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第12話 ドラゴン・リアリティショック~その4~

「で、これからどうするんだ?」


 頭を抱えるメウノを立ちあがせるコシンジュを見て、何気ない口ぶりでイサーシュはつぶやく。

 するとコシンジュがいきなり振り向いてどなりだした。


「なにのんきなこと言ってんだよっ! 早く何とかしないと被害がどんどん広がっていくぞっ!」


 コシンジュはアゴでいまだに煙がくすぶり続けるヴルタスのなきがらをさした。


「他の人たちもあんな風になるかもしれない!」

「貴族に(やと)われた処刑人などどうでもいいですが、一般市民に被害が出るのは避けたいところですね」


 ロヒインがつぶやくと、まっすぐ上空を指差した。偶然かいなか真上を巨大な影が横切る。


「奴を止めるためには対空攻撃しかありません。

 つまりわたしの魔法しかないのですが、そのためには見晴らしのいい場所に行くことが肝心です」

「見晴らしのいい場所?」


 言いつつもコシンジュはある方向に目を向ける。同時にロヒインの人差し指もそちらに向いた。


「場所は1つしかありません。あの装飾過多な城なら、奴を狙って魔法攻撃を食らわせることができます」

「よしっ! それなら街が狙われる心配もなくなるな。城の連中も奥に避難させれば大丈夫だろう」


 イサーシュの言葉にロヒインとコシンジュはその場をかけだそうとするが、違和感を覚えて両者振り返った。

 壁にもたれるメウノは理解できるが、イサーシュもなぜかその場を歩こうとしない。


「イサーシュッ!」


 ロヒインが叫ぶが、コシンジュはその方をポンポンと叩いてイサーシュの足元を指差した。

 その両脚は細かくふるえている。


「完全にビビってんのかよっっ!」


 とたんにイサーシュが両手で顔をおおって「いやぁっ!」と甲高く叫んだ。

 そのあり得ないリアクションに2人はひきつった笑みになる。


「ま、まあコイツにしては冷静だったほうだ。オレなんかあの巨体を見て最初からパニックだったからな」

「わぁっ! どうしようコシンジュッッ!」


 すると突然ロヒインがコシンジュの両肩にしがみついて身をゆすり始めた。


「お前まで思いだしたようにパニくんなよっ! あいつに対処できるのはお前しかいないんだろっ!?」


 急いでロヒインの身体を引きはがし、すぐに城門の前まで駆けつけた。


 鉄柵の巨大な扉の前まで行くと、しかし突然足を止めた。

 扉に張り付くようにして、数人の騎士が行儀正しく整列しているのだ。


「お前らどけよっ! 死にたいのかっ!?」


 コシンジュは大手を振って呼びかける。

 よく見ると重々しい甲冑を着こんだ彼らは細かく震えている。その1人がふるえる声で応じた。


「そそそ、それが、国王の命令で、我々はここを守るよう、お、おおせつかりまして……」

「なんでだよっっ!」

「場内に人が逃げ込めば、城の中が荒らされると申されております。

 たとえ貴族であってもご自慢の城が無体なことになってはならないと」

「アホかあいつはっ!?

 貴族連中さえ見捨てたらあいつあとでどんな目にあわされるかもわかってないのかよっ!?」


 その時背後から異様な気配がした。

 振り返ると広めの街道の開けた空の向こうから、巨大な翼を広げた影が迫ってくる。


「ほらっ! 案の定奴がやって来やがった! はやく逃げないとお前らも丸コゲにされるぞっ!」


 すると、騎士たちは一斉に動き出し後ろに向いた。

 甲冑のおかげでよく見えなかったが彼らの背後には何かが置かれており、統率された動きでそれを前面に押し出した。

 重厚感のある鈍く光る巨大な長方形の数々が、ドシンと地面を震動させながら叩きつけられる。


「タワーシールドっ!? ずいぶん準備いいなお前らっ!」

「コシンジュッ! ふせてっ!」


 ロヒインに肩を押されると、コシンジュは振り返りながらその場にヒザを突いた。

 とたんに目の前が激しい炎に包まれる。とたんに強い熱を感じたがそれもほぼ一瞬で終わった。


「みんな、大丈夫かっ!?」


 言いながら振り返ると、騎士たちはタワーシールドを前方に倒しながらよろめいている。


「そんなっ、防御しきれなかったっ!?」

「いや、よくもったほうだよ!

 さすが竜王だけあって攻撃力が半端ない! このダガーの防御力のほうがそれほど強いってことだよ!」

「お前らはやく逃げろっ! 死んじまったら元も子もねえだろ!」


 コシンジュが言うと騎士たちは金属をガシガシいわせながら、はうようにしてその場を動きだした。

 ようやく目の前が開ける。なんだか一面が真っ赤な光におおわれている。


「そう言えばメウノとイサーシュはっ!?」

「大丈夫。奴が火炎を吐く前に建物の影に隠れた。というか炎は2人をそれていった」


 誰もいなくなった通りを確認して、コシンジュは鉄柵を押した。想像したよりも重い。


「こんなところでいちいち予算使うなっ!」


 ほんの少しだけ押し開いて身体を滑り込ませた2人の前に、あたりが炎で真っ赤に染まったかつての庭園が広がる。


「これ、すでに完全にアウトじゃね?」


 前方で轟音がひびき渡った。

 見上げると、城壁にしがみついたドラゴンが尖塔(せんとう)に巨大な角を突き刺し、そのまま首をひねってガレキをまき散らした。

 それだけでは収まらず、そのまま塔の中に火を噴きかけてまるごと真っ赤に染め上げる。


「あの王さまのことだから、完全にわたしたちのせいにされそうだね。

 魔王軍がやってくれば、いずれはこうなることが目に見えていたのに」


 その時、城のあらぬ場所から光る何かが飛んだ。

 それは若干放射線を描きドラゴンの背中に突き刺さった。


「なんなんだあれっ!?」


 2人はそれが飛んできた方に目を向ける。

 屋根の付いていない尖塔の屋上に、巨大な装置が置かれていた。巨大な弓矢のように見える。


「バリスタかっ! よくあんなもの置いてあったな!」


 コシンジュは感心したように額に手をかざして言うが、ロヒインのほうは違った。


「まずいっ! あんなことしたら、あそこにいる人たちが狙われる!」


 甲高い声で叫んだあと、ロヒインは杖を胸の前にかかげて呪文を唱えはじめた。

 それを見たコシンジュはもう一度バリスタのほうに目を向けると、そこには見覚えのある人物がいた。


 ドラゴンに向かって真っすぐ指をさす、お姫様ルックのヴィーシャ。心臓が止まりそうになった。

 そこへもう一度バリスタから巨大な矢が飛んだ。

 しかしドラゴンはそれが突き刺さる前に城壁から身をはがし、巨大な羽根をバタつかせてホバリングする。

 バリスタを操っていた兵士がひどいあわてぶりで逃げ出す。

 しかしヴィーシャはあきらめず、ふところから短銃を取り出してドラゴンに向ける。


「まずいっ! いくら強力な銃でもあんなドラゴン相手に有効だとは限らないぞっ!」


 その時、ロヒインが叫びをあげた。


「ライトニングニードルッッッ!」


 ロヒインの杖からすさまじい光が弾けとんだ。

 一切の放射を描くことなくまっすぐ飛んで言った光の矢は、ドラゴンの胸部に吸い込まれるとその身体全体を細い光がおおった。

 ドラゴンは一瞬バランスをくずすと、よろめきながらもあらぬ方向に向かって飛んでいった。


「よしっ! 強力な光の魔法は奴にとっても有効みたい! 今のうちにヴィーシャさまのもとへっ!」


 コシンジュはうなずくと、敵が戻ってこないうちに急いで城の入口へと向かった。





 貴族たちが入らなくても、場内はパニックにおちいった召し使いたちでひどくあらされていた。

 いったい何をしているのかわからないほど右往左往(うおうさおう)している彼らの1人を捕まえ、無理やりヴィーシャのいる屋上へと案内させた。


 たどり着く前に召し使いは逃げ出したが、目的地はわかりきっていた。

 大きめの窓からヴィーシャが誰かと取っ組み合いになっているのが丸わかりになっていたからだ。


「はなしてっっ! ここから攻撃したほうが街の人たちが安全なのよっっ!」

「うるさいっ! 父親の言うことが聞けんのかこのバカ娘がっっ!」


 取っ組み合いの相手は、なんと国王本人。

 あり得ないほど肥え太っているにもかかわらず、俊敏(しゅんびん)な動きでヴィーシャを取り押さえている。

 長い渡り廊下の中央でやり合っている2人のもとへ、コシンジュは急いでかけつける。


「おいやめろっ! そんなくだらないケンカをしていたらお前も奴に狙われるぞっ!」


 その声にふりむいたキネッド王はヒステリックな叫びをあげた。


「貴様らのせいだっ! 貴様らのせいで我が城が……我が城がぁぁぁっっっ!」

「うるせぇっ! もともと丸はだか同然のこんな城じゃ魔王軍におそわれて丸焼けだぞっ!

 ちょっと寿命(じゅみょう)がちぢんだくらいでガタガタぬかすなっ!」

「黙るのはお前のほうじゃっ! このゲスめがっっ!」


 どデブにしてはあり得ない速さで、ブクブクの身体をゆらしながらコシンジュのほうへと迫ってくる。

 両腕をつかまれたコシンジュはあわてて引きはがそうとするが、相手が大人であるせいか思うように離れない。


「やめろっ! はなせっっっ!」

「うるさいっっ! お前のせいでっ! お前のせいでっっ!」


 ツバをまき散らし叫ぶキネッド。もはや半狂乱と言っていい。

 そんな中、彼らの前に巨大な影が現れた。

 長い廊下とその先の水平になっている塔の屋上に、巨大なドラゴンが舞い降りて大きな振動を起こしながら着地した。


「くだらんケンカをしていたおかげで、堂々とお前らの前に陣取ることができたぞ。

 その(みにく)い水太りには感謝しなければな」


 ファブニーズに堂々とののしられたにもかかわらず、キネッドはコシンジュから離れてぜい肉をゆらしながら一番前に進み出てその場にひざまずいた。


「た、頼むっ! この城を燃やさないでくれっ!

 この城は余だけでなく、先祖代々手間をかけて作り上げた天下の名城、それをつぶさないでくれっ! 頼むっ!」


 一瞬その場に沈黙がただよった。

 理解に苦しむように頭を引っ込めたファブニーズだが、やがて冷徹(れいてつ)に告げる。


「……なにを言っている? 私は魔王の配下、偉大(いだい)なる竜王なのだぞ。

 そんな相手に向かって、自身の命よりも城のほうを()しむか。

 我々にとって貴様のくだらん価値感なんぞ、どうでもいいとは思わないのか」

「そんなっ! お願いだっ! お願いですからっっ!」


 一瞬ひるみながらも、キネッドは必死に相手に訴え続ける。もはや救いようもない。


――激しい轟音(ごうおん)

 少し横を見ると、(りん)とした姿勢でヴィーシャがドラゴンに向かって銃弾を放った。


 ドラゴンに目を戻す。けっこうなダメージがあったのか、ドラゴンはその場に身をふしてうごめきだす。

 ヴィーシャはそれを見てくすぶる銃口に息を吹きかけた。


「あんたらのくだらないやり取りのおかげでちょっとスキだらけだったわよ」

「ヴィーシャっっ! きさまっ、なんてことをっっっ!」


 おどろいたキネッドは立ち上がろうとするが、さすがに体重が邪魔をしてうまくいかない。

 その前にロヒインが前に立って、ダガーを前にかかげた。


「逃げますよっ! 奴を怒らせたらひとたまりもありません、今のうちに撤退(てったい)をっ!」

「ちょっと待て! そこのデブはどうするんだよっ!」


「で、デブッ!?」と叫ぶキネッドの横でロヒインとヴィーシャがおどろいた顔で振り返った。


「ちょっと待ってよ!

 いくらヴィーシャさまのお父上だからといって、彼の身を守りながら後退するのは危険だよっ!」


 ロヒインはしまったという顔つきになるが、ヴィーシャはすぐに首を振った。


「こんな奴、父親なんかじゃないっ! ほっといてさっさと逃げるわよっ!」


 ロヒインはちらりと視線を送ったが、すぐにうなずいてヴィーシャとともにこちらに向かってきた。

 コシンジュはドラゴンのほうに目を向ける。


 ファブニーズは首を激しく振ったあとこちらをにらみつけ、胸の位置にある小さな前足で塔の先にある小さな通路に張り付いた。そして首を大きく後ろにのけぞらせる。

 思いきり息を吸い込み、渾身(こんしん)の一撃を食らわせるつもりだ。

 コシンジュの足が勝手に動いた。

 すれ違いになったロヒインとヴィーシャが呼びかけるが、無視する。


 そして国王の前に陣取り、前に向かって棍棒を真横に構えた。


「……ちょっ、ちょっと待ってくださいよっ! いったい何をするんですっ!?」


 しばらく聞いていなかった声が呼びかけた。

 ちらりと目を向けると、腰にぶら下げた袋の中から赤い花びらが飛び出した。


「マドラゴーラ、ずいぶんおとなしくしてたみたいだな」


 その時、前方が真っ赤につつまれた。

 全身にものすごい重圧がのしかかる。両手にかかげた棍棒が特に重い。


「そりゃ街中でしたから。って熱いっっっ!」


 マドラゴーラはすぐに花びら、いや頭を引っ込めた。それほど前方から吹きつけられる炎は熱かった。


「気をつけてくださいよっ!

 相手はドラゴンの中のドラゴン、竜王ファブニーズなんですよ!?

 その火炎放射は同じ炎属性のレッドドラゴンの中でもトップクラス、食らい続ければいくら神々の棍棒でも持ちませんやっ!」


 マドラゴーラの言うとおり、敵の炎の勢いはすさまじかった。

 前方は棍棒を中心にして見えないドームにつつまれているが、肌を焼く熱さは長く耐えられるものではなかった。


 やがて炎の勢いは弱まったが、現れた赤いドラゴンはすぐに息を吸い込んだ。

 コシンジュは後ろに振り返った。


「おいっ! そこのデブっ! 死にたくなかったらオレの後ろに張り付けっ!」

「デブだと貴様っ! 小僧の分際でえらそうな口をたたくでないっっ!」


 そのやり取りのあいだにまたしても炎の息が飛んできた。

 あまりの重圧にコシンジュは前方に目を向けざるを得ない。


「何やってるんですかっ!

 今のうちに近づいて棍棒の一撃でもたたき込めばよかったじゃないですかっ!」

「だまってろマドラゴーラっ!

 離れているあいだにキネッドが丸コゲにされるかもしれないだろっ!? 見捨てておけるかっ!」

「なんで、なんでそんな奴を助けるんですっ!?

 そいつは単なるバカでなく、あんたの命をも危険にさらしてるっていうのにっっ!」

「うるせぇっっ! おいっっ! いいかこのブヨブヨしたデブ野郎っ!

 オレは今の攻撃がやんだ瞬間奴に特攻するぞっ! そうされたくなかったらおとなしくはりついてやがれっ!」

「くそっっ! くそぉぉっっっ!」


 ヒステリックな声をあげながらも、キネッドはコシンジュのすぐ後ろに座りこんだ。


「よしっ! 少しずつ前に近づいて行くから離れるなよっ!」

「おのれこのこわっぱめっ! 覚えておれっ!」


 炎攻撃が消えた。

 そのあいだにコシンジュは前に進んでいくが、四つんばいのキネッドは思うように進めずコシンジュもそれにあわさずにはいられない。


「なにをやってるんですっ!

 そんな足手まといなんか放っておいてさっさと特攻しましょう。イチかバチかこんな奴も助かるかもしれませんっ!」


 のぞき込むマドラゴーラにコシンジュはささやくように声をかける。


「マドラゴーラ。目の前にある命を救えないで、それで勇者って言えるか?」


 それに合わせて相手も冷たい声を放つ。


「……コシンジュさん、それは勇者としての使命感からですか?」

「ちがう。これはオレのプライドの問題だ……ぐうっっ!」


 首を振ったコシンジュに、ドラゴンが3度目の息を吹きかけた。コシンジュは顔をしかめてうつむく。


 それでもゆっくり前に進み出る。

 前に進むにつれて重圧と熱さが強くなっていくが、それでもコシンジュは重い足を前に押し上げていく。


「もういいでしょう! 今の攻撃が終わった瞬間に突進すればいいんですっ!

 ムリして強引に進まなくてもっっ!」

「くっ……! まだだっ! まだだ、もう少しだけっっ!」


 一瞬よろめきそうになったが、何とか体勢を立て直して前へと進んでいく。


「助けてっ! 熱い、熱いっっ!」


 後ろから死にそうな声が聞こえる。自分よりキネッドのほうが大変そうだ。

 これ以上前に進むのは危険だろう。


「わかったよ。次の瞬間が唯一のチャンスだ……」


 コシンジュはその時が来るのをじっと待つ。時間の経過が長く感じられるためかなかなか息は止まらない。そのあいだに、コシンジュは息を深く吸った。


 やがて目の前が開けた。

 その瞬間にコシンジュは棍棒をかざすのをやめて前方へと全力で足を踏み出した。


 巨大なドラゴンは敵が突進を始めたと見るや、火炎攻撃をやめて首を少し後ろに下げただけで巨大な角を突きつけた。

 その角がまっすぐこちらにやってきた瞬間に、コシンジュは前方へと飛び上がった。


 両手が地面に着いた瞬間全身をひねって転がる。

 ちらりと後方を見ると、さっきまでいた位置に深々と巨大な角が突き刺さっている。キネッドに危害はないようだ。


 ファブニーズは突き刺さった角を軽々と引き抜き、それをこちらへと向けた。

 コシンジュは棍棒を頭の後ろに構え、上空に全力で振れる体勢になる。


 巨大な角が斜め上から迫りくる。コシンジュは叫んだ。


「ぅぅうあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 閃光。

 とたんに目の前で何かがはじけ、視界が開けるとドラゴンの頭部が角ごと真横に押しやられる。


「ぐわばぁぁぁぁっっっ!」


 大きな声をあげたファブニーズの角は、先のほうが欠けていた。

 巨大なので少ししか削れていないように見えるが、実際は相当弾け飛んでいるはずだ。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 テレパシーではなく、大きな口から直接声をあげるドラゴン。

 土砂崩れのようなすさまじい音にコシンジュは思わず両耳をおさえる。


 ドラゴンはなおも咆哮(ほうこう)をあげ続ける。

 長い首を2,3度ひねっているうちに、その声がだんだん小さくなっていった。

 それに合わせドラゴンの巨体も業火とともにどんどん(ちぢ)んでいく。


「……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 やがて人があげた悲鳴のようなものに近づいていくと、ドラゴンの影が最初に見た人型の姿に変わっていた。

 ファブニーズは先の欠けた巨大な角を両手で押さえた。


「クソッ! まさかこの竜王がっ、正面きって、勇者にやられるとはっっ!」

「勝った、伝説のドラゴンに、勝った……」


 人の姿になった相手なら、それほど恐れることはない。

 コシンジュは深い息をついてその場にヒザを突いた。


「クククク……ハハハハハ……」


 その時、痛みに顔をしかめていたはずのファブニーズが狂ったように笑いはじめた。


「なにがおかしいっ!」


 コシンジュは座ったまま片方の足を前に踏み出した。

 ファブニーズは角をおさえたままゆがんだ笑みを浮かべる。


「ククク……見事なものだ。この私に深手を負わせるとは。

 これで貴様は勇者とともにドラゴンスレイヤーとしての称号(しょうごう)を得たも同然だな」

「こいつのおかげだがな」


 そう言ってコシンジュは棍棒の先を相手に突きつけた。

 ファブニーズは顔をしかめながらもまっすぐこちらに目を向ける。


「どうかな。半分は貴様の無謀(むぼう)さゆえだ。それゆえ私は不覚を取った」

「なにが言いたいっ!?」


 コシンジュが吐き捨てるように言うと、ファブニーズは即座に両手を広げ、先の欠けた角を見せつけた。


「勇者よっ! 我々は貴様らをつぶさに観察している!

 貴様はたしかに賢いっ! だが同時にどうしようもないおろか者だっ!」

「頭がいい人間のつもりなんかねえよ」


 ファブニーズは指先を途中で崩壊した渡り廊下の先にいる人物に向けた。


「あんなろくでもない者の身を守ったところで、貴様に何の得があるっ!?

 あんな奴、守るには値しない存在だぞっ! 仕方なく見捨てたところで誰も責める者はいないっ!」

「それでも……それでもオレは勇者だっっ! 目の前の命は誰でも救う、俺にはその責任があるっっ!」


 語気を強めたコシンジュは拳をにぎりながら立ち上がった。

 竜王は痛みを思い出したのか角の先を押さえながらも、高らかに笑ってみせる。


「ハハハハハハッッ! そんなくだらないプライドにすがったところで、いずれはそれが命取りとなることは目に見えているっ!

 そんな気概(きがい)でよくもここまで生き残ってこれたものだっっ!」

「忘れるなっ! オレは神様に選ばれた勇者だっ! その事実は絶対に動かないぞっ!」


 コシンジュがふたたび棍棒の先を突きつけると、ファブニーズは両手を広げ正面を向いた。

 次の瞬間その背後から大きな赤い翼がバッと飛び出した。

 そしてそれをはためかせるとファブニーズの身体が上空へと舞い上がっていく。


「こよいは私の敗北だっ! しかし収穫はあったっ!」


 そして再び両手で角を押さえると、ファブニーズは後ろを向いてすばやく天空へと舞い上がっていった。


「我、勇者の弱点を見つけたりぃぃぃっっ!」


 夜空へと消えていくコウモリの羽根を見つめながら、コシンジュは棍棒を持った手を下した。


「来るなら……来やがれ……」


 コシンジュは声を出すが、どことなく弱々しいものとなった。


 廊下の先ではロヒインとヴィーシャが駆け寄ってきて声をかけてくる。

 コシンジュはそちらではなく、そのそばにいるふくよかすぎる男に目を向けた。ひどくやられたのかうつむいていて元気がない。


「コシンジュさん……」


 袋の中から呼び掛けるマドラゴーラの声にも、コシンジュは返事を返すことができなかった。

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