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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第17話 イサーシュの決意~その2~

 雨はすぐにあがったが、その後も地面が()れていたために相当の時間を食った。


 結局その日は気休め程度に進めただけで、比較的平らな谷底でテントを張って一夜を明かすことになった。

 それでもみな疲れ切っており、泥のように眠りこんでしまった。


 明け方、眠っていたイサーシュはとなりのテントで妙な気配を感じた。

 外に出ると、何やらごそごそしている。

 起き上がって念のため手に取った剣をにぎり、イサーシュはヒザをついて様子をうかがう。

 すると中から、何事もないかのようにコシンジュの姿が現れた。

 いや、何事もないという感じではない。

 手には神々の棍棒をにぎり、うかない表情でこちらにちらりと視線を送る。


「イサーシュか。ひょっとして起こしちまったか?」

 

 イサーシュはかぶりを振る。

 コシンジュはそばにあった岩に腰をおろし、じっと手に取った棍棒をながめはじめた。


「どうしたコシンジュ。なにかあったか?」

「なんにもねえよ」


 まるで1人きりにしてくれと言わんばかりの口調に、イサーシュは語気を強めた。


「なんにもないということはないだろう。どれだけの付き合いだと思っているんだ。

 お前がそんな顔をしているとき、頭の中で何を考えているかぐらい鈍感(どんかん)な俺でもよくわかる」


 するとコシンジュは深くため息をつき、ヒジをヒザに押し付けて額を手でおおった。


「……悪い夢を見た。

 今までオレが『殺してきた』魔物どもにおそわれた。オレは素手で、奴らから逃げることしかできない。

 そのうち追いつかれそうになって、そこで目が覚めた」


 まずい、相当まずいことになっている。

 しかもわざわざ「倒した」、という表現ではなく「殺した」という言い方に変えるところが特に。

 イサーシュはあたりを見回した。


「川べりに行こう。話をほかの連中に聞かれるとまずい」





 イサーシュはコシンジュをかなり離れた場所まで連れて行った。

 ここなら多少もめ事になってもテントに聞かれる心配はない。


 コシンジュはそこでも適当な場所に腰を落ちつけ、がっくりとうなだれている。

 イサーシュはイライラしてそんな彼に人差し指を突きつけた。


「いいかっ! お前だけが魔物どもの命を奪っているわけじゃないんだ!

 自分だけが連中の加害者みたいな言い方をするなっ!」


 すると相手はおもむろに顔をあげ、イサーシュの顔をじっと見つめる。


「お前は、平気なのか……?」


 イサーシュはどう応えようか迷った。

 深く考え、結局自分の本音を素直に白状することにした。


「……正直、平気じゃない。そりゃそうだろう。

 相手は悪い奴だが、一応は心を持っている。やってることはれっきとした殺しだ。

 なんにも感じないほうがどうかしてる」

「だったらなんで……」

「それが正しいことだと信じているからだ。

 いいか、俺たちには大義名分がある。たとえ相手の命を奪ったとしても、絶対に守らなければならないものがあるんだ」


 そして川のほうを向いて、清らかな流れに目をこらしながら腕を組む。


「俺が戦うのは、この世界の平和を守るため。

 いやはっきり言ってしまえばランドンのためだ。

 俺は国王一家が嫌いだが、ランドンと言う国家自体には絶対の忠誠(ちゅうせい)(ちか)っている。

 国のためなら命を(ささ)げるのも、この手を血で汚すこともためらわない」


 相手が「イサーシュ……」と呼びかけるのに応じて顔だけを向けた。


「ロヒインやメウノにしたってそうだ。

 あいつらだってこの世界を守るためならなんだってできる。

 ムッツェリもこの山を守りたい、はっきりそう言っただろう」


 そしてコシンジュのほうに近寄り、見下すようにして告げた。


「コシンジュ、お前だけがそうじゃないわけないだろう。

 お前には父親が、母親が、妹たちや弟がいる。お前が一番守らなければいけない存在が多いはずだ」

「イサーシュオレは……」


 コシンジュが顔をあげた。その表情は泣きそうになっている。


「こんなことは言いたくない。俺だってそんなことを想像したくないからな。

 だけどよく考えてみろ。もし魔物が、圧倒的な力でランドンに攻め込んできたら?」


 相手はなにも言わなかった。それをいいことに勝手に続ける。


「師匠が、母上殿が、そしてお前の妹たちが魔物に遭遇(そうぐう)し……

 いやダメだやっぱり言いたくない」

「そんなことはわかってるっっ!」


 コシンジュはいきなり下に向かって叫んだ。


「わかってるよそんなことはっっっ!」


 そしてゆっくり顔をあげた。

 眉間のしわが、心なしかいつもより深くなっているような気がする。


「今まで戦ってきてわかってきたことがある。魔物たちはオレたち人間を完全に見下してる。

 支配して当然だと思ってる。言うことを聞かなければ、力づくで押さえつけるのが当たり前だとすら思ってる。

 命を奪うことすらためらうことはない」


「わかってるじゃないか。奴らは侵略者(しんりゃくしゃ)だ。

 やってることに大義はない。奴らが死ぬ羽目になったのは自業自得(じごうじとく)だ。

 俺たちがとやかく言われる筋合いはない」


 ところがコシンジュはそこでいったん目線を下げ、ゆっくり首を振った。


「だけどな、よく考えてみろよ。

 もし別の理由があったらどうする?

 魔王に命令されて無理やり戦わされた奴がいたとしたら?

 あるいは心の底から魔王に忠誠を誓っていたとしたら?

 もしかしたら魔王におどされてる誰かを守るために戦っているという可能性は?」

「考えすぎだ。今まで戦ってきた連中にそんな奴がいるとは思えない。

 みんな自分のことばかりにしか見えなかった」

「今まではそうだったかも知れない。だけどこれからは……」

「ウジウジ考えるなっ! 言っただろうっ!

 俺は自分の守りたい者のためならなんだってできるってなっ!

 お前はそっちの方に考えがいかないのかっ!」

「だからわかってるって言ってるだろっ!?

 だけどこのまま旅を続けて言ったら、ひょっとしたら殺す必要のない奴とだって戦わなくちゃいけないかもしれないっ!

 オレはそんなのはイヤだっ! そんなことを考えるとどうしても足がすくむっ!」


 そこで完全にイサーシュの堪忍袋(かんにんぶくろ)がキレた。


「……立て。

 こうなったら意地でもお前の根性をたたき直してやる」


 すると相手も乗り気になったらしく、皮肉な笑みを浮かべる。


「久しぶりにやろうってのか。

 いいじゃねえか。気分転換だったら乗ってやる」


 しかしコシンジュはあたりを見回した。


「後ろの方だったら石ころがないから足は引っかかんないだろうな。

 あと適当な木の棒を探さないと……」

「後ろに下がるのは正解だ。だけど木の棒は必要ない」


 イサーシュはおもむろに剣を引き抜く。

 そしてするどい切っ先をコシンジュに向けた。とたんに相手の顔が青ざめる。


「おい、冗談だろ?」

「下がれ。石ころに足をとられて不覚を取りたくないだろ」


 脅され、仕方なく後ろに下がっていくコシンジュ。

 しかし手頃な場所まで来たところでコシンジュは叫んだ。


「やめろよっ!

 オレのは棍棒だからまだ命を奪う可能性は少ないけど、お前のはちゃんとした刃物だろ!?

 当たったらどう考えても無事では済まない……」

「ちゃんと握れコシンジュ、でないととりこぼすぞ」


 イサーシュは有無を言わせず、己の得物(えもの)を構えた。

 相手は本気らしいと感じ取り、ひたすら首を振り続ける。


「やめろイサーシュ。もしオレに万が一のことがあったらお前は……」

「そんなことをいちいち考えてられるか。

 いや、俺に覚悟はできている。もしおまえが二度と立ち上がれない状況になったとしても、俺が代わりにそいつを手にすればいい」


 相手は目を丸くしたまま、微動だにしない。

 イサーシュは笑みを浮かべた。


「どうした、かかってこないのか。

 だったらこっちから行くぞっっ!」


 そしてイサーシュは素早くその場をかけると、コシンジュに向かって一閃(いっせん)を見舞った。


「おわあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 言いながらもコシンジュは棍棒でそれを防ぐ。

 ほんの少しだけ光を放ち、イサーシュの剣は弾き返された。


「フン、お前の武器にも俺の本気は伝わっているらしいな。

 俺も無事で済むかどうかわからんか」

「正気かお前っ!

 もしオレが死んじまったら、お前この先進めんのかよっ!」

「なに言ってる? 俺はお前のことをなんとも思っていないぞ?

 俺にとってお前は勇者の役目を奪った目障(めざわ)りな奴にすぎない」

「冗談言うんじゃねえっ!

 今さら本気で勇者になろうってわけでもないだろうがっ!」

「うるさいっっ!」


 イサーシュはもう一度正面から斬り込んだ。相手もそれを受け止める。

 光を放っても気合いを込めて無為やり押し込み、つばぜり合いのような状況になる。2人はにらみ合った。


「……死んでほしいほどオレを(にく)んでるわけじゃないだろ。

 オレに手をかけたら絶対後悔(こうかい)するぞ!」

「……自分の命の心配ばかりか。相変わらず俺に勝つ自信がないんだな」


 動転したのか、コシンジュは思い切り棍棒を押し返す。

 イサーシュは大事を取って後ろに下がった。


「思い出した。お前は俺に一度も勝ったことがなかったな。

 この最後の戦いも結局は俺の勝ちと言うことか。勇者の座はもらった」

「心にもないことを言うんじゃねえよっ!

 お前の気持ちなんてお見通しだっ! わかったからいつまでもふざけたことを抜かすんじゃねえっ!」

「だったら本気を出せっっ!」


 そう言ってイサーシュはコシンジュに向かって剣をふるう。

 相手も同じように返し、一瞬の光を放ちながらかち合う音が何度も(ひび)く。


「まだまだ甘いなっ! お前は身も心もへなちょこなまんまだっ!」

「お前相手に本気を出せるはずがないだろっ!? いい加減目を覚ませってっ!」


 イサーシュは再び距離をとり、肩を上下させながら言った。


「目を覚ますのはお前のほうだ。

 まだわからないのか。

 相手の命を奪う覚悟のない奴に、勇者の名を名乗る資格がないってことにな」

「だから自分からその覚悟を見せてやろうって腹なんだろ?

 わかってるよそんなこたぁ。だけどお前、ホントにそれでいいのかよ?」


 すると、イサーシュは目を細め、ニヤリと笑った。


「かまわない。何度も言わせるな。

 俺は国を守るためなら、なんだってできるとな」


 そしてもう一度かけだした。

 もうその心に迷いはない。これまで以上の鋭い剣を、相手に向かって叩きつける。

 勢いに押されたコシンジュは棍棒で防ぎきれず、その場に腰を落としてしまう。


 そして地面のコシンジュに向かって、上から鋭い切っ先を向けた。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 相手はその場をローリングしてイサーシュの突きをかわす。

 もう少しで突き刺さるところだった。コシンジュはあわてふためきながらも立ちあがった。

 そして必死の表情で棍棒の先を向ける。


「本気なんだなっ!? お前本気でオレを殺そうとしたんだな?」

「さっき言ったな?

 殺すべきじゃない奴と戦わなきゃいけないと。だったら俺が一足早くその役目を果たしてやる」

「やめてっっ!」


 よけいな一言にイサーシュは舌打ちした。

 見ると2人から少し離れた場所でロヒインが立ちすくんでいる。


「何やってんだよ2人ともっ!

 てっきりケンカとか稽古(けいこ)だと思ってほかっといたら、まさかホントの殺し合いなんかしようとするなんて……!」

「邪魔するなロヒインっ!

 こんなへなちょこ勇者の目を覚ますためには、他に方法はないっ!」


 そしてロヒインを無視し、コシンジュに向かってニヤリと笑った。


「お前は俺に勝ったことがない。

 もしかりにお前が本気だったとして、実力で俺に勝つことができるのか?」


 するとコシンジュはおもむろに、その場で瞳を閉じた。

 敵を目の前にしてこれはご法度だったが、イサーシュが手を出すはずはなかった。


 そして、その目がゆっくりと開かれる。その顔つきが、明らかにさっきとは違う。


「わかった。

 お前の本気、受け取った。こうなったら正々堂々と勝負しよう」

「なに……言ってるの……?」


 コシンジュのまさかの発言に、ロヒインの声は川のせせらぎに消えそうになっている。

 対照的にイサーシュの笑みが(おだ)やかなものになった。


「……コシンジュまでなに言ってるのっ!?

 さっきの光見たよっ!? コシンジュだってイサーシュに攻撃を当てたらただじゃすまない……」

「だまってろっっ!」


 コシンジュのほうが叫び、ロヒインは押し黙った。

 チラリと視線を送ると今にも泣きそうな顔になっている。


「イサーシュ、正直言うよ」


 しかし無視してすぐに目を戻した。相手はまっすぐこちらを見つめる。


「オレはお前がナメてかかってると思ってた。

 きっとオレの方がうまくかわしてくれるって。

 だけどさっきの突きを見てわかった。お前、本当にオレを殺すつもりなんだな?」


 ロヒインが「なんで……」と言うと、コシンジュはうなずいた。


「イサーシュはオレに自分の覚悟を見せたいんだな?

 お前にとって、ランドンは何より大切な存在。

 それを守るためなら、オレを殺すことも、逆に俺に殺されることもできる。そうだな?」

「ようやくわかったようだな。お前にしては気付くのが遅すぎだぞ」


 そして笑みをふたたび不敵なものに変え、剣の構えに気合を入れる。


「わかったところで俺に勝てるわけがないがな。

 お前の腕はまだ俺にはかなわない」

「本気でそう思ってるのか?」


 コシンジュも本気の構えを見せた。

 横向きになると、棍棒を立てて頭の後ろまでもっていく。


「お前だって魔物相手に奮戦(ふんせん)したかもしれない。

 だけどオレがやりあってきたのは、どれも強力なボスばっかりだ」


 わかっている。だからこそ自分はお前に本気の勝負を挑んだ。

 そこまで言うのなら、一度くらいこの俺を乗り越えて見せろ。


 コシンジュの目つきが鋭くなる。


「来いよ。

 いつまでもオレがいじめられっ子じゃないところを見せてやる」

「……ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 イサーシュな全力で持って、前へとかけだした。

 躊躇(ちゅうちょ)なくふるうと決心した剣を持つ腕に力を込める。


「……うるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 コシンジュが棍棒を真横にふるう。

 イサーシュが斜めから振り下ろした剣とまったく同じタイミングで、2つの武器が同時にかち合った。


 激しい閃光(せんこう)

 思わず目をしかめると、手の感覚が急になくなった。

 自分の斜め後ろで何かが空を切る音が聞こえる。そして突き刺さる音。


 振り返ると、そこにはさっきまで自分が握っていたはずの剣があった。


 おどろいて目を見張るイサーシュは、やがてその目線をコシンジュのほうまで持っていった。

 相手も同じように信じられないと言わんばかりの顔をしている。


「……や、やった……オレ、イサーシュに初めて勝った……」


 とたん、イサーシュのほうが身体の力が抜けた。コシンジュはあわててそばにかけよる。


「大丈夫かよっ!」


 イサーシュはすぐに顔を向けられず、うつむいたまま頭を振った。


「正直、気が気でなかった。

 いったん覚悟を決めていても、やっぱり不測の事態が起こるかと思うとな……」

「なに言ってんだよ。お前の覚悟、たしかに伝わったぜ」


 片手を差し出されたことに気付き、イサーシュは力を込めてそれをにぎる。

 相手も同じ力で返すと、イサーシュはコシンジュの手を借りて立ち上がった。

 目線を少し下げたところにコシンジュの顔がある。


 こうしてみると、自分とコシンジュのあいだには多少の身長差がある。

 自分は背が高い方なので当然なのだが、これだけの体格差をものともしない彼の力には正直おどろいた。


「で、終わったの?」


 2人はロヒインがそばに近寄ってきていることに気づいた。

 振り向くと、ロヒインはいきなりコシンジュにビンタを、そしてイサーシュにはなぜか拳をほおに見舞った。


「……いでぇっ! なぜだっ!? なぜ俺だけグーパンチっ?」

「次にこんなふざけたマネをしたら2人ともこれだけじゃすまないからね!」


 きちんと前を向くと、ロヒインはもう決壊(けっかい)寸前と言わんばかりの顔をしている。

 コシンジュがおもむろに肩に手をかけた。


「もう大丈夫だ。ロヒイン、心配かけてすまなかったな。

 イサーシュのおかげでオレはもう大丈夫だ」


 すると、もう涙を流し始めたロヒインはいきなりコシンジュに抱きついた。

 最初はあわてたコシンジュだったが、今回ばかりはと抵抗をあきらめて背中をポンポンと叩いた。


 置き去りにされたような気になったイサーシュは、川べりに目を向けて砂地のあいだに突き刺さった剣に気付き、ゆっくりと近寄って自らの剣を引き抜いた。

 水にぬれた美しい刀身がわずかにきらめく。それをまじまじと見つめながら口を開いた。


「やはり俺にはこっちのほうが似合う。

 コシンジュ、俺はあくまでも剣士としての道を貫くぞ。

 そんなゴテゴテの棍棒なんぞ、ホントはちっともほしくなんかない」

「ふざけんな。こっちの方が高級品なんだぞ」


 コシンジュはあざやかな銀細工に彩られた棍棒を突きつけた。

 それを見たイサーシュは笑う。


「いいか、絶対に手放すなよ。もちろん死ぬのなんかナシだからな。

 そいつを握れるのは世界でたった1人だけ、コシンジュ、お前だけだ」

「イサーシュ……」


 感極まったと言わんばかりのコシンジュの声に、イサーシュは笑って返した。


「ロヒインを連れてけよ。いつまでもそのまんまにしておけんだろう。

 オレはもう少しあとでいく。ちょっと考えたいことがある」

「人を無理やり巻き込んどいてよく言うぜ」


 あきれ顔のコシンジュを「いいから」と言って無理やり行かせた。

 まだ泣いているロヒインの肩をしっかりと抱くコシンジュの後姿を見送り、逆にイサーシュは先ほどまで彼が座っていた岩に腰かけた。





 そして川に向かってではなく、なぜか絶壁のほうに正面を向いた。

 何かを考え事をするというのではなく、憎しみすらこもった険しい目つきをさせながら。


「……いつから私を監視していたんです?」


 するとおどろいたことに、誰もいないはずの断崖の中から、ぼんやりと人影のようなものが現れた。

 白髪の混じった長髪の、初老の男性。


「お久しぶりです、『父上』。

 最後にお会いして以来いったいどれだけの時間がたったのでしょう。

 とはいってもこれはただの幻ですか? それとも魔法のたぐいか何か?」

「……イサーシュ。よくもこの私を裏切ったな」


 初老の男性が話しかけてくるのに合わせ、イサーシュは鼻で笑う。


「それを予測して、このようなふざけた魔法を使っているのではないですか。

 なぜ遠く離れているにもかかわらず、こうして目の前にして話ができるのでしょう」

「私は万が一の事態に備え、お前に一種の呪いをかけた。

 もしおまえが一族の栄光をあきらめようとした時、すぐにいさめることができるようにな」


 イサーシュは切っ先を地面につけた剣に両手を置き、そこにあごを乗せて相手をにらんだ。


「父上。

 コシンジュもそうですが、先代の勇者の末裔(まつえい)にしてれっきとしたランドンの貴族である彼の家の者は、誰もそれを鼻にかけていません。

 ミンスターでは一介の平民出身であるノイベッド評議員が、王の絶大な信任を得ています。そのうえ王の推薦(すいせん)を受けてベロンの国主にまでのぼりつめました。

 ベロンの元王女ヴィーシャは、今は普通の市民権を得ることで、かえって自分の生き方を見つけました」

「それだけか。それだけで、貴様は我ら貴族の栄光を軽々とあきらめるというのか」

「貴族の栄光? 我々ももともとはランドンの前の王国において貴族にしいたげられてきた平民の出身ではないですか。

 それを転覆(てんぷく)してのし上がり、さんざん苦い経験を味わったにもかかわらず国の富をむさぼり、4世王の怒りを買ってしまったこと、よく覚えておいででしょう。

 そんなんでよく貴族を名乗るだなんて、笑える話だ」

「我々は権力者だっ! 国の富を自分の好きなように使って、何が悪いっ!」


 案の定父は烈火のように怒りだした。テントのほうまで聞こえてなければいいが。

 幻の父はたかだかと拳を突き上げ、悠然(ゆうぜん)っぽく見せつける。

 だがあまりにも古めかしい考えにイサーシュは心底あきれた。


「国の富は国民のために公平に再分配する。それが権力者の義務だ。

 それをただ自分のために好き勝手にするなんぞ、貴族ではない。ただの因業(いんごう)なブタだ」


 父は天高く掲げた腕をそのままイサーシュに向けて人差し指を立てた。


「貴様には貴族としてのプライドはないのかっ!

 まるで民主主義の毒に犯されたと言わんばかりではないかっ!」


 イサーシュは片手を剣から話し、手を上にあげて首をすくめる。


「俺が貴族にあこがれていたのは、その教養とたしなみから来る上品さからだ。

 それを身につけるためには生まれながらの教育が必要だと思っていた。

 だが実際は違う。幼き頃からそんなものを覚え込まされなくても、生まれ持ったセンスだけで気品を(ただよ)わせることができる人間が、この世には確かに存在する。俺はそれを知ってしまった」


 言い終わったとたん、父は目を大きく見開いて後ずさりしはじめた。


「まさか、まさかお前は、このまま民主主義の存在ですら認めてしまうというのかっ!?

 あのような無知蒙昧(もうまい)な、下賤(げせん)(おろ)かものどもを権力の中枢に押し上げてしまうような、ふざけきった思想を認めてしまうとでも言うのかっっ!?」


 イサーシュはもう一度剣の柄に両手とアゴをつけ、まじまじと相手を見据(みす)える。


「父上、もう時代は変わったのだ。これからは血統がものを言う時代ではない。

 もっとも我が家にそれを(ほこ)るほどの伝統があるかどうかはわからないが」

「き、貴様っ! 自分の父に向かって、なんということをっっ!」


 相手の言葉を無視するかのように、イサーシュは立ち上がって己の剣を突きつける。


「これからは実力でのし上がる時代だ。

 俺は家柄ではなく、こいつでおのれの身を立てる。あなたに邪魔はさせない」


 クルリと身体の向きを変え、イサーシュはその場を歩きだした。背中の方から必死な声が聞こえる。


「待てっ! 父親の話を聞けっ! お前は間違っているっっ!」

「追いかけるか?

 勇者とその仲間たちに延々と説教されるのは、あなたにとっても好まないはずだ。

 言い返すこともできまい。間違っているのはあなたのほうなのだから」


 呼びかける声はすぐに消えてなくなった。

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