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第12話 ドラゴン・リアリティショック~その1~

「いったい、いったいこれはどういうことなんだっ!」


 小柄な盗賊、ダイヤジャックが騎士たちに問いかける。その1人が冷徹に告げる。


「ここはロイヤルフラッシュ盗賊団のアジトだな。

 ダイヤジャック、クラブジョーカー、2人を窃盗(せっとう)罪および国家反逆罪で逮捕(たいほ)する」


 名を呼ばれた2人の視線が、名前を呼ばれていない残りの1人に向けられる。

 普段は行商の形をとるスペードキングことキメキは、両手を組んで眉間をそこに当てる。


「キング。まさかあんた……」


 ジャックが問いかけると、恰幅(かっぷく)のいい中年男は観念したように告げた。


「……ランドンの王子が出した解放条件というのは、実はもう1つあった。

 盗賊団の残りの2人を差し出せとの命だ。そうすれば王子の名にかけて私だけを見逃してくれると……」


 言われたジャックは言葉を失いかけたが、みるみると顔を赤らめ、そしてどなった。


「……ふざけるなっ! あんたには守らなきゃいけない家族がいるのはわかってる!

 だけどおれにだって、おれにだって年老いた両親がいるんだっ! それをこんな、こんなことってっっ!」

「わかっているっっ! だが仕方ないだろう!

 言われなくてもお前の親たちは私が面倒をみる! 頼むからおとなしく捕まってくれっ!」

「裏切り者ぉぉぉぉっっ!」


 キメキのもとへ駆け寄ろうとしたジャックを、イサーシュは止めに入る。

 何かを口走りながら抵抗するが、素早い動きでみぞおちに拳を入れると、相手は白目をむいてその場にくずれおちた。


 それを冷静に観察していたジョーカーが、すぐにキメキに視線を向ける。


「これで無事で済むと思っているのか? 貴族どもがお前を簡単に見逃すとは思えないが?」

「その通りだ。タークゼ大将は極秘でキメキをも逮捕せよと我々に命令された。

 あまりにも横暴を極めるだが、我々はその命令に背くことができない」


 騎士の1人がそう口にするが、わかっていてもイサーシュは彼らをにらみつけてしまう。


「こうするのはどうでしょう。この場には勇者の仲間が2人いる。

 わたしたちはその話を聞いて『それでは約束違反だ、強行しようものなら我々も抵抗する』。国家間の摩擦(まさつ)考慮(こうりょ)して、ひとまずここで丸く収めたと」


 ロヒインの発言に、騎士たちは一斉にこちらに向かって姿勢を正し、そろって胸に拳を当てる。


「これは失礼しました。勇者ご一行が居合わせているにもかかわらず、あいさつなしで失礼を」

「いいえ、それより今の話、確実に大将に伝えるように。

 そしてくれぐれも2人に手荒なマネをしないように」

「フン、これで一件落着か。

 この国の将来ではなく、貴族どもの贅沢三昧(ぜいたくざんまい)が。魔王軍が来れば一瞬で終わるむなしい平和だ」


 2人がかりで抱き起されるジャックと比べ、ジョーカーは両手を前に出しておとなしく投降(とうこう)する。


「どうする? これでロイヤルフラッシュは壊滅(かいめつ)だ。こんなんでお前たち軍はどうやってクーデターを成功させるつもりだ」


 騎士たちの1人が、話を聞いてないとばかりに首を左右させた。

 どうやら何も聞かされていないらしく他の2人の騎士たちに連れていかれ外へと出ていく。それをながめながらイサーシュはつぶやいた。


「大丈夫だ。この流れで俺たちはこの一件に深く食い込んでしまった。もはや逃げる(すべ)はないさ」

「どうだかな……」


 ジョーカーはニヤリと笑みを浮かべたあと、いまだに顔を伏せるキメキを一瞥(いちべつ)して騎士たちに連れられて行った。

 1人だけが残って、一言だけ告げた。


「この件はホスティ団長もご存じです。今すぐ団長の家にお越しください。

 クーデターは時間もかからないうちに成功するでしょう」


 すべての騎士が部屋から消えると、イサーシュは再び椅子に腰かけ、そしていきなり机を叩いた。


「こしゃくな奴だっっ! あのマグナクタの子せがれめっ! そこまで国の将来が大事かっ!?」


 王子のことをののしるイサーシュにおののきながらも、ロヒインはおとなしくとなりに座る。


「仕方ないでしょう。ここの人たちはこの国だけでなく、他の国でも盗みを働いていたんです。

 誰もまったく責任をとれないとなれば、国としての示しがつきませんよ」

「ああっ! 私のせいでっ! 私のせいで2人が無残に殺されるっ!」


 突然顔をおおってなげき始めたキメキに、ロヒインは身を乗り出すようにして背中をなでる。


「まだわかりませんよ。すぐに処刑されるとは限りませんし、その前にクーデターが終わるかもしれません」


 突然「ダメなんですよっ!」と言ってキメキは顔をあげた。顔には涙が流れたあとがある。


「聞いてしまったんです! 貴族どもはすぐに2人の処刑を準備するとっ!

 下手をすれば、今日の夜には2人は公衆の面前で処刑台に乗せられてしまうかもしれません!」


 それを聞いたとたん、ロヒインが立ち上がった。意を決したようにドアの入口に向き直り、顔だけをふたたびキメキに向けた。


「今すぐコシンジュに知らせますっ! これにてっ!」


 言ったきり、ロヒインはすぐに入り口の光に消えてしまった。仕方なくイサーシュは立ち上がる。


「なにをするつもりだ。あいつは……」

「ああ、私は魔界に落ちる。仲間を売った罪で確実に落ちる……」

「盗賊のくせに死後の心配か。よくそんなんで人サマの物を盗めたな」


 再び顔を伏せたキメキに、イサーシュはため息まじりに行った。

 キメキはふとしたように顔を少し上げた。


「それは、ヴィーシャさまも含めてですか?」

「違う。お前たちが盗みをするのは、こんなクソみたいな国でも人間らしく生きるためだ。

 そしてお前が仲間を売ったのは、家族のためだ。生きるために仕方なくやったことを、神々はむやみに責めたりはしない」


 イサーシュにさとされたキメキは、今度は大声で泣き出した。少しうっとうしい感情にとらわれたイサーシュは、黙って地下室をあとにした。





「そんなっ! だとしたら2人はっ!」


 コシンジュは立ち上がり、真っ白なテーブルクロスを両手で叩いた。

 豪華な料理が並べられたながテーブルの向こうに、貴族らしい黒い衣装を身にまとったホスティが座る。


「それがランドンの王子のご判断だ。

 しかし少々お(きび)しい面があるようだ。いささか私もおどろいたよ」


 斜め向かいに座るメウノがタイミングを見計らって口を開く。


「しかし大丈夫でしょうか。この国の貴族たちにとってフラッシュ盗賊団は因縁(いんねん)の相手、司法取引をしたキメキさんでさえ無事で済ませるとは思いません」

「それなら大丈夫だろう。我々は君たちの仲間の足取りでアジトを突き止めた。

 王子はそこまで見越したうえで我々を派遣させたのだろう。冷徹(れいてつ)ではあるが賢明(けんめい)な方だ」

「だからってこんなことが許されるわけがないだろっっ!」


 コシンジュはもう一度片方の拳をにぎって机を叩いた。

 その先の料理が乗せられた白い皿が少し宙に浮く。


「わかっている。だからこそこのクーデターは確実に成功させねばならん。

 たとえ自国の協力者ではなく、他国の旅人の手を借りてでもな」

「それであなた方は我々の手を……」

「ホスティさんっ! 2人の処刑はいつなんだっ! それまでにクーデターは終わるのかっ!?」


 ぶしつけなコシンジュの質問だが、ホスティは怒るというよりはむしろ観念した様子で首を振る。


「貴族たちはよほど怒り心頭のようだ。

 処刑の準備は前もってされているようだ。今夜にでも2人は処刑台の上に立つだろう。

 しかもおぞましいことに断頭刑ではなく、絞首(こうしゅ)刑だそうだ。しかも高台からの落下ではないから首の骨は折れず、すぐには死ねないらしい」

「そんなことはどうでも、いやいやいいわけないけど、オレはクーデターはいつだって話してる!」

「まだ一部の兵士たちともめている。我々はすぐには動けん」


 コシンジュは「クソッ!」と言いながらその場を立ち去ろうとした。おどろいたメウノがすぐに椅子から立ち上がる。


「コシンジュさんっ!」

「止めんなメウノっ! オレたちのせいだ!

 オレたちとかかわったばかりにあの人たちはこんな目に……!」


 悔しがるコシンジュに、メウノはゆっくりと首を振った。


「何をカン違いしてるんですか?

 どうせ行くんでしたら、他の2人が戻ってからにしましょう、そう言おうと思ってたところなんですよ」

「メウノ……お前……」


 コシンジュが少しビックリしたような顔をすると、メウノはにっこりとほほ笑んだ。なぜかその時だけは妙に美人に見えた。


「私は反対だな。賛同しかねる」


 ホスティの声に2人は振り返った。相手はただこちらをじっと見つめている。


「我々が頼れるのは、フラッシュと君たちしかいない。

 フラッシュだけでなく君たちまでこの国のお(たず)ね者になってしまったら、もうこの国を救う手立てはなくなってしまう」


 言われてコシンジュはあきれたように笑い、自分を指差した。


「お、おたずね者? オレたちが? ハハハ、冗談はよしてくれよ……」

「コシンジュ君。フラッシュが暴れまわったのはこの国だけではない。

 彼らは北の大陸全土で盗みを働いている。ターゲットは条件付きの人物ばかりだが、それでも他国のごく一部の連中が彼らに死を願っているには間違いないのだよ。

 君たちが盗賊団を助けるとなれば、ただでさえ不安定な立場の君たちはますます追い込まれることになるだろう」


 何か言わなくちゃと思いつつも、コシンジュ達は言葉が出なかった。

 それをいいことにホスティは語気を強めて言う。


「そうでなくともだ。何度も言わせるな。我々軍が頼れるのはもはや君たちしかいないのだ。

 そしてクーデターを今すぐ実行することはできん。2人の小さな命が失われるのには目をつぶって、この国を変えるためにどうか協力してくれ」


 その瞬間、コシンジュの目の色が変わった。


「『小さな』命? 『(とうと)い』でも『かけがえのない』でもなくて?」


 ホスティはしまったという顔をしながらも、軽く首を振っただけで言い続ける。


「いいのかね君たちは。困窮(こんきゅう)にあえぐこの国の現状を放棄(ほうき)して、大陸中のお尋ね者となっている者だけを助けて国を去る。君たちがしようとしていることはまさしくそれだ」


 そう言われて、初めてメウノの目に戸惑(とまど)いの色が見えた。彼女はどちらかというと賢明な方だ。

 自分たちがこれからしようとしていることのリスクをよくわかっているのだろう。


 コシンジュだってバカじゃない。だけど、そうとはわかっていても(ゆず)れないものがある。そう言おうとした時だった。


「俺も奴らを助けるのは危険だと思っている。コシンジュ、目をつぶれ」


 イサーシュが、ホスティのいる向かい側の窓から現れた。

「ロヒインは?」とコシンジュがたずねると、「今とりこんでいる。話はあとだ」とだけ言った。

 イサーシュがコシンジュの目の前まで近づくと、胸のあたりに人差し指を突きつけた。


「まったく、お前のお人よし病には正直ヘドが出る。

 お前自分がなにをしようとしているのかまったくわかってないだろ」

「わかってるさ。たとえ今後の旅に支障が出ることになるとしても、だけど俺たちとかかわった人たちの命をむざむざと見過ごすわけにはいかない」


 すると、いきなりイサーシュはコシンジュの胸倉をつかんだ。


「全然わかってないってんだよお前はっ!

 いいかっ! もしおまえが処刑台の連中を助けるとこになったら、その直後どうなるかって聞いてるんだっ!」


 それを聞いて、はじめてコシンジュは事の重大さを思い知ることになった。

 その顔がイサーシュから別の方向へと向けられる。そこにいた人物がゆっくりと口を開いた。


「君たちは我々の軍勢と戦うことになる。

 君は、魔物ではなく人間に対して、その武器をふるうことはできるかね?」


 イサーシュの手から解放されたコシンジュの顔に、ようやく狼狽(ろうばい)の色が浮かんだ。

 やんわりとイサーシュの手を払いのけ、がっくりとうなだれる。


 メウノは深いため息をついた。もはやあきらめるほかはない、そう言わんばかりだった。

 ところが、コシンジュはそうではなかった。

 ゆっくりと顔をあげると、ホスティに向かってにらみつけるような表情になった。


「どうした? そこまで言われて、なぜまだそんな表情ができる?」

「それって勇者って言えるんですか……」


 ホスティはその言葉の意味が理解できず首をかしげた。


「それって勇者って言えるんですかっっっっ!?」


 イサーシュが再び胸倉をつかもうとすると、コシンジュはそれを乱暴に払いのけた。


「どんな困難な目に会っても、目の前の危険にさらされている命を放ってはおかない、それが本当の勇者なんじゃないんですかっ!?」


 するととうとう堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れたのか、ホスティは机をたたいて立ち上がった。


「じゃあ一体君はどうするつもりなのかねっ!

 盗賊たちだけを助けて、とっととこの国を見捨ててしまうというのかねっ!?」


 コシンジュも対抗するように言い放つ。


「じゃあこうすればいいじゃないですかっ!

 オレたちはこの国のバカどもと戦いますっ! 奴らが参ったというまで戦いますっ!」

「協力はできかねんぞ!」

「いりませんっ! オレたちだけで何とかしますっ!」

「我々を相手にすることになってもか!」

「なんとかします!」

「なんとかするという次元の問題ではないっ!

 その武器で魔物ではなく人を叩けば、決して無事で済むと……」

「じゃあ別の武器に変えてでもやりますっ!」

「君は魔王を倒す使命を捨てて、そして自らの命を捨ててでも目の前の命を救おうというのか!

 そんな気がいではいくつあっても命が足りないぞ!」

「ホスティ団長。あんたいったい何におびえているんだ?」


 言葉の応酬(おうしゅう)の合間をぬうようにして、落ち着いた声が広間全体に響きわたる。

 コシンジュもホスティも押し黙った。それを確認してイサーシュは続ける。


「コシンジュはこの国のために命までかけると言っている。

 対してあんたはなんだ? 必要な時が来るまで待つ? 時間をかければかけるほど、状況が改善するとは限らないだろう」

「なにが言いたいんだね君は?」


 ホスティは声に怒気をみなぎらせ、まっすぐイサーシュに鋭い視線を向ける。


「どのみち危険な()けなんだろう、あんたたちがやろうとしていることは。

 なのに、いまだに全体がまとまらない、ただそれだけの問題で躊躇(ちゅうちょ)しているのか」

「君にはわからないだろう。反対派を説得するのに、いかなる労力が必要なのかということを」


 するとイサーシュは目の前の椅子の背もたれに手を乗せて、体重をかけた。


「いいか、あんたが説得にてこずってる連中ってのは、いわゆる日和見(ひよりみ)主義者ってやつだ。

 ようはリスクを背負いたくないだけの連中なのさ。

 しかし、流れが別の方向に変わっていけば、奴らはすぐにでもその上に乗っかってしまう。そう言う腰の軽い連中なはずだ」

「君が言いたいのはこう言うことかね? 『始まってしまえば、あとはなんだかんだうまくいく』」

「そう言うことだ」


 イサーシュは不敵な笑みを浮かべたが、この時ばかりはかっこよく見えた。


「でかしたイサーシュッ! 今のオマエ超カッコいいぜっっ!」


 コシンジュが拳をにぎると、イサーシュは横目でうっとおしそうな顔を向けた。


「止めてもムダだとあきらめただけだ。

 俺にできるのは、それでも少しだけ軌道修正(きどうしゅうせい)できるように団長を説得するだけだ」


 そしてまっすぐホスティに目を向ける。


 ところが、立ちあがったホスティは予想外の行動に出た。

 そばの壁に立てかけあった剣に手をかけ、持ち上げると(さや)を引き抜いてしまった。

 彼は鋭い光を放つ剣をたずさえ、こちらに向かって仁王立ちした。


「どうしても行くというのなら、この私を止めてからにしてもらおう」

「思ったんだけどさ。あんた、本当は革命に乗り気じゃないだろ」


 コシンジュが冷たい声を放つ。メウノが少しびっくりしたような顔になる。


「下からの圧力に屈したんじゃないの?

 あまりに大勢がクーデタークーデターって言うもんだから、本心じゃないけどとりあえず祭り上げられてみました。そんな感じに見えるんだけど?」


 相手は表情を変えないようにしているものの、どこか動揺(どうよう)しているように見える。


「あんた、本当は庶民(しょみん)に対して差別意識丸出しじゃないの?

 さっき『小さな命』って言ったでしょ。ひょっとして、あんたも実は貴族連中と同じ考えなんじゃないの?」


 どうやら言ってはまずいことだったらしい。ホスティは殺意のようなものをちらつかせ、こちらへまっすぐ向かってくる。

 イサーシュが前に進み出ようとするのを、コシンジュが引きとめる。


「ダメだ。お前がやると本気の殺しあいになる。

 あいつ結構強そうだし、オレの棍棒のほうがまだ助かる可能性が高い」


 イサーシュが引きさがると同時に、ホスティは鬼気迫る表情でこちらに向かって剣を振りかぶった。

 コシンジュはとっさに棍棒を引き出して斜め上に構えた。


 ガキィィン! 耳をつんざくような金属どうしの衝突音。

 ところが、これはコシンジュ達には予想外の音だった。

 コシンジュの棍棒は神々から授かった神聖な武器だ。敵を叩くとすさまじい閃光がきらめき、たいていの敵が吹き飛ばされる。


 ところが今はそうではなかった。なぜか閃光はまたたかず、ホスティの身体が押し出されることもない。

 上からまっすぐ振り下ろされた重圧は、むしろコシンジュの身体を下へ下へと押し下げた。


「えっ!? なんでなんでっ!? わっ! ちょっと待ったっっ!」


 バランスを崩したコシンジュは、そのまま真下に腰を落とす。

 ドンッ、という音がひびいて少年はかたい床に腰を落とした。顔をしかめて「いててて!」とつぶやく。


 イサーシュが「コシンジュッ!」と名前を呼んで背中の剣を抜こうとした。

 ところがここでメウノが彼に向かって手のひらを向ける。イサーシュは動きを止めた。


 その場に剣が転がり落ちる音がひびいた。放りだされた剣とともに、ホスティも額をおおいながらその場にヒザを落とす。


「私は、私はいったい何をしようとしていた!?」


 コシンジュが立ち上がるのを待って、イサーシュは冷徹(れいてつ)な声を向けた。


「ようやくことの重大さが身にしみたようだな。勇者を手にかけるほど、お前は後先考えない男だったか」


 うつむくままの男は消え入りそうな声でゆっくりとつぶやく。


「……君たちの言うとおりだ。

 私がクーデターを行うのは、あくまでこの国を救うため。魔王軍を前にして、いまだに国を守ろうとしないバカどもを黙らせようと思ったまでだ。

 しかし、そのあとのことについてはあまり深く考えてはいなかった。

 正直、共和制のことなどどうでもよかった。完全に軍が権力を掌握(しょうあく)し、私自身がこの国の頂点に立とう、そんなふうにすら考えていた」

「俺はお前がこの国をどうしようかなんてどうでもいい。

 ただ、踏ん切りがつかない臆病者(おくびょうもの)に本当の政治が務まるかどうかは微妙だな」

「今すぐ準備を始めろと?」


 イサーシュの言葉にホスティは少しだけ顔をあげた。


「俺たちが真実を知ってしまった以上、お前は後には引けん。

 ただ危険がともなおうがともなわないが、乗せられたレールに従うだけだ。今までと同じようにな」


 そう言ってイサーシュは入口へと向かっていった。コシンジュとメウノもあとに続く。

 メウノだけが、ちらりとホスティの悲しげな後ろ姿に視線を送った。

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