第11話 ケバい城の頭の悪い人々~その1~
「いや~、いいな~っ! 見渡す限りの平地っていいな~っ!」
いつもならこのようなコシンジュの発言には誰かが茶々を入れるのだが、今回ばかりは皆だまってしきりにうなずいている。
なんせつい先日まで、一行はいつ終わるとも限らない巨大な森の中を進み続けていたからだ。
終わりごろにはその手の状況にはめっぽう強い(裏を返せば感情の起伏がない)、イサーシュでさえ根をあげ、らしくもなくグチをこぼしていたくらいである。
しかし長い道のりも終わり、今は見渡す限りの広大な平野が広がっている。
しかし時おり小さな林が目に映ることもあるが、コシンジュ達はもうたくさんと言わんばかりに視線をそらす。コシンジュが興味深くつぶやく。
「それにしても、ここがベロンかぁ。なんだかうちの国とあんまり変わってないような気もするけど」
「微妙に温度が高い気もしますけどね。生えてる草木はあまり変化ないようです」
ロヒインの言葉にヴィーシャが応じた。
「山1つはさんでるだけだからね。これが南の山脈をこえるってなるとすごい変化するらしいけど」
「へぇ、楽しみだなぁ……でも確かその山も登るの大変だっていう話じゃなかったっけ?」
意気揚々としていたコシンジュだが途中で思い切りテンションが下がる。あまりの落差にロヒインは苦笑した。
「まあそれは、まずは実際の山々を見て考えようよ」
「とは言いつつもう遠くに見えているんだがな。あれが例の山脈なのか?」
地平線の上にうっすらと見える山々をながめようと、手を目の上にかざすイサーシュ。ヴィーシャはうなずいた。
「そうね。あれがかの有名な『マンプス山脈』。今でも多くの探検家が訪れる、起伏に富んだ土地よ。
中に入ったっきり2度と戻ってこない連中もいるとか」
「怖いこと言うなよ!」
「なにビビってんのよコシンジュ。
亡くなるっていってもごく一部なんだから、アタシたちの旅のほうがよっぽど危険度は上よ」
それを聞いていたメウノはクスクスと笑う。
「それにしてももう次の目的地ですか。ベロンは予想した以上に小さな国ですね」
「当然よ。国土はランドンの10分の1にも満たない。
しかも横にのびるようになっていて、ここから縦断するのに数日もかからないわ」
「でも、オレたちはここからいったん首都によらなきゃいけないんだろ? えっと名前はなんだっけ?」
コシンジュは聞けば何でも分かると言わんばかりにロヒインのほうを見た。
「この国と同じ名前だよ、『王都ベロン』。
ていうか一般常識なんだからそんぐらい覚えておきなさいよ。まったく」
小さくあやまるコシンジュをよそに、ヴィーシャは露骨にイヤな顔をした。
「やはり戻りたくないようだな」
イサーシュの声がして振り向くと、彼はまっすぐ彼女のほうを見つめていた。
「あんたには関係ないでしょ?
このままよけいなさわぎを起こさないで。おとなしく王女の生活に戻ってほしい、それがあんたの望みなんだから」
「じゃあ姫さま、どうです? このまままっすぐ南に向かうというのは」
ロヒインの声にヴィーシャが振り向く。
まっすぐ相手の顔を見つめるが、口を開く気配がない。ロヒインはとぼけたような表情になった。
「やはりその選択肢はないですか……」
それを聞いたコシンジュは思い出していた。
ヴィーシャは王族として国民を搾取する生活に嫌気がさしているが、かといって何の束縛のない自由な生き方を選ぶ勇気もないらしい。
覚えさせられたぜいたくなくらしの誘惑から逃れられなくなっているのだ。
ヴィーシャは暗い表情でうつむくと、かろうじて聞こえてくる程度の声でつぶやいた。
「とりあえず街には戻る。それから考える。
厄介な荷物(魔者から奪った宝石)も持ってるし、盗賊団のみんなにも顔を合わせなくちゃいけないし……」
コシンジュは反対側に振り返って、ロヒインと顔を見合わせた。自分と同じく、相手も思い悩むような顔つきをしている。
悩んでいるヴィーシャをなんとかしてあげたいが、残念ながらコシンジュ達にはいい案が浮かんでくることはなかった。
一方魔王城にも、迷える子羊がうろたえていた。
「まさかっ! まさかこのような事態になるとはっっ!」
ひざまずくブラッドラキュラーはいっこうに顔をあげようとはしない。
この広間に入ってから、ずっと誰とも目を合わせるということがなかった。
対する老人の姿をした魔物、ルキフールはまっすぐ相手をにらみつけている。
「この失態、どう責任を取ってくれるつもりだ。
まさかもう一度部隊を送って今度こそ結果を出す、そのようなたわけたことを抜かすつもりではなかろうな」
図星だったのか、ブラッドはビクリと身体を震わせる。
ルキフールはようやく視線を外し、深いため息をついた。
「何回目だ。いったいこれで何回目になる。
勇者一行を全滅させることが容易にできるなどとは、この私も思ってはいなかったが……」
そして再びブラッドをにらみつける。
「しかしその中の誰ひとり倒すことができないとなれば、話は別だ」
少し顔をあげていたブラッドはあわてて顔を伏せる。そんな彼に向かってルキフールは声を張り上げた。
「もう貴様らの部隊には要請は出さんっ! おとなしく地上侵攻のために備えておけっ!
もっともその体たらくぶりではどれだけの成果を上げられるかは疑問だがなっ!」
そこへ突然新たな人影が現れた。
「ルキフール。このアブサン(酒の一種。人間が飲むと危険!)完全に白くにごってるぞ。普通は透明感のある緑なのにこれだいぶ普通の水が混じってるんじゃないのか……」
ボトルとグラスを手にして現れたファルシスの足が途中で止まる。
そして「来るんじゃなかった……」と言いながらきびすを返そうとする。
ルキフールが元人間の魔族に突然どなった。
「今すぐこちらを立ち去れっ! こちらが呼び出しする時までこの部屋には一切立ち入るなっ!」
ブラッドはオドオドと大広間を立ち去って行った。年老いた魔族はクルリと振り返る。
「地下貯蔵庫の管理が悪かったかもしれません。担当者を調べて厳正に審査します」
ファルシスはもう一度足を止め、今度はゆったりとした足取りで自らの玉座に腰掛けた。
「お前にも全く責任がないとは言えないのだぞルキフール。
アブサンではなく、勇者のことだ……」
ため息まじりに言うと、そばにあった小さなテーブルにボトルとグラスを乱暴においた。
「わかっております。もう少し厳密に選抜しておれば、いまだに勇者一行の誰ひとり倒せていない、などという異常事態は回避できたかもしれません」
「勇者一行の誰かを倒せればいいというのではない。
勇者1人を打ち倒すか、あるいは神の棍棒を奪うか。そのいずれかでなければ、心置きなく地上を侵攻することはできん」
途中で若き魔王は背もたれから離れ、両ヒジをヒザに押し付け、アゴを組んだ手にのせる。
「いや、いっそこのまま放っておくか。
このままではまるで我々が、わざわざ勇者どもに稽古をつけているかのようではないか」
「そして奴らが我々の足元に忍び寄るまで待つおつもりですか。
神々が無作為にあの小僧を勇者に選ぶわけがない。そうおっしゃったのはあなた様ではございませんか」
「なぜだ。なぜよりによってあんな小僧を。まだ子供ではないか……」
ファルシスはいったん顔のシワをゆるめ、姿勢を戻してルキフールに視線を送った。
「こうなれば、いっそ最上級の魔族を送るしかないのではあるまいか?」
いい提案だと言わんばかりの表情をつくったものの、相手は首を振った。
「それはなりません。『彼ら』を送るとなれば、もし万が一のことがあった場合殿下のご心痛にひびきます。
それともよく見知った者を危険にさらすことを覚悟なされますか?」
「そうでない者もいるだろう。例えば……」
「殿下の頭の中に『あの者』が浮かんだでしょう。
あれはいけません。『あの男』ならば確実に勇者どもを倒せるでしょう。ですが私は反対です」
「前から話は聞いていたが、相当奴を嫌っているようだな」
ため息まじりのファルシスに、ルキフールはなぜかあせったような口調になる。
「あの男に手柄を立てさせてはなりません。
私にはなぜあの男があれほどの支持を集めているのか理解できかねます。奴を英雄にさせてしまえば、魔界における大きな遺恨となります」
見た目によらず魔王に引けをとらない、この屈指の実力者がなぜここまで恐れるのか。
くだんの男とはいったいどういう者なのだろうか。
「では誰を送るというのだ。
余の知る最高位の魔族がダメだとするならば、いったいどの者を刺客に差し向ければよいというのだ?」
「しばらく検討させてください。判断は慎重を要します。急ぎ作戦部と討議を重ねます」
そう言うとルキフールは大広間をいそいそと立ち去った。
その先は広大な魔界の森が一望できるバルコニーとなっており、そこを通り抜けようとした老魔族は、ふいに足を止めた。
「……話を聞いていたのか。もしや、よからぬことをたくらんではなかろうな……」
たいていの者が聞いておどろくような、突き刺すような口調にも相手はひるまない。
「いかに自信があろうが、決して動くな。わかったな……」
静かに言い捨て、ルキフールは立ち去った。
彼がいなくあったあと、その人影が暗闇からゆっくりと前に出た。
額に巨大な角を持つ人型の魔物の表情は、静かな怒りに眼光を強めていた。




