第10話 壊れかけのダンジョン~その4~
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
メウノが両目を閉じながらも赤いダガーを突きつけると、巨大な拳はすぐに跳ね返され本体まで大きくのけぞる。
「よしっ! 魔法攻撃は有効みたいっ! こいつらはわたしとメウノさんで対処しますっ!」
ロヒインの叫びが聞こえたのか聞こえていないのか、ゴーレムがこちらに向かって大きく足をあげた。
メウノを押しのけつつ、ロヒインはすぐにその場を飛び退って敵の攻撃をかわした。
「こっちに標準を合わせたか! だが無意味だっ!」
言いながら杖を胸の前に持っていくと、そばにいたイサーシュが叫び声をあげた。
「ロヒインッ! 弱点魔法で俺の剣を強化してくれっ!」
彼がいる方を見ると、2つの巨人のどちらにも相手にされずもてあましているように見える。
「なに言ってるんですか!? 魔法強化したところで剣では大したダメージにはなりませんよっ!?」
「考えがあるんだっ! つべこべ言ってないでさっさと仕掛けてくれっ!」
すっとんきょうな声に仕方なくロヒインは呪文を唱え始める。
今のやり取りでスキができたか、ゴーレムが踏みつけ攻撃を仕掛けてこようとする。しかしその前にメウノが進み出て相手は攻撃をやめた。
そうしているあいだに呪文が完成し、ロヒインはイサーシュの剣に向かって魔法をかけた。
するとその刀身がすばやく動く何かに包まれる。
「地属性の弱点は風ですっ!
ですけど打撃武器と違って岩相手には有効なダメージは与えられませんよっ!?」
イサーシュは声にこたえることなく、人間離れした動きでゴーレムの足元に近寄る。
そしてゴーレムの肉体を構成している巨大な岩と岩のすき間に剣の先を突き刺した。
「グオォォォォォォォォォォォォッッ!」
これが有効だったらしい。巨大な岩石はすぐにその場にひざまずき、片手でイサーシュを振り払おうとした。しかし剣士は素早い動きで距離を取った。
「相手が頑丈な鎧を身にまとっているのなら、その鎧のすき間を狙うのは剣術の基本中の基本だ」
「なるほどっ! その手がありましたねっ!」
ロヒインが感心しているあいだに、あたりを確かめたゴーレムが大きく片手をあげた。
なにをするかと思いきや、大きく広げた手を思いきり大地に叩きつける。
するとあたりを大きな震動がおそう。ロヒイン達はその場に立っていられなくなった。
「くっ! 魔法効果で威力倍増かっ! さすがは地属性だなっ!」
完全に立っていられなくなったイサーシュに、巨人が横殴りの拳を入れる。
剣を構えながら転がってかわすイサーシュだが、剣がかすってしまいはね飛ばされ、不格好な形で倒れる。
「イサーシュッッ!」
メウノが叫ぶ間に、ロヒインは呪文を唱えた。
「エアスライサーッッ!」
するとロヒインの頭上に素早く回転する空気のかたまりが現れた。
ロヒインが両手で杖を前に押しやると、空気で出来た回転のこぎりは勢いよく前へとはね飛んだ。
杖を微妙に動かしながら、ロヒインは狙いをつける。
身動きが取れないイサーシュに追い打ちをかけようと大きく手を振りかぶるゴーレムの、岩と岩のすき間に回転刃を滑り込ませた。
「ゴォォォォォォォォォッッッ!」
苦痛に耐えきれず大きくのけぞったゴーレムに、ロヒインは容赦しない。
そのままブーメランのように空中をカーブさせながら、何度もゴーレムの身体を傷つけた。
「イサーシュッ! 早く起き上がってっ!」
ロヒインが叫ぶ。この魔法だけで決着をつけることはできない。
何度もゴーレムを傷つけているあいだに、回転刃は次第にぼんやりと見えなくなってしまったからだ。
ようやくイサーシュは立ちあがった。いまだ効力を発揮する魔法剣を手に、両手を地面につくのがやっとのゴーレムに素早く剣を突きつける。
ところが、ふたたび震動が起こりイサーシュは再び地面にヒザをついた。目の前のゴーレムが仕掛けた様子はない。
奥に現れたのは、恐らく逃げまどっていたヴィーシャを追いかけていたもう1体のゴーレムだ。仲間の窮地に現れたのだろう。
仲間のゴーレムはすぐに片足を大きく上にあげた。
一方のイサーシュは魔法の効果でいまだに動くことができない。ロヒインももう一度呪文を唱えるが間に合いそうもない。メウノも立ち上がるが同様だ。
ところが、宙に浮かんだ片足が突然はじけ、小さな破片をまき散らす。
とたんにゴーレムの足がまったく異なる方向に踏み下ろされた。
ロヒインが見ると、暗闇の奥に床に倒れながらも小さな銃を突きつけたヴィーシャの姿があった。
「よっしゃ命中っ! ちょこまか動かれると細かい狙いがつけらんないのよねっ! 特に岩と岩の間を狙う精密射撃はっ!」
ヴィーシャのおたけびのあいだにロヒインは呪文を完成させた。
ふたたびあらわれた回転のこぎりは、もう1体のゴーレムへと一直線に向かっていく。
「今ですイサーシュッ! ゴーレムにとどめをっ!」
イサーシュは立ち上がって四つん這いのゴーレムへと向かった。
相手もただでやられる気はないらしく、横から巨大な手を振り払った。
しかしイサーシュはバックローリングでそれをかわすと、振り切った相手のヒジに思い切り剣先を突きつけた。
「グオォォォォォォッ!」と叫んで肩を地面にぶつけたゴーレム。震動にバランスを崩しかけながらも、イサーシュはゴーレムの青く光る頭部に向かって真っすぐ剣を突き放った。
「ハハハハハッ! 神の武器を手にした勇者もしょせんこの程度かっ!」
プリガンが握った拳を地面にたたきつけながら、こちらに向かって頭部についた顔らしきものをニヤリとさせる。
一方のコシンジュは、相手の攻撃により頻繁におそってくる振動にまっすぐ立っていることができない。
マドラゴーラが叫ぶ。
「奴は攻撃のたびに大地を震動させることができますっ! 相手に攻撃するヒマを与えないのが奴のやり方ですっ!」
「んなことわかってらぁっ!」
それでもコシンジュはなんとか相手の攻撃をかわしてプリガンの足元まで詰め寄っていた。
相手の一撃も棍棒を突き出せば何とか押し返すことができる。そしてそのまま太い足へと叩きつけることができるのだった。
ところがマドラゴーラが少しだけ顔を出して文句を言う。
「そうやって何度も同じ場所を叩いてどうするんですっ!? あの魔法防御は完璧ですよっ!?
いい加減あきらめて仲間たちのもとに向かったらどうなんですっ!?」
コシンジュは助言を無視して懸命に同じ場所を攻撃し続ける。
確信があった。いくら堅い防御で身を守っていても、絶対に効かないわけじゃない。
神様から授かった伝説の武器が、魔界の一兵卒にまったく無効だなんてあり得ない。
「いい加減にしておくんだな。
そうやって執拗に攻撃したところで、このオレにダメージがあるわけがない」
言いながらもプリガンは、叩かれた足を大きく上げてコシンジュを踏みつけようとする。
対するコシンジュは度重なる震動により足に力が入らず、転がってかわすのがせいぜいといったところだった。
しかしこれによって後方へと弾き飛ばされるわけではなかったので、コシンジュはなんとか立ち上がって棍棒の先をまた同じ場所に叩きつけた。
「だからあきらめろと言ったんだ。
同じ場所を何度も攻撃したところで、この俺の魔法防御を完璧に崩せるわけがな……
ぐおぁっ!」
言っている途中でプリガンがバランスを崩した。
思いきりヒザを地面にたたきつけた衝撃で、コシンジュは大きく後方へとはね飛ばされる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっっ!」
背中から硬い地面にたたきつけられた衝撃で、コシンジュは叫びをあげる。
うめきながらもなんとか顔だけあげると、プリガンは顔のようなものをしかめてこちらを向いている。
「なぜだっ! オレの魔法防御は完璧のはずだっ! 今さらダメージが通るはずがないっ!」
コシンジュは声を絞り出すように答える。
「けっ! 蓄積ってやつがあるだろうが。
1回1回のダメージは小さくても、何度も同じ場所に食らい続ければさすがに何もなしってわけにもいかないだろ?」
「バカなっ! 先ほどまでは全く何も感じられなかったのに、なぜいまさらになってっ!?」
「同じダメージを受けて感覚がマヒしてたんだろ?
その効果が切れて気が付いたら思った以上のダメージになってました、そんなことよくあるだろ?」
「コシンジュさん、勉強が苦手な割によくそんなこと知ってますね……いてっ!」
減らず口をたたくマドラゴーラの花びらをはたき、コシンジュはなんとか立ち上がった。
対するプリガンは両手を広げ、思いきり目の前の地面をたたいた。
もっとも大きな震動。コシンジュはすぐに立っていられなくなる。
恐ろしいのはそれだけでなく、大空洞の天井から大小のガレキが落ちてきたことだった。コシンジュは横のほうを見た。
「みんなっ! 上から来るぞっ!」
その頃にはもう、1体のゴーレムが倒れて残りのゴーレムを4人が寄ってたかってリンチしているところだった。
そこへ予期しなかった攻撃が舞い込み、仲間たちはかわしたり防御したりで忙しくなる。
コシンジュ自身も真上に落ちてきたガレキの破片を棍棒で防御する。
仲間たちを頼ることはできない。仕方なくコシンジュは前方に視線を戻す。
プリガンの前にはいくつものガレキが落ちており、宝石巨人はそれらの中でもひときわ大きなかたまりを拾い上げた。
「おいっ! バカなまねはよせって……うわぁぁぁっっ!」
コシンジュはすごい勢いで飛んできた岩のかたまりをかわす。防御するより避けたほうがいいと判断したのだが正解だったようだ。
コシンジュはすぐにプリガンのほうへと足を進める。
ところが相手は軽く地面をたたき、コシンジュをよろめかせる。そしてすぐにガレキを投げつけてくる。今度はかわしきれず、棍棒で防御しながらだった。
「ぐおぉぉぉっ!」おかげで全身が大きく回転して、かたい地面にあおむけに叩きつけられる。
しかしそれでもコシンジュは懸命に進む。相手は足のダメージが大きすぎて立ち上がることができない。
至近距離まで詰めれば相手に残された手段は少なくなるはずだ。
プリガンはそこから1,2回ガレキを投げつけた。
しかし手を伸ばせる範囲にあるガレキは数が少なく、そこからは防御が簡単な小さなかけらだけになった。
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっっ!」
仕方ないと言わんばかりにプリガンは再び両手を広げて高く上げた。そのあいだにコシンジュは自分の両足に力を込めて前へと送りだした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」
コシンジュはプリガンの目の前へ行くと、ガラ空きになった胴体に向かって走りざまに棍棒を叩きつけた。
閃光とともに弾き返されるが、それでもあきらめずに何度もたたきつける。
しかし健闘むなしくプリガンの両手が大地に叩きつけられた。
コシンジュはバランスを崩して地面に倒れる。しかし相手の身体が防御となって上のガレキを気にする必要がない。
ところが、ここで予想外の攻撃がやってきた。いつの間にか相手の巨大な手が忍び寄り、コシンジュの身体を丸ごとつかみ取ってしまったのだ。
あれよあれよという間に、コシンジュの視界はかなり上空へと持ち上げられる。
「うおっっ! うおぉぉぉぉぉぉぉ~~~っっ!」
「もう腹が立ったっ! このままてめえを一気に握りつぶしてやるっ!」
ニヤリと笑ったように見えるその顔を見て一瞬肝が冷えた。
しかしコシンジュはあることに気がついて、なんとか離さずにすんだ棍棒を逆手に持ちかえ、思いきり上へと突きあげる。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
プリガンが掴む手に力を込める前に、コシンジュは目の前の巨大な親指に向かって思い切り棍棒の先を叩きつけた。
閃光とともに、身体の圧力が弱まる。
空中に投げだされたと気づいたコシンジュだが、すぐに棍棒の先をさらに下に突き出した。
閃光とともにふわりと身体が舞い、なんとか地面に着地する。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
プリガンがひときわ大きな悲鳴を上げる。あわせる手をよく見ると、先ほど自分をにぎっていた手の親指がきれいになくなっていた。
「なぜだっ! なぜたった一発でオレの指が吹き飛んだぁぁぁぁっっ!」
コシンジュは棍棒の先をまっすぐ相手に向ける。
「指なんて足のすねに比べたら本当に小さいもんだろ?
オレの棍棒に比べればそこの部分の防御力が小さかったってことだろ!」
プリガンが顔をしかめながらも、両手を離して拳を握りしめた。
「こうなったらヤケだっ! 思いっきり地面を叩きまくってっ!
お前らをこの洞窟の中に閉じ込めてやるっ!」
その時、プリガンのそばを素早く何かが通り抜けた。とたんに敵は顔をしかめ、痛そうにしきりに首を振る。
なんだかあたりが明るくなったかと思うと、光る杖を前に構えたロヒインが細かく両腕を動かしている。
コシンジュはすぐに問いかけた。
「手下はっ!?」
「そんなの、とっくに片付いたよ! よけいな邪魔が入ったけど、途中からは完全に一方的だった!」
ロヒインだけでなく、イサーシュがプリガンの足元へと近寄り、なにか変なもので巻かれている剣を相手の足に突き刺した。宝石ゴーレムはそれで完全に地面に両手を突いた。
「今だよっ! 奴の顔が下に下がっているあいだにとどめをっ!」
言われてコシンジュははね飛ばされるようにして前方へとかけぬけた。
「ちょっとぉっ! そいつの身体お宝の山なんだから、あんまりムチャクチャなことにしないでよっ!?」
ヴィーシャの言葉は無視する。
地面に着いた巨大な両手の、残っている親指に向かってコシンジュは思い切り棍棒を叩きつけた。
とたんに破裂してきれいな宝石をそこらじゅうにまき散らす。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
上から何かがやってくると考えその場を動くと、プリガンがヒジまで地面について頭が目の前までやってきた。
顔だけがこちらを向いて、コシンジュの目の前に姿を現す。
コシンジュはニヤリとしながら、両手に握った棍棒をやや後ろ方向に振りかぶった。
「やっ、やめっ……!
やめろびにぃぃぃぃぃるっっっっっ!」
閃光とともにコシンジュは投げ飛ばされたが、なぜか途中で柔らかい感触が受け止めた。
頭だけを後ろに振り返るとロヒイン、メウノが2人がかりで自分と抱きかかえていた。
視線を前に戻す。少し振動したあと、大量の宝石をまき散らしながら横向きにプリガンの顔が地面に倒れていた。
顔には大きなクレーターがあいている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ! 宝石の山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
すぐに拾わなくっちゃっっっ!」
現れたヴィーシャが大きめの袋を手に下に落ちていた宝石の数々を素早く拾いはじめる。
コシンジュは安堵のため息とともにイヤミったらしく呼び掛けた。
「魔物の身体にひっついてたもんだぜ? 気持ち悪くねえのかよ」
「アタシのじゃないもん。こいつはすぐにベロンの商人に売りつけるのよ」
「いい加減にしろよっ!
こいつらが暴れたせいで、いつこの空洞が崩れるかわかったもんじゃねえんだぞっ! すぐに脱出しないとっ!」
コシンジュはすぐに立ち上がる。
しかし無傷では済まなかったようで、クラクラして地面にヒザをついてしまった。
「いけないっ! すぐに治療しないとっ!」
メウノが手をかけようとするが、コシンジュはすぐに首を振りながら立ち上がった。
「脱出が先だ! ほらっ! ヴィーシャいつまでも拾ってないでさっさと出るぞっ!」
「ダメよっ! ここがベロンに見つかったら遺跡なんて無視されて宝石ばかり持ってかれる!
そうなる前に出来るだけ拾っておかないと!」
「いい加減にしろっっっ!」
宝石を拾い続けるヴィーシャの腕を、乱暴につかみ上げた者がいた。
その腕を強く握りしめるイサーシュの顔には怒りがみなぎっている。
「命よりも宝石のほうが大事かっ! 死にたいのなら勝手に死ねばいいっ!
だがコシンジュはそうはいかないぞ!」
「……なによ。あんたまでアタシに指図する気? それとも……」
ヴィーシャは向こう側を向いているので表情は伝わらないのだが、声だけでコシンジュ達は恐怖に震えあがった。
「ああ、そう言えばあんた貴族主義だったわね。
アタシが王女だとバレたら、ベロンの貴族社会も終わり、あんたの返り咲きはますます難しくなるわね」
イサーシュの顔に変化はない。今度はヴィーシャのほうが乱暴に手を振り払う。
「だったらアタシにはここで死んでくれた方が都合いいんじゃない?
そしたらベロンの貴族をパトロンにして、母国の貴族社会を取り戻せるかもしれないわよ」
「やめろよ2人ともっ! こんな時にケンカなんかしてる場合かよっ!」
コシンジュがメウノの制止を無視して2人のもとに歩み寄ろうとした時だった。
突然あたりが大きく震動しだし、5人はバランスを崩しそうになる。
「やべぇっ! だからはやく逃げろって言ったんだっ!」
「みんな上に気をつけてっ! よく位置を確認して避けるんですよっ!」
ロヒインの忠告に全員が顔を見上げる。
上空からおそってくる土ボコリに顔をしかめつつ、大きな破片が降ってきたらその場をよける。
しかし長くは続かなかった。そう思いきや、なぜか横方向から強い光が差し込んできた。
震動が消え、ようやくその場所を確認できるようになると、大空洞のかなり上の方に巨大な穴が開いていた。強い光はそこから差し込んでいるようだった。
「出口だっ!」
コシンジュは急ぎ足でそばに近寄ると、そこはちょうど土砂崩れが起こって急こう配の坂が出来上がっていた。コシンジュは振り返る。
「出口を探す手間が省けたぞっ! みんな急いでここを出ようっ!」
さすがにヴィーシャも宝石拾いをやめて、苦労しながらも急な坂を駆け上った。
土砂まじりの斜面は足をとられてやっかいだったが、なんとか全員頂上までたどり着いた。
そこはうっそうと茂る森になっていた。土砂崩れのあった場所は見事に木々がなくなり、赤が混じった大空が広がっていた。
「空だ~~っ! 半日もたってないのに久しぶりに見た気分~~っ!」
コシンジュが両手の拳を高くかかげる横で、ロヒインが杖の先の光を消した。
そして横に目を向けると、ヴィーシャがにんまりとして大きな袋を持ち上げた。
「あれだけの宝石を全部拾うのはムリだけど、かなりの量拾ったぞ~! これでだいぶ稼いだな」
にんまりとして袋を上下させると、中からめいっぱいにジャラジャラという音が聞こえる。
途中で切り上げたとはいえ、袋の中身は相当なことになっていそうだ。
「まったくこりない奴だ。そんなに宝石が好きなら自分で買えばいいだろう。ベロンの王族はケチなのか?」
イサーシュがため息まじりに言うと、ヴィーシャは真顔であっけらかんと答えた。
「そんなわけないじゃない。宝石は骨董品と違って、ノイベッドやキメキのような専門家じゃなくても簡単に査定できるのよ。
それを利用してベロンじゅうの強欲な商人たちに売りさばいてやるのよ」
「勝手にしろ!」
イサーシュは髪をかきあげながら言った。いつものイラつく感じはそこにはなかった。
「あの洞窟のことは、ベロンの人々には言わない方がいいですね。
姫の言うとおり貴重な遺跡は無視されて宝石拾いに夢中になるだけですから。調査はランドンに極秘で行ってもらいましょう」
ロヒインの指摘にコシンジュはうなずいた。
「だったら早く山を降りたほうがよさそうだな。
あれだけ小さな地震が起こったあとに俺らが現れたら、なにかがあったってさとられそうだし」
山を降りる途中、メウノが突然口を開いた。
「それにしても、あの遺跡一体何だったんでしょう。何の目的で、あのような地下空間が作られたのでしょうか」
「それより気になることがあるだろ。なぜあそこで魔物の軍勢が待ち伏せしていたんだ。
ライン村の山の下に地下空間が広がっていることを魔物どもが知るはずがないだろうに」
「イサーシュ。同じ地属性の魔物に元人間のレイスルがいたことを忘れたんですか?
レイスルには土地勘があった。奴は我々がショートカットするとふんで、自分にもしものことがあった時のために後を託したんでしょう」
よく考えればわかるロヒインの回答に、イサーシュは髪をポリポリとかいた。
「それよりメウノさんの質問に戻りますけど、こればかりはわたしにもわかりませんね」
「なにっ!? こう言う時はなぜか天の声が聞こえて、イサーシュ以外の全員がなんとなくわかるみたいなことになるはずだっ!
少なくとも『ドクシャ』はわかっていると思うよっ!」
「コシンジュさんっ! そろそろメタネタは危ないですよ!
話がどんどんシリアス路線に進んでいる以上、場の空気をにごすようなギャグはやめた方がいいと思いますっ!」
メウノの突っ込みにイサーシュが頭を抱える。
「俺には結局何のことかわからないまま専門用語は封印されるのか……」
そんな3人の危機こもごもをよそに、ロヒインはこっそり回想していた。
小さな通路を抜けているあいだに、地面になぜか鉄の棒がまっすぐ伸びていることが、なぜか気になっていた。
ヴィーシャだけが彼らをまったく無視してひとり宝石で一杯になった袋をながめている。
それでも5人全員が漠然と理解していた。この山を降りることになれば、そこはもうベロン王国の領土だということを。
それぞれが期待と不安を胸に抱き、なだらかな坂を下っていった。




