第10話 壊れかけのダンジョン~その1~
同時期、コシンジュがいる場所からはるか南方において。
そこでは至る所に高い山が連なっている。
しかし一般的な山脈とは違い、ほとんどの山がとなりの山と峰でつながれず、それぞれ独立してそびえている。
大部分が円錐形で、その頂上はほんの少し赤く光っている。中にはドロドロとした溶岩がこぼれている場所もある。
「火山山脈」。
そんな形容詞がよく似合う地帯のほぼ中央に、中心が大きくえぐれたひときわ巨大な山がある。
他の火山とは違い火口からは全く光のようなものがもれず、ひたすら真っ黒な闇がのぞいているだけである。
しかし、ずっと前からこうだったわけではない。
つい数日前までは、この火口からも灼熱の溶岩がのぞきこめ、近づけば肌を焼いてしまうほどの高温を発していたのだ。それが今となってはウソのように赤い光が消えている。
もう1つ不自然な点がある。火口を囲む超巨大なカルデラには高低差があるのだが、低い位置にはまるで溶岩をせき止める壁のような巨大な施設が建てられているのだ。
ものものしい重厚感を放つその要塞には、これまたおびただしい数のたいまつがかかげられている。
要塞の隅々に開いている窓やバルコニーには、それこそ数えきれないほどの人影がたたずんでいる。
彼らの中には重苦しい黒い鎧をまとったものや、高貴さを表す細かい意匠がほどこされた黒いローブを身にまとっている者もいる。他の兵士たちも全体を黒くカラーリングされた装備をまとっているものが多い。
人だけではない。要塞の各所に、そばにいる者が小さく見えてしまうほどの巨大な兵器が置かれている。投石機、砲台、バリスタ(巨大な矢を放つ機械)。
同じように兵士たちの大多数も弓矢やボウガン、鉄砲などで武装している。
不思議なことに、それらはすべてただ1つ、火山中央にある黒々とした火口に向けられている。火口はただ、何の変化もなくただただ沈黙しているばかりである。
対する要塞の兵士たちも静かにそれを見つめるだけだ。
ところが、いつ終わるともしれない静寂に変化が起こった。
黒々とした火口が、ほんの少しだけ明るくなったのだ。それでも兵士たちは動かない。
やがて、光が火口から飛び出した。しかしそれは溶岩などではない。バラバラに散らばった点のような、ほんの小さな赤い光である。
それらはやがてゆるやかな傾斜に逆らうようにして、一目散に要塞のある方向へと向かう。
要塞にいる兵士たちは皆知っている。
この光のもととなる存在が、すべて人に似て人にあらざる存在だということを。
猛烈な勢いで迫る軍勢にも、兵士たちは動かない。彼らの中央に立つ指揮官がいまだに動じないからだ。
物静かな城壁の中に、ひたすら緊張がみなぎる。
予想以上の速さで押し寄せるが、まだ引き寄せ続けるつもりなのか。兵士たちの中にはしびれを切らしてあたりを見回す者さえ現れた。
「……はなてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
1人の声で、要塞じゅうの砲台が火を噴いた。つられて他の遠距離兵器も一斉に放たれる。
それらはすべて暗雲のごとく迫る巨大な影へと一直線に吸い込まれた。
暗雲のあちらこちらから、弾けるような噴煙が上がる。
あまりにも猛烈な攻撃の数々に、大軍勢の勢いは弱まる。
「攻撃を続けよっ! 一瞬たりとも手をゆるめるなっ!」
兵士たちは指示の通り、矢継ぎばやに敵軍勢の中に必殺の一撃を叩き込む。
しかしそれでも巨大な暗雲は進み続けることをやめない。
やがて兵士たちの目に、迫りくる無数の敵の姿が見えてくる。
人とはかけ離れた恐ろしい形相をまっすぐこちらに向け、目に映るすべてのものを完膚なきまでにたたきつぶさんと、血走らせた目でにらみつける。そのおぞましさに、ほぼすべての兵士がひるんだ。
無理もない。彼らは目の前の存在のことを幼少期から聞かされていても、実際に目にする際の恐ろしさには及ばないからだ。
しかしそれでも兵士たちは恐怖に逃げ出すことはしない。彼らは知っている。
もしここで退くことになれば、それはすなわちこれらのおぞましい怪物たちに自らの世界が蹂躙されることになるということを。
そしてなにより、自らが属する偉大なる大帝国への強い忠誠心が彼らを押しとどめた。
なんとしてでも、奴らをわが陛下の領地へと侵入させてはならぬ。
兵士たちの猛攻むなしく、異形たちは要塞のすぐ真下へとたどり着いた。彼らは城壁へとたどり着くなりよじ登ろうとするが、表面は塗装がほどこされており思うようにいかない。そのうちに後ろからやってきた仲間たちがそれを押しのけ、次々と乗りかかって上に上がろうとした。
いつの間にか要塞の真下には魔物たちの肉体で造られた即席の階段が設けられ、うしろから続く魔物たちがその上をどんどんよじ登っていく。
しかしそのようにして要塞のすきまへとたどり着いても、そこで待ち受けていた兵士たちによって次から次へとほふられていく。力を失って転がり落ちていく仲間を無視して、それでも新たなる魔物たちがやってくる。
やがてバランスを崩し、魔物たちの塔がくずれた。
それを見計らってか、真後ろに立っていた大柄の魔物たちが次々とやってくる。いずれもが小者たちを強引にどかし、あるいは踏みつぶしてでも巨壁の前へとやってきた。
彼らは小者たちのように無秩序に押し寄せることなく、律義に同じ体格の仲間を集め、肩車をしだした。2,3の大型魔物がそれを行うだけで、簡単に上の階へと到達する。
そこで待ちかまえた兵士たちと、巨大な魔物が戦いはじめる。飛んでくる矢や銃弾を受けながらも、肩車をしたまま魔物は人間たちにおそいかかる。兵士たち一部はもろに巨大な棍棒の一撃を食らって、そのまま動かなくなる。
上階では高位の騎士や魔導師たちがそれを見守る。
しかし彼らも油断することはできない。上空を監視していた兵士の1人が叫ぶ。
「空挺部隊だぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
彼が指差す方向、火山群にうっすらと照らし出された暗雲の中に、真っ黒な無数の点が現れる。
双眼鏡や魔法でそれを確認した彼らは、思い思いに自らの武器を手に取った。
「気をつけろっ! あれはドラゴンの集団だっ!」
近づいてくるにつれ、大きな翼を生やしたと影の姿が見えてくる。伝令はその様相をつぶさに観察し、そして声にあせりをにじませて叫んだ。
「敵は『ワイバーン』が10体、そして『レッドドラゴン』が2体ですっ!」
「なかなかの陣営だなっ! 両者ともに気をつけろっ! 特にレッドドラゴンには要注意だっ!」
指揮官はそう言ってすぐにジェスチャーを繰り出した。
屋上の大型兵器、射撃兵、そして魔導師たちが一斉に同じ方向を向いた。
「一斉に、放てぇぇぇぇっっ!」
合図とともに多種多様な放射が空に向かって放たれる。
それらの一部は見事に飛翔する敵にぶち当たり、いくつかがまっさかさまにいまだ不気味にうごめく大地へと落下していく。
「ワイバーンのうちの半数を撃墜、残りの敵もいくらか深手を負っています!
しかしレッドドラゴンのうち1体がうまくかわした模様です! そして間もなくこちらに到着します!」
指揮官が上空に目をこらす。
ほとんどのドラゴンが翼や肉体にひどい損傷を負っているのに対し、その中の大柄で真っ赤な体躯をした1体は、まるで何事もなかったかのように巨大な翼をはためかせている。
「止むをえんっ! 屋上部隊、目標を無傷のレッドドラゴンにあわせ対峙せよっ!
総員防護態勢準備っ!」
言っているあいだに遠くから素早い勢いで何かが向かってきた。
屋上の兵士たちはそれらの遠距離攻撃に対し、巨大な盾を構え、あるいは遮蔽物に身を隠し、あるいは魔法防御でそれぞれ対処する。飛翔する軍勢はもはや目前に迫っていた。
まずは手傷を負ったワイバーンが屋上の石畳に舞い降りた。彼らはたどり着くなりひとまず動く者に対して大きな口を広げ、肉眼でも確認できるほどのすさまじい勢いを持つ、ほとばしる空気の弾を放つ。
一部の兵士がそれをまともに食らうと、まるで無数の刃に切り刻まれたかのように無残な最期をとげる。
しかし残りはそれらをうまくかわし、あるいはそれぞれの防護で弾いた。
そして反撃。ワイバーンどもはある者は投射物をまともに食らい、ある者は騎士たちに足を切り刻まれ、床に伏したところをはげしく串刺しにされた。
そこへ新たな敵がやってくる。
それなりの大きさを持つワイバーンとは比べ物にならない、巨大な体躯を持ったレッドドラゴンだ。
着地するなり大きな揺れを起こし兵士たちはバランスをくずす。そこへ追い打ちをかけるようにドラゴンは口を大きく開き、そこから猛烈な勢いで火炎を噴射した。
あまりの規模に、屋上の一部が火の海と化す。そこにいた兵士たちの大部分が火だるまになりながらのたうちまわる。いくらかは端にある凹凸のへりから身を投げた。
ちょうど反対側から、手傷を負ったレッドドラゴンがやってくる。こちらのほうは屋上のふちにつかまって破片を飛び散らせながら、何とか体勢を保っているように見える。
「敵はドラゴン2体だが、一方は手負いだっ!
無傷のほうに気をつけろ! もう一方は付近の兵士が迅速に処理しろっ!」
言われるより早く、手負いのドラゴンのもとへ兵士たちが駆け付ける。
ドラゴンはすぐに火炎放射を見舞おうとしたが、すぐに兵士たちの攻撃を食らい勢いを失った。大きく胸をのけぞらせながら後ろ向きに倒れ、そのまま城壁の外側へと落下していく。
しかしそこへ無傷のドラゴンの火炎放射がやってくる。目の前のドラゴンに集中していた兵士たちは背後からの攻撃に、ものの見事に焼き尽くされた。
「ええい! 敵は残り一匹だっ! 総員集中して排除せよっ!」
これで屋上にいるすべての視線がたった1つの目標に集中した。危機を悟ったかドラゴンは大きな翼をはためかせ、突風を巻き起こしながらすぐに上空へと大きく舞い上がった。
「よしっ! こちらも被害は甚大だが何とか守りきったぞっ!」
指揮官が意気揚々と叫んだところへ、伝令の1人が一目散にやってきた。
「たたた、大変ですっ! 城壁の外を見てくださいっ!」
兵士たちが一斉に同じ方向へ向かうと、とたんに足を止めて絶句した。
火口の暗闇から、何か大きなものが這いあがってきた。
先ほど対処したドラゴンより、さらに大きい。
しかも1体ではなく、さらに2,3体が火口からやってくる。
どうやら人の姿をしたらしいそれは、いつの間にやら小さな集団をつくっていた。
しかし人数はわずかでも、人の目から見ればあまりにも強大な勢力だった。
さらに追い打ちをかけるように、火口からはまだ何か巨大な物体がせりあがってくる。
しかもそれは、それより前方にいる巨大な人影よりもさらに一回り大きい。
明らかに自分たちのいる要塞よりも、背丈がある。
そのあまりにも絶望的な光景に、兵士たちの1人が悲痛な叫びをあげる。
「聞いてないっ! こんな話は聞いてないぞっ! 巨人がこんなにも大きいなんてっ!」
それを聞いた兵士たちの一部が逃げ出した。残った兵士はよほど精神が鍛えられているか、あるいは逃げ出したくても逃げ出すことができないかのどちらかだった。
指揮官は振り返る。
「ひるむなっ! 覚悟はできていたはずだっ!
我らの命と引き換えにしてでも、絶対にこの要塞より先に奴らを通すなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
心なしか、塔ほどもある巨大な人影は、静かに要塞をながめているようにも見える。
「へぇ~、これがこの街のランドマーク、『天を穿つ塔』かぁ~」
コシンジュ達が横一線に並んで、かなり上空を見上げている。
そこにはそれでもなお全容がつかめない、あまりにも巨大な塔がそびえ立っている。日の光がすっぽりと隠れてしまうほどである。
逆行で黒々とした姿を見せながら、威圧感たっぷりに5人の前にそびえ立っている。コシンジュは驚嘆たっぷりにつぶやく。
「街の外から見た時も相当だったけど、こうしてみるとまるで巨人みたいだな。
って言ってるとなんだかこわっ!」
「あはは、魔界にも『オーガ』という巨人族がいるようですけど、さすがにこれほどの大きさではないでしょうね」
となりにいるロヒインがちらりと視線を向けて言うと、コシンジュが小さく「怖いこと言うなよ」とこぼした。
「ん~っ! ん~っ!」
突然コシンジュが腰にぶら下げていた袋がバタバタと動き出した。
コシンジュはそれをはたいてしかりつけた。
「こらマドラゴーラッ! おとなしくしてろよ、あとでいい入れもの買ってやるから!」
さすがに魔物を引き連れているのはまずい。仕方がないので手頃な袋に押し込めたのだが、なかなか苦しそうである。
メウノが気の毒そうな笑みを浮かべながらも話を戻した。
「それにしても、古代魔法文明が滅んでから1000年以上もたっているというのに、ここまで原形をとどめているとは少々おどろきですね」
それを聞いていたヴィーシャが肩をすくめた。
「甘いわね。この塔が健在だった頃は、これとは比べ物にならないくらいの高さだったっていう話よ。
なんでもホントに天まで届くくらいの高さだったとか」
そして彼女は周りを見渡した。きれいに区画整理された町のあちこちに、全体がコケに覆われた奇妙な形の遺跡がある。
「この街中に跡地があるけれど、これらももともと今あるこの塔くらいの大きさがあったっていう話よ。
ヴァルトの町はその巨大な遺跡ひとつひとつの間を、はさむようにして作られているわけ。
この町にとって遺跡は象徴であると同時に、大陸中から観光客を呼び込むための資源にもなってるってこと」
「詳しいんだな」とコシンジュが言うと、ヴィーシャは「いつもここ通ってんだから当然でしょ?」と返した。
「それにしてもこの塔、これだけの大きさがあるとこちら側の日照条件は相当悪そうだな」
イサーシュが後ろをながめながら言う。
その言葉に反し、北側にも数多くの建物が建てられている。ただしそちらはどちらかというと雑然としている。
「北の区画はどちらかというと歓楽街ね。酒場とか怪しいみやげ物屋とか、あといかがわしい店とかおもに夜がメインの店が多いみたい。日当たりの悪い地区の宿命ってやつかしらね」
「確か鍛冶屋もあったようだな。俺は今からそっちに向かう。
ただきちんとした店かどうか見極めないとな」
「え? イサーシュもう剣のメンテに行くのかよ。ミンスターの街を発ってからそんなに長くないだろ」
コシンジュの率直な言葉にイサーシュは歩き出しながら言った。
「あそこのオヤジが言ってただろ。こう言うのはこまめにやっておくのがいいんだよ。
ここから先は鍛冶屋があるとは限らない。出来るだけ見せられる時に見せておくことだ」
言いながら離れてしまったイサーシュを見ながら、ロヒインが軽くため息をついた。
「さて、わたしたちも適当に休憩をとって、お昼をすませたらさっそく新しい馬を探しましょう」
「え? 今日はこの町に泊まるんじゃないの?」
「コシンジュ。今日一日中この町で遊ぶつもりなの?
言っとくけど急ぐ旅なんだよ? 観光はほどほどにしておいて、さっさと先に行かないと」
ロヒインの指摘にコシンジュは露骨に嫌な顔をしだした。
「え~? カンベンしてくれよぉ。昨日は野宿で身体洗ってないんだからさぁ。
こっちは早くも身体がベトベトして気持ち悪いんだよぉ」
「あんた本当に大丈夫なの? これから先には風呂に入れないような場所いっぱいあるんでしょ?」
引きぎみのヴィーシャにコシンジュは「はいストップっ! 今はそれ言わないっ!」と両手を向けて言った。
後ろからメウノが苦笑しながら言った。
「だったら今から宿屋でお湯だけ借りればいいじゃないですか。
お駄賃あげれば喜んで貸してくれますよ」
「なんだか気が引ける……」
「ついでに宿屋で手紙を書いてきなさい。あと伝書バト屋にも立ち寄る必要がありますね。
それとマドラゴーラ用の入れ物を買うのも忘れちゃいけませんよ」
「うお~っ! やることがいっぱいある~っ! 観光してる場合じゃね~っ!」
頭を抱えるコシンジュを見て他の3人が小さく笑った。




