第13話 新しい仲間~その4~
「俺はこの酒場のマスターだ。だけど上の宿屋も仕切ってる。
れっきとした村長を置いていないこの村じゃ、ちゃんとした店を構えてる俺が実質的なトップだ」
カウンターの奥に立つマスターが台所に両手をつきながら自己紹介をする。
「話は聞いているとおっしゃってましたが、よく我々が勇者一行だと気づきましたね」
ロヒインの問いかけに、マスターは腕を組んで鼻で笑った。
「ああ、それなら伝書バトの手紙にお前らの風貌が詳細に書いてあったからだ」
「多分ヴィーシャさまの仕業ですね……」
「聞こえてるぞ魔法使いのお嬢さん。
ていうか手紙だとかわいらしい顔をした奴だと聞いていたが、まさかこんなベッピンさんだとはね。
少々おどろいた」
「姫さま、手が込んでやがる。
どちらをとっても誤解が出ないような説明になってる。
ていうか姫さまこうなることを予測済みだったのか? なんて恐ろしい……」
心底おどろいた様子のコシンジュに、マスターは意味がわからず首をかしげる。
「ところで、こんなところにまでやってくるということは当然山登りが目的だな?
街道を進まないのは当然の選択だが、ここは山脈の開拓ルートの中でもかなりの難所。
この先を進むのはあまり賢明な選択とは言えないな」
「話は聞いていますか? 魔王軍はすでに地上世界の侵攻に乗り出しているそうです」
ロヒインの話にマスターは腕を組みながらアゴヒゲに手を触れる。
「ああ、南からやってきた連中から聞いている。
今回はなんとか持ちこたえたそうだが、次は危ないな。お前らがあせるのも無理はない」
するとマスターは再び両手をついて、まじまじとコシンジュ達を見つめる。
「だが、この山を甘く見るな。
はっきり言っておくが、どうしてもここを渡りたいっていうんなら、今日中に出発するのはムリな話だ」
これには4人もおどろいた。コシンジュが代表して声をあげる。
「そんなっ! 村の人たちを見たでしょう!
みんな不安にかられてる。オレたちがこのままここにとどまれば、ウワサが本当になるかもしれない」
「どのみちもう夜がふける。
獣や山賊がいるかもしれないこの山脈で、きちんとした野営地じゃない場所に泊まるのは自殺行為だ」
そしてマスターはコシンジュの顔をまじまじと見つめた。
「お前さんが勇者だそうだな。
まさかこんな小僧がと思ったが、神の武器を扱うには体力より人柄ってことか。その態度を見てよくわかったよ」
コシンジュは照れ臭くなって角つき帽子ごと頭をかいた。
「案外賢いみたいだが、それでもお前さんはまだ小僧だ。
若さにまかせて突き進むだけじゃ、魔王にたどり着くことはできねえぞ」
「……まったくだ。
話を聞いてないでどんな連中が来るのかと思っていたが、まさかこんな年端のいかないガキどもが来るとは、いったいぜんたいどうなっている?」
4人は声のしたほうにふりむいた。
そばにあるテーブルに、妙な人物が座っていることに気づいた。
全体が緑色の服装に、皮をなめした簡素な鎧を着ている。
頭には前後が長いつばの帽子をかぶっており、顔は見えない。
そう思いきや、その人物はおもむろに帽子を取った。
亜麻色の若干ウェーブがかった少し短めの髪に、少しきついがかなり整った色白の顔をしている。
「お、すげえ美人」と思わずコシンジュがつぶやくと横でロヒインがわき腹を思いきりついた。
コシンジュが痛みをこらえていると、マスターが小さく笑いながら言った。
「すまねえな口が悪くて。
紹介しよう、こいつがお前らを山に案内する登山ガイド兼狩人の『ムッツェリ』だ」
これにはさすがの4人も「えぇっ!?」とおどろきの声をあげる。
すると突然ムッツェリは乱暴に立ちあがり、ズカズカと4人の前まで移動した。
そして腰に手をやり、片足の力をゆるめてまるでポーズをとるような姿勢になる。
「お前ら、どういう事情があるか知らないが山をナメてるだろ」
「ナメてないっ! ナメてないナメてないよっ!」
コシンジュがあわてて手を振ると、ムッツェリがギロリとにらみつけてきた。
思わずビクリと姿勢を正す。それをいいことに相手はコシンジュの前まで立った。ヒールのない靴をはいた彼女はコシンジュと同じくらいの身長だ。
「お前のような奴が勇者だと? まったくとんでもないことだ。
神々だか何だか知らないが、よりによってお前のような奴を選ぶとはどうかしてる」
「な、なんてぶしつけな……」
メウノが小さい声でつぶやくと、ムッツェリは鋭い視線を向けた。
メウノがあわてて頭を下げると、彼女はゆっくりとした足取りでそちらの方に向かう。しかしその途中で足が止まった。
その視線はとなりにいるイサーシュに向けられている。
「お前、まだ若いが腕は確かそうだな。てっきりお前のほうが勇者だと思ったぞ」
「おほめにあずかり光栄だ。
言っておくがそこにいる生意気な勇者の何十倍も腕がたつ」
イサーシュはここぞとばかりにいまいましい手つきで前髪をなでつける。久々に見たが腹が立つ!
ところがこれが気に入ったようで、ムッツェリは先ほどとは一転して妖艶と言ってもいいほどの魅力的な笑みを浮かべた。
「そうか、それは楽しみだ。
お前のような奴が一緒ならいい旅になるだろう」
「く、クソっ……! なんでか知らんが気にいられやがった……!」
コシンジュは拳をにぎり顔も思いきりしかめる。
「クククク、せいぜい足を引っ張らないようにしろよ」
ムッツェリはこっちを見て不敵な笑みを浮かべる。コシンジュはますますくやしそうな顔になる。
「くそっ! オレが主役なのに……! オレが主役なのに……!」
それを平然と無視し、ムッツェリはようやくメウノの前に立った。
すると今度はあきれたような顔になる。
「お前、なんだ?
とても戦士のようには見えないが、何の目的でこいつらについてきてるんだ?」
とたんにイサーシュが噴き出した。
コシンジュとロヒインがあわてるなか、相手は少し怒った表情になる。
「回復術に長けた僧侶のメウノですっ!
魔王打倒の旅はケガがつきものっ! 治療は危険を伴う旅に必要不可欠なことです!
それが何かっ!?」
ムッツェリは自分のアゴに手を触れ、メウノの顔をのぞき込む。
「治療の専門家か。で、そちらの方ばかり勉強して武道のほうはカラキシか?」
「ナイフ投げが得意です。強力な武器も携行してますので後れはとらないかと……」
こちらの方は早くも険悪なモードだ。
メウノがここまであからさまな態度をとるのも珍しい。
そう思っていると、ムッツェリはなぜかクスクスと笑いはじめた。
「それにしても、面白い顔をしているな。
さぞ横にいる魔導師と比べられておだてられているに違いない」
一番言ってはいけないことを言ってしまった。
メウノは最初ノーリアクションだったが、突然ふところに手を差し込んだ。
「メウノっ! 早まるなっ! 相手は人間だぞっ!」
コシンジュの制止にメウノははっとして「す、すみません……」と恐縮するが、目だけはムッツェリを凝視し続けている。
当の本人はそんなことお構いなしに、最後の品定めに映ったようだ。
彼女はロヒインの前に立つなり、その顔をじっと見つめる。
そして若干小バカにしたような顔つきになった。
「なんなんだ? そのいかにも
『ワタシあまりにもカワイイので30代の若さで死にます』みたいな顔は」
ロヒイン以外の全員が噴き出した。当の本人は開いた口がふさがらないでいる。
「お前本当に大丈夫なのか?
そんなヤワな見た目じゃ、どうせドジばかり踏んでほかの連中の足を引っ張りまくってんだろ?
よくお前みたいな奴が魔導師としてやっていけるな。
どうせ魔法学校でも落第だったんだろうが」
自分も美人なのを棚上げにし、完全に見た目だけで人を判断しているムッツェリ。
3人は必死で笑いをこらえようとしている。しかも完全にダマされている状態で。
だが、ロヒイン自身は悠長に受け流せる気分ではないらしい。
「なっ、なんなんですかあなたはっ!
さっきから言いたい放題言ってますけど、じゃあそういうあなたは……」
ボンッ! ロヒインの全身が大きな煙に包まれた。
瞬間ムッツェリは「うおっ!」と短い悲鳴をあげてのけぞる。ついでにマスターもびっくりしている。
2人があわてて顔をおおった手をどけると、目の前には全く別の人物が立っていた。
「ほら、変身なんかしてるからまたよけいなところで人をおどろかせた……」
コシンジュがあきれかえっていると、ムッツェリはご機嫌斜めと言わんばかりにロヒインをにらみつける。
「これはなんだ?
わざわざ人をおどろかせて不興を買おうって腹積もりか?」
「あ、いや、これは違うんです……あの……」
口ごもるロヒインに向かって、ムッツェリはびしっと人差し指を突きつける。
「だいたいなんなんだその顔はっ!
姿形が変わっても相変わらず早死にしそうな顔しやがってっっっ!」
一瞬場が凍りついた。
と思いきや、周りにいた全員が爆笑のうずに包まれる。
「ギャハハハハハハハハハッッッ!
な、なんだよっ! 早死にってっ! 早死にって……!」
これにはさすがのコシンジュも腹を抱えて笑っている。イサーシュはおろか、メウノまで同様である。
イサーシュに至ってはヒザをついて床をどんどんと叩いている。
たいしてロヒインは顔を真っ赤にして怒っている。案の定バクハツした。
「いい加減にしてくださいっっ!
あなたはどんだけ人をバカにすれば気が住むんですかっっっ!」
「バカにしてんのはてめえらのほうだろうがぁぁぁぁっっっ!」
怒号が酒場中にひびき渡った。
遠目から見ていた客たちまでが押し黙り、部屋全体が沈黙に包まれる。
「てめえら一体何を考えてやがるっ! わかってんのかっ!?
てめえらが行こうとしてるのはマンプス山脈の中でも屈指の危険ルートなんだぞっ!?
いまじゃしょっちゅう山登りの好きな連中がやってくるが、それでも毎年のように死者が出る超危険地帯なんだ!
それをわかっててやって来てんなら、ふざけてないでもっとまじめに取り組みやがれっっ!」
それを聞いて、コシンジュとロヒインはうなだれた。
イサーシュはざまあみろと言わんばかりのすまし顔、メウノは憮然とした顔をしている。
しかし、ムッツェリは残りの2人に対しても鋭い視線を向ける。
「お前たちもだ。ここにいる全員が山に対する心構えが足りない。
人ごとだと思わずにそのことをわきまえろ」
それでもイサーシュは首をすくめて見せ、メウノはそっぽを向いた。
ムッツェリはため息をつくと、4人の正面を向いた。そして声を張り上げる。
「いいか! 心して聞け! お前たちには山に登ってもらう前に、
数日にわたって山登りの訓練を行ってもらう!」
「「「「……は、はぁっっ!?」」」」
これにはさすがに全員がすっとんきょうな声をあげた。ムッツェリは腕を組む。
「文句あるか?
お前らが今までどんな修羅場をくぐってきたか知らんが、ただ単純に敵と戦うことと、山登りは必要とされるスキルがちがう。
お前らは山登りに関しては完全に素人だ。だからわたしの指示に従って、お前らは登山のスキルを身につけなきゃいかん」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよっ!
我々は急ぐんですっ! 悠長に山登りの訓練なんかして、それで魔王軍の侵攻に間に合うと思っているんですか?」
ロヒインの反抗にムッツェリは鋭い目線で返す。これには「うっ……」としか返せない。
「急ぐもなにも必要なことなんだから仕方ないだろう。
それにあわてる必要もない。もっとも安全な街道ルートは最低でも一カ月かかる。
他の登山ルートに行くにしても、わたしと同じことを言われるのがオチだ。
お前らの身の上なら、そうなる前に追い返される可能性も高いな。仕方なく受け入れられるだけありがたいと思え」
コシンジュがはっとして言い返す。
「そうだ! 俺たちは常に魔物たちに狙われてる! 先を急がないとこの村が危ないっ!
訓練するには仕方ないにしても、もっと別の場所でやれないのかっ!?」
ムッツェリは「ほら、そんなこともわからない」と言って人差し指を立てた。
「いいか? 登山ルートは渡りきるのに早くても8日はかかる。
それに従って装備品も多くなるんだ。食料は現地調達するにしてもそれ以外にも一度には列挙できないような数多くの備品を持っていかなきゃいけない。
それを4人分用意しなきゃいけないんだ。ある程度準備してはいるが、お前らの様子を見てから判断しなきゃいけない品もあるんだ」
あまりの正論に、4人は反論することができない。
「それに山登りの訓練には、ここの近所じゃなきゃできないものもある。遠出もできない。
わかるか? お前らはそんな予備知識もないから、いちから鍛え直さなきゃいけないんだ」
ここでイサーシュが口を開く。
「言いたいことはわかる。
だがこの村はどうなる? 魔物たちは我々の命を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
襲うんなら足場が不安定な山の中が狙い目だが、この村には大勢の人々が暮らしている。
彼らを人質にとる可能性も考えられないか?」
「それに、あなた自身はどうなんです?
山登りに関しては相当のスキルがあるようですが、逆に戦闘のほうに関しては大丈夫なんですか?
我々をバカにするくらいなら、その方面は自信があるんですよね?」
いささか挑発的な言い方をするメウノに対し、ムッツェリは突然あらぬ方向に歩き始めた。
すると突然テーブルに立てかけてあった何かをとり上げた。
それがかなり大きめの弓だとわかった瞬間、ムッツェリはおどろくべき速さで矢をつがえると、いきなりメウノに向かって弦を引き絞った。
「ちょっ! お前いきなりなにやって……!」
コシンジュが制止するヒマもなく、ムッツェリの弓からいきなり矢が放たれた。
矢はスレスレのところでメウノの横を通り過ぎ、反対側の壁にまっすぐ突き刺さる。
コシンジュが振り返ると、メウノは大きく目を見開いたまま硬直していた。
「挑発が、と、とんだ災難に……
ていうかなんて腕前……」
「言っただろう。
私は登山家である前に狩人だ。弓矢の腕でわたしにかなう者はいない」
矢を失った弓を降ろしながら告げる。
そして同時に腰に手をやると、いきなり妙な形をした大柄なナイフを取り出した。
「遠距離だけでなく、こちらの方も得意だ」
ムッツェリは中央が折れ曲がった大型ナイフを器用に振り回し、テーブルの真上にまっすぐ突き立てる。
それを見たイサーシュが不敵な笑みを浮かべる。
「いい腕だ。これだけの技があれば自分の身を守るのに苦労しないだろう」
「お前らはここのところ魔物を相手にしてきたんだろうが、私は幼き頃からずっと山の獣たちを相手にしてきた。
自分の身を守るだけでなく、魔物どもに対しても積極的に戦わせてもらう」
「相手は単なる獣ではありません。強大な力を持った魔物なんです。
我々もそうなんですが、特別な力がなければとても相手にはなりませんよ?」
ロヒインの指摘に、ムッツェリは細かくうなずく。そしてマスターの方向を向いた。
「マスター、あれを」
大柄な店主は「あいよ」と言ってカウンターの上に何かを置いた。
ムッツェリはおもむろに木製の箱をとり上げると、フタを開いて中身をこちらに見せつけた。
中にはいくつかの矢印、いや矢じりが入っている。どれもくすんだ白色をしている。
「ランドンの連中がこいつを送りつけてくれた。
お前たちがいままで倒してきた魔物連中の骨を削って造られた矢じりだ。
なんでも強力な魔力が秘められているそうだ」
「なるほど、これがミンスターの鍛冶屋さんが言っていた『贈り物』ですね?
これなら強力な魔物にも強い効果を発揮します」
ロヒインの返答に、ムッツェリはフタをぱたんと閉じながら言った。
「そういうことだ。こいつさえあればわたしも魔物たちと堂々と戦えるだろう」
「まだ矢じりだけなのか?
これから登山だっていうのに、ちゃんとした矢をつくらなくていいのか?」
「いくつかはすでにつくってある。
こいつは予備のものだ。残りの部品は山の中で現地調達する」
コシンジュはもう一度質問する。
「現地調達? 見たところサバイバル技術もありそうだが、なぜほかの部品を持っていけないんだ?
あらかじめ全部作っておけばいいじゃないか」
「バカかお前は」
言われてコシンジュは「うっ」と発する。ムッツェリはぶぜんと応えた。
「矢を入れる筒の大きさは限られてるんだ。ましてや登山は大荷物。出来るだけ持てる者は少なめにしておきたい。
それに魔物用の矢だけでなく、食料となる獣を狩るための普通の矢も用意してある。
いちいち全部用意してたらきりがない」
「なるほど、よくわかった。これで何も問題はないな」
イサーシュがまとめると、ムッツェリは4人を見回した。
「他に質問はないな。
ならさっそく近くの岩場に行って、さっそく訓練を……」
その時だった。酒場の外で、何やら騒ぎのような音が聞こえる。
とたんに酒場の扉が開かれた。
明かりの中から息も絶え絶えと言わんばかりの青年が現れ、あわててマスターのもとに駆け寄る。
「た、大変だっ! ま、魔物たちだっっ!」
「「「「「なっ、なんだって(ですって)っっっ!?」」」」」
マスターを含めたほぼ全員がおどろいた。イサーシュはすぐに顔をしかめる。
「案の定、村人たちを人質に俺たちをおびき寄せるつもりだな?」
「くっ、敗北に敗北を重ねて少しは慎重になるかと期待してましたが、甘かったようですね」
ロヒインが苦い顔を浮かべる横で、ムッツェリがそばにあった奴つの中から例の矢じりがついた矢を取り出した。
見ながら不敵な笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。こいつを試すいい機会だ」
「ちょっと待てよっ!
村人たちが人質にとられてるんだろっ!? まずは様子を見ないとっ!」
そういうコシンジュの横で、イサーシュがすぐさま窓際に向かって素早く駆けこんだ。
途中テーブルの客に「奥に引っ込んでろ!」と告げながら、窓の下に隠れるようにして張り付いた。
顔だけを出して外をうかがうと、頭を下げてこちらに振り返った。
「まだ奴らはこちらに気づいていない。みんな身を伏せてこっちに来い」
イサーシュに従い、4人は身を伏せながら若干急ぎ気味に窓の下に隠れた。
1つの窓では足りなかったので、ロヒインとメウノは別の窓に移る(ムッツェリと一緒にいるのが嫌なんだろう)。




