第15話 コシンジュの意地とプライド~その3~
あっけなく地面に倒れ込むコシンジュを見て、思わずメウノは叫んだ。
「なにをするんですっ!?」
首筋に手刀を打ちこんだムッツェリが、恐ろしいほど冷たい声で言った。
「こんなバカになにを言ったところでムダだ。
こういう時は強制的に連れていくに限る」
「よけいな荷物が増えてしまっただけのようにも思えるが?」
イサーシュが深いため息をつくと、ムッツェリはコシンジュの前でヒザをついた。
「準備もできていない状態でジョルジョにのぼるよりはよっぽどマシだ。
ほら、お前らもこいつを持て。4人がかりなら何とかなるだろう」
そして服の両肩をイサーシュが持ち、両わきをロヒインとメウノが、両足をムッツェリが持ち上げる。
体を鍛えているとはいえまだ少年である。思ったよりも体重が軽かったことに、4人は内心おどろいていた。
「勇者勇者とは言うが、ここまでおめでたい奴だとは思わなかった。
いったいどんな育ち方をすればこういう狂った発想になるんだ?」
「言うなムッツェリ、よけいな体力を使う。
しかるべき場所でオレがきちんと話すから今は黙って運べ」
後ろ手にコシンジュの両肩を引くイサーシュの背中は、どこかさみしげに見えた。
夜になった。
風は若干強く、気をつけていないと目の前の焚き木が消えてしまう。
「コシンジュはもともと、あんな勇敢に敵に立ち向かえるような奴じゃない」
事情をよく知るイサーシュが炎を守るようにして風が吹くほうに陣取る。
他の3人が焚き木を取り囲み、じっと彼の言葉に耳をすます。
「俺が村にやってきたのは物心ついたころだ。
俺の剣の師匠はコシンジュの父親だ。ランドンの没落貴族である我が父上が、王国に復讐させるために俺を勇者の村に連れてきた」
「そんなことが……」
自身も両親を亡くしているだけに、ムッツェリはかなしげな声をあげる。
「別に苦にはしていない。
父上にかわり、師匠であるコシンジュの父とその妻が俺の親代わりをしてくれた。
あの2人には本当に感謝している」
しばらく間をおいたあと、イサーシュはそばに寝かされたままのコシンジュに目を向けた。
気絶させただけでは足りないので魔法を使っている。
「ムッツェリは知らないと思うが、コシンジュ一家はれっきとした先代の勇者の家系だ。
だから師匠は王国一の剣士となるために努力してきたし、コシンジュにも相当のプレッシャーがかかっていた」
「家系だと?
勇者になるために、血筋なんてなんの関係もないじゃないか」
ムッツェリが顔をしかめると、イサーシュはその顔をのぞき込んだ。
「だが、それを気にする人たちは実際にいるんだ。
コシンジュ一家があそこに住み暮らす以上、もしかしたらあの家にまた勇者が、なんて考える奴は少なからずいる」
「だったらそんな村出ていけばいい」
「そういう連中が許さない。
過去には実際に村を出ていった祖先もいたらしいが、ウワサはあっという間に国中に広まり、そいつは行く先々でひどい差別を受けた」
「だからわたしは人間というものが大嫌いなんだ!」
「そういう奴は一部だけさ。すべてじゃない。
だけどそういう奴らに限って、妙な団結力がある。
コシンジュの家系は結局勇者の村から出られなかったのさ」
「では、コシンジュも……」
ロヒインが苦しげな声をあげると、イサーシュは深くうなずいた。
「あいつも幼いころに相当な扱いを受けた。
両親が目を光らせているし村の多くはいい連中だから、目立つものはなかったがそれでもいじめのようなものは受けていた」
「なんとかできなかったんですか? イサーシュさんとしては」
メウノの悲痛な呼びかけに、、イサーシュは皮肉まじりに軽く笑った。
「実はなにを隠そう、俺もそういう連中に混じってた。
俺は没落貴族だ。ランドンは貴族制が廃止されてみな路頭に迷っているというのに、同じ貴族でありながら何事もなくヘラヘラとしているコシンジュの家が気に食わなくてな。
俺は影に隠れてこそこそやらない。堂々とコシンジュに暴力をふるった」
「お前、なんてことをっっ!」
ムッツェリがイサーシュの胸倉をつかむ。
しかしされるがままの状態で笑った。
「ああ、反省しているよ。師匠にも相当こらしめられたことだしな。
だけど今でも、コシンジュの考えにはイライラさせられることがある。
それが妙な対抗意識になっているんだろうな」
「そんなことが……」「わたしが……」
メウノに続いてロヒインも消え入りそうな声を発する。みなが注目する。
「わたしが来たのは数年前です。
その頃にはコシンジュはすでに剣の修業をしていましたから、そんなこと全く知りませんでした」
「それだけじゃない。
あいつが本格的に剣を握るようになる前は、今とは全然別の性格をしていた」
「と、言いますと?」
メウノの言葉に再びイサーシュはうなずく。
「今とは違い、虫1つ殺すことができない奴だった。
本当に、本当におとなしい奴だった」
イサーシュはもう一度コシンジュを見た。
寝がえりを打ったのか、うしろを向いていて顔は見えない。
「そんな奴がいじめられたり妙なプレッシャーを感じさせられたりするんだ。
自分が勇者であることを意識しない方がおかしい。
師匠は息子の性格を理解してたから、無理に剣をにぎる必要はないと言ってたが、コシンジュは自分から剣の修業を始めた」
「そういう人物が成長すると、どんな性格になるのか想像できますね」
ロヒインに言われ、イサーシュは焚き木をじっと見つめる。
「奴の異常な正義へのこだわりはそのためだ。本来向いている性格とは全く別の生き方をしているんだよ。
コシンジュは自分の中のルールを曲げて生きることはできない。そうしないと心がバラバラに壊れてしまう。
奴にとって人の命を救うことは、勇者として生きるために絶対に必要なことなんだ」
「哀しい話ですね……」
「その通りだメウノ。
奴は俺たちとは違い、温かい家族や知人たちに恵まれたが、それでも心の闇を振り払うことはできなかった。
俺が知っているコシンジュっていう奴は、つまりはそういうことだ」
それを聞いてロヒインも焚き木に目をやる。
「わたしは逆に、両親の反対を押し切って自ら魔導師となりました。
イサーシュやコシンジュのように押し付けられたわけではありませんが、その気持ちはなんとなくわかります」
「私は本当の両親を知りません。
ですから最初コシンジュさんのことをうらやましいと思っていましたが、たとえ親に恵まれていても不幸になることって、あるんですね」
メウノが言い終わると、ムッツェリまで思い切ったように顔をあげた。
「イサーシュ、わたしも同じだ。
母が亡きあと父は1人で生きていけるよう狩人として厳しく育てた。
仕方ないとはわかっているが、それでも父のことをうらむ気持ちがある」
「ムッツェリ、あわてて自分の過去のことを言うことはないぞ。
俺は別に父上を憎んでいるわけじゃない。貴族の身を追われた父上の気持ちを俺は十分理解している。
その気持ちに報いてやりたいという心に、ウソいつわりはない」
するとムッツェリは皮肉な笑みを浮かべた。
「ベロンの連中のやり方は、さぞ不愉快だったろうな」
「あいつらはやりすぎた。
だがどうすれば、あんな連中に好きにやらせない方法があるのか、俺にはわからない。
最近はやりの民主政治が正しいようにさえ思えてきた」
それ以降、誰もが口を閉ざした。
重々しい空気を断ち切りたいばかりに、イサーシュはコシンジュのほうに目を向けた。
……いない!
先ほどまでそこに寝かされていたはずのコシンジュの姿が、きれいさっぱり消えている!
「どこに行ったっ!」
思いきり立ち上がると、他の3人も同じ場所に目を向けて動転した。
「ロヒイン! お前きちんと睡眠魔法かけたんだろう!」
「えっ!? たしかにコシンジュが一度目覚めかけて寝かすためにきちんとかけたけど、
げっ! そろそろ魔法の効力が切れるとこだったっ!」
「バカヤロウッッ!」
イサーシュはロヒインの頭をはたく。
すると相当痛かったらしく両手で押さえている。
「うぅ~、すみませ~ん、気をつけますぅ~~」
「そんなことよりどこに行った!
こんな暗い中歩き回るのは危険だぞっ!」
「いや、よく見ろっ!」
あたりを見回すムッツェリに対し、イサーシュは上空を指差した。
恐ろしいほどのきれいな満月。これくらいなら夜中でも視界が開けている。
「くそっ! なんて運の悪い日だっ!
これじゃまるで天がアイツの味方してるかのようだっ!」
「これだとコシンジュはだいぶ先に進んでますね!
仕方ない、追いかけましょう!」
ロヒインの言葉にイサーシュとメウノはうなずく。
そしてムッツェリのほうを見るが、彼女はがんとしてそこを動こうとしない。
イサーシュは仕方ないと言わんばかりに叫んだ。
「仕方ないだろうムッツェリっ!
奴がいなくなってしまった以上、俺たちも奴のあとを追うしかないぞっ!」
「お好きにどうぞ。わたしはここを動かん」
「……ムッツェリっ!」
イサーシュのあとにロヒインが続く。
「いくら視界がいいからと言って、夜間ですっ!
しかもコシンジュが向かうのは険しい山道、あなたの案内がなければ我々も進めないんですよっ!」
それでも彼女はかぶりを振る。
イサーシュはムッツェリのそばまでより、乱暴に服をつかんだ。
相手は何も言わず、ただこちらをにらみつけるだけだ。
「……いいか。よく考えて選べ。
たしかに山中は危険かもしれん、しかしそれでも奴は行ってしまったんだ。
俺たちはコシンジュが向かった先に行くしかない。もしそのなけなしの命を投げ出したくないのなら、ここにとどまればいい。
だがそれを選択すれば、お前が言った通り大勢の人間がこの山中に逃げ込む羽目になるんだ。
それをもう一度、想像してみろって言ってるんだ」
それきりイサーシュは黙った。それでもムッツェリは、何か言葉を発しようというそぶりを見せなかった。
ただイサーシュの鋭い視線に耐えきれず、目だけをあらぬ方向に向けただけだった。




