第2話 4人目の仲間、なんだけど~その2~
一方の人間界。勇者はだだっ広い草原の道をまっすぐ突き進んでいた。
「……うん。ヒマっっ!」
小さな角がついた帽子をかぶる勇者コシンジュがつぶやいた。
となりにいるロヒインが思わず切り返す。
「いきなりなに言ってるんだよ」
コシンジュは不満たらたらに言い始める。
「よくRPGとかでさあ、最初のあたり絶対徒歩じゃん。
あれってよく考えたらめんどくさくね? だって徒歩だよ? 歩きだよ?
チョー時間かかんじゃん。歩いてるうちにしゃべることなくならね?」
「なに言ってんの?
未来の世界じゃあるまいし、旅は徒歩に決まってんじゃん」
「馬に乗るっていう手もあるじゃんかっ!
村にも馬いただろっ!? 乗ってけば次の目的地超はやくねっ!?」
「なに言ってんだよ。馬に乗って旅してたら、足腰の運動にならないよ。
とくにわたしのような魔導師はフットワークだけが頼りなんだから、今のうちに鍛えておかないと」
「あ~、どっかのドラクエみたいに馬車で旅できたらな~、チョー楽なのにな~」
「またむちゃくちゃなこと言って。
それこそ何のトレーニングにもならないし、だいいち危ないよ。
魔物が来たら逃げられないよ? 馬とか車とか荷物とかが被害受けたら取り返しつかないよ?」
するとロヒインとは反対側にいたほうの仲間が割りいってきた。
「……お前らさっきから何わけのわからないこと言ってる。
なんでお前ら2人は俺に理解できないような専門用語を織り交ぜて話を難しくしてるんだ」
「変な専門用語のことは抜きにして、イサーシュは徒歩での移動をどう考えていますか?」
「目的地にもよる。
ロヒイン、このあいだは話が途中で終わってしまったが、俺たちはいったいどこに向かっているんだ?」
「うはぁっっ! たしかにそうだっ!
オレ何の話も聞いてなくていきなり旅に出てんじゃん! よく考えたら気色わるっっ!」
「まあまあコシンジュ落ち着いて。
そうでしたね、きちんと旅の段取りを話してから目的地に向かうべきでしたね。これはすみませんでした」
するとロヒインはおもむろに道の前方を指差す。
「我々はこれから、『カンタの町』を目指します」
「え? カンタって、あのどっちかって言うと規模があまり大きくない町?」
不審げな顔を向けるコシンジュにロヒインははっきりとうなずく。
「俺はてっきり、このまま王国の都に向かうものだと思っていたが」
「イサーシュ。いいですか?
我々3人は今でも強力なパーティですが、長く危険な旅を続けるためにはどうしても不可欠なものがあります。それはなんでしょう?」
「ええと、食料に、着替えに、身だしなみ用品に、野宿に備えてテントか。
うん、大丈夫、全部持ってる」
「コシンジュ、合ってる。合ってるけどそれ危険じゃない旅でも必需品だから関係ないよ!
キミ今軽く忘れものチェックしただけだからっ!」
するとコシンジュの横でイサーシュがあごに手を触れてしたり顔をする。
「なるほど、わかったぞ。お前の考えが……」
「なんだよイサーシュ。もったいぶらないで答えろよ」
「そんなこともわからないバカに答える義務はない」
「うおおっ! なんだとぉっ!」
イサーシュは整った前髪を優雅にかきあげる。
普段は真面目キャラなのにこう言う時だけ妙にカッコつける。腹立つ!
「こらこらイサーシュ。わたしの口から答えるよ。
ズバリ、あの町には何があったか覚えてる?」
コシンジュは自分の口に人差し指を当てて考える。
「え、カンタといえば、一番有名なのは王国の都にあるのよりでっかい寺院……
うはぁっっ! そうだその通りだよ! オレってホントにバカだった!」
「そう。目的はズバリ4人目の仲間、
『僧侶』なのですっっ!」
それを聞いてイサーシュはうんうんと何度もうなずいた。
「確かに今のパーティのままでは心もとない。
もしケガを負った時のために、回復係が必要だ」
「どっかのRPGと違って薬草使ってもすぐにHP増えないしね!」
「コシンジュお前はだから変な専門用語使うなって言ってんだろわけがわからなくなる!」
そんなことをうだうだ言っていると、ちょうど昼時になった。
道ばたに大きな木が生えていたのでこかげで休憩をとることにする。
「ところでさあ、寺院に行くだろ?
僧侶の連中ってそこで立派な定職についてんのに、オレらがスカウトしてホイホイとついてくかなあ」
コシンジュはパンとソーセージを交互にほおばりながら2人に問いかける。
「問題ないよコシンジュ。なぜなら相手は勇者だからね。
神々の武器をたずさえている者についていくとなれば、むしろ行列ができてオーディションになるんじゃないかな。
わたしたちはどっちかというとその中から誰を選ぶかで悩むことになりそうだよ」
「しかし、どのような人物を選ぶかは、たしかに悩みどころのタネだな。
僧侶としてのスキルはもちろん、自分の身は自分で守れるだけの戦闘力は必要だ。
ロヒインのように呪文を唱えている以外は何もしないというのも困る」
「ハイハイすみませんねどっちかっていうと運動苦手で!」
「あの~」
そこでコシンジュが恐縮ぎみに手を上げ出した。
「なんだ、どうした」
「ひょっとして、スカウトするのって、『男』前提で話してません?」
「その通りだが、何の問題があるんだ?」
「問題ありだよっ! なんだよこれっ!
初期メンバーが3人そろって男ってどういうことだよ!
さみしいよ! わびしいよ! せめて次の仲間は女の子にしようよ!」
イサーシュは言われるなり額を手で押さえてかぶりを振る。その動作がいちいちキザい。
「おいおい、現実を考えろよ。
どう考えても旅の仲間は男のほうが戦力的には安全だろうが。何考えてるんだお前は。
そんなんだからいつまでたっても一人前になれないんだぞ」
「いいんだよオレは!
超現実的な男だらけのむさくるしいパーティになるくらいだったらまったく使えないハーレムパーティになったほうがいい!」
「それに仲間になるのが女になるとして、そいつがお前好みになるとは限らないだろうが」
「ああ! 出来ればかわいい女の子が欲しい!
オレ好みの超カワイイ女の子だったら即ヒロイン決定!
ロヒインのアホが無理やり変身して作り出したバッタもんのヒロインなんか即座に降りてもらって……」
そう言って振り返ると、そこにはこかげでもまぶしい超絶かわいい女の子が座っていたのだった。
ロヒインは男のツボをしっかり把握しているらしく、小首をかしげるしぐさをする。
「あら、かわいい女の子が必要?
だったらここにいるじゃない♡」
「しまった! うっかり話に夢中になりすぎて反対側の警戒を忘れてた!
ていうかお前いつの間に呪文詠唱してんだよ! MPの浪費だからそういうのはやめとけ!」
「これで決定だな。
魔術師なら男だろうが女だろうが関係ない。さみしくなった時にはこいつに頼め」
イサーシュもさすがに呆れて向こう側を向いた。
「そんなぁぁ、イサーシュぅぅぅぅっっ! それだけは勘弁してくれってぇぇぇっ!」
「またぁ、そんなこといってぇ! カワイイからってテレてんでしょぉ?」
そう言ってロヒインはコシンジュに抱きついてきた。
柔らかい感触といいにおいがするが、それは全部ニセモノなのである。
「やめろぉぉぉっっ! ちきしょぉぉぉっっ!
オレは絶対かわいい女の子を見つけてぜってぇ仲間にしてやるからなぁぁぁぁぁっっっ!」
昼食を終えてもうしばらく歩く。
日がだいぶかたむいて、ようやく最初の目的地がうっすらと見えてきた。
イサーシュが感慨深げにつぶやく。
「お、やった。ようやくカンタの町が見えてきたぞ」
「ふぅ。さすがに疲れましたね。ここまで歩くのもずいぶん久しぶりです」
そう言ってロヒインが目をこらすと、待ちの中央から少し外れた場所に、ひときわ大きなドーム状の建物がある。
そこがお目当ての「カンタ大修道院」である。
「おい、ロヒイン」
いまだに機嫌が直らないコシンジュが彼(女)のほうを見ずに告げる。
「なんなのよコシンジュ」
「お前、今日の変身魔法どんなの使った?」
「簡易魔法じゃない正規の呪文詠唱です」
「ふざけんなよっ!
ずっと歩き続けてまだ治らないと思ったら、ちゃっかり正規の呪文唱えやがって!
これじゃカンタの街についてもずっとその姿のまんまだぞ!」
「いいじゃない別に。どうせ街に着くころにはどっぷり日が暮れてるわよ。
仲間探しは明日にして今日はあの町にある宿で泊まりましょ?」
「なんでだろう。
言ってることはあってるのになぜか不安で仕方ない……」
そう言いつつも、3人は町に向かって真っすぐ歩き続けた。
町に到着。すっかり夜になっていたが、町はまだいくらか明かりが止まっており、道を行く人も結構多い。
「まだこの時間帯になってもみんな家に帰らないんだな。結構にぎわってる。
おいおいこんな時間でもまだ露店で商売してる奴がいるよ」
「火を灯すための油はけっこう高いからね。
日暮れにはすぐに家に帰るなんて習慣、勇者の村に来てから初めて知りましたよ」
2人が興味しんしんで町の往来を眺めていると、イサーシュが声をかける。
「コシンジュ、お前王国の都には何度も行ったことがあるって言ったじゃないか。
なんでそんなことも知らないんだ?」
「あの街はなんでかみんなうちの村より寝静まるの早いからなぁ」
「ドケチばっかですからねっ!」
なぜかロヒインが口をすっぱくして言う。コシンジュは首をかしげる。
「どうしたんだよ。あの街でなんかあったのか?」
「あ、いや、一時期あそこに住んでたことがあって。クッソ面白くないとこばっかですよねあそこ!」
「う~ん、オレらが泊まったところって、城の中だからなぁ。
外のことはわかんねえなぁ」
「ええっ!? コシンジュあの城に泊まったことあるのっっ!?」
イサーシュが不思議なものを見る目つきで答える。
「チチガム先生のつきそいだからな。
なんだお前、シイロ先生だってあの街くらい寄ったことあるだろう」
「ああ。先生、あそこの宮廷魔導師と仲が悪くて……」
「なにげにこだわりありそうだもんな、魔術師って。
ロヒインも苦手な奴いるんじゃないか?」
コシンジュの問いにかかわらず、ロヒインは斜め上をむいて妄想し始める。
「ああ、王城かぁ。一度泊まってみたいなぁ。
ていうか次の行き先は城だから絶対に泊まろっと!」
「ダメだこいつ話聞いてねえや。
ていうかなにげに次の目的地暴露してやがるし」
手頃な宿を見つけて中に入ったのだが、いつの間にか勇者の話を聞いていたらしく、タダで泊めてくれるそうだ。
いい歳こいた宿の主の腰が妙に低い。
「これはこれは勇者御一行様!
どうぞ最高級のお部屋をご案内しますのでこちらへ!」
「あっ! ちきしょう勇者様はうちの宿が案内するんだっ! こっちによこせっ!」
「なんだとてめっ! 勝手にうちの敷居またぎやがって!」
「うるせぇ! お前の宿はいまいち手入れが行き届いてねえだろうが!」
「そう言うお前んとこはサービスが悪いってもっぱらのウワサになってんだろが!」
「……ああ、これはほっといて下さい。
いつものことですから。さあ、みなさんこちらにどうぞ」
似たり寄ったりのおっさん同士が見るもえげつないケンカをおっぱじめる。
3人はそれをよそに宿のおかみに案内されて中へと入った。
夜が更けて、ようやくコシンジュはベットにもぐりこんだ。
一般的には相部屋だが、事情を知らないおかみはロヒインだけを別の部屋にしようとする。
3人そろって断ったが、それでもおかみは首をかしげた。
「はあ、これから先が思いやられる……」
これから先どれくらいロヒインの女装ネタにつきあわなければならないのか。
しかも旅先、まわりは知らない人ばかり。巻き込まれる人たちはさぞや大混乱に陥るに違いない。
それを自分はいちいち訂正してまわらなければならないのだ。
ていうかロヒインよく知らない土地で変身できるな。無神経なのかハートが強いのか。
そんなことを考えながら寝がえりを打っていた時だった。
なぜか自分の後ろで何かがゴソゴソと動いている。
半分眠りかけていたコシンジュはウトウトしながら後ろを確認した。
そこから何やらモンモンとさせられる香りがただよっている。
そして完全に振り向くと、闇夜の中でもはっきりと美しい少女の姿が目に飛び込んだ。
「ん……なんだロヒインか……って何してんだよお前!」
コシンジュは周りに響かないような叫んだ。
「ん? さみしいと思って……」
「さみしくない! よしんばさみしかったとしてもお前はお呼びじゃない! 出てけオカマ!
てかお前、まさかハダカ!?」
たしかに、ロヒインの布団からはみ出した部分はなにも身につけてはいなかった。
ゆるやかなラインがとてもなまめかしいが、しょせんはニセモノである。
「んふふ♡」
そう言ってロヒインはゆっくりとコシンジュに抱きつく。
柔らかい感触が薄布にむっちりと押し付けられる。
心臓がバクバクしている。なんせコシンジュはまだ14歳。思春期まっただ中もいいところである。普段ロヒインには言っていないが、魔が差してこの超可愛い姿をオカズにしてしまったことも1度や2度ではない。
しかしだまされてはいけない。
「おい、おいやめろロヒイン。
お前には変な疑いがかかっているんだ。変な誤解が解ける前にイタズラをやめろ!」
「ねえ、コシンジュ……」
「な、だからなんだよ……」
「わたしと、い・い・こ・と、しない?」
「とうとう白状しやがったなこの野郎!
オレの中でお前はついに同性愛者だと決定づけられた!」
「や~ん♡ そうじゃなくても、『あんなこと』試しちゃえばいろいろ好奇心がわいてくるものよ♡」
「あ、あんなことって?」
「そんなことはいいから、わたしといろんなこと、試してみない?」
そう言ってロヒインは息を吹きかけてきた。
正直、いい吐息がする。
ダメだコシンジュ! 勢い余って自分の純潔をよりによって「男」に捧げてしまってはならない!
「おい、どうしたんだ2人とも……」
すると突然、イサーシュが立ち上がっておもむろにランプに火をつけた。
そしてこちらを向いてそのまま固まる。
「あら、バレちゃった……」
「お、お前ら……いつの間に……」
「ち、違うんだイサーシュ……これはコイツのいたずらなんだ。そうじゃなかったら今頃は別の部屋に連れてかれてるに決まってる。
お前はいったい何をカン違いしているんだ……」
するとイサーシュはくるりと後ろを見てドアのほうに向かおうとする。
「ど、どこに行くつもりなんだ」
「別の部屋をとってくる……」
「おい、やめろっ! やめるんだまだ旅は始まったばかり……」
……行ってしまった。
その時、真横でボンッと何かがははじけ、そこにいつものマヌケヅラの男が現れた。しかも裸で抱きついた状態で。
「……寄るな気持わりぃっっ!」
コシンジュはそいつを思い切り蹴りつけた。