第1話 旅立ちっぽい展開~その6~
幸い(というかなぜか)、死者を1人も出さずに騒動は終結した。
勇者の活躍はすぐに村じゅうに広がり、村役場前の広場には大勢の人が彼の活躍を祝福した。
村人の1人がコシンジュをほめたたえる。
「いや、びっくりしたぜぇ。
しかしさすがはあの勇者の子孫だけのことはあるな」
「いやいやぁ、それほどでも……」
「伝説の武器が棍棒だってことにもびっくりしたけどな!」
「それを言うための前フリだってことはうすうす感づいてたよ!
ていうかこのイジリ毎度恒例になんのか!? 少々しんどいんだけど!」
少しいやな顔をしたコシンジュを中年の村長がなだめる。
「まあまあ、落ち着きたまえよコシンジュ。
しかし何だな、これを言うのは気が引けるが、勇者の後継者が現れた以上、落ち着いてはいられん。
すまないがお前には早々に旅立ってもらわねばならん。
このまま村に留まり続ければ、今度はより厄介な刺客を送ってくるのかもしれんからな。
村のみんなを守るのも難しくなるだろう」
「わかってますよ村長。オレはすぐにでも旅に出るつもりです。
さびしいですけど、もうすぐ村のみんなとはお別れです」
「とはいえ、お前を1人で旅立たせる気はない。
この村には幸いにも頼りになる者が2人もおるからな。
イサーシュ、ロヒイン。お前たちの活躍も聞いておる。
2人なら旅の仲間として問題なく勇者を支える使命をこなせよう」
「お任せください。彼の身は必ずわたしたちが支えて見せます」
「こちらこそ、俺が必ずコシンジュをも超える活躍をして見せます」
イサーシュの発言を聞いた全員が同時に「ん?」と首をかしげた。
対する本人はしれっと「いやなんでもありません」と言ってのけた。
「しかしどうしましょう。
この村を抜けるにしても、そのあとはどう行動すればいいのか」
「前回の旅なら南の大陸にある、魔王の城に向かうけどな。
しかし今回はあいにく魔王がまだ現世には現れていないようだし、一体どこに向かえばいいのか……」
コシンジュとイサーシュが首をひねっていると、ロヒインがおもむろに口を開いた。
「それならわたしに考えがあります。とりあえずは……」
「コシンジュっっ!」
ロヒインの声を誰かがさえぎった。
3人が一斉にそちらのほうを振り向くと、そこにはコシンジュの母、リカッチャの姿があった。
「……母ちゃん!」
コシンジュの声は悲痛そのものだった。
エプロンを握るその顔は涙でくしゃくしゃにしている。
リカッチャはすぐに息子の身体を抱きしめると、顔だけを離して涙声で叫んだ。
「まさかあんたが、まさかあんたが……!」
その訴えに息子はただかぶりを振ることしかできない。
横からロヒインが肩に手をかける。
「神々が選んだことです。今さら運命は変えられませんよ」
するとリカッチャはロヒインに向かって少し怒ったようになる。
「そんなことわかってるわよ!
でもこんなことって、うちの息子まだ14歳じゃない!」
「そんなこと言わないでください。
わたしやイサーシュだってそんなに歳が離れてないんですから」
リカッチャは必死になだめるロヒインを無視し、もう一度息子の顔をまじまじとなだめ、そして両頬に手をそえる。
「コシンジュ。お願い、どうか神様の誘いを断って。
無茶なこと言ってるのはわかってる。
だけどあたしは、そんな危険な旅は他の誰かに任せて、あんたにこの村に留まってほしいと思うの」
「どうしてそんなことが言えるんだよ。理由は?」
コシンジュはそんな母親に冷静な言葉を告げる。
母は一瞬たじろいだが、その先の言葉が続かなかった。
「オレが、母ちゃんの子供だから。そうなんだろ?
オレ、思うんだけど神様に選ばれたのがもし親父だったとしても、きっと大反対してたと思う」
「それは……」
そしてコシンジュは真剣な目を向けて、母親のほおにそえる手に触れる。
「母ちゃん。
これは神様に与えられた使命である前に、そして勇者の家の使命である前に、おれ自身の夢なんだ。
どうしても行きたいんだ。本物の勇者になって、世界中のみんなをあっと言わせたいんだよ……」
「コシンジュ……」
そう言って母親は目をギュッと閉じて顔をそらす。
ロヒインも声をかける。
「わたしも、ちょっと前まではコシンジュには勇者はムリだと思ってました。
でも彼が勇者の武器を手にした姿を見たとたん、考えが変わったんです」
リカッチャがロヒインのほうを見たのを確認したあと、彼は続ける。
「彼には他の者にはない、特別な才能があるんです。
それは、『勇気』です」
「ゆう、き……」
「はい。彼が伝説の武器をたずさえているとき、そこには何のおびえもなかった。
強大な敵を前にしても、さも当然のごとく武器を扱い、何のちゅうちょもなく打ち倒したんです」
それからロヒインは満面の笑みを浮かべてうなずく。
「大丈夫ですよ。わたしが保証します。彼はきっとやってくれますよ」
そう言われて、リカッチャもうなずかざるを得ない。
彼女はもう一度息子の顔を見つめた。
「コシンジュ、じゃあこれだけは約束して。
必ず生きて帰ってきて。
前の勇者みたいな結末は、絶対に来ないって誓って」
コシンジュは目を見開いた。
『前の結末』というのは、かなり悲惨なものだった。
勇者ロトロは壮絶な戦いの末、魔王と刺し違えて果てたのだった。
この棍棒は残された仲間たちが持ち帰ったものだ。
リカッチャは同じ末路をたどるのではないかと心配しているのだ。
だけどコシンジュはためらわなかった。
「母ちゃん、約束する。オレは必ず、生きてこの村に戻ってくる。
必ず使命を果たして、新しい勇者としてここに帰ってくる」
「必ず、必ずだよ……」
そう言ってリカッチャはもう一度、ギュッと息子を抱きしめた。
翌日、コシンジュ、イサーシュ、ロヒインの3人はそれなりの荷物をまとめて村入り口に立った。
大勢の村人とともに、村長、チチガム、シイロが彼らを見送る。
リカッチャと下の妹や弟とは家の前で別れた。
コシンジュは出立前にもらった、小さな角のついた帽子をギュッと頭にかぶった。
ロヒインも魔導師らしくとんがり帽子をかぶっている。
「しかしくやしいな。
出来れば俺も一緒についていきたいんだが」
本当にくやしそうにチチガムはつぶやく。村長が告げる。
「仕方ないだろう。
もしかすると刺客が人質をとるためにこの村をおそってくるかもしれん。
それを考えればお前はここに残って兵士たちとともに村を守ってもらわねばならん」
「村長、ワシも老体ながらご助力いたしますよ。
というよりこの歳じゃ、長旅に出るのはムリなだけなんじゃがな」
「それはそれは、先生ありがとうございます」
老人2人が社交辞令しているあいだに、こっそりチチガムがつぶやく。
「しかしホントにおしいな。
俺、もしスキがあったらこっそりついてってやろうかな」
「「なんか言ったかなぁ!?」」
地獄耳のごとく聞いていた老人たちが一斉にチチガムに振り向く。
「なんでもありません! なんでもありませんよぉっっ!」
あわてるチチガムに、旅の3人はケラケラと笑った。
「さて、そろそろ行くとしますか」
ロヒインのかけ声とともに、3人が一斉に村の外へと歩き出した。
「じゃあ、ちょっくら魔王退治に行ってくるぜ!」
「ロヒイン、気をつけるんじゃぞ」
「イサーシュ、しっかり2人を支えるんだぞ」
「3にんとも、かならず生きて戻ってくるんだぞ!」
「「「「が~んば~れよ~~~~~~!」」」」
シイロ、チチガム、村長に続いて村人たちからの声援に送られ、イサーシュとロヒインが手を振る。
そしてコシンジュは拳をかかえあげた。
かくして、勇者たちの長い長い旅が始まるのである。
「いや~、でも旅に出るってワクワクするな。
村を出るのは初めてじゃないけど、今度は長い旅になりそうだもんなぁっ!」
テンションMAXのコシンジュに対して、ロヒインもそれなりに陽気に告げる。
「わたしは先生とともにこの村を訪れて以来だな。
外の世界はいったいどのようになっているんだろう……」
ところが、なぜか1人だけむっつりしている奴がいる。
コシンジュは問いかける。
「おいイサーシュ。なんでお前そんな難しい顔してんだよ。
勇者の旅だぞ、冒険の旅だぞ。もっとテンションあげろよ」
そこでコシンジュははっとする。
「ま、まさかお前ビビってんのかぁっっ!?
危ない長旅になるってんでビビりまくってんのかぁっ!?」
「む、無理もないかもね。
たしかにワクワクするけど、不安も同じくらい大きいし……」
「おいコシンジュ……」
イサーシュがむっつりした顔のまま告げる。
対するコシンジュは言いすぎたかと少々ビビる。
「お、おう。どうした……」
「いまだから言う。
俺の武器とお前の武器入れ替えろ。伝説の武器よこせ」
「「……はぁぁっっ!?」」
これにはさすがの2人もすっとんきょうな声を上げる。
「え、今さらっっ!?
今さらこの武器ほしくなったのかよっ!?」
「ま、まさかイサーシュがこんな無骨な武器を欲しがるなんて……」
「無骨な武器って言うなロヒインッ!
勇者の武器だぞ!」
「俺もその威力を見て思った。俺もその武器がほしい。
勇者の名は俺のものだ」
イサーシュが前を向いたまま答えるのを見て、他の2人はつい立ち止まってしまう。
「ヤバい……今の目マジだった」
「ちょ、ちょっと怖いよ。
イサーシュまじでコワいよ~」
なぜかひそひそ声で話しあう2人に、イサーシュは振り返った。
そして彼らを思い切りにらみつける。
「「ひぃぃっっ!」」
「早く行くぞ2人とも。それとだ。
いいかコシンジュ、もしおまえが少しでもマヌケな戦い方を見せてみろ。
そしたら俺はすぐにお前の武器をぶんどってやるからな。覚悟しとけよ」
「う、うわぁぁ、はいぃ、わかりましたぁぁ……」
「うぅっ。リ、リーダーは、コシンジュでなくイサーシュで決定ですね……」
2人はとぼとぼとイサーシュのあとをついていった。
そんなことはさておき、ようやく旅の始まりである。
少々心持ちがおかしい3人をしり目に、天気はごくごく快晴である。
見渡す限りの大草原を、高くなり始めた太陽が照らす。
そのうち3人も機嫌を取り戻して、祝福するかのように陽気な光景に心おどらせるであろう、はずである。