第16話 メウノの願い~その3~
ムッツェリはいったい何が起こったのか理解できなかった。
やっとのことで顔をあげると、斜面の上のほうで何か吹き抜けるような音が聞こえる。
すぐさま振り返った。
そこには、明らかにこの世のものではない巨大な鳥の姿をした生物が、真下に向かって白い息をすさまじい勢いで吹きかけている。
下を見る。後ろに続くイサーシュのさらに向こう側で、人の姿をした白い物体が地面にうずくまっていた。
そこにいたのはたしか……
「コシンジュッ!」
すぐさま駆けつけようとすると、巨大な鳥がすぐにこちらを向いた。
人間ではないにもかかわらず、その顔立ちは不敵にも見える。
「かかったな小童どもめっっ! これで勇者もおしまいよっ!」
うかつだった。たしかに上の方に妙に盛り上がった部分があったのは気になっていたが、特段異常もないと思ってスルーしていた。
それほど奴は巧妙に隠れていたのだ。
「バケモノめっっ!」
すぐさまムッツェリは素早く弓矢を取り出し、青と緑に彩られた巨大鳥に向かって放つ。
しかし相手はこちらに振り向くと、ツバを吐きかけるように氷を吹きかけて矢をはじいてしまった。
巨大鳥は羽根をはばたかせると、高く舞い上がって大声で何かを叫んだ。
「ここまでやればもう恐れることはない! 『ワーキューレズ』ッ!
すみやかに残りの連中を片づけろっ!」
「「「ははっ!」」」
女性のようなかけ声が重なる。
声のしたほうに目を向けると、向かいの岩場の上から3つの影がこちらに飛んできた。
太陽を背にしているため、その姿はよく確認できない。
弓矢を構えたが、相手をよく狙うことができず、ムッツェリは顔をしかめた。
「あぶないっっ!」
とたんに真後ろからイサーシュに肩を押され、バランスをくずしたムッツェリはイサーシュとともに斜面を滑り落ちる。
気のせいかもといた場所で何かはじけるような音が聞こえた。
「くっっ!」
ムッツェリは急いでロープにつながれたストックを回収し、つるはしの部分を思いきり氷に叩きつけた。
深々と突き刺さった者のそれでも滑る勢いは止まらず、ガリガリと深くえぐりながらつるはしは氷を削っていく。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
渾身の力を込めて、両手でストックを押し付けようやく滑り落ちる感触が止まった。
息を切らしながらも上を見上げると、周囲を何かが旋回していることに気づいた。
アシナガバチ。見たことのある造形だったが、明らかに昆虫にしては大きすぎる。
6つのうち下の2つの足はさらに太く、完全に人の手をしている前足には細い形の整った杖を持っている。
3体の巨大バチのうち1体が、ふたたび太陽を背にして急に止まった。
おそらく攻撃を仕掛けるのだろうが、その姿を確認することはできない。
すると突然目の前にイサーシュの後姿が現れ、腰に下げた剣を前に向かって振りかぶった。
前方で何かがはじける音がする。
「気をつけろっ! 奴ら持っている杖から氷のかたまりを投げつけてくるぞっ!
前方は俺に任せてお前は周囲を警戒しろっ!」
イサーシュのいうとおり上空を見回すと、巨大バチの1体が大きく杖を振りかぶり、その先から言われたとおりの氷のかたまりを投げつけてきた。
ムッツェリは落ち着いて腰からククリナイフを取り出すと、真横にふるって氷のかたまりをたたき割った。
硬い感触に腕はしびれるが支障はない。
「ムッツェリ、お前の弓ははるか上の方だ!
ゆっくり登って回収するぞっ!」
ムッツェリはストックを引き抜き腰にぶら下げると、イサーシュを背にして白い斜面を登り始める。
ツルツルとすべるうえひっきりなしに氷のかたまりを防がなければならないため歩きにくいことこの上ない。
それでも2人は敵の猛攻を防ぎつつ、少しずつではあるが上の方へと戻っていく。
しかしムッツェリは途中で敵が1匹姿を消していることに気づいた。
一瞬だけ振り返ると、1匹はムッツェリが落とした弓のほうまで向かっていることに気づいた。
「俺の弓を使えっ!」
イサーシュが機転を利かせて弓を氷の上に落とす。
滑りかけていたがなんなくそれを回収し、もう一方の手でリュックの方の前に立てかけていた矢に手を伸ばす。
途中で落としてしまったらしく1本しか残っていなかったが、問題ない。
「イサーシュッ! 援護をっ!」
イサーシュは少し下がり、弓矢を構えるムッツェリに張り付く。
1人で2体の攻撃に対処する彼のそばで、狩人は弓を拾い上げ空中に飛び上がろうとしていた1匹に向けて、放つ。「……ぐあぁっ!」
肩を打ち抜かれた巨大バチは弓を落とし、あきらめてこちらの方に向かってくる。
ムッツェリは落ちていた矢のひとつを回収しつつ、上空に向かって矢じりを突きつける。
敵は止まらなければ攻撃できないのか、周囲をグルグル回り続けている。こちらも狙いにくい。
「大魔法だっ! それで一気に片付けられるっ!」
巨大バチの1匹が叫ぶと、3匹が斜面の向かい側を陣取り、きれいに3角形に並んで杖を構えた。
すると3匹の目の前に巨大な魔法陣が現れた。
ムッツェリはあわてて矢を放つが、右下の1体は軽々とそれをはじいてふたたび構えを取った。
「ああ……まずいっ!」
イサーシュが叫んでいるあいだにも、魔法陣の輝きが強くなる。
そのうち中央が青白い光を放ちはじめた。思わずイサーシュがぼう然とするムッツェリをかばった。
爆発音がひびいた。あきらめてギュッと目をつぶるムッツェリだったが、攻撃はやってこない。
イサーシュが身体を離したので目を向けると、魔法陣がばらばらにくだけて3匹のハチが身をかばっていた。
イサーシュが目を向けた方向に振り返ると、遠くでロヒインがこちらに向かって杖を突きつけている。
彼が魔法攻撃を飛ばして守ってくれたらしい。
「クソッ! ぬかりない魔導師めっ!
だがこれで貴様らの命運は決まったっ!」
振り返ると、3匹のうち2体があさっての方向へと逃げる。
1匹はいかにも昆虫らしい複眼の下についている人間の女性にも似た口を開いて叫んだ。
「もはや勇者の命は風前の灯!
わざわざ我らが手を下すまでもないわっ!」
そう言って残りの1匹も消えてしまった。
敵の襲撃が去ったことに安堵した2人は、あわてずに急いで仲間たちのもとに向かう。
矢を回収しつつやっとのことで上のほうに戻ると、ようやく元の姿を現したコシンジュの前後でメウノとロヒインが座りこんでいる。
メウノは両手を広げ、ロヒインは杖の先から炎のようなものをかかげている。
「コシンジュはどうなった!」
イサーシュが問いかけると、2人は目を離さずに首を振る。
ロヒインがまず口を開いた。
「動かそうと思ったんだけど、身体がガチガチに固まっててムリ」
「今動かすのは危険です。無理に動かそうとすると氷が割れて中のコシンジュさんを傷つけてしまいます。
もう少し火で温めて氷を解かさなければいけません」
医療従事者らしい言葉を発するメウノを見て、イサーシュとムッツェリは黙って顔を合わせる。
メウノが手招きすると、2人がコシンジュのそばまで来たことを確認し、その身体が滑り落ちないように支えるよううながす。
「ですが氷を溶かすだけでは足りません。
コシンジュさんは体温低下のあまり意識を失っています。ひょっとしたら呼吸もしていないかも」
「あの巨大な鳥の息吹、相当な威力でした。
きっと飛翔魔団の大幹部に違いない」
ロヒインがコシンジュのあちこちに火を当て続けていると、急にその身体が動き出した。
意識を取り戻したのではなく体重がのしかかっただけらしい。2人はなんとかその身体を支える。
「よし、足元のほうはそんなに固まってないみたい。もう少しだからじっとしてて」
「急げ。敵は一時撤退したようだが、いまの姿を見られたらチャンスと思われるぞ」
「その時は私がダガーで攻撃を防ぎます。どのみちまだ治療には時間がかかりますから」
メウノが周囲をうかがっているあいだに、ロヒインはようやく作業を終えた。
そしてブラリと垂れ下がる片腕を拾い上げると、まっすぐムッツェリのほうを向いた。
「ムッツェリさん、どこかに隠れられる場所はありませんか?
あの3匹のハチだけでなく、巨大鳥まで援護に来られたらたまらない」
一瞬呆然としていたムッツェリだったが、あわてて大きくうなずく。
「ああ、それならちょうどいい場所がある」
4人は巨大な岩と岩に挟まれてできた小さな洞穴に入った。
数日前と同じくイサーシュを先頭にコシンジュの身体を運んでいく。
ムッツェリは案内のために左側についていた。
「よし、これでいいだろう。ここなら敵に回り込まれる心配はない」
4人はいっせいにコシンジュの身体を下ろし、さっそくメウノがワキにヒザを落として両手を広げる。
薄暗闇のなか、ぼうっと手のひらが光ってコシンジュの身体を包み込む。
「ふぅっ、ようやく安全な場所まで来た~」
ムッツェリが声のする方に目を向けると、腰につけていた堅い袋の中から動くチューリップの姿が現れた。
「いや~、死ぬかと思った。
袋の中に雪が入りこんで出られなくなったと思ったら、とたんに寒くなって必死にカイロにしがみついてましたよ」
カイロを持ったチューリップに向かい、ムッツェリはけわしい声で話しかけた。
「マドラゴーラとか言ったな。敵の姿は見たか?」
「全然見えませんでした。どんな奴でしたか?」
「青と緑の巨大な鳥と、ハチの姿をした3匹の魔物だ」
するとマドラゴーラはカイロをポトリと落とした。
「なんてこったっ!
そりゃ、飛翔魔団の総帥『コカコーライス』と、
ヒポカンポスと肩を並べる実力を持つ『ワーキューレズ』じゃないですか!」
「やっぱり団長が出てきたか。奴ら相当あせっているらしいな」
イサーシュが額を手でおおうと、マドラゴーラはカイロを拾いながら花びらを振った。
「いや、団長が表に出てくるのは本来ご法度です。きっとあのあとすぐに魔界に帰ったに違いない。
それよりも気をつけなければならないのはワーキューレズです。
3体同時攻撃は見ましたか?」
「ああ。不発だったが、まともに食らえばひとたまりもないことはわかる」
「気をつけてください。
あの魔法陣は魔界から直接強烈な吹雪を送りこむ大魔法です。奴らは特別な方法であの力を身につけた」
イサーシュが「どういうことだ?」と振り返ると、マドラゴーラは両側の葉を上に広げた。
「奴らはもともと風属性ではありません。
以前は魔界の森で生息している『インプ』というハチの姿をした小妖精にすぎなかったんですが、本来群れで行動する彼女たちのうちあの3匹は、よりによって極寒で有名な魔界の中でも最も環境の悪い場所に迷い込んでしまうんです。
本来昆虫である奴らは普通だったら速攻で死んでしまうんですが、彼女たちは逆に風の魔力をとりこみ、あのように巨大化して氷を操る上級魔族に進化したんです」
「ハチが氷を使うなんてあり得ないと思っていたが、そういうことだったのか」
「ワーキューレズはあの魔法陣を使い、魔界の強力な冷気を好きなように現世に送りこむことができます。
まともに食らうとさっきのコシンジュさんのようにあっという間に凍りついてしまいますよ」
すると突然ロヒインが、ブツブツとつぶやきながら入口のほうまで進み出て、そのまま座り込んだ。
「どうしたんだロヒイン?」
ムッツェリが問いかけると、ロヒインの前方に巨大な魔法陣が現れた。
魔法陣は仲間たちを守るかのように入口の方面いっぱいに広がった。
「ここは閉ざされた場所です。
もし奴らがまだわたしたちを狙っているとしたら、今は絶好のチャンス以外の何ものでもないでしょう」
するとマドラゴーラはロヒインのそばまで駆け寄り、顔色をうかがうようにして話しかけた。
「他に方法がないですけど、これはムチャな賭けですよ?
3名の魔物と1人の人間の根競べだ。どう考えてもこちらの方が分は悪い」
とたんに入口の光が強くなった。そこから白く輝くような何かがやってきた。
それはロヒインの仕掛けた魔法陣にぶち当たり、壁一面をおおいつくす。
「さっそくやってきやがったっ!」
マドラゴーラがじりじり後退するなか、ロヒインはまっすぐ敵の攻撃を見つめる。
「それでもやるしかありません。
コシンジュが息を吹き返すまで、なんとか持ちこたえねば……」
そう言って、ブツブツと呪文を唱え始めた。
魔法陣を維持するためには、えんえんと詠唱を続けなければならないらしい。
それを見て、ムッツェリは大きくうつむいた。
「……わたしのせいだ。
わたしがあの盛られた雪をもっと警戒していれば、こんなことには」
「なにを言っている。5人の中であれに気付いていたのはコシンジュ本人だけだ。
気付かなかった俺たち全員の責任だ」
イサーシュがなだめてくれていても、ムッツェリの心に重くのしかかった気持ちはぬぐえなかった。
なぜあんな異変に気付かなかったのだろう。自分は山を知り尽くしていたつもりでいた。
敵が氷河で待ち伏せするであろうことは容易に想像できた。だからあれに目をこらしていれば気付いたはずだ。
視界の開けた先頭を歩いていながらなんというザマだ。
ムッツェリは思わず、コシンジュとメウノに目を向ける。
いまだに微動だにしない少年を前に、メウノは必死で手をかざし続ける。
その表情が思っていた以上にけわしい。
ムッツェリはそっと近寄り、小さな声で問いかける。
「状況はどうなんだ?」
「……呼吸が細い。今にも止まってしまいそうです。
オーラを通して感じているのですが、心臓の動きもとても弱い。非常に危険な状態です」
相手は目も動かさずに告げる。
ムッツェリの心にあせりの色が浮かんだ。
「なんとかならないのか?」
「イサーシュさんと一緒に、彼の手をにぎってください。
少しでも彼の身体を温めれば回復の見込みが高くなるかもしれません」
とたんに残った2人がコシンジュの手を両手でぎゅっと握る。
想像以上の冷たさにムッツェリは心底おどろいた。
正直もう死んでしまっているのではないかとすら思った。
「ダメだ、これだけで十分だとは思えない。
カイロを使ってもっと温めるのはどうだ?」
イサーシュが問いただすと、マドラゴーラがとたんにあせり始めた。
「ちょっと待ってくださいよ。
今でも寒いくらいなのに、カイロなしで俺はこれからどうやって……」
「ガマンしろ」と冷たく突き放すイサーシュの向かいで、メウノは首を振った。
「急激に温めるのはむしろ危険です。
逆に低温やけどを引き起してしまいます。そうなればコシンジュ達だけでなくお2人も危ないですよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろうっ!」
イサーシュの声にも焦りの色が浮かんでいる。
ムッツェリはそれを黙って見つめていることしかできない。
とたんにロヒインがガクッと首を落とした。すぐに戻したが、すぐにマドラゴーラがかけよる。
「大丈夫ですかロヒインさんっ!
くっ、まずいですよっ! 額から汗を流してるっ!」
「メウノッ! 早く何とかしろっ!」
「イサーシュ、あせったってどうにもなるものじゃないんですよ。
治療術は祈りの力、神々に救いを求めて一心不乱に祈るしかない。
一切の技巧の余地もない、純粋な他力本願の力なんです」
「神々はコシンジュに死んでほしくないはずだっ!
だったらとっくに助けているはずなのにっ!」
その時、ロヒインの後姿に異変が起こっていることに気づいた。
彼の身体は徐々に前のめりになってきており、下げた頭の上から見える杖の頭部が紫色に光っているのが見える。
となりに立つマドラゴーラがすがりつくようにして叫ぶ。
「ロヒインさんっ! くっ、いくらなんでもムチャだっ!
無条件で魔法を発動できる3体の魔物を相手に、人の身でたった1人立ち向かうなんて……!」
ムッツェリは頭を抱えた。
もうダメだ、頭の中はすでに自分を責める気持ちでいっぱいになっている。
このままではまたたく間に中にいる全員が命を落としてしまう。
「イサーシュさん。
最初に会った時の、私の言葉を覚えてますか?」
メウノの言葉聞いて頭をあげた。
目線は相変わらずコシンジュに向けたまま、ボウッと照らし出された表情には汗がしたたり落ちている。
「私は神々に仕える僧侶です。
こうして神の力を使えるのは、心のそこに根を張った信仰の気持ちがあるからです」
イサーシュは黙ってその顔を見つめる。
もうやめろと言いたげだったが、治療をやめればどのみち仲間たちの命はない。
気づかいの言葉を吐く余裕さえなかった。
「そして勇者を支える同志でもあります。
ここでコシンジュさんを救えなければ、我々だけでなく、世界もやがて闇に閉ざされてしまうでしょう」
考えたくないことだった。
どのみち失敗すればここにいる全員の命はないが、自分たち亡き後の世界の運命はどうなるのだろう。
ここで、メウノは顔をあげた。
上目づかいにイサーシュを見るその顔は、わずかにほほえみをたたえている。
キラリと光る汗がほおをつたい落ちた。
「ですが、その前に私は人の命を救う医師です。
私が心の底で願っていることは、目の前で苦しんでいる人を助ける、ただそれだけです。
神々への信仰も使命を果たすことも大事かもしれませんが、それよりもまず、常に危険と隣り合わせにいる皆さんの命を助けたい。
それこそがなによりも私が心の底から願っていることです」
そしてコシンジュに顔を戻し、今度ははっきりと笑みを浮かべた。
「コシンジュさんは必ず助けます。たとえ私にどんなことが起ころうとも」
「言うな、メウノ。そんなことを言うんじゃない」
「もし私が2度と起き上がることができなくなったら、新しい僧侶のことをよろしくお願いします。
ひょっとしたら別の武器を得意としているかもしれないですが、ぜひ私のダガーを託してあげてください」
「やめろ……やめるんだ……
言うんじゃないっっ!」
ムッツェリは思わず「イサーシュ……」とつぶやいてしまい、彼はこちらの方を見る。
その顔は泣きそうになっていた。
彼は自分よりずっと、仲間たちともに旅をしてきたのだ。
こんなところで永遠の別れをするなど、考えられないに違いない。
もう一度ロヒインの姿を見た。彼もまたうつむいた姿勢を小刻みに動かし続けている。
たとえ己の身はどうなろうと、仲間は絶対に助ける。その心意気が伝わってきた。
きっと自分が思っているよりずっとずっと、彼らは深いきずなで結ばれているのだろう。
ムッツェリは思ってしまった。心底彼らがうらやましいと。
そしてはっとした。自分はひょっとしたら、今まで抱いたことのない感情が芽生えているのかもしれない。
そうか、これが人の心というものなのか……
その時、土を思いきりたたきつける音が聞こえた。
イサーシュが顔をしかめながら言う。
「くそっ! 神々はなにをしているっ!
勇者が危機に陥っているというのに指をくわえて黙っているだけなのかっ!?
助けるなら早くしてくれっ!」
「そう言わないでください。
神々が地上の出来事に深く干渉することは、人々の依存する心を高めてしまうことにつながります。
何でもかんでも神々に頼ることは人の心を弱くしてしまうことなんですよ……」
なんだろう、メウノの声がか細くなっている。もしや……
「しかしっ! しかし……!」
イサーシュがうつむいた、その時だった。
メウノの身体の力が急激に抜け、少しずつ横に倒れ始めた。
ムッツェリはあわててその身体を抱きかかえる。
「……メウノ? メウノっっ!?」
顔をあげたイサーシュが目を見開く。
ムッツェリがメウノに顔を戻すと、目を閉じて明らかに意識が残っていないかのように表情がない。
「……メウノさん?」
マドラゴーラが話しかけてくる。彼と残った2人は顔を見合わせた。
メウノが倒れたということは、それはつまり……
「……そんな」
ムッツェリはそれだけしか言えなかった。
とたんにイサーシュの身体から力が抜け、うつむいて低い声で笑いはじめた。
それが徐々に、すすり泣きのようなものに変わっていく。
ムッツェリはメウノの身体を抱きかかえたまま、ぼう然と顔をあげた。
自分たちが、世界が、いま終わる……
その時、どこからともなく忽然とまぶしい光が現れた。
一瞬目を伏せたムッツェリは、それでも顔をあげて光のほうに目を向けた。
力なく倒れているコシンジュの、手にそえられた棍棒が、黄色と白が混じり合う光につつまれている。
ムッツェリは思わずイサーシュと顔を見合わせた。
相手はすぐにコシンジュに顔を戻し、ニヤニヤと笑いはじめた。
「神々め、対応が遅すぎるぞ……」




