挙動がおかしくなった。
すばやい移動のためよく見えないが、どうやら再び片手をあげているらしい。
「早くしないとまた吹雪がっ!」
するとムッツェリは一気に3つの矢をつがえ、敵が飛び交う空中に切っ先を向けた。
「もったいないが仕方ないっ!」
彼女が弓を放つと、とたんに敵の動きが止まった。
矢が鳥人間の胸と羽根の位置に突き刺さっていた。メウノが思い切り叫ぶ。
「やったっっ!」
大きくのけぞるコカコーライスだったが、それでも姿勢を戻して胸の矢を手でへし折った。
そして再びこちらに片手を向ける。
とたんに吹雪が巻き起こり、ムッツェリがメウノを押し出すのに合わせダガーを構えた。
赤と青の光を横目にムッツェリが叫ぶ。
「メウノッ! 奴を倒すためには2人の連携攻撃が重要だっ!
お前はわたしと息を合わせられるかっ!?」
「もちろん! わたしは人と合わせるのが得意ですっ!」
するとムッツェリがくるりと回転しながらメウノのそばを離れ、残り少なくなった矢を放った。
コカが右胸にそれを受けると、それを片手で握りながら手の方向を変えた。
あわやムッツェリのほうに向かうと思ったが、その前にメウノがその前に陣取った。
「ぐうぅぅぅっっ! おのれぇぇぇっっ!」
顔をしかめた鳥人間は翼をようやく動かし、大きく羽ばたいて上空へと舞い上がった。
しかし途中で大きく旋回し、メウノ達の真上を通り過ぎると一気に地上へと落下した。
地上に降り立ったコカは振り向きざま、片側の翼を横方向に動かした。そこから薄い空気の刃が生まれる。
メウノはムッツェリの前に立ちダガーを構え、それをしのいだ。
コカはなおも空気の刃をこちらに向かって投げつける。
一歩一歩近づきながら何度も何度も同じ攻撃を続けるうち、コカが床に向かって息を吹きかけていることに気づいた。
ひび割れた石畳が徐々に白く染まっている。
メウノの足元まで突いたところで、そのつま先が凍りついた。
「危ないっ!」
メウノが思わず横に避けると、うしろにいたムッツェリがかわしきれずに体中が霜に覆われた。
とたんに地面に倒れ込む。
「ムッツェリさんっっっ!」
叫びながら敵に目を向けると、相手もそちらの方に気をとられていることに気づいた。
「おのれぇぇぇぇぇっっ!」
メウノは思い切って自分のダガーを投げつけた。
羽根の部分に当たると、赤い色をした大きな爆発が起こった。コカは床に倒れた。
「ムッツェリさんっ!」
ふたたび名前を叫んで駆けつけると、白いパウダーに覆われた彼女の腕が上がった。
「大丈夫だ。まだぎりぎり凍りついてはいない」
ところが、そこで異変に気づいた。
片方の羽根を失いながらも、コカコーライスは立ち上がったのだ。
ゆがんだ笑みを浮かべながらも片手をこちらへと向ける。
しまった。もう敵の攻撃を防ぐための盾は……
「メウノッッ!」
ムッツェリが背中を叩く。
あわてて身を伏せると、立ち上がった彼女が背中の上をローリングしながら乗り越え、もう2,3本しかなくなった矢を放った。
「マトヤッッッッ!」
矢は見事、顔面に命中。
「く……そ……おの……れ……」
鳥人間は顔の左側をおおいながらも、その場に倒れ今度こそ力尽きた。
「ムッツェリさん! 大丈夫ですかっ!?」
メウノはすぐにヒザを落とした彼女に手をかけると、相手はブルブルと震えている。
「なんとか……たおしたな……やを……ずいぶん、つかったが……」
「しゃべらないでください。すぐに治療しますから」
とたんにあたりが真っ暗になる。コカコーライスが完全に絶命したらしい。
そのかわりにメウノの両手からぼうっと光が放たれる。
「どちらか片方だけで戦っても、奴にはかないませんでした。
2人で力を合わせての勝利ですね」
言うと、ムッツェリは反対側の手をあげてメウノの手をにぎった。
そしてしもだらけの顔をこちらに向けて、ニヤリと笑う。
それにあわせてメウノもにっこりとほほ笑んだ。
下に降りると、そこにはたいまつを持つイサーシュとともにロヒインの姿があった。
「よかった。2人とも無事だったんですね?」
ところが、ロヒインは血を流す耳を指差しつつ首を振った。イサーシュが説明する。
「耳をケガした。音がよく聞こえないらしい。
メウノ治療を」
「大変っっ!」
メウノはそばに駆け寄り、すぐにロヒインの両耳に手を当てた。
ぼうっと彼の耳が照らされるなか、少し足取りが重いムッツェリにイサーシュが気付いた。
「ムッツェリ。お前も大丈夫なのか」
「間一髪な。
もう少しで氷漬けになったコシンジュの二の舞になるところだった」
イサーシュは彼女の肩をポンポン叩いて大きくうなずいた。
「うむ。どうやらみんな大事に至らずに敵を倒したようだな。
後はコシンジュだけか」
全員がイサーシュのほうを向く。ムッツェリが気まずそうに答えた。
「まさか、一番魔王退治に必要不可欠な奴に限って……」
その場にいるみなの顔が青ざめると、メウノの案内に従ってコシンジュが消えた場所へとかけだした。
案の定、円形の広間の中央にコシンジュが倒れていた。
あわてて駆け寄ったメウノは思いきり彼をゆさぶる。
「コシンジュさんっ! コシンジュさん起きてっっ!」
一瞬死んだかと思ったメウノだったが、次の瞬間コシンジュはゆっくりと身体を動かした。
「う、う~ん……」
「よ、よかったぁ。もう、びっくりさせないでくださいよ」
メウノが軽く彼の身体をはたくと、コシンジュはまぶたをこすりながら身を起こす。
「あれ? 腹いっぱいのごちそうは?」
「なにを寝ぼけてんだコシンジュ。
お前相当苦戦したようじゃないか。倒れるくらいなんだからあそこで死んでる化け物は厄介だったんだよな」
イサーシュがブラッドラキュラーのなれの果てに目を向けると、ムッツェリも同じ方向を向いた。
「あれが地属性の長の真の姿か。鳥野郎の言っていたことはどうやら本当らしいな。
最上位の魔物は2段階変身、これからも気をつけたほうがよさそうだぞ?」
「敵の副官も相当やっかいれした。おかげで奥の手まで使わなきゃいけなかったれす」
ろれつが今ひとつのロヒインにコシンジュは吹きだした。
それを聞いてロヒインは「耳をつぶされたんれすっ!」とコシンジュの頭を軽くはたいた。
同じく笑いながらもイサーシュは真面目につぶやく。
「俺も奥の手を使った。敵も大幹部クラスになれば苦戦は避けられん。
戦いはどんどん厳しくなるだろうな」
仲間たちが息をのむなか、コシンジュだけは敵の死体を見据えて首を振った。
「それでも、あきらめるわけにはいかない。
オレたちに守る者がある限り、先に進むのをためらってはいられない」
全員がコシンジュに目を向け、深くうなずいた。
ロヒインだけが心配する目を向ける。
「らいじょうぶらの?」
言いたいことは伝わったのでコシンジュはうなずいた。
もう、どんな敵が襲いかかろうが決して手は抜かない。
故郷で帰りを待つ家族のために、そしてなによりもこの地上世界の平和のためにも。




