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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第16話 メウノの願い~その4~

――すまないなコシンジュ君、助けるのが遅れてしまった。


 君を助けるかどうか一度みんなで話しあわなければならなかったうえ、もめにもめてしまってね。

 だけどようやく4人全員の賛同を得た。

 やっぱり君には、これからもずっと旅を続けてもらわなければならないからね。


 だけどいずれ、君にはこの旅の重要さがわかって来ると思う。その使命の重さとは別の意味で、だ。

 そのことに大いに苦しむことになるだろうが、これだけは覚えておいてほしい。


 君が勇者に選ばれたのには、とても、とても重要な意味がある。

 そのことを、深く胸に刻んでおくように……





 頭の中の聞き覚えのある声が言い終えたあと、コシンジュは目を覚ました。

 うっすらとしか見えない状況のなか、コシンジュはおもむろに顔をあげる。


 そこにはいまにも泣きそうな笑みを浮かべた、イサーシュとムッツェリの姿があった。

 ムッツェリのそばにはメウノが力ない表情で瞳を閉じている。


「メウノは……どうしたんだ?」


 コシンジュの声に、ムッツェリはあわてて首筋に指を当てる。

 その表情が安堵(あんど)につつまれる。


「大丈夫、脈はまだある。

 君の治療に力を使い果たしたが、疲れて眠ってしまっただけのようだ」

「ここは……どこだ?」


 コシンジュが前方を見ると、これまたこちらをまっすぐ見つめるマドラゴーラの先で、ロヒインだけが白い光につつまれこちらに背を向けている。


「……急げっ! ロヒインが危ないっ!」


 イサーシュの叫びに我に返ったコシンジュは、自分の手に使い慣れた棍棒があてがわれていることに気づいた。

 力強く握り、立ち上がってロヒインのそばに向かう。


「……大丈夫か?」


 うつむくその姿にそっと手をかけると、ロヒインはこちらを見て力なく笑みを浮かべた。


「……よかった。元気になったんだね。

 こっちはもうギリギリ限界」

「もう大丈夫だロヒイン、あとはオレに任せろ」


 そして前いっぱいに広がる魔法陣に棍棒を押し当てる。

 とたんに前方が真っ白になり、持った腕に強い圧力がかかる。

 だが押しきれないほどではない。


「……ぬああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 コシンジュは声を張り上げ、思い切り前方に進んだ。

 おそいかかる白い光は、しかしすぐに棍棒から放たれる強い光に押し負け、逆に前方に向かって跳ね返された。


「「「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」」」


 女性らしき叫びが重なり合って聞こえる。

 とたんに視界が開け、洞窟らしき場所が前方の強い光に照らされる。


 コシンジュは急いで入口まで走り抜けると、むき出しになった黒い地面の上で3匹の巨大なハチが倒れていた。

 その顔が一斉にこちらを向く。

 目のあたりは複眼だが、口元は人の女性に似ていた。

 半透明の羽根をバタつかせ、浮かび上がるとすぐに上空へと舞いあがった。


「こうなっては仕方ないっ!

 貴様を取り囲みながら残された力で精いっぱい苦しめるだけだっ!」


 コシンジュの後方でパリパリと音が聞こえる。

 振り返りざまに棍棒を振り上げると、氷のかたまりが一瞬の光に照らされながらはじけた。


 別の方向から立て続けに何かが飛んでくる音がする。それを素早い動きで叩きつけていく。

 飛び回りながら飛ばしてきているためか精度は低いが、当たれば無事では済まないのは言うまでもない。


 だからいちいち対応しなければならない。

 次から次へとやってくる攻撃に、戦い慣れしているとはいえ防御するのが精いっぱいの状態だ。とても反撃する余地はない。


「「コシンジュッ!」」


 2つの声が聞こえた。振り返ることはできないがイサーシュとムッツェリの声だとわかる。

 2人はコシンジュのそばに張り付き、イサーシュがともにハチどもの氷をたたき割る。


「わたしが奴らを狙う! 2人は援護(えんご)をっ!」


 ムッツェリが弓を引き絞る音が聞こえる。イサーシュがすぐに反論した。


「敵は止まっていない! あの速さで狙えるのかっ!?」

「わたしを誰だと思っているっ!」


 少し間があって、弓からビィン、という音がひびいた。

 とたんに「ムギィッッッ!」という短い叫びが聞こえた。恐ろしい腕前で見事動く標的を射抜いたらしい。


 とたんに前方にいたハチの姿が倒れた姉妹を見て止まった。

 コシンジュはそのスキを見逃さず、地面に落ちている石を拾い上げた。

 そして2,3歩進み出て石を放り投げ、すぐに棍棒をたたきつける。


「くーぺぇぇっっ!」


 巨大バチが腹部に強烈な一撃を受け、くの字に折れ曲がって()を描きながら地面に倒れた。


「くろすっっ!」


 後方でも叫びが聞こえる。

 振り返るとイサーシュの剣が頭に突き刺さり、力なく地面に落ちていく敵の姿が見える。


 コシンジュは視線を戻した。

 少し離れた場所で溶け残った雪の上に倒れたハチの姿が見える。

 なんとか身を起こそうとするが、人の口らしき部分から血を吐きだしてヒジをついた。

 コシンジュはゆっくりそちらの方に向かう。


「……クソッ! なぜだっ!

 なぜこう何度も何度も、我々魔族は同じ相手に負け続ける……!」

「いや、そうでもなかったぞ?

 今度という今度ばかりは、オレたちも危なかった。

 神様たちが助けてくれなかったら、多分もうダメだったと思う」


 すると相手はふるえながらこちらを向いて、ニィッと笑みを浮かべる。


「くっ、神々が干渉(かんしょう)したか。

 ならば最初から自分たちが直接こちらに攻めて来いという話だ」


 コシンジュは巨大バチの目の前で立ち止まり、首を横に振った。


「ダメだ。これはオレたち人間の問題だ。

 お前ら魔物の侵略は、あくまで自分たちで解決しなきゃ。

 神様はちょっとだけ手伝ってくれるだけでいい」


 するとハチは一瞬顔を伏せた。ふるえが先ほどとは別のものになる。


「フフフフフ、勇者よ。

 わかっているのか、それは奴らが、自分たちの仕事をお前に任せているだけにすぎない」


 コシンジュは棍棒の先をまっすぐ相手に向けた。


「ご心配なく。そのことは重々承知(じゅうじゅうしょうち)してますよ。

 言われなくても自分が神様の代わりをしてることはわかってる」


 するとハチはゆっくり首を振りながらいやらしい笑みを浮かべた。


「わかってないな……お前は本当にわかっていない……」

「どういうことだよ?」

「お前の役目は人間を守ることだ。

 だがおめでたいことに、お前と言う奴はあらゆる人間を守りたがる。

 たとえベロンの国王や山賊風情(さんぞくふぜい)でも、人間とあればどんな悪人であっても身をていしてでも守ろうとする……」


 口以外は表情がないが、相手はこちらをまっすぐ見つめているように見える。


「だがこちらはどうだ? 逆にお前は、


“相手が魔物とくれば一切の容赦(ようしゃ)というものを知らない”ではないか……」


 とたんに体中に鳥肌(とりはだ)が走った。

 一瞬で相手が何者なのかということを知った。知ってしまった……


「こんな我々でも、心というものはあるのだぞ? 勇者くん。

 痛みを感じれば苦しみも感じる。ちょうど今のワタシのようにな……」


 そのことで自分の深手を思い出したらしく、苦痛に口をゆがめる。

 それでも相手はしゃべるのをやめようとしない。


「本当にわかっているのか?

 お前が勇者であり続けるということは、まさしくこのことを言うのだぞ?

 相手は人間と同じように物事を考え、苦痛を感じる。

 そのことを今まできちんと考えたことがあったのか?

 いや、ないだろうな。なによりも人間が大事なお前は、そんなことを少しも考えることもなく、その棍棒で数々の同志を殺してきた。

 そう、殺してきたのだっっ!」


 コシンジュは2,3歩後ずさりした。

 そのおびえた表情が左右に振られる。

 それでもイサーシュとムッツェリがそばまで近寄ってきているのにまるで気付かなかった。


「よそ見をするなっ!

 さあ、この姿をよく見るがいいっ!

 そして思い返せっ! お前が今までさんざん傷つけ、命を奪ってきた者どものことをっ!」


 とたんに頭の中がいっぱいになる。

 見るもおぞましい姿をしていながら、しかし確かに心と感情を持っていた者たちの姿が。


「ようやく理解したかっ!

 お前は今までも、そしてたった今ワタシの命を奪うことになったっ!

 そして旅を続けようなら、これからも数多くの命を奪わねばならんっ!」


 コシンジュはとなりの2人に声をかけられていることはわかっていたが、今は目の前の化け物の声にしか耳をかたむけられない。


「貴様はそれに耐え続けられるかっ!?

 ククク、それをこの目でおがむことができないのが心残り……

 グアハッッ!」


 ムッツェリが近寄り、その頭を思い切り踏みつけていた。


「勇者よ……そのこと、よく、覚えておくがいい……」


 それだけ言って、相手が全く動かなくなった。

 それでもムッツェリは一度足を持ち上げ、そしてもう一度ハチの頭を踏みつけた。


「このクソッタレめっ!

 くやしまぎれにとんでもない置き土産(みやげ)を残していきやがったっっ!」


 ムッツェリのその言葉で、コシンジュの身体から力が抜けた。

 尻もちをつき、おもむろにその手に握られた武器に目を向ける。


 おびえた目で見つめる。

 神聖な棍棒に敵の返り血がつくことはないが、それでも敵の(うら)みがこびりついているような気がした。





 一方、光かがやく神殿のほうでは。4人の神が金色に光る泉を囲んでいた。


「勇者はなんとか敵を退(しりぞ)けたな。今度ばかりは危ない所であった」


 ハゲていない長髪が、目を閉じて腕を組む。

 そこへ反対側にいる短めのフサフサが、意味ありげな表情で問いかける。


「しかし『クイブス』、これで本当に良かったのか?

 これは我々の新たな地上への干渉だ」


 クイブスと呼ばれた神は顔をあげて相手を見据(みす)える。


「『アミス』、ではお前はあの者が命を落としてもよいと考えるのか?」

「それは……」

「相手が勇者なら問題ないでしょ。

 だからいったでしょ、彼なら絶対やってくれるって」


 頭頂部がハゲあがった神、ヴィクトルだ。彼は自慢(じまん)げに泉を見つめる。

 とたんに3人の神の視線がそちらに向かう。

「ヴィクトル、あの者を勇者に選んだのはお前だ。

 我らはお前の慧眼(けいがん)を信じる」


 アミスと呼ばれた神はそう言うが、正面に座る大きくハゲあがった神がけわしい顔で泉に目を向ける。


「だがなんだこのザマは、今さら自分がしでかしたことの意味に気づきおって。

 ワシにはこんなフヌケがこれからも役目を果たすようには見えん」

「その心配はないよ『フィロス』、彼はこんなことで折れるような子じゃない。

 きっとすぐに立ち直る」


 それを聞いた神々の長フィロスは、ゆっくりと目を閉じて顔をけわしくさせる。


「なぜだ? なぜこの子供にこだわる。

 勇者など、前のように使い捨てでよいではないか……」

「それで失敗したのを覚えてるでしょ。

『あの事実』を知って、先代勇者がどんな行動に出たのかを……」


 ヴィクトルの言葉にクイブスがうなずいた。


「自分の村に逃げ帰り、そのまましばらく動こうとしなかったな。

 おかげで魔族の北大陸への侵攻を招いた」

「でしょ? だからできるだけ替えはきかない方がいいんだよ。

 コシンジュはまだ子供だけど、勇者のなんたるかをしっかりわかってる。

 今はつまずいたけど、最後はきちんと使命を果たしてくれるはずだよ。

 それにもっと重要な意味がある」

「重要な意味? いったいどういうことなのだ」


 アミスが問いかけると、ヴィクトルは意気揚々(いきようよう)とうなずいた。


「コシンジュはほかの者にはない、特別なものを持っている。

 それが今回の戦いに、大きな影響を与えてくれると思う。

 私にはなんとなく、それがわかる」


 ヴィクトルはまっすぐ、前に座るフィロスを見つめた。

 相手はゆっくりと目を開く。


「ヴィクトル、忘れるでない。

 勇者が我々の代理人であることは、単に我々が地上の世界に干渉すべきでないという(おきて)を守るということだけではない」

「どういうこと?」


 ヴィクトルにはそれがなんとなくわかっていたが、気づかないフリをした。


「……我々はこの天界を守らなくてはならん。

 そのために地上の人間たちに、ぜひとも天界を守るための盾となってもらわねばな」


 思っていた通りの言葉に、ヴィクトルは内心失望した。

 地上の人間たちがこれを知れば、どれだけがっかりすることだろう。


……わかっているのか?

 お前のその内向きの心を変えるために、私はあの少年を勇者にしたのだぞ?





 無理やり立たせたコシンジュを引き連れ、イサーシュとムッツェリは洞窟の中に戻った。


「どうだったんですかっ!」


 とたんにマドラゴーラの姿が現れる。ムッツェリは目線を下げた。


「撃退した。

 だが最後の最後で敵はコシンジュの精神的な弱点をついた。おかげでこのザマだ」


 最初は喜んだマドラゴーラも、2人にはさまれ死んだような顔をしているコシンジュを見て、肩の力を落とす。


「そんなことはいい。それよりロヒインとメウノは?」


 イサーシュが問いかけると、マドラゴーラは飛び跳ねたようになる。


「そうですっ! そのことですよ!

 2人とも死んだように動かないっ! 見てやってくださいっ!」


 言われてすぐさま2人はそちらの方に駆け寄る。

 イサーシュはロヒインを、ムッツェリはメウノのほうにひざまずき、その顔色をうかがう。

 イサーシュがこちらに声をかける。


「こっちは大丈夫だ。そっちは?」

「大丈夫。普通に眠ってるよ。しばらくこのままにしておいた方がいい」


 そしてうっすらとしか見えない洞窟(どうくつ)の中を見上げた。


「今日はここに泊まることにしよう。

 予定の場所から離れているので旅が遅れるが、仕方ない」


 振り返ると、入り口のところで突っ立ったままになっている影に目を向けた。


「なにを突っ立っている? お前もさっさとこっちに来い」


 今にも倒れそうと言わんばかりの足取りで、コシンジュはゆっくりとこちらにやってくる。

 そしてメウノのほうに目を向けて、ぼう然と立ち尽くす。


「わかっているのかコシンジュ。

 ロヒインもメウノも、お前のために命まで()けた。

 それがわかっているのならいつまでも気落ちするのはやめろ」


 イサーシュがムッツェリの言葉におどろいて振り返った。

 まるで自分がそんな言葉を使わないような人間だったはずじゃないかと言わんばかりだ。

 いや、かつてはそうだったのか……


「なにをそんな目をしている。

 わたしとていつまでもガンコ者ではいられない。気の利いた言葉をかけないでどうする」


 すると、イサーシュは優しげな笑みを浮かべる。

 やめろそんな顔をするな恥ずかしい。


 ムッツェリはとなりでコシンジュがヒザをついたことに気づいた。

 見ると彼は申し訳なさそうな顔をしている。


「……ありがとう……」


 ムッツェリは顔をしかめ、バカにするような口調で告げる。


「起きてから本人たちにちゃんと言え」


 するとコシンジュはこちらを向いて、これまた申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 ムッツェリは見返し、皮肉を込めた笑顔で返した。





 夜になってロヒインとメウノ2人は身を起こした。

 身体を起こすと、そこには残った3人が必死になってかき集めた()き木がたかれている。


「お、目覚めたか。大変だったんだぞ。

 ムッツェリがいなかったら火を起こせるかどうかもわかんなかった」


 コシンジュは何気ない口ぶりで告げる。

 なにも知らない彼らに心配をかけたくないのだろう。あんなに精神をゆさぶられて、これだけ気丈に振る舞える彼の強さにムッツェリは胸が()め付けられた。


「ありがとうな、2人とも。

 オレがヘマなんてしなかったらこんなに苦労することなんてなかっただろうに」

「なにをいまさら。コシンジュのためなら、ですよねメウノさん」

「もっともですよ。

 わたしたちはコシンジュさんを守るために、どんな苦労をもいといません」

「……すまんっ!」


 ムッツェリが大きな声で頭を下げると、火を囲む全員の顔がこちらを向いた。


「悪いのはわたしだ。

 わたしはこの山を知り尽くしたつもりでいた。

 しかも一番前方を歩いていたのにあんなちゃちなワナを見抜けなかったとは、狩人として一生の不覚だっ!」

「あやまんなくていいよ。誰もお前を責めたりなんかしないって」


 ムッツェリが顔をあげると、その場にいる全員が温かい目でこちらを見つめる。


「……許して、くれるのか?」


 それを聞いたイサーシュがほうけた笑みを浮かべた。


「ムッツェリ。お前は変わった。

 だがもう少し人の気持ちを勉強する必要があるな」

「お前が言うなよ。そっちだっていまだ勉強不足のくせに」

「調子に乗るなコシンジュ。

 自分だけが敵のワナを見破ったと思い上がんなよ」


 なんだとぉ、と言っていつものいさかいが始まる。

 ムッツェリにとっても見慣れた風景となったそれを、この時ばかりはロヒインやメウノとともに笑いあった。


 しかし気付かれないようにムッツェリはかなしげな視線を送った。2人はまだ知らない。

 今はおどけているコシンジュの心の奥底に、戦いに対する迷いが生まれ始めているという事実を。


「さて、わたしは疲れた。そろそろ寝るとするか」


 ムッツェリはたき火に背を向け、広げた毛布にくるまった。

 当然のごとくコシンジュが問いかけてくる。


「おいなんだよ。せっかく楽しくなってきたのに」

「疲れていると言っただろう。さわぐにしても声はひそめろよ」


 半分は事実だったが、内心もう限界だった。

 目頭はもう限界に達している。


 涙を流すのは何年振りだろう。

 父が亡くなったとき、自分はもう泣かないと決めていた。

 それを破ることに、今は一切抵抗がなくなっていた。


 次第に鼻をすするのをやめられなくなる。

 身体は完全にヒクついて、目からはとめどなく涙が流れだす。もう前も見えない。

 仲間たちが見ているような気がしたが、無視した。





「よし、それじゃ行くとしますか!」


 コシンジュのかけ声とともに、仲間たちは洞窟を出た。

 時間はいつも通り。日はまだ山々の中に隠れている。


 歩いているうちに、先頭のムッツェリが突然声をかけてきた。


「お前ら調子に乗んなよ。

 いつの間にか最大の難所は越えたが、ここからは険しい山道が延々と続く。

 本当の試練はここからだからな」


 ムッツェリが前方を指差すと、目の前にはいまだ途切れることのない切り立った峰々(みねみね)が重なり合っている。


「うわ、こんなに歩いてまだ先が見えねえ……」


 コシンジュは思わず絶望的な声をあげた。対するムッツェリは平然としている。


「当然だ。起伏のある山々を歩いて渡っているのだ。時間がかかって当然だろう。まだまだ先は長いぞ」

「カンパティアの森を通ってる時もそうだったけど、本当に道のりは長いな」


 思い返してげんなりするコシンジュに、ロヒインがいたずら気にささやく。


「じゃあコシンジュ、もし何かの間違いであっという間に最終目的地にたどり着ける方法が見つかったら、コシンジュそれ使っちゃう?」

「断るっっっ!」


 即決だった。それを聞いた仲間たちが声を立てて笑う。

 メウノが言った。


「じゃあ、もっと旅を楽しみましょうよ。

 私たちの旅はこれからもまだまだ続く。それをじっくり楽しんで、来るべき日がやってくるのを待ちましょう」

「それもそうだな」


 そう言ってコシンジュはムッツェリを差し置いて先に前のほうを歩いてしまう。


「よっしゃぁ行くぜぇっ! これだから旅ってんのはやめられねぇっっ!」


 ちょっと待ってよぉ、とロヒインがあとを追いかけるのに対し、ムッツェリは静かに彼らの後姿を見送る。

 それをながめていたイサーシュが声をかける。その顔立ちは優しい。


「どうした、はやく行くぞ」


 ムッツェリは軽く視線を送り、あとを追いかけるように彼らの後に続く。

 彼女の心の中に、ある1つの思いが芽生えていた。


 このまま、彼らと一緒に旅を続けられたら、どんなに楽しいだろう。

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