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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第16話 メウノの願い~その1~

 薄暗い大広間に、ドンッと鈍い音がひびき渡った。


 奥にある威圧感ある玉座のひじ掛けを、歳若く見えるもののそれに座るにふさわしい、風格を持った魔王が拳で叩いたからだ。

 ファルシスは前方をにらみつけ、全身をふるわせながらも一切の言葉を発しない。

 そこから少し離れた場所では、老人の姿をしたルキフールが光る泉の前でうつむいたまま動かない。

 ただ瞳を閉じて顔をしかめ続けている。


 それを広間の外でながめている存在があった。

 青白い巨大な鳥は音を立てないよう数歩下がり、十分な距離を取った。

 そして後ろを向いて大きく黒い空へと舞い上がった。


 太陽の代わりを果たす天空の魔界光が、時おり巨大な稲光をふもとの大森林に叩きつける。

 そんな中巨大な鳥は頭の巨大なたてがみをなびかせ、魔王城の別の一角に向かう。

 鋭くとがった尖塔に空いた、いくつもの穴のひとつに滑りこむようには入りこむ。

 薄明りに照らされた塔の中では旋回しながら舞い降りていく。

 やがて巨大鳥は、複数の異彩を放つ魔物たちのもとへとたどりついた。

 魔物たちはじっと上空を見上げる。


「おう来たか。それでどうだった、デンカの様子は?」


 話しかけてきた魔物は異様な姿をしていた。

 全身に赤い炎をちらつかせ、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした肉体。

 頭部はまるで牛のような形をしている。

 赤い瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、黒々とした2本の角をつけている。


「……ダメだった。ルキフール様も怒り心頭のご様子。

 こうなっては弁明の余地もない」


 コカコーライスは牛頭の魔物の正面へ、きれいに降り立ちながら告げた。

 とたんに相手は大きく身体をくゆらす。


「それみたことかっ!

 お前が行ったところで、あいつらの機嫌が収まるわけでもなかろうにっ!」


 魔王の臣下であるにもかかわらず、牛頭は一切の敬意を払う様子はない。


「そう責めるな『マノータス』。ヒポカンポスの作戦に落ち度はなかった。

 勇者が機転を利かせたのと、最期の最期で思わぬ邪魔が入ったのが敗因だ。

 わがはいはむしろ、あそこまで勇者を追い詰めた奴をほめてやりたい」


 そう言ったのはコカコーライスの左に座るブラッドラキュラー。

 彼だけは比較的人の姿に近い。元人間である彼は目の前にある現世を移す泉に目をこらし、ひたすら顔をしかめ続ける。


「甘えたことを言うんじゃねえブラッド。

 魔界では結果がすべてだ。お前がもといた人間界と違って、努力ややり方で()められるような場所じゃねえんだよここは」


 容赦(ようしゃ)のないマノータスに対し、ブラッドの反対側に座る魔物が口を開いた。


「でもアタシは、最期に勇者にかみついたヒポカンポスにちょっと感動しちゃった。

 あんだけ傷つけられても必死で抵抗する姿はよかったわよ? 結局ムダ死にだったけど」


 一見美しい女性の姿をしているが、髪を含めて全身が真っ青で、背中からタコのような触手がちらりとのぞく。


「のんきに言ってる場合か『スキーラ』。

 もし飛翔魔団でも相手にならないようなら、

 今度はお前の『深海魔団』が向かわねばならんのだ。

 それともこのまま勇者を放置して辞退(じたい)と決め込むつもりか?」


 (おど)しつけるようなブラッドの発言に対し、スキーラと呼ばれた女魔族は他愛ないと言わんばかりに髪をかき分ける。


「アラ、アタシたちは海の上では無敵よ? ご心配には及ばないわ」

「甘く見るな。我々も地の底では無敵だと思っていた。

 それがあそこまでいいようにあしらわれるとは」

「我々も、我々も山中では勝てるものなどないと思っていたっっ!」


 コカコーライスの叫びに、3人の魔団長の視線が一斉に向いた。

 巨大な鳥は顔をあげる。するとただのクチバシだと思われていた部分の下に、人の口のようなものがついていた。

 それがか細く開かれる。


「それでいて勇者の人間性は大いに問題がある。

 それなのに、それなのに……」

「甘いんだよ。やるんならもっとえげつない手段を使え。

 魔族の(ほこ)りとやらを盾にすんな。

 もっと徹底的(てっていてき)に奴らの心をえぐってやれ。ここまで来て躊躇(ちゅうちょ)なんかするな」

「言ってくれるなマノータス。

 お前たち『獄炎(ごくえん)魔団』は遠慮を知らんからな」


 ブラッドが顔をしかめながら告げると、反対にスキーラはコカコーライスのほうを向いた。


「で? これからどうするの? このままあきらめてアタシたちに任せるの?」

「まだだ。まだ奴らは深い山の中にいる。

 このままあきらめるわけにはいかん」

「コカ、ヒポカンポスは兵団の秘蔵っ子だったんだろう。

 あやつがダメで、他に誰が奴らとまともに立ち向かえるというんだ?」


 ブラッドが問いかけると、コカは大きくうつむいて人の口が見えなくなる。


「まだ『ワーキューレズ』がいる。

 それがダメなら仕方ない、『パンジーニ』を出す」

「手勢を浪費するなコカ。

 わがはいはさすがに『ラハーン』を出すのは遠慮した。

 このまま副官まで失っては兵団の存続自体が危ぶまれる」

「わかっている。後継を無駄にするつもりはない。

 手下どもだけに負担をかけるわけにはいかない」


 とたんに3魔族が押し黙った。ブラッドがおさえぎみに叫んだ。


「お前が自ら戦いに出るつもりかっ!?

 馬鹿を言え、もし万が一のことがあれば兵団はどうなる!?」

「大丈夫だ。その辺りは考えてある。

 堂々と立ち向かうつもりなどない。ただ最初の手を打って、あとは部下に任せる」

「それならそれでいいかもしれないけど、だとしてもルキフール様の許可がなければ現世に行くこともできやしないじゃない。

 怒り心頭のご様子じゃ、とても幹部(かんぶ)クラスにゲートをくぐらせてくれるとは思えないけど?」


 問いただすスキーラに続き、マノータスが吐き捨てるように言った。


「ちきしょう!

 奴が現世のルートを開く魔法さえ教えてくれさえすれば、とっくにオレらの手で奴らをけ散らしてくれるってのによっ!」

「……ならば、この俺が手を貸そう……」


 4つの団長は一斉に声のする方を向いた。

 暗闇から、コツコツと甲高い足音がひびいてくる。

 彼らが闇に目をこらすと、うっすらとではあるがその姿が見えてきた。


 とたんにコカの黒い瞳が大きく開かれる。


「あっ、あなたさまは……!」





 切り立った山々の中から、まだ太陽は出てこない。


 朝靄(あさもや)が立ち込める中、薄暗い山中の緩やかな傾斜(けいしゃ)の中に一匹のシカの姿がある。

 枝分かれした立派な角を天に空につきつけ、悠然(ゆうぜん)とした姿で草をほおばるそれはキャンバスに描くには格好の題材だったが、それを見る者たちには別の思惑(おもわく)があった。


「そう、ゆっくり狙え。静かに、静かにだ……」


 キーの高いつぶやきに合わせ、(つる)を引き絞る音を立てながら、一本の矢がシカのほうへまっすぐ向いている。


「好きなタイミングで放て」


 言われた瞬間に矢がヒュンと飛んだ。

 わずかな弧を描いたそれはまっすぐ鹿に吸い込まれると、背中のあたりに軽く突き刺さる。


「クソッ! 急所を外したっ!」


 思わず立ち上がった使い手の声に、あわてたシカがきびすを返して逃げ去ろうとする。

 そこへもう一本の矢が勢いよく向かっていき、シカの太ももに飲み込まれた。

 とたんにシカが大きくバウンドしてぎこちない動きになる。


「バカっ!

 大きな声を立てるもんだから足止めに一本ムダにしたじゃないかっ!」


「問題ないですっ! くらえ、『レーザーアロー』ッッ!」


 するとさらにずれた位置から光る矢が放たれ、シカの首筋に命中。

 一切抵抗することなくドンモリを打って倒れた。


「くっ! 最後は魔法で決着か。わたしも1つぐらい覚えたほうがいいか?」


 小走りでかけだしたムッツェリが、大きな弓を背中にしまい込み、今度は途中で折れ曲がった大柄のナイフを取り出す。


「それにしてもすげーなイサーシュ。たった数日間であんな距離まで正確に当てられるようになるなんて。

 こりゃあシショーの腕も超えちゃうかもよ?」


 あとに続くコシンジュがイサーシュのほうに振り返りながら告げる。相手は首を振った。


「まだまだだ。というより俺は剣士だから、ムッツェリを超えようだなんて思っていない」

「いいえすごいことですよ。

 弓矢は銃や魔法と違って空気抵抗を受けますから、それを考慮(こうりょ)して少し上に向けた状態で、あそこまで正確に当てられるなんてなかなかできませんよ」


 ロヒインが告げると、さっそくシカを解体しているムッツェリがいまいましげに首を振った。


「フン、銃か。

 どれだけ威力と速さがあるかどうか知らないが、指を一本動かすだけで獲物(えもの)を殺せる道具なんぞ、考えただけで鳥肌が立つ」

「実際にこの目で見ましたけど、すごいですよ。

 ただ装填(そうてん)に時間がかかるので、魔物を相手にする際は大きなハンデになりますけど」


 メウノが思い返すように言うと、イサーシュはあさってのほうを見上げる。


「ランドンで政治家もやっているノイベッドと言う男が、装填時間を短縮できる銃を開発しているそうだ。

 もしそうなれば弓矢の時代に終わりが訪れるかもな。いずれ魔法と並ぶ戦場の主力になるかもしれん」


 するとムッツェリは振り返って血の付いたナイフを向ける。


「さっきから言いたい放題だな。

 そうなればお前の剣技も用なしになるのかもしれんのだぞ?」

「そうなれば仕方ない。俺も銃を持ち歩くことにするさ。

 ただ近距離ではまだまだ剣のほうが有利だろうな」


 皮肉のこもった笑みを浮かべるイサーシュを見て、ムッツェリはしらけた顔で前に向き直る。


「剣一筋と言っている割にはあっさりと肯定(こうてい)するんだな。

 わたしにはムリだな。弓矢は身体の一部だ。今さら銃にくら替えすることはできん。

 たとえみんなが持ち替えたとしても、わたしは弓矢を持って生涯(しょうがい)を全うするだろう」

「うっわ~。お前なら絶対そういうこと言うと思ってたぜ」


 あきれかえるコシンジュを見て、イサーシュは鼻で笑う。


「俺も最初はそう思っていた。

 だが数々の魔物を相手にして、その考えに疑問を持った。

 人の力で剣一本に頼るには限界がある。弓矢や銃、魔法の力を借りてでも、魔物たちの圧倒的な力に対抗せねば」


 ムッツェリは解体を続ける。

 かたくなに自分の生き方を変えようとしない彼女に、イサーシュは昔の自分を見ているような気がしていた。





「うぉー、久しぶりの新鮮な肉、お~いちぃ~」


 コシンジュは大きな肉にかじりつくと、頬張(ほおば)りながら満面の笑みを浮かべる。


「あまり食い過ぎるな。日干しにできないとはいえ残りはできる限り取っておくんだからな」

「大丈夫だってムッツェリィ~。

 今のうちにたらふく食っとけば、昼メシの量少なくできて効率的だろぉ?」


「まったく単純だなお前は。

 いいか? 腹の消化にはそれなりのエネルギーを使うんだ。

 疲労がつきものの登山でそんなことに体力を使っていては、すぐにグデグデになって歩けなくなってしまうぞ」

「それにしても心配ですね。

 こうして野草や鳥獣を狩りながら調達していくのはいいですが、もし手頃な食材がなくなってしまうと我々は残り少ない保存食だけで、けわしい山道を進むしかありません」


 メウノが心配げに焼かれた肉をながめていると、ムッツェリがそちらに顔を向けた。


「野草やキノコの調達なら問題ない。わたしの専門であるし必ず調達できるルートを選んでいる。

 しかし肉にありつけないとなると体力的にひびくのはいたしかたないかもしれんな」

「残りの行程(こうてい)はどうなってるんですか?」


 ロヒインが問いかけると、ムッツェリはふところから地図を取り出して広げる。


「山に入ってから今日で4日目か。

 旅は少し遅れが出たが、魔物につきあう時間も考慮(こうりょ)しているので大丈夫だ。

 しかしここからは休息できる場所が限られているので若干急がなければならん。距離も伸びるぞ。

 ロヒイン、お前には少々(こく)なスケジュールになるかもしれん」

「大丈夫です。4日も歩き続ければ体力もだいぶついてきましたよ。

 足をくじいた時もメウノさんが治療(ちりょう)してくれましたし」

「まったく便利なものだな。僧侶(そうりょ)というものは。

 外科(げか)手術だけなら決してこうはならん」


 ムッツェリは軽くメウノをにらみつけると、相手は恥ずかしそうに後ろ頭をなでた。


「それにしてもコシンジュ、お前大丈夫なのか?」


 イサーシュがいぶかしげな目を向けると、コシンジュは肉にかじりついたまま「ほぇっ?」と言った。


「いや、だってここんところずっとキャンプだろ。お前着替えもあまりしてないしそれに……」


 ここでコシンジュの手が完全に止まった。

 ゆっくり肉を刺した棒を焚き火に戻すと、あわてたそぶりでとなりのリュックをまさぐり始めた。


「ちょっと。ちょっとどうしたんだよコシンジュ」


 ロヒインの心配する声にも耳を貸さず、コシンジュは小さな(なべ)を取り出すとそれを高くかかげた。


「あ、あったぁぁ~っっ!」

「ちょっと待ってよコシンジュ、それ使って何するつもり?」


 するとコシンジュはロヒインに向かって血走った目を向ける。


「決まってんじゃねえかよ!

 これで湯を()かしてタオルにつけて身体を洗うんだよっ!」


 イサーシュは立ち上がろうとするコシンジュの腕を押さえながらツッコむ。


「おい待てっ! そいつはみんなでナベをするために使うもんだっ!

 てめえの小汚い身体を洗うために使うもんじゃないっ!

 だいたいなんで今さら潔癖症(けっぺきしょう)が復活してんだっ!」

「楽しすぎて忘れてたっ! ああ思い出したら身体がみょうにむずむずしてきたっ!

 いいから離せよイサーシュッ! オレは川に水を汲みに行くんだっ!」

「もうあきらめろっ!

 4日間も忘れてたんならお前の潔癖症は実は大したことがない!」

「あんな図太(ずぶと)い神経しておいて実は潔癖症? 一体何なんだコイツは?」


 あきれ果てるムッツェリを見てロヒインとメウノは苦笑していた。

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