第17話 イサーシュの決意~その3~
テントに戻ると、寝ぼけまなこで腕を組むムッツェリの姿が見えた。
「……おはよう。よく眠れたか?」
どうやら今朝の騒ぎに気付かなかったらしく、大あくびでイサーシュを出迎える。
なんとものんきなものだ。
だが、これでいい。幼なじみ同士のいさかいなんぞ、こいつがかかわるのはまだ早い。
イサーシュはふと立ち止まった。
もしかして俺は、こいつが本当の意味で仲間に加わる、それを期待している?
そして俺にとっても本当の仲間になる? それだけじゃなく……
「どうした? わたしの顔に何かついているのか?」
自分の顔をペタペタ触り続けるムッツェリに、イサーシュは笑いかけながら首を振った。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
イサーシュはそう言って彼女の横を通り過ぎた。
一昔前なら、ムッツェリのような平民をパートナーにするなど、自分の中で大問題になっていただろう。
だが時代は変わった。
自分のような元貴族が、一介の平民を伴侶とするのも悪くない。
「どうしたイサーシュ。さっきから様子がおかしいぞ」
もっとも、相手がそれを受け入れてくれるのなら、の話なのだが。
イサーシュはそう思いながら必死に笑いをこらえていた。
「よし、出発するぞっ!」
いつもとは違い、イサーシュのほうがはりきってみんなに告げる。
まわりが一斉にあ然とする。
「ど、どどど、どうしたんだよっ!
お前がそんなシャキッとした態度とるのはおかしい!」
「コシンジュ、それはわたしも思った。
コイツ朝からどうもおかしい。お前何か心当たりはないか?」
いぶかしんで指をさすムッツェリに、コシンジュは必死に手を振ってあわてる。
「な、ないよ。ないよぉ~~う……」
明らかにはぐらかしているコシンジュに、彼女は首をかしげるばかりだ。
「どうした。たまには気分転換にこう言うことも悪くないと思ってな。
今はとても気分がいい。あまり水をさすな」
そう言ってイサーシュは前髪をさらりとかきあげた。
それを見てコシンジュが目を丸くする。
「なぜだ?
最近こいつがこのしぐさをしてもイライラしなくなってきたのに、今はなぜかムカムカする。
なんでだっ!? お前自分の人生を見つめ直したんじゃなかったのかっ!?」
イサーシュはそれを軽く無視すると、ロヒインが近寄ってきた。
「あ、さっきはごめんね。
コシンジュを必死で説得してくれたのに、例のひとこともなかったなんて。
あまりに気が動転してて忘れてた」
「気にするな。
俺はコシンジュを傷つけようとしたんだ。礼を言われる筋合いはない」
「いいんだよ。
それとわかっててほしんだけどわたし、イサーシュのことも大切だと思ってるから。
あ、そんな顔しないでよ。そういう意味じゃなくて、イサーシュのこと、本当の友達だと思ってるから。
あと別にイサーシュのこと変に意識してるわけじゃないからね、
イサーシュいい男だと思ってるけど、やっぱりコシンジュとはちょっと違うから、気にしないでね」
長々と言い続けると、なぜか顔をおおって恥ずかしげに去っていくロヒインだった。
「というかいつの間にかタメ口になってるんだが……」
イサーシュは首をひねりながらも、仲間たちを先導するように歩きだした。
「なぁ~~~っっ! いったいいつになったら着くんだよ~~~っっ!
早く南の町に行きたいよ~~っっ!」
コシンジュが久方ぶりに叫び声を上がる。
会話がまったくと言っていいほどなくなって、どれくらいの時間が経過しているのだろう。
「こ、コシンジュが久しぶりにしゃべった……」
「ロヒインさん。この人がわめくなんて珍しくもないですけど、ここ最近はむしろ何も言わなかったですよね。
なのに口を開いた。そろそろ限界なのかもしれません。
まさか、発狂っっ!?」
「メウノッ!
お前が言うともっともらしく聞こえるから冗談みたいな人ことはよせっ!」
コシンジュが言うと、先頭のムッツェリが平然とした口調で言う。
「叫ぶ元気があるのならまだ大丈夫だ。
それに今日で7日目。多少の遅れが出てたとはいえ旅は順調だ。
このままいけばあさっての朝にはふもとの村につくぞ」
さすが山に慣れきっている人間だ。
「え~っ!? あさってまでかかるのっ!?
もういい加減体力も限界だし、気持ち的にも余裕ないよ~~っ!」
「さっきからワァワァうるさいな。
こっちは必死で残りの体力を振り絞ってんのに、うしろから騒ぎたてやがって。
とても体力がピンチだとは思えないぞ」
イサーシュが言うと、そこでなぜかムッツェリが立ち止まった。
そこはちょうど上り坂の頂上のあたりだった。
「実は1つ隠していたことがある。
このルートにはジョルジョ山、ミッシェル氷河とともに、もう1つ目立つランドマークがある」
「ランドマーク?」
コシンジュが問いかけると、ムッツェリはこちらに向かって振り返った。
「オランジ村が属するベロン王国は、とても歴史が長い。
ここ最近でついえた王朝の前にも、別の王家が同じ名前で納めていた。
その長い歴史の中で、王国はとある建造物を立てた」
「それがこの先にあるとでも?」
イサーシュが問いかけると、夕日に照らされ半分が影になっているムッツェリはこっくりとうなずいた。
なんとなく美しい。
「ベロンと南の都市国家は昔、長い戦争状態にあった。
この山脈にはさまれ思うように兵をすすめられなかったが、とうとうこの地にまで兵をすすめ、ついに要塞を建立するまでに至った。
この山脈には血なまぐさい歴史があるのだ」
「うわっ、何それ。気持ちわる。お前良くこんなところうろつけるな」
コシンジュがイヤミたっぷりに言うと、ムッツェリは不敵に笑った。
「ずいぶん昔の話だ。
だがここまで上がってくるがいい。その名残がきちんと残っているぞ」
言われて仲間たちはムッツェリのほうまで上がり、夕日に照らされた壮大な山々をながめた。
「どこを見ている。ほら、あそこだ」
ムッツェリが指をさすと、そこには確かに人の手で造られたらしき建造物があった。
「ああ、久しぶりに建物を見る。だけど、ありゃあ……」
コシンジュが意気消沈する通り、幾重にもレンガが積み重ねられたそれはところどころがくずれ、もはや要塞と呼べるようなものではなかった。
心なしか山の影になっていて不気味な雰囲気を放っている。
コシンジュはろこつに嫌そうな顔をした。
「また廃墟かよ~。
廃墟は前にトラウマがあるんだよな~。どうせ白骨がいっぱい転がってんだろ?」
「心配するな。たしかにそうかもしれんが、わたしは何度も往復して1度も妙な現象にあったことはない」
ムッツェリが不敵に笑うと、ロヒインがあきれ果てたように首を振った。
「あそこも妙なウワサが立っているんですね。人里が近いからでしょう……
だ~か~ら~霊現象は存在しないんだってば!」
「死んだ者の魂はたいてい天界や魔界に持ってかれて、一部は魔物になりますからね。
ヴァルト城跡で戦った怨霊レイスルがその代表です」
メウノの言葉にムッツェリはまるで人ごとのように笑う。
「そりゃ不幸なことだな。で、実際どうだったんだ?」
ムッツェリの心ない一言で、コシンジュはかなしげな目で遠くを見た。
「そりゃもう、ロケーションと本人の恨みのこもった演出のせいで最低最悪だった……」
「まあ、相手が魔物だとわかっているだけでもマシなことだ。
もうそういう体験は2度とすることはないだろうよ。と言いたいとこなのだが……」
ムッツェリは途中で何かに気づいた。おもむろに指をさし、全員の目が集まる。
要塞の屋上のあたりに、2つの影があった。人かと思いきや、片方は明らかにおかしい。
「あ、あれ。確実に見覚えがあるぞ」
イサーシュのひとことで全員がため息をついた。
影になっていてよく見えないが、どう見ても巨大な鳥の姿をしている。
「生きてはいるが確実に我々に恨みを持っているぞ」
砦の入口に入ると、ご丁寧にもあちらこちらにろうそくの明かりがともっていた。
それでも薄暗い室内のほぼ中央に、4つの影が立ちつくしている。
左端には振り乱した髪を前にたれたボロボロのワンピース姿の女性。
なぜか空中に浮かんでいる。
そして長い髪の中央からはぼうっとした光が浮かんでいる。
となりには一度見かけた姿。青と緑で彩られた巨大な鳥である。
頭のたてがみは大きすぎて後ろへとカーブしている。
そのとなりにいるのは、一見人間の中年男性のような姿をしていた。
大きなマントをはおっているが、顔色が悪いということ以外は特に不思議な点は見られない。
一番右にいる姿にはちょっとした戦慄を覚える。
全身を重厚な鎧でおおっているのだが、なぜか首から上がない。
胸の中央に顔をかたどったレリーフがあるのだが、まさかこれがしゃべりだすとでも言うのか。
両手にはらせん状に溝の入った円錐の槍と、巨大な盾を持っている。
「うわっ、どいつもこいつも強そうじゃねえか。
これってひょっとして全員ボスキャラ?」
コシンジュが言うと中年男性がこちらに向かって話しかけてきた。
「勇者よ。よくぞここまで来たな。
わがはいの名は『ブラッドラキュラー』。地属性で構成された地底魔団を治める者……」
「同じく飛翔魔団を取りまとめる『コカコーライス』だ。
我ら魔王軍の最高幹部が来た以上、貴様たちに命運はないと思え」
一瞬会話が止まった。すると突然コシンジュとロヒインが吹きだした。
「「ぶふぅっっ!」」
「ちょっ! コカコーライスってっっ!
ちょっと待ってっ、なにそのマズそうな名前っ!
ていうかウエッ、想像したら気持ち悪くなってきたっ!」
「コカコーライスもおかしな名前だけど、何?
ブラッドラキュラー? ブ、ブラッドって!
名前にブラッドってつけりゃ、カッコイイとおもっちゃって、あんたの親いったいどういう神経してるわけっ!?」
ケラケラ笑う2人にあわせ、メウノまでもがうつむいて低く笑いはいじめている。
イサーシュとムッツェリは笑っている場合かと言わんばかりに呆れた顔をしている。
正面を見ると、コカコーライスとブラッドラキュラーは恥をかかされて、肩を震わせながらともにうつむいている。
そのうちブラッドが顔をあげてこちらを指差した。
「ふざけるなっ! こっちだって好きでそう名乗ってるわけじゃないっ!
親が勝手につけた名前なんだからバカにするなっ!」
「ていうか貴様らわかっているのかっ!?
魔界の最高峰の戦力が4つも集まり、一気に叩きつぶそうとしているこの状況がわからんのかっ!」
コカが吐き捨てるように言うと、コシンジュは真顔になって首を振った。
「いいや、状況はよくわかってるよ。
お前ら相当本気なんだろ? 後がないっていうことはよくわかるよ」
「というかお前らいいのか? それぞれの兵団は数がそれなりに多いんだろ?
お前らがやられたら、残りの兵隊はいったいどうなるんだ?」
ロヒインが言うと、コカのとなりにいた不気味な女が指をさす。
「もう我が兵団にはあとがないのだ。
こうなれば意地でもお前たちを倒し、我らが名誉を取り戻すのみっ!」
「てことは両端の奴らはサブリーダー? ますます兵士は路頭に迷うだろうな」
イサーシュが言うと、不気味な女はますます声をいらつかせる。
「というよりなんだその態度はっ!
まるで自分たちが負けることがありえないと言わんばかりではないかっ!」
「ああそれなら大丈夫。オレたち、強いから」
そう言ってコシンジュ達全員が自らの武器を取り出し、構えた。
不気味女は「ぐっ!」と短い声を発した。すると右端にいた鎧の顔のレリーフが(やっぱり)口の部分を動かした。
「落ち着け『パンジーニ』。
奴らはわが軍の精鋭を次々と打ち果たし、このあいだは竜王ファブニーズ様の角までへし折った。
連中が増長するのも無理はない」
「『ラハーン』っ!
だとしてももう少しビビってもおかしくないではないかっ!」
「実際おかしいんだろ。
俺は元人間だからわかる。
俺らのような姿形のおかしい連中を数多く相手にしまくって、感覚が鈍っているんだろ」
「勝手にこっちの心情決めつけないでくれるかなっ!?」
コシンジュが言うと、4つの敵がそれぞれいっせいに身構えた。
ラハーンがレリーフの口を開く。
「とはいえ、我々最上級の魔物を相手にするわけだ。どうだ? こんな狭い場所でやりあっていたら同志討ちの危険がある。
ここは1つ、相手を選んで個別に片づけようじゃないか」
そして鎧は槍の先をイサーシュに向ける。
「同じ騎士として、お前には興味があることだしな」
「いいだろう。お前も槍使いなら、俺と正々堂々とやろうじゃないか」
イサーシュがうなずくと、ともにその場をすばやく動いて奥のフロアに消えた。
「魔導師っ! てめえの相手はアタシだっっ!
そのマヌケ顔をこの手で引き裂いてやるっ!」
パンジーニが言うと、ロヒインは杖をにぎる両手に力を込めた。
「顔のことを言ってくれたなっ!
お前だって顔を隠してるくせに調子に乗るなっ!」
パンジーニが甲高い笑い声をあげてとなりの部屋に消えると、ロヒインはそのあとを追った。
「さてコカ、勇者はどちらがやる?」
ブラッドが指をポキポキ鳴らしながら言うと、コカはくちばしの先をしゃくった。
「そうか、譲ってくれるか。
勇者よ。その称号通り勇気を示したいのならば、こちらまで来るといい。ククククククク……」
そう言ってブラッドの姿は後ろへと消えていく。
コシンジュは「待てっ!」と言いながらそのあとを追った。
残ったコカの黒い瞳が、残ったムッツェリとメウノの姿を捕える。
「おっと、ワタシには2人残ったか。
だがいいだろう。どうせ残りの矢が少ない狩人と、強力な遠距離攻撃を持たない僧侶のコンビだ。
まとめて相手してやる」
「なめてかかる気かっ!」
ムッツェリが叫ぶと、巨大鳥は羽根をばたつかせ旋回しながら後ろへと消えていく。
「屋上までこいっ! 我が本領を発揮するのはこれからだっ!」
2人はまたたく間に消えたコカのあとを追った。
風のゆらめきで広間のロウソクが消え、あたりは真っ暗になった。




