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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第3章 勇者、本格的登山にチャレンジ
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第15話 コシンジュの意地とプライド~その2~

 そこからは安定した山道が続く。

 ムッツェリは調子に乗って歩くスピードを速めるが、ここ数日でしっかり鍛えられた4人はなんとか彼女についていくことができた。

 日が山の中に消える前に登山者用の山小屋にたどり着き、今日はそこで一晩明かすことになった。





「ほら、出来たぞ」


 ムッツェリが鍋のフタを開けると、中から香ばしいにおいがただよってきた。

 色とりどりの具材を目にしてコシンジュが舌なめずりをする。


「しかしムッツェリ。よくこんな手の込んだ料理を作れるな。

 荷物も相当負担になるだろう」


 イサーシュが問いかけると、相手は神妙にうなずいた。


「ここから先はまともな食事ができるかどうか微妙(びみょう)だからな。

 ここら辺はまだいい。ジョルジョ山を通り過ぎると整備されていない山小屋もあるし、そもそもまともに山小屋を用意していないポイントもあるからな。

 野菜不足に苦しむことにもなるだろうし、今のうちにとれるものは取っておけ」

「え? 野菜とか入ってるんですか?」


 意外な人物が声をあげた。メウノだ。


「は? お前いい歳こいて野菜嫌いなのか?」


 ムッツェリに思い切りバカにされたメウノは当然むっとする。


「しょうがないじゃないですか、生まれてこのかた一度もおいしいと思ったことないんですから。

 特にニンジンなんかまったくと言っていいほど食べれません。ですよねえコシンジュ」

「なぜオレがはなっから野菜嫌いだって決めつけてんだよっ!」

「え? 野菜平気だったんですか? 意外」

「意外じゃねえよっ! さんざん一緒に旅しといて今までなに見てきたんだ!

 むしろオレは出されたものは何でもおいしく食べるタイプだよっ!」

「あーあー相変わらずやかましい奴だ。

 ほら、つべこべ言ってないでみんな食べろ。火がついてるから冷めはしないが煮くずれてしまうぞ」


 ムッツェリが器に鍋の中身を映し、4人はそれぞれありがたく受け取る。

 うち3人の顔がほころぶなか、メウノだけがものすごく残念そうな顔をする。


「げ、ニンジン入ってる。なんで?」

「なんでじゃねえよっ!

 せっかく人が作ったもんにケチつけてんじゃねえよ!

 ほらさっそくムッツェリの機嫌が悪くなってるし!」

「その通りだぞメウノ。

 言っただろう、まともな食事ができるのはこれが最後だと。

 旅が終わるころにはむしろ食いたくなるようなものだ。早くありがたくいただけ」

「ぐぅぅ、ニンジンのエキスが汁全体にしみ込んでマズくなる……」

「……メウノに対してこんなに腹が立ったのは初めてだ」


 コシンジュは頭を抱えた。そのあともメウノはかたくなにニンジンを食べようとしないのだが、仲間たちに取り押さえられ無理やり食わされたのは言うまでもない。





 翌日、5人は日も昇らないうちに山小屋を出発した。

 ここからは安全のためにステッキを用意して歩くことにする(というかムッツェリが存在を忘れていた)。

 ロヒインだけはもともと魔法用のステッキを標準装備なのでそれを使うということだったのだが……


「ったくなんですか。いいですか?

 この杖はそこらの安い店で買えるような代物じゃないんですよ。

 それを汚い地面をツンツンつくために使うだなんて、発想が安直すぎますよ。

 これだから田舎(いなか)者は……」

「田舎者かどうかは別にして、荷物はできるだけ少ないほうがいいだろう。

 これも節約のうちだ」


 あっさり言いきるムッツェリにロヒインはそれでも不服そうだ。


「こんなのコシンジュの棍棒(こんぼう)やイサーシュの剣を地面につくようなものなんですからね。

 もし何かあったら弁償(べんしょう)してもらいますよ」

「弁償? なんだそれは。

 そんな都会モンのお高くとまったお上品な専門用語など、このわたしにはまったく理解できんな」

「なんだかワザとはぐらかされているような気がする……」

「まあまあまあ。

 それより道はこの先も、こんなゆるやかな傾斜(けいしゃ)が続くのか?」


 コシンジュがなだめつつ話を切り替えると、ムッツェリは山の上を向いた。


「ここはジョルジョ山の裾野(すその)に近いからな。

 大昔はここも険しい山々だったそうだが、ジョルジョの隆起(りゅうき)にあわせてそれらはくずれたそうだ。

 神聖な山、と言われているが、この山脈の気の遠くなるような歴史の中では比較的若い」

「ジョルジュ山だけが突然隆起した? なんだか不思議なお話ですね」


 メウノがふに落ちない顔で問いかける。


「この地を研究した学者によると、何やら魔法の力が関係しているのだとか。

 魔力は人の手を借りなくても、自然に大きな影響を与えるのだな」

「案外あの山に守り神がいるってのも本当なのかも」


 ロヒインも山の上を見つめる。しかしそれでもムッツェリは首を振った。


「もっともらしいことを言われても信じられんな。

 この山々はわたしにとっては寝床(ねどこ)同然だが、そんな奴を見かけたことは1度もない。

 これからもないだろうと思っている」


 厳しい生活を送ってきたせいか、彼女は妙に現実主義的だ。

 魔法なんてものが存在する以上、不思議な話なんてそこらじゅうに転がっているだろうに。





 しばらく歩き続けていると、突然ムッツェリが前方を指差した。


「ちょっと時間が早いかもしれんが、あそこが次の休憩地点だ。

 休める場所で休む。これが登山の鉄則だ」


 そう言っているそばで、コシンジュははるか向こうに見える平地に何か影がちらついたような気がした。

 ここのことなら何でも知っているムッツェリがいることだし、特に気にすることもないだろうと高をくくっていたのだが……





「おいてめえらっ! 持ってる荷物を全部出しやがれっ!」


 突然現れた山賊(さんぞく)たちに取り囲まれてしまった。

 久しぶりの赤の他人だったのだが、あまりに唐突だったので心底びっくりしてしまった。


「おいっ! この山脈ではこんな奴らであふれ返っているのかっ!?」


 イサーシュがどなると、ムッツェリも心外な声を発する。


「バカなっ! こいつらはベロン国郊外の山々を根城にしている夜盗(やとう)どもだっ!

 こんな険しい山中の旅人を狙うなんてあり得ないっ! それに……」

「うるせぇっ! さっさと背負ってるリュックをよこしなっ!」


 山賊たちはみな一様に獣の毛皮をはいで作った衣服を着ている。

 そして肌の一部は露出している。


 山賊たちの中でも、ひときわ大柄な男が前に進み出た。

 背中には巨大なオノを背負っている。

 大男は底意地のわるそうな笑みを浮かべ、下品な声をあげる。


「ああ悪いね、おどかしてすまねえ。なにしろこいつらお前ら相手にビビっちまってよ」

「誰だお前はっ!」


 ムッツェリが問いかけると、相手がとたんに不機嫌になった。


「忘れたとは言わせねえぜオジョウチャン。オレは以前お前さんにコテンパンにされた『ババール』さまだ。

 きちんと名乗ってるんだから名前ぐらい覚えとけ」

「あいにく人の名前を覚えるのは苦手でね。

 今日はその意趣返(いしゅがえ)しか?」

「そいつもあるんだが、実はある連中に頼まれていてね。

 そいつらの復讐(ふくしゅう)の肩がわりっていうこった」


 コシンジュが覚えのある連中をリストアップする。

 と言っても2つしか浮かばなかったのだが。


「ベロンの貴族連中か?」

「ああ違う、もっとコワい奴らだ」

「魔物だな。頼まれたというより、さしずめ(おど)されたんだろう。

 こいつらが異常にビビっているのはそのせいだ」


 イサーシュの言うとおり、ババール以外の山賊たちは一様に足がすくんでいる。

 きっとこちらの素性(すじょう)も聞かされているのだろう。


「だが恐れることはねえ。

 奴らによると、お前らは人間相手に対しては本気を出せねえって話だ。

 だったら大したことはねえ」


 そしてババールは巨大なオノを取り出し、その先をコシンジュの棍棒に向けた。


「そのお宝はオレが直々にいただくぜ」


 コシンジュはそれを聞いて首をかしげた。


「いいのかよ? 持ったが最後、魔物どもに狙い撃ちされるぜ」

「その魔物さまにご献上(けんじょう)するのさ。お礼になんかくれるかもしれねえしな」

「いや、そういう意味じゃなくて、ささげたとたんに皆殺しにされるってことだよ」

「なんだとぉっ!?」


 ババールがオノを地面にたたきつけながらどなった。

 しかしこれくらいの(おど)しはもはやコシンジュには通用しない。


「わかんねえのかよ。

 魔物のような奴らがお前らみたいなコソ泥どもに容赦(ようしゃ)するわけがねえだろ。

 きっとあっという間にけ散らかされるに決まってる」


「てめえらさっきから調子に乗りやがってぇぇぇぇっっ!

 わかってんのかぁっ! ここまで取り囲まれて生きて帰れると思ってんじゃねえだろうなっっっ!」


 山賊たちが一斉に身構えた。コシンジュ達も同じようにする。

「みんな、準備はいいか?」

「トーゼン」


 ロヒインの声にあわせ、ババールが巨大なオノを振り上げた。


「遠慮するんじゃねえっ!

 者どもっ! やっちまえぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 盗賊たちは一斉にこちらに向かってきた。

 コシンジュ達はまったくあわてることなく一斉に武器をとりだす。

 さんざん人外を相手にしてきた彼らにしてみれば、連中の動きはあまりにお粗末(そまつ)だった。


 コシンジュが棍棒をふるうと、小さい光を放ちながら武器ごと相手を吹き飛ばす。

 神聖な武器は本領を発揮していないが、小悪党なのでこれぐらいで十分かもしれない。


 イサーシュは相手の攻撃を(たく)みにかわし、華麗(かれい)な剣技で手足を()りつける。

 メウノがナイフを投げると、弓を持った敵の手にそれが突き刺さり、相手は悲鳴(ひめい)をあげながら武器を落としていく。


「ショックウェーブッッ!」


 ロヒインは杖の先からオーラを発し、遠慮なく相手に叩きつけていく。

 彼の手にかかれば相手の命を奪わなくても、武器ごと吹き飛ばすなんてお手の物だ。


 ムッツェリだけは遠慮がなかった。

 すばやく矢を取り出して弓につがえ、相手の急所に向かって遠慮なく放つ。

 近づいてきた敵の攻撃を持っていたククリナイフで華麗にさばくと、スキだらけになった相手の喉もとにそれをすべらせる。

 コシンジュはそれを見て思わず(さけ)んだ。


「おいっ! 相手は人間だぞっ! むやみに殺すなっ!」

「邪魔をするなっ! 人を殺して荷物を奪ってきた連中だぞっ!?

 殺しても良心は痛まん!」

「てめえっ! よそ見してんじゃねえっ!」


 ババールが巨大なオノを振り上げてコシンジュを狙う。

 しかしこれぐらいでひるむような相手じゃない。同じような光景を化け物相手に何度も見てきた。


 コシンジュは強力な一撃を軽々とかわすと、その足元に向かって棍棒の一撃をたたきつけた。

 とたんにババールの巨大な身体が軽々と地面にたたきつけられる。


「ぐえぇぇぇぇぇっっっ!」


 あわてて身を起こしたババール。

 すねに必死に手をやりながら、じりじりと後ずさりしていく。


「クソッ! 話がちがうっ! ここまで強い連中なんて聞いてないぜっ!」

「魔物を相手に戦ってきたオレらが弱いわけねえだろうが。

 そんぐらいわかるだろ普通」

「くそっ! お前らっ、さっさと逃げるぞっ!」


 ババールが大きく手を振り上げると、山賊たちは一斉にあたりの木々の中へと一目散に逃げていった。


「おいっ! 待てっ!」


 ムッツェリが追いかけようとすると、コシンジュはその肩をつかんだ。

 振り返った彼女は振り返ってその手を思いきり払う。


「なぜだっ!」

「なぜ追いかけるんだ?

 連中がオレたちを(おそ)ってくることはもうない。ムリにあとを追いかけることもないだろ」

「わかっているだろう! 連中は人殺しだっ!

 どうせ捕まれば死刑になるような奴ばかりだ! その手間をはぶいてなにが悪い!」


 怒り心頭の彼女にコシンジュはさとすように告げる。


「オレたちは魔物ハンターだ。

 殺すのは魔物だけだと決めている。人間を殺すのはご法度(はっと)なんだ。

 お前も一時的に仲間になる以上、それはルールだと思ってくれ」


 するとムッツェリは顔を思い切り近づけてどなってきた。


「お前バカかっ!?

 あんな奴らを放っておいたら、また人を殺して(ぬす)みを働くに決まっているっ!

 連中にあんなにえらそうにしておいて、自分もそのことに頭が回っていないとはどういうことだっ!」


 ツバが思いきり飛んでくるが、相手はきれいな女性なので気にしない。


「捕まえて置いておくというのも考えたけど、こんな山奥に治安兵がやってくるなんてあり得ないしな。

 下手すると()え死にさせちまう」

「させておけあんなクソどもっ!

 お前たちはどうなんだっ! こんな超お人よしのリーダーに賛成なのかっ!?」


 ムッツェリがコシンジュを指差しながら仲間たちを見ると一様に首をかしげる。


「俺は別にかまわないんだが、そうするとコシンジュが機嫌を損ねるんでね。

 ムダな争いはしないことにしている」


 イサーシュが事実と違うことを言うのを聞いて、ロヒインは苦笑する。


「我々は旅を急ぐんです。あんな小物を相手にしている場合じゃありません。

 ベロンの政治体制は変わったことですし、改革された治安兵のみなさんに期待しましょう」

「メウノっ! お前はどうなんだお前はっ!」


 ムッツェリの指先がコシンジュからメウノに移り変わる。


「私ですか? いちおう聖職者なんで、人殺しはちょっと……」


 血気盛んな女狩人はそれを聞いてあらぬ方向を向いて舌打ちをする。


「どいつもこいつもっ!

 いまに見ていろ! 連中はすぐに別の旅人を狙うに決まってるっ!」


 そこへイサーシュが冷静な口調で話しかける。


「お前の手並み、片手間だが拝見(はいけん)させてもらった。

 見事な腕だが、それ以上に人に対する躊躇(ちゅうちょ)がないな。

 明らかに人を殺すのは初めてじゃない」


 気になる相手に言われ、表情を少しゆるめたムッツェリはため息をついた。


「この付近に山賊どもが寄りつかないのにはもう1つ理由がある。

 わたしがいることだ」

「人を殺したナイフで獣の肉をさばくのか」


 ムッツェリはイサーシュを一瞥(いちべつ)した。


「昔のことだ。あの頃は山を荒らす人間がすべて憎くてたまらなかった……」

「終わったことなんだろう?

 けがれたナイフで獣の肉を()くのはもうやめろ。これからはせいぜい魔物だけにしろ」


 ムッツェリは視線を鋭くさせた。そしてそのまま動かなくなる。


「お前に言われるとはな。

 イサーシュ、お前もコシンジュのお人よし病に毒されたか?」

「幼いころからの付き合いなんでね。

 くやしいがそうかもしれない」


 イサーシュがそう言って首をすくめた、その時だった。


「たっ、たすけてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 遠くから声が聞こえる。

 全員がそちらを向くと、大柄なはずのババールの身体が羽をはばたかせる生物に取り押さえられて空中に浮かんでいる。


 しかし、鳥には見えない。

 鳥らしきシルエットは一部だけで、うしろのあたりに獣のような下半身がついているのだ。

 どう見ても地上の生物ではない。


「あれはっ! 魔界の飛翔獣(ひしょうじゅう)、『グリフォン』ですっ!」


 普段はおとなしく5人を見守っている(というより大所帯なだけにしゃべるタイミングがないだけ)マドラゴーラが叫ぶ。


「氷を操る魔物ですねっ!? ようやく敵が本気になったということですかっ!」


 ロヒインが叫ぶと同時に、まわりの木々の向こうで叫び声が聞こえる。

 あちこちの上空からグリフォンに捕まった山賊が大空へと連れて行かれる。


 ムッツェリが弓矢をつがえ、そのうちのひとつに狙いを定める。


「やめろっ!」


 コシンジュは腕を押さえる。とたんに相手がどなりつけてきた。


「なぜ止めるっ! 魔物が相手なら遠慮(えんりょ)することもないだろうっ!」

「あの高さじゃ捕まってる奴が死んじまうっ!」


 ムッツェリは片手を離して頭を抱えた。


「もうわけがわからん……」


 すると、あらぬ方向から翼をはためかせる音が聞こえた。

 コシンジュ達がその方向をうかがうと、他のグリフォンとは違い山賊たちを捕まえておらず、単独でこちらに向かってくる。


 ムッツェリがここぞと言わんばかりに、弓矢をつがえそれに狙いを定める。

 さすがにコシンジュも止めなかったので遠慮なく打ち放った。


 ところがである。相手は相当な速さがあるはずのそれを、いとも軽々と前足でつかんでしまった。

 驚愕(きょうがく)にムッツェリが大きく目を見開く。


「そんなっ! なんて腕前だっ!」


 大きく羽ばたいたそれは、コシンジュ達の前にある巨大な岩の上まで行くと、羽ばたきをやめて4つの足で降り立った。

 全身が真っ白で頭はワシのような姿をしている。

 そしてとにかく大きい。魔物はワシのものに近い前足につかんだ矢をボキリと折った。


「ワシをメーヴァーのような小者と一緒にしないことだ。ワシは飛翔魔団の上級魔族、

『岩石裂きのヒポカンポス』。部隊における1,2を争う手だれだ」

「あの山賊たちをどうするつもりなんだっ!?」


 コシンジュはすぐに棍棒の先を向けた。

 鳥なので表情はよくわからないが、肩をしきりにふるわせ笑っているようにも見える。


「わかっておるのではないか?

 奴らの身柄は我々が取り押さえた。死んでほしくなければ後ろのバカでかい山の中腹まで来い」


 コシンジュはヒポカンポスのわきに見える巨大な山に目を向けた。登るのは相当きつそうだ。


「なぜあんなクズどもを人質に、我々をワナに誘うのならもっとまともな連中のほうがいいだろう」


 ムッツェリが小バカにしたように言うと、むしろ相手は的を得たかのように返す。


「クククク……、それこそがワシらの狙いよ。

 お前たちのうち、あのような外道どもに情けをかけようというものは何人いようか」

「仲間割れが狙いかっ!?」

「よく言うた勇者とやら。

 もしや本気であ奴らを助けたいと思っているのは、お前だけやもしれんぞ。

 さあ、果たして幾人(いくにん)があの山を登ってこられようか」

「オレが無視するとか、そういう計算はないのか」


 すると巨大な飛翔獣は2本足になって大きく羽根をバタつかせる。

 あまりの突風にコシンジュ達は思わず身を伏せた。


「グハハハハハハハハッッ! あり得んなぁっ!

 我らは知っておる! 貴様が竜王ファブニーズ様の襲撃(しゅうげき)を受けた際、万民を苦しめた悪名高き国王でさえも、身をもってかばったというではないかっ!

 いかなる悪党と言えど、人間と聞けば救わずにいられないっ!

 それが貴様と言う奴ではないのかっ!?」


 おとなしく身を伏せた巨獣は、まっすぐコシンジュのほうを見つめて不敵に告げる。


「お前は確実にやってくる。それは絶対に動かない事実だ。

 問題はその供回りだ。果たしてどれだけ説得して、あの険しい山まで連れてきてこれるか、楽しみでたまらんわ!」


 ヒポカンポスは再び翼をはためかす。しかし今度は上空に舞い上がる形となった。


「グハハハハハハッッ!

 それでは諸君! 楽しみに待っておるぞグワハハハハハハッッ!」


 クルリとうしろを向いて巨大な山めがけて飛び去っていく姿を見て、コシンジュは吐き捨てる。


「クソッ! なんて卑劣(ひれつ)な奴だっ!」

「卑劣もクソもあるかコシンジュッ!

 何度言ったらわかるっ! あんな奴らに命をかけてまで守る資格はないっ!」


 そう言ってムッツェリが乱暴に腕をつかむのを、コシンジュは思い切りはらった。


「うるさい黙ってろっ!

 ろくにオレのことも知らないで勝手に指図なんかするなっ!」


 そしてムッツェリのほうは無視して、コシンジュは仲間たちに顔を向けた。


「お前らは、オレについてきてくれるだろ?」


 まず最初に口を開いたのはメウノだった。


「私は、コシンジュさんにどこまでもついていきます。

 コシンジュさんは神々に選ばれた勇者です。偉大(いだい)なる神々はあなたのすべてを考慮(こうりょ)したうえで、勇者にと選んだのです。

 わたしにはあなたの選択が間違っているとは思えません」

「他の2人は?」


 しかしすぐに返事はなかった。

 そのまま黙って見つめ続けると、観念したようにイサーシュは首を振ってこたえた。


「コシンジュ、ダメだ。俺はお前の意見に賛同できん」

「……なんでだよっ!」


「そう怒るな! お前の気持ちは理解できる。

 悪党かどうかは抜きにして、相手は魔物だ。無視して先に進めば奴らがどんな目にあうかわからん」

「だったら……」

「だがムリだっ!

 よく考えろっ! お前にとって本当に大事なのはなんだ!?」

「……世界を救うこと、平和に生きる人々を助けること」


 たわけたことのぬかすコシンジュに、イサーシュは乱暴に片手を振った。


「まだわからないのかっ!

 まずは仲間を大切にすることっ! これがまず第1だろっ!」


 コシンジュは言われて、思わずロヒインのほうを向いた。

 さっきからうつむいたままの姿が物悲しい。

 それみたことかと言わんばかりにイサーシュは山を指差す。


「あの山を見てみろっ! どっからどう見ても楽に上れるようなところじゃない!

 あんなところにロヒインを連れて行ったら本当に死んでしまうぞっ!」

「わかってる。ムリをさせるつもりはない。

 少しずつ休憩を取りながらロヒインの体力を温存して……」

「俺たちには時間がないんだっ!

 ゆうちょうに登山なんかしてる場合じゃないんだぞっ!?」

「だったらロヒインは付いてこなくてもいい!

 山を登れる奴だけで行こう!」

「わたしはいいんだよっ! わたしのことはっ!」


 ロヒインが突然顔をあげて叫んだ。全員の顔が一斉にそちらを向いた。


「もうだいぶ体力は付いてきた。だからみんなに後れをとる気はない!

 だけどそんなことよりももっと大事なことがあるの!」

「なんだよロヒインまでっ!」

「いいから聞いてっ!

 もしあの山賊たちを無事助けて、魔物たちもやっつけたとしよう!

 だけどそのあとはどうなるのっ!?」

「頭に血がのぼってるから考えたくもねえよっ!」

「考えてよっ! わたしたちの旅はこれからもずっとずっと続くんだよっ!?

 そのたびに奴らにあんな手を使われるっ!

 行く先々で人質をとられるっ!

 これまでだってさんざん苦労してきたじゃないっ! なのに誰もかれも助けようだなんて、いくらなんでもムリなんじゃないのっ!?」

「それは……」


 さすがのコシンジュもこれにはぐうの音も出ない。


「こんなことばかりやってたら、いつか本当に死んじゃうよっ!?

 わたしはコシンジュが神に選ばれた勇者だっていうことを信じたいけれど、だからって何でもかんでも好きなことやっていいっていうのは、それは虫のいい話なんじゃないのっ!?」


 イサーシュは腕を組んでうなずく。メウノもうつむいて言い返すことができない。

 しかしそれでもコシンジュはあきらめなかった。

 こんなところで自分の信念を曲げてたまるか。あくまで冷静に務め、口を開いた。


「じゃあ言っとくがイサーシュ、ロヒイン。

 もしオレが1人であの山に向かったら、それを無理やり止めるか?」


 イサーシュが「状況による」、ロヒインが「止める方法はある」と言った。

 コシンジュはそれを聞いて完全にキレた。


「もういいっ! お前ら見損なったっ!

 こうなったらオレ1人でも……」


 その瞬間、うなじに衝撃が走った。とたんに意識が遠くなる。


 うかつだった、あまりに頭に血が上りすぎて、真後ろに最大の反対者がいるという事実を完全に忘れていたのだ。

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