第11話 ケバい城の頭の悪い人々~その2~
勇者一行は穏やかな田園風景を進む。
途中で対向する馬車とすれ違うのを見届けたあと、コシンジュがとうとつに口を開いた。
「首都はここから遠いのか?」
「それほど大きな国ではないですからね。多分もうすぐのはずですけど」
「ロヒイン、勝手に話を続けないでくれる? ほら、あの林を抜けると見えてくるわよ」
ヴィーシャの言うとおり、くねった道を進んでいくと話のわきに人口の建物が見えてきた。
コシンジュは少しおどろいた。
「おお、意外と近いな。
ていうか首都っていうからミンスターみたいにもっと城壁が高いのかと思ってた」
「そうね。この辺は城がたくさんあるから、それらがみんなこの国を守っているのよ。
とはいってもそれらは今じゃみんな貴族たちの別荘同然だけどね」
「へえ、おもしろいな。ここから見るとけっこう赤い屋根が丸見えだな」
コシンジュが目をこらすと、町の屋根はすべて薄い赤で統一されている。
そう思いきや、進んでいくにつれてなんだか雰囲気が変わってきた。
「ちょ、ちょっとこれって……」
メウノが絶句するのも無理はない。
街の中央は小高い丘になっているのだが、そこから見えてくる建物の屋根は赤だけでなく、青、緑、黄などけばけばしい彩色に移り変わっている。
そして中央の城が見えてくると、ヴィーシャ以外のメンバーが眉をひそめた。
かなり遠く離れているはずなのに、城の様相がきわめて大きい。おそらくミンスター城より大きいと思われる。
デザインも大きく異なり、やたらと塔や渡り廊下が多かったりとそれはもう大変なことになっている。
大小の城館や尖塔を彩る屋根も統一されておらず、様々なカラフルな色で塗りたくられている。
「あれが、ヴィーシャの実家かよ……」
コシンジュがあきれとおどろきが入り混じった声でつぶやいた。ヴィーシャがため息まじりにこたえる。
「実家ってアットホームな言い方しないでよ。
そうよ、あそこがベロン王国の中枢、悪名高き『シノンジャンボール城』よ」
「話には聞いてましたけど、予想以上にすごい場所ですね。あそこは……」
ロヒインが引きぎみにたずねると、ヴィーシャはいまいましいとばかりにつぶやいた。
「増築に増築を重ねて、あんな形になってしまったのよ。
いかにこの国が民を搾取しているかを分かりやすく象徴してるわ」
コシンジュが遠く離れた馬車に向かって振り返る。
「そう言えばさっき通った馬車、けっこう痛んでたよな。御者もあんまり元気なかったし。
町を通った時もなんだか活気がなかった」
「このあたりはまだましよ。
地方になってくるとほかの国の人々の目に届かない分、よけい締め付けが厳しくなる。身を持ちくずした人々はあそこに送られてずいぶんひどい暮らしをさせられているの」
「この辺でもずいぶんなのに、どんだけひどいんだよ……」
「10分に1人の割合で、『お恵みを』っていう人々が現れる。
あんたたちみたいな一般庶民のナリをしてても、めちゃくちゃにたかられるわよ」
「他国の施しはなってないんですか? 我々教会の慈悲の手は?」
メウノがドン引きして問いかけた。ヴィーシャはため息まじりに首を振る。
「ムリね。ここは山々に囲まれているから出入りは自由じゃないし、あんたたちは正規のルートを通ったわけじゃないからわかんないだろうと思うけど。
本来は厳しい検問を通る羽目になってこってり絞られると思うわ」
「フラッシュ盗賊団は? おたずね者が国を出るときはかなり大変みたいですね」
「アタシは王女って表の顔があるし、キメキたちは行商ってことで一応出国できるわ。
ただ帰って来た時はかなり分け前をぶんどられてるみたいだけど。
それをいやがるよその盗賊たちはクロンバ洞窟のような秘密のルートを使ってるみたいよ」
「フラッシュ以外にも盗賊が?」
イサーシュがたずねると、ヴィーシャは少しバカにしたような口調になった。
「この国の財政を見ればわかるでしょ?
目には見えないだけでそこらじゅうが盗賊であふれ返っているわよ」
「もったいない話です。
彼らが手に手を取り合えば、国を動かせる大きな力になるかもしれないというのに……」
メウノの言葉にヴィーシャはうつむいて首を振った。
「貴族連中に正々堂々と立ち向かっているのは、アタシたちを含めて数えるくらいしかいないわ。
あとの連中は、自分たちの生活とそう変わらない小さな地主や商人ばかり相手にしてる。
余裕がなさ過ぎて警備のきびしい貴族には手を出せないのね」
「ひどい話だな……」
コシンジュが言っているうちに街が近づいてきた。
街の外に張り巡らされた塀はかなり傷んでおり、その上から見える屋根もところどころ瓦がなくなっている。
「そろそろ別行動にしないか? ヴィーシャがいると何が起こるかわからないだろ?」
コシンジュの提案に彼女は素直にうなずいた。
「そうね。この街にはアタシの顔を知ってるやつらが多いから、アタシはこっそり街の中に侵入したほうがいいかも」
「秘密の侵入ルートでもあるのか?」
「塀がこんな状況になってるのよ。入ろうと思えばいくらでも抜け穴があるわ」
「この国は本当に魔物と戦う気があるんですか。
いざという時はこちらの方が真っ先に狙われるというのに……」
そう言った時だった。
イサーシュが突然別の方向に歩きはじめ、ちょうど真横に位置していた林に向かって身構えた。
「どうしたんだよイサーシュ」
問い詰めたコシンジュに向かってイサーシュが手のひらを向ける。
「静かにしろ。何かがやってくる……」
4人もつられて構えをとる。ロヒインが小声でつぶやいた。
「奴ら、いったいどこまで刺客を送り続けるつもりなんですか。
あれほど痛い目にあいながらいまだにあきらめるつもりがないとは」
「数が多いとはいえ、それをまとめることができる人材は多くはないはず。
これ以上の損失は奴らにとっても厳しいはずですが……」
同じくメウノがささやいた時、森の中から複数の影が現れた。5人は一斉にそれぞれの武器を構える。
「……動くな。我々は勇者と争うつもりはない」
現れたのは、それぞれが重々しい甲冑を身にまとった、人間らしき者たちだった。
細かい装飾がほどこされた豪華な鎧だが、ミンスターの騎士たちと違ってデザインが統一されていない。
そして争うつもりがないと言っている割にはそれぞれ剣や槍などで武装している。
イサーシュは彼らに冷たい視線を浴びせる。
「ベロンの騎士団か。自分たちがなにをしているのかわかっているのか。
勇者パーティに手を出して無事で済むとでも思っているのか? 同盟関係だけでなく、魔界からの軍勢に対処するにも事欠くことになるぞ」
すると中央に立っていた赤いマントの騎士が前に進み出た。
全体が黒っぽくカラーリングされた鎧はひときわ高価そうだ。
「争うつもりはないと言っているだろう。我々に用があるのは、そちらにおらせられる我が国の姫君さまだ」
一同、戦慄。
コシンジュ達はすぐにヴィーシャと顔を合わせる。一方の彼女はコシンジュ達に疑わしげな視線を送る。
「いったいどこからもれたのっ!?」
「うっ、なんだかんだいってペラペラしゃべっちゃったもんな。
盗み聞きされてたとしたら、ちょっとうかつだったかも……」
コシンジュがあわあわとしながらつぶやくと、黒い鎧はふところからなにかをとりだした。
何やら丸められた手紙のようだ。
「書状をあずかっている。相手はランドン王国の王太子だ」
一同、もう一度戦慄。信じられないと言わんばかりにコシンジュは声を張り上げる。
「まさかあの人がっ!? そんなバカなっ! これは何かの間違いだっ!」
「間違いもなにもこの書状に書いてあることが事実なら確かめねばならん。
どうやって関所を通り抜けたかはわからんが、読み通りすでに国内に入っていたようだな。
国中に使いを送ってすぐに君たちを見つけ出した」
そして騎士たちの兜が一斉にお忍びの姫君に向けられる。
「ちょっ、ちょっと待ってよっ! ひと違いじゃないのっ!? アタシはこの王国の姫君なんかじゃ……」
両手を振り回して否定しようとするヴィーシャだが、イサーシュが詰め寄っていきなりフードをはがした。
コシンジュがどなりつける。
「何やってんだよイサーシュッッ!」
「奴らの手間を省いてやっただけだ。どうせ彼女に逃げ場はない」
フードをとられ表情があらわになったヴィーシャはイサーシュを一瞥するが、その視線はすぐに騎士たちの一団に向けられた。
「『ホスティ』。このアタシをどうするつもり? まさか牢屋にでもブチ込むんじゃないでしょうね」
するとまるで打ち合わせしたかのように騎士たちが一斉にその場にひざまずいた。
「ご無礼をいたしました姫さま。
我々は手荒なマネをいたす所存はございません。どうかおとなしく我々にご同行ください」
「姫さまをどうするつもりなんだっ!」
コシンジュが問い詰めると、黒騎士は両手を兜に持っていき、そのまますっぽりと脱いだ。
髪の短い、中年と呼ぶにはまだ少し若い表情が現れる。
「紹介が遅れたな。
私はベロン騎士団長、ホスティというものだ。
仮にも一国の君主のご身内を牢獄に押し込めるようなことはしない。
ただしまったくおとがめなしということはあり得ないだろう。良くて城外への外出禁止、悪ければ自室での謹慎処分、といったところだ」
「えっと……」謹慎処分ってなんだっけとつぶやきそうになり、あきれたロヒインに耳打ちされるとコシンジュは目を丸くした。
「部屋から出られないっ!? そんなっ! 彼女は悪意があってやったわけじゃないんだ!
それを牢屋にぶちこむ同然のことをするなんて、いくらなんでもひどすぎるっ!」
するととなりにいたヴィーシャが自ら前に進み出た。コシンジュは思わず名前を呼び掛ける。
「悪いけど、それがこの国の上層部の考え方よ。
もっとも盗みっていう所業が許されることなんてないでしょうけどね」
ヴィーシャはコシンジュ達から顔をそむけ続けている。表情は全くうかがえない。
「だけど、それよりも城の連中は、アタシがしでかした不始末を必死で隠したい、って気持ちのほうが強いでしょうね。
臭いものにフタをする、いかにもあそこの連中らしい考え方だわ」
ホスティはそっと片方の手をヴィーシャに向ける。
「我々もこのようなマネはしたくありません。ですが王の命令である以上、異議を唱えるのは許されないのです。
おとなしくご同行していただかないと、こちらとしても手荒な手段を講じざるをえません」
「……そういうことよ」
突然ヴィーシャは前に進み出た。
振り返ると一瞬まじめな顔をしていると思いきや、いきなりニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「はい、アタシの旅はこれでおしまい。あんたたちともこれでお別れね。
短い間だったけど、スリル満点でとても楽しかったわ」
「ヴィーシャ。本当にこれでいいのかよ」
コシンジュが思わずつぶやくと、ヴィーシャは再びまじめな顔になった。
その決意みなぎる表情に、思わずドキリとさせられてしまった。
「いいもなにも、あんたたちまさかこの国を敵に回すつもり?
ここの連中はたとえ魔王軍の手が忍び寄っていようが、自分たちの身が危なくなると言ったらどんな手を使ってでも、まず自分たちの立場を優先するわよ?
それこそ後先考えずムチャクチャなことをしでかすかもしれない。あんたたちの故郷のことを考えたら、下手なことに首を突っ込むのは、やめた方がいいかもしれないってことよ」
そしてうっすらと笑みを浮かべると、そのまま騎士たちの群れまで歩いて行ってしまった。
なぜか彼女のほうが手を振って彼らを先導する。
「行きましょ。遅くならないうちに帰った方が城の連中にも怒られないで済むでしょ?」
そしてヴィーシャは騎士たちに囲まれ、町のほうへと行ってしまう。
こちらに振り返る様子は全くない。コシンジュは叫んだ。
「ヴィーシャァッッ!」
何かとてつもないものを失いそうな気にとらわれていたコシンジュ。
前方のホスティがなぜか妙な動きを取った。
「先に行きたまえ」
そして彼だけがこちらに戻ってきた。コシンジュ達の目の前で立ち止まる。
「ランドンの太子より伝言がある。
『これは我々政治家同士の問題である、よけいな手出し、口出しはするな』、だそうだ」
「本当かよ。本当にあの王子様が告げ口なんてしたのかよ……」
あ然とするコシンジュに、イサーシュが冷たく声を発する。
「理想主義者のランドン陛下と違い、太子さまは現実的な考えの持ち主でいらっしゃる。
各国の情勢を重んじて独断で対処なされたのだろう」
振り返ってにらみつけるコシンジュだが、ロヒインがすぐに手をかけて首を振った。
「魔王軍が迫っている状況に、同盟国のすべてが結束を保たなければならない状況なんだよ?
少しでも火種があれば、魔界の圧倒的な軍勢には勝つことができない」
「簡単だっ! 今すぐベロンのぜいたく貴族どもを一掃すればいいんだっ!」
「本気で言ってるの……?」
ロヒインの真剣なまなざしに、コシンジュは口ごもる。勝てないというわけではない。
むしろ問題なのは、人間相手に神の武器をふるえば相手は無事ですまないということだ。
メウノがたまりかねて口を開いた。
「コシンジュさん。ランドンの共和政は、生まれてからまだ日がたっていない若い文化なんです。
それをほかの同盟国に押し付けることはできない」
メウノは一息ついて、自分が知っている限りの知識を目いっぱい説明しだした。
「大国ストルスホルムは、領土が広すぎて国民の意見を取り入れる体制にはない。
キロンは民主性には好意的な有力者が多いですが、王をはじめとする保守派の反対意見にあって、思う通りに進んでいない。
リスベンや都市国家連合は表向き民主制ですが、実際は一部の裕福な層が仕切っている、事実上の貴族制です。
世界ではまだまだ一部の恵まれた者だけが国を左右する、というのが一般的なんですよ。ランドンに住む我々からすれば時代遅れのように見えますけど」
「わたしはそうは思わない」
その言葉を聞いて全員がおどろいた。
口にしたのは、こともあろうにベロン騎士のホスティだったからだ。
「共和制の根は大陸全土に広がっている。もちろんこのベロンですら例外ではない。
貴族たちはそれを拒み続けているが、誰もが政治に参加できる制度への理想は、民衆レベルで勢いをつけはじめている」
「オッサン、いったい何を言い出すんだよ」
コシンジュのとまどいを無視するかのように騎士は続ける。
「よく考えてみたまえ。
国土の広くないここベロンこそ、もっとも国民の意見を広く取り入れて、政治にいかす制度に向いているではないか」
「気にくわないな。よりによって王国内で立場のあるあんたが、そんな過激な発言をするとは」
イサーシュがいまいましげにつぶやくと、ホスティは人差し指を上に向けた。
「軍でさえ、今の貴族たちの振る舞いに耐えかねているのだよ。
軍属の我らですら生活に窮している者が多い。そして魔王軍がこちらまで迫っている状況にもかかわらず、国防に意を返さないことに不満を抱いている者も多い。
上層部は我らの忠誠心ゆえに自分たちは安泰だと思っているようだが、それが崩壊するのも時間の問題だ」
「そんな重要なことをどうしてわたしたちに?」
ロヒインが問いかけると、ホスティは静かに両手を広げた。
「我々に協力してくれないか? 君たちの協力さえあれば、この国に革命を起こすことができる」
話は意外な場所に移る。
長いこと話にものぼることがなかった、まさかの天界。
理由はあとで説明するが、ここでほんの小さな異変が起こっていた。
「『ヴィクトル』さま。いったいどこへお出かけで?」
円柱の合間からまぶしい光が差し込む回廊にて、これまた真っ白な翼を背中につけた人のような生き物が話しかけた。
相手が振り返る。天界を支配する神々の中でもっとも愛想のいい、頭頂部がはげた小柄な神である。
「お前かよ『メタロン』。なんでいきなりお出かけだとか言いだす?」
ヴィクトルは少し慌てた様子で返した。対してメタロンは少しあきれたふうに言い返した。
「ご自分の格好を良くごらんになってくださいよ。
いかにもこちらの住民が着そうにもない、みずぼらしいローブでいそいそと廊下を渡られちゃ、誰が見てもお忍びで地上にお出かけだとバレちゃいますよ」
「おうおう、そうか……」
そう言ってヴィクトルは羽織っているローブをつまみあげた。
赤茶けてところどころかすれているそれは、確かに光かがやく天界にはふさわしくない。
「ご兄弟の皆さまに言われているではないですか。
天界はよほどのことがない限り地上の治世には干渉しない。そうすれば人々が我々に頼りきりになり、文明の発展がとどこおる。あなた自身もおっしゃられたではないですか」
メタロンの発言に兄弟よりは短めのヒゲをつまむ。
「しかし、たまには助言も必要なんだよ。
特に世界の命運を担う者がいらんことで迷っているようであれば、誰かが出向いてきっちりと教えてやらねばならん時もあるだろ?」
メタロンはそう言われても腕を組んで首をかしげるばかりだ。
「さて? わたしも地上の動向を観察しておりますが、勇者たち一行に迷い事を抱えている者はいないようですが?」
「ふふ、それがわからんようでは、天界の書記官もまだまだだね」
首をかしげる天使を無視し、ヴィクトルはいそいそと出かけていった。




