第17話 イサーシュの決意~その5~
ロヒインは薄暗い闇の中を進んでいた。
あたりは円柱だらけで、敵の姿は見えない。
「キャハハハハッッ! アハハハハハハハッッッ!」
狂った甲高い叫びは部屋中にこだまし、位置を特定することは不可能だ。
ロヒインはあたりを見回しながら、ここは思い切って魔法を使って探そうかと思いはじめていた。
その時、後方で衝撃音のような音がひびいた。
ロヒインはあわてて身を伏せると、そばにあった円柱が思いきりひび割れてクレーターのようなものを作る。
「フンッ! よくかわしたなっ!
だがいつまでも避けきれると思うなよっ!」
「……フレイムボールッ!」
ロヒインは立ち上がりざまに後ろに炎を放った。
その先にいた女魔物はあわてて身を伏せるが、髪の一部に火が燃え移った。
「あぢっ! あぢぃぃっっ!
てめえいつの間にか呪文唱えてんじゃねえっっ!」
「お前のような小物相手にはこれくらいの簡易魔法で十分だよ!」
「ぬくそがぁぁぁっっ!」
パンジーニは振り向きざまに顔から衝撃波を放つ。
しかしここ数日ですっかり足腰を鍛えられたロヒインには、かわすことは難しくもない。
「ちっ! ちょこまか逃げやがってっ!」
その後もパンジーニは衝撃波を次々飛ばすが、ロヒインの身体には届かない。
相手は空中に浮かんでいるためすばやく移動してくるが、音で攻撃の位置がわかっているためロヒインは容易にかわすことができた。
そのうちにロヒインの呪文が完成したため、ふと立ち止まった瞬間に火の玉を投げつける。
相手は両手でそれを防ぐが、当然熱いので両腕をブンブン振りまわす。
「ああクソッ! ヌクソッッ!」
敵は完全に立ち止まっていた。
まさかこれですべて終わりというわけではないだろう。
「どうしたっ!
お前が飛翔魔団のナンバー2だというのなら、本当の力を見せつけてみろ!」
「言ってくれる! 後悔するなよっっ!」
すると両手をあげたパンジーニは髪をかきあげ、隠れていた顔に当たる部分を現した。
しかし表情のようなものはない。
そこにあったのは光を放つ縦型の巨大な目だけだった。
「それがお前の素顔か。どおりでみにくい……」
そのとたん、頭が急激に痛み始めた。
おどろいて両手で抱えると、パンジーニの姿があっという間に消えた。
ロヒインはあわててあたりを見回す。
「ろこへいった……」
自分の声に違和感を覚えた。
なにかがおかしい。あわててじっと耳を澄ます。
……なにも聞こえない。
人気のない場所に自分と敵しかいないのだから当然なのだが、それでも先ほどまではざわめきくらいは聞こえていたはずなのに。
ためしに足を踏みならしてみた。こつんという甲高い音はほとんど聞こえてこない。
「いっつっっっ!」
耳に痛みを覚え、なにかが垂れてきた感覚がしてあわてて手を触れた。驚愕。
血が出ている。
耳の奥にいまだに痛みを覚えていると思いきや、どうやら鼓膜をつぶされてしまったらしいのだ。
「らんへほった……」
「どうだ? 自分の耳をつぶされた気分は?」
今度は心底びっくりした。すぐそばで奴の声が聞こえる。
周囲を見回すが、どこにも奴の気配を感じない。
「探してもムダだよ。アタシは空気自体を細かく揺らしてこの音を出してる。
お前の頭の中に直接アタシの声を届けてるのさ。
アタシは『音を操る能力』を持ってるからね」
音を操る。
たしかに音と言うものは空気を細かく振動させることで発生する。
だが鼓膜をつぶした攻撃は全く耳には届かなかった。あれは音の攻撃ではなかったのか?
「『超音波』って知ってるかい?
空気の振動が細かすぎると、人は音を感じることができない。まったく聞こえないのさ。
アタシはそこからさらにもっと細かく振動させることができ、物体を破壊させることさえできる
。一気に放出すればよけいな空気まで振動させて音が出ちまうけど、相手を正面にしてじっくり流し続けてやれば、今のお前のように耳をつぶしてやることもできる。
ほら、立ち止まってんじゃないよっ!」
ふたたび頭痛がし、ロヒインはその場をかけだした。
くそ、世の中にそんな攻撃があるなんて!
とにかくこうしてはいられない。これでは相手の攻撃の位置を探ることができないのだ。
そのうちあたりで風が通り抜けて、視線を向けると円柱にクレーターができていた。
耳に空いた穴はメウノに頼めば修復してもらえるだろうが、彼女はおそらく別の敵を相手にしているはずだ。頼ることはできない。
走り回っているうちにあることに気づいた。敵は前方に姿を現すことはできない。
おそいかかるなら左右後ろだ。ならば前方を右往左往していけば敵の攻撃をある程度かわすことはできる。
もっとも憶測程度なのでどれだけ効果があるのかはわからないが。
なにしろ敵の移動速度は速いのだ。
空中浮遊ができるので足を使わずにすばやくスライドできる。
さっきは聴覚に頼れたので敵の攻撃をかわせたが、もし不意に突然現れたらどこまで避けられるかわからない。
柱の影に隠れようとした時、突然目の前に奴の姿が現れた。
心臓が止まりそうになりながらもその場に倒れ込み、空気のかたまりが飛んでいくのを見届ける。
立ち上がりながら杖の頭で殴りつけようとするが、すぐにいなくなってしまった。
「今のはよくかわしたね。だけどそれもいつまでもつのかい?」
このままではらちがあかない。
ロヒインは走りまわりながら呪文を詠唱することにした。
とにかく相手の位置がわからなければ話にならない。
「あるえおえらいすおけいれへんぺ……」
ダメだ! 自分でも何を言ってるのかさっぱりわからない!
頭の中では呪文式がわかっていても、口でどこまで言えたかをきちんと理解していなければ呪文は完成しないのだ。
……どうやらあれを使うしかないか。
「手詰まりかい? それじゃ一気に仕掛けるよっ!」
とたんに、空気が細かくゆすられる感覚がした。
「……ぐうぅぅぅっっっ!」
とたんに頭が痛くなり、両手でこめかみを押さえる。
立つことも難しくなり、ロヒインはその場で両ヒザをついた。
「ぐううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!」
いっそ死んでしまいたいと思うほどの激しい振動に、ロヒインは頭まで押し下げてしまった。
やっとのことで止むと、ロヒインはその場に倒れ込んでしまった。
意識すら低下していくなか、たいまつが照らす薄暗い広間の中を、なにかの影が横切る。
間違いない。奴は真後ろから攻撃を仕掛けてくる。
耳が使えないことでかえって視界の感覚が鋭くなっていた。
ロヒインはふところに手を差し入れた。チャンスは一度しかない。
「さあ、これでお前ももうおしまいだね。
魔導師、お前も我々の同志を次から次へと片づけてきたんだから、決して手加減はしないよ」
その魔導師としての勘が言う。やるとしたら今だ!
ロヒインは突如として起き上がり、持っていた羽根のようなものを現れた黒髪女に投げつけた。
羽根はまっすぐ相手のワンピースの胸に突き刺さる。
一瞬それに視線を向けたあと、すぐにこちらに顔(はないのだが)を向けた。
「こんな小細工でアタシを倒せるとおも……
ノッペラッッッッ!」
突然胸の羽根が大きくはじけた。
ロヒインは杖に祈りを込めるように目を閉じて頭を下げている。
胸のあたりを赤黒く染め、フラフラと身体をゆらすパンジーニは、床に落ちてバタリと倒れた。
「な、なぜだ……なぜ呪文を詠唱せずに攻撃ができた。
しゃべれるようにしてやるから教えてくれ……」
黒髪女が必死に手を伸ばす。
ロヒインはうなずき、口を動かすときちんとしゃべることができた。
「これは『魔導具』というものだよ。
人間が魔法を使う際は呪文を詠唱しなければならないのだけど、それが難しい状況の時もある。ちょうど今のようにね。
魔導具はそれ自体にすでに呪文がほどこされているので、それに向かって祈りをささげるだけで効果を発揮することができる。
奥の手として隠しておいたけど、お前のような上級幹部になら使ってしまっても仕方ないようだね」
納得したパンジーニはあげていた手を床にたたきつける。
「くっっ! こんな手を、隠し持っていたとは……!」
「人間の創意工夫のたまものだよ。我々魔導師はお前たち魔族を相手に、常に不利な戦いを強いられている。
これはそれを覆すための1つの手さ」
「フン、いい気になるなよ……
これでお前は奥の手を使った……次は……どうか、な……」
黒髪女は倒れた。乱れた髪が床にウェーブを描いている。
「もちろん。こうなってしまっては正々堂々と魔導具をすはわなへれぱ……」
ろれつが回らなくなってきた。どうやら相手は絶命したらしい。
ロヒインは目を離し、立ち上がってあたりをうかがった。
こうなってしまっては自分など戦力にならない。
後は仲間たちがうまく切り抜けられるか、メウノのように神に祈りをささげるしかなさそうだ。
※補足
パンジーニはブラッドラキュラーの推薦でコカコーライスと魔族契約した元人間の女魔導師です。
アンデッドの定義は魔族を介すことなく、魔界のエネルギーと直接契約した生者・死者なのでパンジーニは該当しません。




