第2章 4人目の仲間、なんだけど~その1~
ここは魔界。得体の知れない植物が大地をおおい尽くし、昼間でも暗黒の空がそれを見下ろす。
太陽の代わりとなる魔界光が、かろうじて森を照らし出している。
魔界光からは時おりすさまじい雷が大地を貫く。
か弱い動植物なら一瞬で即死だが、あいにくここに住まう生物はすべて異様なほどの繁殖力をほこり、そんな自然の要害などなんとも思わない。
そんな邪悪な森の中央に、これまた異様な姿をした城がある。
壁面は黒い空に溶け込んでしまいそうなほど薄暗く、無数の尖塔は鋭い槍のように細長い。
この城こそ、新たなる魔王を頂点にいただく、「暗黒城パンデリア」そのものである。
あまりに巨大な規模を持つこの城の中央部、これまたとてつもない大広間に、2つの人影が相対している。
「魔王様、ご報告です。
残念ながら先遣隊の出動も間に合わず、勇者がついに神々の棍棒を手にしてしまいました」
広間の一番奥には、これまた全体が金でしつらわれ、赤いシルクで座面を覆った超豪華な玉座が置かれている。
その手前には高価そうなローブを身にまとってはいるが、顔はどことなく人間離れした風貌の老人が立っている。というか人間じゃないんだけど。
対する玉座に座る人物は、魔王というには少々意外な感じの人物が座る(魔族に「人物」というのは変な感じもするが、面倒なのでこれで通す)。
というのも、その姿は若い青年だからだ。
主人公パーティよりは多少年上に見えるが、魔王と呼ぶにはあまりに若々しい。
しかし、風格はある。
高価な衣服の上にまがまがしいデザインの簡単な鎧を着こみ、真っ白な髪はまっすぐ伸びて、額には上に向かってゆるやかなカーブを描く2本の立派な角が生えている。
まさしく魔王と呼ぶにふさわしい造形をしている。
しかし。
この人物、えらそうにアゴを突いて足を組んでいる割には、さっきから一言もしゃべろうとしない。
「魔王様、聞いておられますか魔王様……」
老人がもう一言しゃべると、魔王は突然異様な行動に出た。
「ぁぁあああああああああああああああああっっっっ!」
そう言って長髪をかきむしり始めた。
さっきまでの威厳が台無しである。
「魔王様、落ち着いてください」
「落ち着くも何もあったものではない!
ふざけるな! 勇者が伝説の武器を手にしたのだっ!
これ相当まずいではないかっ!?」
若干パニクる魔王に対し、臣下の老人は落ち着き払って応える。
「そんなこと言わないでください。
まだ我が軍勢が負けたと決まったわけではないのですから」
「そうは言うがな!
余は別に好き好んで地上侵攻計画を企てているのではないんだぞっ!?
魔界の人口爆発で仕方なく挙兵する羽目になっているのだっ!
先代である父上と違って意気揚々(いきようよう)と地上を征服しようと思っているわけではないからな!」
「そんなことをわたくしに言われても困ります。
先代魔王様、『タンサ様』のご遺言は、まさしくすべての魔界軍団に産めよ増やせよと命令されたのでございますから」
「それってあれではないかっ!?
ようは前回の戦いは質で劣ったからってことだから、とりあえず数で勝負って言っておるのではないか!
物量作戦のつもりで人口増やされてもこっちが困るわ! 後継者の余の苦労も少しは察せよともうしておるに!」
すると魔王はおもむろに立ち上がり、2,3歩進んで両手をかかげた。
「だいたい簡易ゲートで送れる軍勢はごく少数!
これでは勇者に差し向ける刺客は当然精鋭ばかりになってしまうではないか!
人的資源の浪費となじられても仕方ないぞ!」
「そうとは限りません殿下。
数が増えれば人材も増えます。そして人口爆発による争いの中で、魔物たちも力をつけていきます。
量ばかりでなく質においても、今回は恵まれておりますよ」
「だいたいなんだよふざけんなよ!
もとはといえば父上が神々のお膝元である地上を征服しようなんてバカなことを考えるもんだから、天界の連中が神聖な武器与えてパワーアップさせちまうんじゃねえかよ!
何考えてんだよ!」
もはや話を聞いてなかった。
「……しかし、今回は向こうのほうが有利とは限りませんよ」
「……どういうことだ」
ようやく魔王が臣下に目を向ける。
老人は一息ついて続ける。
「何を思ったのでしょう。
神々はどういうわけか、棍棒を勇者の子孫とはいえ、子供といってもいい少年に受け渡したとのことでございます」
これにはさすがの魔王もアゴに手を触れて考え込む。
「なぜだ?
まさか神々が勇者の血を引いているというだけで、子供に伝説の武器を渡すか?」
「血を継いでいるというだけなら、その者の父親もまだ壮健でございます。
神々は何らかの意図で、わざとその歳若い息子に勇者を指名した、と考えられますが?」
「しかし、少年ということなら我々にもチャンスがある。
おそらくそれほど経験を積んではおるまい。早めに対処すれば神の武器も早々に奪い取れよう」
「おっしゃるとおりでございます。
そしてもう一度言いますが、今度の部隊はいずれも精鋭ぞろいでございます。
そのことを如実に証明して見せましょう」
すると老人は後ろをむき、大声で呼びかけた。
「魔界大隊総帥、『竜王ファブニーズ』! ここにっ!」
「はっっ!」
すると大広間一口の暗がりから、新たな人影が現れた。
「竜王」という割には、普通の中肉中背の男である。
ただ額からは1本の立派な角が生えてはいるが。
彼はすぐに老人の前にひざまずいた。
「『魔界宰相ルキフール』様、お呼びでございましょうか!」
ルキフールと呼ばれた老人ではなく、魔王のほうが反応する。
「おお、お前か! ずいぶん久しぶりではないか!」
言われたファブニーズもうれしそうな顔を見せる。
「これは、『魔王ファルシス』殿下、久方ぶりでございます。
このたびはわたくしめを大隊総帥に任命していただき、まことにありがとうございます」
「うむ、大隊の首尾のほうはどうだ」
「上々でございます殿下。
来たるべき『アビスゲート』解放に向けて、着々と大部隊の編成が進んでおります」
「しかしいいのかルキフール。
魔界大隊から次の刺客を引き抜くとなると、指揮系統に問題が生じたりはしないのか」
「問題ありません。
大隊の中には一般部隊の枠に入れることができない、特別な手練がございます。
なんでもその中に、とっておきの刺客がいるようで」
それについてはファブニーズ自身が答える。
「その通りです。
わが大隊の中には、勇者の息の根を止めるにふさわしい、
さいっっっっっっっっっきょう、の刺客がございます!」
それを聞いたルキフールが妙な反応を示した。
「ほう、さいっっっっっっっっっきょう、の刺客とな」
「ええ。さいっっっっっっっっっきょう、でございます」
そしてルキフールは魔王に振り返るなり言った。
「というわけでございます。
ファブニーズがさいっっっっっっっっっきょう、と申しておるのですから、確実に勇者はさいっっっっっっっっっきょうの刺客に間違いなく討ちとられるでしょう」
「うん、最強をそこまで協調しなくてもよいぞ」
魔王は少々あきれながらも深くうなずいた。