第11話 ケバい城の頭の悪い人々~その5~
イサーシュはロヒインを伴い、汚物にまみれた道を平然と歩くジョーカーの後に続いた。
自分はコシンジュと比べ、こう言った者に対してずぶとい神経をしているつもりだったが、いざこう言った状況に踏み込むといささか気がめいった。
生まれも育ちも根っからのランドンの人間であることを心底思い知らされる。
ふと、もしコシンジュがこの国の生まれであったならどうかと思った。
きっと気がふれて死んでしまうに違いない。
「……それにしてもあの小僧。勇者が聞いてあきれるな」
前方のジョーカーがこちらにふりむきもせずに話しかけてくる。イサーシュは鼻で笑った。
「がっかりしたか?」
「そこまではいかないが、意外に思ったのに間違いはないな。
それより気がかりといえば気がかりだ。お前たちはこれから南に向かうんだろう?」
イサーシュが「その通りだ」と答えると、相手は深いため息をついた。
「大山脈はたとえば迂回するにしろ、海と砂漠という難所は避けようがない。
それでもあんな奴を伴って帝国に馳せ参じるつもりなのか?」
どこか高をくくったような物言いをするジョーカーに、なぜかイサーシュは弁解したい心境にかられた。
コシンジュに対してこんな感情を抱いたのは初めてかもしれない。
「あいつを見くびるな。あんな奴でも、この旅にかける意気込みは強い。
おそらく過酷な環境でも適応できるはずだ。もっともこの街よりはマシだろうがな」
「フン、どんなもんかね」
「ヴィーシャに聞けばわかる。彼女なら本当のコシンジュを知っているはずだ」
すると、ジョーカーは突然立ち止まってすぐさまこちらに振り向いた。
瞬間、イサーシュ達は相手の異様な視線に気づく。
「あのお方を呼び捨てするな。
あの方こそ、真の王族と呼べる方だ。まさか貴様ら、道中なれなれしい態度でヴィーシャさまに接しなかっただろうな」
この男からようやく感情らしいものを引き出してしまったかもしれない。
そう思いつつもイサーシュは首をすくめて言った。
「王女さまのほうからその態度で接していいと申し出があったんでね」
直接言った記憶はないが、ヴィーシャはあまりかしこまった態度をとられるのが好きではなかったらしい。あらためてそう思い返す。
するとジョーカーは眉をひそめながらも前方に向き直り、ふたたび歩きはじめた。
イサーシュ達もあとに続く。しかし再び歩き出したとき、あまり意識していなかった地面の粘りつくような感覚を如実に感じ取ってしまった。
こうなってはもう気をそらすことはできない。次第に精神的な苦痛を伴ってきた。
思わずロヒインのほうを見ると、彼のほうはもう死にそうな顔をしている。コシンジュほどではないが繊細かもしれない。
ジョーカーはようやく足を止めた。道はだいぶ細くなり、より雑然としている。
汚染度もだいぶ進んでいて言葉にすることができない。
こちらを向いたジョーカーの横に、道全体をおおう影をより濃くした小さな下り階段があった。
細身の盗賊はそちらのほうをアゴで指し示す。
「ここが俺たちのアジトだ。絶対に口外はするなよ」
イサーシュとロヒインがうなずくと、ジョーカーは手を振って階段を下りはじめた。2人もそのあとに続く。
真っ暗同然の階下につくと、ジョーカーはかろうじて見える程度の木製の扉をトントンと叩いた。
しばらくすると中から声が聞こえる。
「……だれだ?」
「アブラカタアブラ」
「なんだお前か。よし、入れ」
すると扉が突然開かれた。年季が入っているのか重々しくギィという音を立てて扉はゆっくり開かれる。
そこからどこか見覚えのある小柄な男が現れる。頭巾をかぶった男はすぐにこちらに目を向ける。
「なんだ、例のお客さんか。2人だけか?」
「他の2人は別用だ。勇者は騎士団長のクーデターに加わるらしい」
「ずいぶんと耳が早いな」
イサーシュが冷静に言うとジョーカーは首だけをこちらに向けた。
「俺たちを誰だと思っている」
「とにかく中に入れ。入り口で込み入った話はおかしいだろう」
小柄な男に手招きされ、3人はようやく地下の入口に入った。
ロウソクに照らされていても、暗すぎて地下室の様相はうまくつかめない。
れんが造りのアーチ型の列柱に囲まれているということだけはかろうじてわかる。
ロウソクが置かれる木製の上には、食べ残した料理が乗っかる皿とともに、流線形の美しいダガーが突き刺さっていた。
テーブルの上にヒジを乗せるようにして、ミンスターで出会った恰幅のいい男が座っている。
「お待ちしておりました勇者御一行。先日のお礼が言いたくて、ずいぶん待ちくたびれていましたよ」
仲間たちと違いざっくばらんとした態度で、行商という表の顔を持つフラッシュ盗賊団のリーダー・キメキは両手を広げる。
「俺たちの力じゃない。礼を尽くすなら我が国の陛下に対してだ」
となりのロヒインが丁寧に頭を下げた。
「わたしたちより早い帰りとはおどろきましたね。道中は大丈夫でしたか?」
キメキはにっこりとうなずいた。
「おかげさまで。ランドンの陛下の書状を配達するという役目をおおせつかったおかげで、何事もなく検問を通過することができました。
しかも早馬をよこしていただいたので予定より早く国に帰ることができました。まさしく至れり尽くせりです」
イサーシュはうなずくと、ジョーカーに目配せしてすぐに椅子に腰かけた。
「さっそくだが。こんな暗い部屋で世間話もなんだ、本題に入ろう」
「気が早いですね。なにか気がかりでも?」
キメキがそう口にしたとたん、背後の暗闇から突然明かりが差し込んできた。
「パパァ。今日は旅のお話聞かせてくれるんじゃなかったのぉ?」
四角い光の中に幼い子供のシルエットが浮かび、キメキがそれに振り返る。
「おおっと忘れてた。すまんな、今お客さんと話しているんだ。大丈夫、すぐに終わるから」
「こらっ! パパの仕事場に勝手に言っちゃいけないって何度言ったらわかるのっ!」
子供より一回り大きい女性のような影が現れる。そして子供をおさえてぺこりと頭を下げた。
「すみません、すぐに立ち去らせますので」
扉はすぐに閉められた。ロヒインがキメキに視線を戻して問いかける。
「今のが例の?」
「はい、私の妻です。前は私たちとともに盗賊団のサブリーダーを務めてました」
恐縮気味にうなずくキメキにイサーシュは口を開いた。
「ヴィーシャ姫の先代、クイーンハートだな」
「よくご存じで。お恥ずかしながら、ヴィーシャさまに盗賊の技を伝授したのは彼女であります」
「シルエットでよく見えなかったが、とても元盗賊には見えんな」
「女というのは、変わるものなんですよ。特に母親になるっていうことは。
私たちは彼女をもう2度とこの世界に関わらせるつもりはありません。もっとも、それとは別に我々がこの国で数少ない、尊敬できる方を巻き込んでしまいましたが」
「しかし、盗賊稼業から足を洗うつもりはないんだな?」
イサーシュが相手をまっすぐ見つめると、盗賊は両手をテーブルの上で組んで深いため息をついた。
「わかりません。下手をすると家族をも危険にさらしかねませんが、かといって政府への怒りを心のうちにため込むこともできません。
しかし誰もが自分のことで精いっぱいのこの国では、他に奴らに対抗する方法が浮かびません」
「しかし、そこにクーデターの話が舞い込んできた」
「おっしゃる通りです。
ホスティさまのの革命が成功すれば、私たちは家族や仲間の将来を憂うこともなくなる。我々にとって唯一最大の希望です」
「ひょっとしてわたしたちを呼び出したのは、それに対して協力をあおいだからではないですか?」
ロヒインがそう切り出すと、キメキはおどろきもせずにうなずいた。
「ホスティさまに秘密裏に接触しました。
あの方はご自分が我々の標的にならないことをよくわかっていらっしゃる。接触はごく簡単でした」
「しかし、我々はそのホスティの邸宅にも招かれているんだ。
なのになぜお前自身が我々を呼び出す必要がある」
「事情が変わったんです。我々はある計画を練っていたんですが、目的がすっかり変わってしまいまして……」
「ヴィーシャさまが逮捕されてしまった件ですね」
その問いに、別の人物がうなずいた。小柄な頭巾の盗賊、ダイヤジャックだ。
「おれたちが計画していたのはこうだ。
ホスティはクーデターのために街の全軍を総動員するつもりだ。
しかし兵の全員がそれに賛同しているわけじゃない。それでも大多数が武装発起に参加すれば、革命は成功する。しかしそれには時間がかかる。貴族どもに見つかる危険もあるだろう。
おれたちロイヤルフラッシュがすべきなのは、奴らの目をごまかすための陽動だ」
「なるほど。当初の狙いはなんだったんだ?」
イサーシュが問いかけると、ジャックはすぐキメキの向かいの席に座った。
「ずばり、城を直接狙う。あそこには人目もはばからずに堂々と置かれている財宝がたんまりとある。
もちろん今までの仕事の中で一番危険だが、これがうまくいけば俺たちは2度と盗みをしなくても済むんだ。お安いご用さ」
「盗みのプロがそう簡単に足を洗えるとは思えないんだがな」
イサーシュが疑わしげな目線を向けると、ジャックは観念したように両手をあげた。
「対象が変わるだけさ。これからはきれいさっぱり汚れを洗い流した、この国の命令に従わない連中が対象になる。
さすがに物は盗まないが、スパイとしてならいくらでも仕事が見つかるはずだぜ」
「義賊から政府の御用聞きにねぇ……」
「なんだよジョーカー。お前まさかよからぬことを考えてるんじゃないだろうな」
「俺はほかのみんなとは違うからな。
お前は病気がちの両親、キメキは新しくできた家族。そしてヴィーシャさまは国自体を守らなければならん。対して俺には守るべきものはない」
イサーシュは振り返って柱にもたれるジョーカーを見つめた。
うつむくその顔はどこかさみしそうに見える。
「ですけど、ヴィーシャさまが捕まってしまったらいまあげた計画も難しくなりそうですね」
ロヒインが問いかけると、ジャックは頭の後ろで手を組んだ。
「そこなんだよ。姫さまには手引きの役をお願いしてたんだけど、それが自室謹慎処分ってことになってしまうと、いくらなんでもうまくいきっこない」
「ですが、まだ処分が決定したわけではないじゃないですか」
そこでジャックは片手を離して人差し指を立てた。
「ところがだぜ? どうやらそっちの方向で決まりらしい。
姫さまがひどく気の毒っていうのはもちろんそうだが、この国を変えられるチャンスが危なくなる。非常にまずい」
「それであんたたちは俺たちを利用しようというわけか?」
あえて冷たい言い方をすると、ジャックはあわてて姿勢を正した。
「悪かったっ! 違うんだよ、姫さまが世話になったあんたたちなら、きっと何とかしてくれると思ったんだよ。
これはつまり、お願いってやつだっ!」
そしてロヒインとイサーシュの交互に視線を配る。
「頼む。姫さまをあの腐った城から助け出してくれ!
そしてできれば、この国を変えるチャンスを手伝ってくれっ!」
実のところを言うと、イサーシュは迷いはじめていた。
というよりかクーデターを確実に成功させたいという方向に傾きかけている。
しかし、なぜかはっきりと決断できない。
どうしてだろう。自分の中で、なにかが引っかかっているような気がする。勘働きがよくないと自覚している自分にはそれが何なのかいまいちよくわからないのだが……
助けを求めるように、イサーシュはロヒインに目を向けた。
そこではっとする。ロヒインもまた、なにか悩むようにアゴに手を触れて眉をひそめている。それを見て、やはりお前もかと心の中で1人ごちる。
突然、入ってきた入口から大きな衝突音がひびいた。それを聞いた盗賊たちがあわてて立ち上がる。
そして2度、3度同じ音が聞こえてきたかと思うと、次には木材が破裂する音が聞こえ、さらには金属の思い音が暗い室内にこだまする。
ここでようやく修羅場なれした残りの2人が振り返った。
そこには外で見たのと同じ、重々しい甲冑に身を包んだ騎士たちの姿があった。
「いったい、いったいこれはなんだっっ!」
ジャックの声でイサーシュとロヒインは顔を見合わせた。
2人とも同じ考えに至っていたことは言うまでもなかった。




