第17話 イサーシュの決意~その4~
イサーシュは堂々と仁王立ちする首なし騎士と正面から対峙していた。
「クククク……、何気なしにおびき寄せられたが、わかっているのか?
この俺の完璧な防備を。そんな細い剣一本でこの俺を倒すことはできまい」
胸のレリーフがにやりと笑う。
独特の意匠をこらしたものだが、かろうじて表情はわかる。イ
サーシュはそれに向かって構えた剣の先を突きつけた。
「元人間だと言ったな? どうせまともな騎士じゃなかったんだろう」
「お前から見ればそうかもしれんな。
俺は闘争に喜びを見出し、それを常に求め続けた。我が槍は敵の血にまみれている。
だがそれも長くは続かなかった。いつからか俺は力尽き、そして不覚を取って首をはねられた」
「それで首なし騎士と言うわけか」
そう言うと鎧は槍をいったん持ち上げ、人差し指をあるはずのない頭に持っていった。
「だがこれで、俺は無敵になった。
俺は地の底でも戦いを求め続け、それに応じた大地の魔力が俺に新しい命をふきこみ、完全なる魔の戦士としてよみがえった。
もはや俺にスキはない。お前がどんな手段に訴えようが、この俺を倒すことはできん」
「やってみるか」
イサーシュはワキをしめ、するどい視線を相手に送った。
「こいっ! 我が精密なる槍の一撃、貴様にかわせるかっ!」
ラハーンが前方に巨大盾を構え、もう一方の槍をこちらに突きつけた。
顔のレリーフが隠されたにもかかわらず向かってくる先端は確かに鋭いが、これに動じるようなイサーシュではない。
真横にさっとかわすと、そのまま突進する。
飛び上がって盾に足をかけ上へとよじ登ると、剣を逆手に構えて上空から鎧の首があったはずの空洞めがけて突き立てた。
「おっとっ!」
ラハーンは身体を後ろに傾けた。
軌道をそらされたイサーシュはなんとか鎧の胴に手足をかけると、そのまま前方へ大きくジャンプした。
「危ない危ない。貴様のずば抜けた身体能力は魔族のそれに勝るとも劣らん。
油断しているとわずかな鎧のすき間を狙われるな」
「ぼうっとしてないでもっとよく狙ったらどうだ」
振り返りながら告げると、首なし騎士は盾を構えたままこちらへと突進してきた。
イサーシュは槍のない方向にローリングするが、スライディングしながらラハーンはその場で回転して槍を横方向に見舞った。
勢いのよさにイサーシュは警戒して、剣で防がずに後方にローリングしてかわす。
体勢を立て直したと同時に、ラハーンは槍の先を突きつけてこちらに突進してくる。
それをさっとかわしながらもイサーシュは考えた。
敵の圧倒的なパワーを持って繰り出される攻撃。
槍もやっかいだが警戒すべきは盾のほうだ。あれで自分の身を守られていては、こちらはかわすのが精いっぱいで攻撃に移ることはできない。
なんとかあの盾を外さなければ。イサーシュはあたりをうかがい、妙案をたてた。
相手に悟られないよう敵の突進をかわしていき、その一方でとある場所に向かった。
「ハハハッ! さすがに俺の攻撃をかわすのが精いっぱいかっ!
だが人の身ではいずれ体力を消耗し力尽きるぞっ!」
思い通りの場所に足を進められず苦労したが、なんとか予定の位置までたどり着いた。
ここでわざと疲れたフリをした。それを見たラハーンが高らかに笑った。
「なんと脆弱なっ! ならばひと息に仕留めてやろうっ!」
そう言ってラハーンが槍の先端を突き出す。
その瞬間にイサーシュは真横にローリングした。槍の先にあったのは深い亀裂。
槍の先端はものの見事にそこに吸い込まれた。
「ぐぅぅっっ!」
現れた顔のレリーフが驚愕しているすきに、イサーシュは剣を振り上げて柄を持つ手を剣ではねた。
とたんに相手の指が2,3本空中に舞い上がる。
「くそぉっっ!」
くやしげな表情を見せた鎧騎士は、反対の手で大きく盾を振りかぶった。
イサーシュはその場に寝転がり一気に相手の懐に飛び込むと、スキだらけになったヒザの部分のすきまに思い切り剣先をさしこんだ。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅっっ!」
鎧騎士がバランスをくずし、肩から地面に倒れ込んだ。
衝撃で地面が少しゆれるが、イサーシュは難なく相手から距離を取った。
「圧倒的なパワーとスピード、そして装備で有利になったつもりだろうが、それを覆してこそ一流の剣士というものだ」
倒れたままのラハーンだが、声はない。
イサーシュはいぶかんで相手を見やるが、そのうち低い笑い声のようなものがひびいた。
「クククク……、ハハハハハハハハハ……」
「なにがおかしい」
顔のレリーフがいやらしい笑みを浮かべ、こちらをうかがっているように見える。
「いや、なかなかの腕前だった。
お前の力量を十分に確かめたところで、そろそろ本気を出そうと思ってね」
いやな予感がした。
全身に鳥肌が立つのを感じながら相手に目をこらすと、その巨体がゆっくりと動き始めた。
魔物ゆえの圧倒的な体力ゆえか?
いや、違う。真横から何かが飛んできた。
指だ。切りおとしたはずの指が空中を飛んでもとの場所にくっつき、そのまま何もなかったかのように動かし始めた。
イサーシュは相手が完全に立ちあがる前にすばやく詰め寄り、すぐに鎧と鎧のすき間を狙いはじめた。
切り裂かれた部分は少し離れるが、すぐに元に戻ってラハーンは立ち上がろうとする。
相手がヒザ立ちになったところで、イサーシュはそこに足をかけて大きくジャンプ。
明らかにスキだらけの首の空洞に剣先を突き刺した。
まったく手ごたえがない。
鎧騎士の全身は、よりにもよって中身が全くないのだ!
「ククククク……アハハハハハハハっっっ!」
とたんに敵の身体から何かが放出され、イサーシュの身体は軽く吹き飛ばされ床にたたきつけられる。
大事はなかったためすぐに立ち上がることができたが、顔には完全に焦りの表情が浮かんでいる。
前方には紫色のオーラをまといはじめたラハーンの姿があった。
「バカめぇぇぇぇっっ! この俺が魔物であるという事実を忘れたかっ!
俺はアンデッドっ! 死者ゆえ実体はないっ!
強いて言えばこの鎧こそ、わが肉体っ!
この鋼鉄の鎧を破壊できなければ、この俺の命を断つことはできんっっ!」
イサーシュは冷たい床に手のひらをおいた。
だまされた。完全にだまされた。奴は最初からこの俺と正々堂々と戦うつもりはなかったのだ。
「剣士、お前の武器は何の変哲もないただの物理剣。
いかに鍛え上げられていようと、この鋼鉄の肉体を傷つけることはかなわん。
もはやお前に勝機はないっっ!」
そう言うと、騎士は巨大盾の裏から奇妙なものを取り出した。
先端が丸くなっている巨大ノコギリだ。
「さらなる我が魔の力を見せよう。
このノコギリには特別な機能がある」
すると、のこぎりの細かい刃の数々が、急激に一方向に回転を始めた。
「『チェーンソー』、というものだ。
これを食らえばどうなるか、おおよそ想像はつくだろうな。
持っている剣もまともに済むかどうか疑わしいものだ」
イサーシュは相手をにらみつけながらくやしさをかみしめた。
わかっている。
ランドンの騎士団長、ディンパラの言っていた通りだ。
こんな奴に、生身の身体と何の魔法効果もない物理剣でかなうはずがない。
今の今まで何となくいけると思い込んでいた自分がバカだったのだ。
ゆっくりこちらへと近寄ってくる相手をしり目に、イサーシュは今まで自分と生死をともにしてきた剣を持ち上げ、ながめた。
最後はこいつと心中か。それも悪くない。
イサーシュは目を閉じる。ちょうどその時、まぶたの裏で強烈な光を感じ取った。
「なっ、なんなんだこれはっっ!」
ラハーンの叫び声でイサーシュは目を開けた。
手元を見ると、己の剣が青白い光を放ち、あたりを強く照らしている。
「なんなんだ、これは……」
ちょうどそのころ。
ランドン王国の首都ミンスターでは、イサーシュ御用達の鍛冶屋がその日の仕事を終えた。
「お疲れさまーっすっ!」
バンダナを取った若い店員が声をかけても、オヤジはかまどの様子を見るだけで返事をしない。
いつものことだ。
「そう言えばおやっさん。今頃イサーシュ達はどこにいるんでしょうかねぇ」
「おっ死んじまったら知らせのひとつやふたつくるだろ」
「そんなぶっそうな。
おれはあいつらが簡単にやられる姿なんて想像できませんよ」
「勇者や魔導師ならな。だがイサーシュは違う」
オヤジは少しだけこちらに顔を向ける。
炎の揺らめきに照らされたこわもての顔が、もじゃもじゃした白いヒゲにおおわれている。
「あんないい腕をしてるのに、魔物どもにやられちまうってことですか?」
言いつつ、店員は腕を組んで考え込む顔つきになった。
「そりゃたしかになぁ。
あいつが持ってるのは王国の名剣とはいえ、魔法属性一切なしのただの物理剣だしなぁ」
「物理剣?
俺があいつに、ただの剣を持たせるはずがねえだろうが」
「……え? あの剣は何か特別な力があるんですか?」
そう言うとオヤジは火に目を戻し、火かき棒で中の様子を確かめ始めた。
「イサーシュの剣、名付けて『コンヴェント・ソード(盟約めいやくの剣つるぎ)』はこの世にたった5本しかない特別な剣だ。
俺の大先輩に当たるこの店の初代当主が、ランドン建国のさいに英雄の証として特別な手間と金をかけて仕上げたものだ。
5つのうち2つは王家に、2つは国を守る重鎮に、そして残りの1本は勇者に同行する剣士のために送られたものだ。
そのどれもがちっとやそっとのことじゃ折れやしない業物になってる」
「だったらなぜイサーシュの心配をしてるんです」
「魔物のムチャクチャな攻撃は、それすらもへし折るほどの威力があるってことよ。
でも心配する必要はねえ。それだけ特別いわれのある剣だっていうことは、魔法鍛冶にとっても特別な存在ってわけよ。当然奴らもそいつをいじりたがる」
「魔法鍛冶?
あの剣に彼らがかかわってるなんて、はじめて聞きました」
「だからうちの近所に住んでる鍛冶屋は、イサーシュが大会であれを手にする直前に、あれに特別な力を込めた。
もしもの時にはあれが本当の力を発揮するためにな」
店員が「もしもの時?」と言うと、オヤジははじめて不敵な笑みを浮かべた。
「もし奴の前に全力でもかなわない強大な敵が現れた時、あれは目覚める。
イサーシュのために、新しい力でもって奴の身を守ってくれるだろう。
その力は勇者のボウズが持っている棍棒に勝るとも劣らないはずだ」
「だったら安心じゃないですか」
「バカ野郎。
お前あいつの性格わかってねえだろ。あいつは己の力だけで、しかも何の魔法属性ももたない武器にこだわりすぎる。
そんなちっぽけなプライドにいつまでもしがみついているようじゃ、いつまでたってもあの剣の真の力は目覚めさせられねえよ」
そしてもう一度目を離し、ぼう然と上を見上げる。
「あんなガチガチのガンコ者じゃ、いつまでたっても変わらねえかもな」
すると店員は扉のふちに腕を押し付けてニヤリと笑った。
「大丈夫ですよ。
あいつも旅の嵐にもまれて、考えを変えるかもしれません。案外頭いい奴ですからね。
いくらニブくてもそれくらいわきまえられるんじゃないんですか?」
「そうだといいがな……」
いつまでも見上げていると、かまどから火の粉が飛んだ。とたんに「あちぃぃっ!」と言ってオヤジは飛び上がった。店員が吹きだすと親父がにらみつけ、恐縮する。
そう、イサーシュは変わった。
村を出立する前のかたくななプライドは、この山にすべて置き去りにした。
今の自分は、あのころとはまったく違う。
「ま、まさかの魔法剣っ!? 今さら目覚めおったのかっ!」
しかし剣の光が少し弱まったのを目にし、ラハーンは回転のこぎり剣を大きく振りかぶった。
「しかしっ!
たかが魔法剣一本ではこのチェーンソーの強大な一撃を防ぐことはできんっっ!」
勢いよく振り下ろしたラハーンに、イサーシュは思い切り魔法剣を上へと掲げた。
激しくかち合った2つの武器のあいだから、すさまじい火花が飛び散る。
と思いきや、突然相手の剣のほうから何かが細かく飛び散る。
一部はイサーシュのほうに飛び、目を伏せたイサーシュのほおを少しだけ傷つける。
「ぬあにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?」
衝撃がやんで目を開けると、ノコギリについていた細かいトゲはほとんどなくなっていて、残りの部分はイサーシュの剣にたれ下がっていた。
若い剣士はそれを見てニヤリとする。
「コイツは特別堅いんだ。その上魔法属性。
対してお前の武器はいくら強力でも、単なる物理攻撃にすぎない。俺の剣のほうが格段上だということだ」
ラハーンはいったんイサーシュから距離をとり、今度は突き刺さったランスのほうに向かった。
追いつくこともできたがそれはやめた。
巨大な騎士が思い切り引き抜くと、円錐状の槍は突然激しい回転を始める。
らせんに溝がほってあるから、これで貫かれたらただでは済まないだろう。
「ならばこの『ドリルランス』はどうだっ! これならお前の剣では壊せまいっ!」
そう言って勢いよくこちらに突進してきた。
イサーシュは少しだけ横に動いたままで、回転ランスに向かって思い切り剣を押しつけた。
激しい火花とともに剣から金属の糸が生まれていき、そのうちに回転が止まった。
「ぬぐそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
相手がおどろいているあいだにイサーシュはいったん剣を離し、軽く回すと切っ先を槍の中央に突き刺した。
軽々と貫かれた槍はそのままイサーシュにもっていかれ、地面にたたきつけられて真っ二つに折れた。
「そんなっ!
魔界屈指の攻撃力を誇る2つの武器が、いとも簡単に……!」
中央の顔をあ然とさせながら、ラハーンは後ずさりを始める。
しかし次の瞬間には顔を思いきりしかめ、残った巨大盾をブンブンと振り回し始めた。
「どうだっ!
この圧倒的なパワーはっ! これなら貴様も容易には近づけまいっっ!」
たしかにそうかもしれない。
しかしイサーシュは剣を小脇にかかえ、タイミングをはかって思い切り剣を前方に突きつけた。
重厚な質感を持つ巨大な盾でさえ、光の剣はいとも簡単に突き刺さった。
ラハーンの動きが完全に止まったのを見計らい、イサーシュが横方向に剣をふるうと巨大盾は軽々とあさっての方向に投げ飛ばされた。
それを呆然と見送ったラハーンは、次の瞬間イサーシュの方向を向いて尻もちをついた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
先ほどまでの威勢のよさがウソのように、首なし騎士はプルプル震える手をこちらに向けた。
「た、たのむっ! 俺が悪かったっ! 俺が悪かったから許してくれっっ!」
「戦いに喜びを求めるような奴が相手を騙そうとするな。見苦しい」
「悪かった、悪かったから命だけは助け……
ぎむちぃぃぃっっっ!」
顔のレリーフにイサーシュの剣が深々と突き刺さった。
その瞬間、鎧をまとっていたオーラが勢いよく噴き出し、爆発音とともに手足が四方八方に飛び散った。
残された胴の部分から光が急激に消え、あとには鎧の重さだけが残った。
イサーシュが鎧をおろして剣を引き抜くと、剣に宿っていた光が消えた。
剣を目の前までもっていき、イサーシュはつぶやいた。
「オヤジの奴、だましやがって。
しかしいいだろう。この力はありがたくもらっておいてやる」
そこで思いきり力が抜けた。
ヒザをつき、肩の力を落として剣を床につける。この戦いは自分が思った以上にきつかったようだ。
仲間の援護をするのはむずかしいだろう。だがイサーシュは心配していない。
「……お前らも、勝てよ」
それでもイサーシュはつぶやいた。まるで言えばそれが真実になるとでも言うように。




