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第9話 潜入! リアル心霊スポット~その4~

 やがて少しずつ風が弱まっていった。

 コシンジュはヴィーシャの方をポンポンと叩き、ロヒインの顔を見た。彼女はゆっくりうなずいた。


 そして一斉に立ち上がった。周りに目をこらすと、どこを見ても動いている物体はなかった。

 イサーシュがぼそっとつぶやく。


「風に散らばったか。案外あっさりと片づけられたな」


 コシンジュはイサーシュに振り返った。ところがそこで表情が固まる。


「どうした。コシンジュ何かあったのか?」


 コシンジュはイサーシュを指差そうとしたが、あげた手はブルブルとふるえている。


「い、いさ……うし、うしろ、うしろ……」


 コシンジュのろれつの回らない声に、さすがのイサーシュもこわばった表情になる。

 信じられない遅さでゆっくりと振り返ると、途中でその動きが止まった。


 そこにあったのは、白いローブのあちこちに人のような顔を貼り付けている、レイスルの姿があった。

 ローブの顔たちは布に張り付いてしきりにうごめいている。


「ひ、ひい、ひいぃぃ……」


 叫びにならないイサーシュに向かって、頂点にあるガイコツの目のくぼみがキラリと光った。

 そしてものすごい勢いでイサーシュの身体を取り巻いた。


「我らの力は弱まったっ! こうなれば自らを犠牲(ぎせい)にしてお前1人の命だけでも奪ってやるっ!」

「コシンジュっ! コシンジュッッ!」


 ヴィーシャの叫びにも動くことができない。あまりにおぞましい姿を目の当たりにして完全に固まってしまった。


 その時ヴィーシャが動いた。コシンジュの手から素早く棍棒をうばうと、もう片方のダガーと合わせて両手に武器を構えてレイスルのもとへ向かった。


 そしてものすごい勢いでレイスルの霧を払いはじめる。ダガーからは弱い波動、棍棒からもほんの少しの光しかもれない。

 しかし立て続けに攻撃しているために、次第にイサーシュの身体から霧が後退していった。


「やめろっ! やめるんだっ! 我々のそばを離れろっ!」

「うるさいっ! 死ねっ! ていうか死んでるからさっさと消えろっ!」


 ヴィーシャの猛攻にレイスル軍団はどんどん壁に寄り掛かっていくが、その前にどんどんその姿が見えにくくなっていく。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっっ! のわぁぁぁぁぁぁっっっ! らとびあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 最後はひときわ大きな声を発して、霧はすっかり消えてなくなった。

 あとにはしきりに肩を上下させているヴィーシャの姿があった。その両手にはメウノとコシンジュの武器が力なく握られている。


「あ、あの……ホントに、ありがとう……」


 メウノが申し訳程度に例を言う。するとヴィーシャは振り返って思い切りにらみつけた。


「だらしないっ! あんたたち本当にだらしないっっ!」


 とたんにメウノがびくりとした。それを見かねてコシンジュが叫んだ。


「なに言ってんだよっ! お前のほうがおかしいんだよっ! それをまるで自分と同じみたいにっ!」

「なによっ! だらしない勇者のくせにえらそうな口を叩くわけっ!?

 助けてもらっておいてそんなこと言うんじゃないわよっ!」

「なにぃ……!?」


 コシンジュは歯を食いしばった。たしかに言われたとおりだ。

 自分にもう少し勇気があったならあの状況でも普通に対応できていたかもしれない。


 思えばそこまでビビる必要はなかったのかもしれない。

 レイスルはこの世に恨みを残した死者だが、実体は霧状の身体を持ったただの魔物だ。物理こそ効かないが魔法で対処できる。

 それをきちんと理解してさえいれば大した敵ではなかったのだ。裏を返せば敵はそこを突いてきたとも言えるのだが。


 コシンジュはふと、ヴィーシャの手に握られていた2つの武器をながめた。それに気づいた彼女は不敵に笑ってそれらを持ち上げた。


「少しは恩を感じているのなら、これはもらっていくわよ。取り返したかったら例の通りタチの悪い商人でも探しな」

「ちょ、ちょっと待てよっ! お前ホントにそれでいいのかっ!? 用が住んだらさっさと別れちまうのかよっ! お前ら本当にオレらのことなんとでも思ってないのかよっ!」


 あわてるコシンジュに対して、ヴィーシャは思い切り軽蔑(けいべつ)するようににらんだ。


「あんた、なにかカン違いしてんじゃないの?

 あんだけ短い時間で、アタシがあんたらに情が移ったとでも思ってるの?」


 そして思い切り鼻で笑った。クスクスと笑いながら言い続ける。


「甘く見ないでよね。アタシは盗賊よ。あんたたちのような甘い世界で生きてる人間じゃないの。

 他人にいちいち感情移入なんかしてたら生きていけないのよ」


 すると彼女はなんとでもないと言わんばかりにきれいな足取りでその場を立ち去ろうとする。


「じゃあね。短い時間だったけど、スリルたっぷりで楽しかったわ」


「……ふざけるなっっっっっ!」


 部屋中に叫びがこだました。

 聞き慣れない調子だったので不審に思うと、ロヒインが血相を変えてその場を立ちあがった。


「ふざけるなっ! キミは、キミはそれでいいのかっ!」


 ロヒインの声が、恐怖ではなく怒りでうちふるえる。

 コシンジュは村にいたころも含めて長い間時間をともにしてきたが、こんな姿は初めて見る。


「なによ。あんたもビビりまくっていたくせにアタシに説教たれるつもり?」

「確かに今のわたしたちはだらしなかったかもしれない。でも今はそんなこと関係ないっ!」


 それを見たヴィーシャも目の色を変えた。


「……ちょっとっ! 関係なくはないでしょっ!? あんたらアタシに迷惑かけたんだから少しは……」

「本当はわかっているんだろっ!? キミがわたしたちと一緒に旅に出た本当に理由をっ!」

「……は? なに言ってんの?」


 ヴィーシャの怒り方が変わった。その静かな雰囲気にコシンジュは恐怖を感じた。


「わたしたちから武器を盗んでそれを商人に売りつける。それこそ詭弁(きべん)でしょ?

 本当はそんなもの欲しくなかったんじゃないの? キミが本当に欲しかったのはそんなものじゃなく……」

「ちょ、ちょっと待てよロヒイン、よりによって由緒ある武器のことを『そんなもの』なんていうなよ」

「コシンジュは黙っててっっ!」


 一喝(いっかつ)された。慣れない雰囲気に戸惑(とまど)うコシンジュは何も言えなくなってしまった。

 ロヒインはそんな彼を置き去りにして続ける。


「本当はうらやましかったんじゃないの? わたしたちがこうして仲良く旅をしている姿が。

 自分と違って厳しい現実を突きつけられることなく、前を向いて歩いているわたしたちの姿が。

 キミは思ったんじゃないの? そんなわたしたちの中に加わって、一緒に旅をすれば……」

「うるさいっっっっ!」


 つんざくような悲鳴が部屋中にひびき渡った。

 ヴィーシャは地面をにらみつけているのだろうか、顔を伏せてこちらからはよく見えない。


「うるさいっっ! うるさいうるさいうるさいっっっ!」


 ひたすらわめき散らすヴィーシャに、ロヒインは淡々と言い放つ。


「そうやって自分勝手なことわめいている場合かよ。それは生まれつき?

 それともベロンの連中にそんな態度をとるようにしつけられたから? だとしたら甘やかされっぱなしのとんだ箱入り娘だね」


 長い付き合いのコシンジュでさえ、今のロヒインは怖いと思った。

 その冷たい声はまるでコシンジュさえも突き刺してきそうだ。

 ヴィーシャはふるえながら少しだけ顔をあげ、ロヒインをにらみつける。そんな姿にも怖気(おじけ)づくことなく、ロヒインは冷めた口調で語りかける。


「自分を汚すだけの度胸があるんなら、本気で変わろうとしなよ。

 わがままな態度を押しつけられた姫君としてではなく、ありのままのキミとしての生き方にね」


 とたんにヴィーシャは2つの武器を床にたたきつけた。ロヒイン以外の3人がビクリとする。

 そして思い切りロヒインをにらみつけ、いまいましくつぶやく。


「なんなのよ……本当になんなのよっっ!」


 そしてそのまま振り切るように立ち去ってしまった。奥の暗がりから甲高い(くつ)の音がひびき渡る。


「すげぇ。ロヒイン、完全にヴィーシャを論破したぞ……」

「心臓がちぢむかと思いました。ロヒインさんよく立ちむかえましたね」

「あんなお前は初めて見るぞ。正直さっきの幽霊より怖かった……」


 コシンジュ、メウノ、そしてイサーシュが振り向くと、とたんにロヒインがその場にヒザをついた。

 そして先ほどとは打って変わっておびえきった表情になった。


「こ、こここ、こわかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

「演技かよっっ!」


 コシンジュが引きぎみにツッコむそばで、メウノがロヒインの背中をさすってしきりになだめていた。





 いったん落ち着いたあと、3人がそろって見せたいものがあると言うことで、コシンジュはしぶしぶ彼らについていった。

 城の廊下はロヒインの杖以外は全くの暗闇で、歩くのをいまだにためらわせる。コシンジュはひかえめにつぶやいた。


「うう、幽霊の存在がいなくなったあとでも、やっぱりこの城怖い……」

「そんなこと言いなさんな。連中が消えて一安心。ここからは気長にいきましょうや」


 マドラゴーラが先ほどとは打って変わって落ちついた調子で語りかけてくる。


「お前レイスルたちが消えたとたんに態度変わってるな。お前本当はあいつらの正体知ってただろ」

「そ、そんなことありませんよっ! ありませんよぉ~!」


 絶対知ってたな。そう思いつつコシンジュ達は前を進む。


 しばらくすると下りの階段が現れた。ロヒインは光る杖の先をそちらに向けた。


「この先だよ。言っておくけどおどろくのはまだ早いと思うよ」

「なんだよ。一体何なんだよ」


 問いかけるコシンジュにかまわず、3人はさっさと階段の下をくぐっていく。コシンジュは暗がりに取り残されるのがイヤで仕方なくついていった。


 それを少し後悔した。下にあったのは先ほどとは比べ物にならない、あまりのも巨大な暗黒だった。

 遠くに何かちらりちらりと見えているが、それがなんなのかよくわからない。


 それを確かめているうちに、3人が突然立ち止まった。そして同じ方向を見るなかで、突然ロヒインが叫んだ。


「スーパーライトっっ!」


 とたんに杖の光が強くなった。見ていられないほどの光に目をしかめながらそらすと、目の前に巨大な物体が現れた。


「うおあぁぁぁぁぁぁぁっっ!」


 コシンジュは腰を抜かしそうになったが、若干恐怖慣れしてきたためかなんとか足をふんばった。

 そして現れた物体に目をこらす。


 それはあまりにも巨大だった。あまりにデカすぎて全体が見えないが、何やら見覚えのあるもののように見える。


「これは……『船』……?」

「その通りだ。

 こいつはおそらくかつて古代魔法王国が使用していた古代船だ。ここまで形が残っているとはおどろきだな」


 イサーシュの言葉にコシンジュは3人と同じようにして巨大船をながめる。ゆったりしたカーブを描くその一部には、丸いガラス状の窓がはめ込まれている。


「それにしたって、あまりにデカすぎねえか? それにこんな森のど真ん中にあるなんて」

「確かに普通の船なら不自然だね。だけどこれが、

 海ではなく大空を渡る船だったとしたらどうだろう?」


 ロヒインの声にコシンジュは一瞬首をひねった。そしてその意味がわかると目を丸くして美少女に顔を向けた。


「そ、それって! それってひょっとして

飛空挺(ひくうてい)』とかいうやつですかっ!?」


 いきなりテンションMAXで叫びまくるコシンジュに、ロヒインはうっとうしそうに言い聞かせた。


「1000年以上も前の話だよ? 動くとは限らないよ」

「それでもいいっ! 最高っ! 超最高っ! はじめてこの城来れてよかったと思うっ!」


 拳を振り上げるコシンジュをしり目に、イサーシュが不安げな口を聞いた。


「それにしても、なぜこのようなものがここに?

 いくらこのあたりが古代遺跡の跡地が多いからと言って、よりによって城の地下に隠してあるとは」

「わざと隠したのかもしれませんね」


 ロヒインのつぶやきにイサーシュが「どういうことだ?」と問いかける。


「ヴァルトの人々は、この船を軍事利用しようとしていたのかも。

 当時はまだ同盟はなく各国の情勢も不安定でした。そうした中でこのような船が利用できれば、他の国に有利に働きかけることができます」

「なにっ!? それは聞き捨てならないなっ! 夢の代わりに大砲をいっぱい詰め込んでほかの国をおそいに行くなんて、まったくけしからん話だっ!」

「コシンジュさん、うまいこと言わなくてもいいんですよ」


 メウノの苦笑したツッコミをよそに、ロヒインは淡々と続ける。


「ですがうまくはいかなかったようですね。

 なんせノイベッドさんですらこれより簡単な機械を修復できなかったくらいですから、ヴァルトの世界征服の野望もあっけなくついえてしまったようです」

「となると、ヴァルトが復元しようとしたテクノロジーはこれだけではないだろうな」

「おそらくそうでしょうね。

 ですが惜しいことをしました。レイスルの言葉を信じるとすれば奴は当時を知る唯一の存在。おびえてばかりいないできちんと問い詰めるべきでした」

「……そこまでにしてもらおうか」


 4人は振り返った。光源の先に、うっすらと人影のようなものが見える。4人は一斉に武器を構える。コシンジュは若干顔が引きつっている。


「ま、まさか、また幽霊、なんてことはないですよねぇ……」

「ムダだ。君たちはすでに取り囲まれている」


 相手の言うとおり、大広間のそこら中から人の気配がする。それらを見渡して、もう一度目の前の人物を向いた。


「誰だお前らはっ! 魔物にしちゃ数が多すぎるな!」

「まずは武器を納めてもらおう。話はそれからだ」


 3人は仕方なく武器を降ろした。

 コシンジュはマドラゴーラが袋から出てくるのを確認してから棍棒をしまう。


 暗闇からゆっくり現れた人物は、一見普通の人間のようにもみえるが両側の耳が長くとがっていた。

 白髪の混じった初老の男性の後ろにも同じような耳の人物が何人か現れる。彼らはそれぞれ剣や弓矢などで武装している。ロヒインが関心ぶかげに口を開く。


「『ウッドエルフ』ですか。神々の血を引く者。

 天界のハイエルフ、魔界のダークエルフと枝分かれしたあと、ひっそりと森の中に住み潜む少数民族ですね」

「その通りだ。そして我らの役目は、地上における人々の動きを隠れて見守ること。

 我々は常に君たちの動きを観察していた。そしてとうとう、この地にたどり着いてしまったな」

「なぜ俺たち人間から身を隠すお前らがこんなところに出てくる。いったいこの船に何の関係が?」

「決まってるだろイサーシュ。この船を悪用されるとまずいんだろ?」


 コシンジュの発言にウッドエルフは深くうなずいた。


「さすがは我らが父たちに選ばれたことだけはある。勇者よ。こよい見た光景のことは一切の他言は無用だ」

「とは言いつつオレも疑問なんだよね。飛空挺なんて便利なもの、むしろ一般的に広めちゃった方が悪用されずにすむと思うけどね。みんなにとって手軽な移動手段ができて万々歳だ」

「コシンジュ。それは単に自分が飛空挺に乗りたいだけだろうが」


 イサーシュの指摘に「あ、バレた?」と笑うコシンジュ。

 あきれるようにウッドエルフは首をゆっくり振った。


「とにかく、この船の存在をおおやけにすることはできん。

 理由ならそこにいる魔導師が知っているだろう」


 ロヒインは自分の名前が知られていることにおどろきながらも、ウッドエルフに向かってていねいに頭を下げた。


「それを口にすることすらはばかられると言うことですね。

 わかりました。このことは一切他言しません、ご安心ください」


 それでもコシンジュが「なんだよ~、教えろよ~」と食い下がっていると、その後ろでさわがしい声がした。聞き覚えのある声にイヤな予感がした。


「やめろっ! はなせっっ!」

「上の階で様子をうかがっていました! どうやら盗賊のようですっ!」


 振り返ると2人のエルフに羽交い絞めにされているヴィーシャだった。

 コシンジュ達は一斉に深いため息をつく。つられてウッドエルフの代表も深いため息をついた。


「幽霊のウワサを立てるだけでは効果はないか。

 通行に支障が出るが、きちんと入り口をふさぐ必要があるようだ」


 ヴィーシャは乱暴に地面にヒザをつかされた。代表は彼女に向かって言う。


「勇者一行は信用できるが、お前はその限りではない。

 これを見られてしまった以上は口を封じておかなければならん。覚悟を決めよ」


「待ってください。そちらの方は身なりこそ盗賊ですが、実際にはベロン王国の由緒(ゆいしょ)ある姫君であらせられます。

 もしものことがあっては何かと都合が悪くなります。どうかこの場は収めてください」


 メウノの発言に代表は面倒な顔をくずさずにこちらに振り返る。


「やれやれ、一国の姫君が盗賊に身を落とすか。世も末だな」

「こっちもそう思うけどカンベンしてやってくれよ」


 コシンジュはため息まじりに額に手を当てる。


「本人は否定していますが、この方はその素性をいずれ明らかにするつもりはないようです。

 その秘密を守ってさえいれば、この船の存在が公になることはないかと」

「さて、信用できるかな?」


 メウノに対し、代表は短いアゴをさすって難しがる。メウノはその目をまっすぐ見つめた。


「大丈夫です。彼女はそんなことをするような人間ではありません。

 いいや、私たちの名にかけてそんなことはさせません」


 そのまま両者お互いに見つめあった。だいぶ時間がかかったが、根負けしたのか代表はしぶしぶうなずいた。


「わかった。彼女を解放しよう。そのかわり、もしものことがあってはたとえ勇者といえどもそれなりの代償(だいしょう)を払ってもらおう。約束できるな」


 その鋭い視線に一瞬背筋が凍った。コシンジュは一瞬ためらったが、ニッコリして親指を突き立てる。


「もちろんだっ! 約束を守るのは勇者のたしなみだぜっ!」


 ウッドエルフたちは何も言わずにその場を立ち去って行った。

 コシンジュは置いてかれたような気分になって少し首をすくめた。





 一行が外に出ると、森の中はうっすらと光がさしはじめていた。

 あたりは霧がかってはいるものの、が入るときとは違い明らかに自然のものだと考えられた。


「ふぅ、いろんなことがあったな。今夜のことは絶対に忘れられないと思うぜ」

「言うな。特に幽霊のことを言われると今でも鳥肌が立つ。だいたい地下のことにしろこの城因縁がありすぎるだろ」

「それは言わない約束でしょ。いずれにしろここであったことはわたしたちの心の中に収めときましょ」


 コシンジュ、イサーシュ、ロヒインに続きメウノが口を開く。


「そう言う記憶もありますが、それとは別になんだか得したようなこともありますね」

「得したこと? そんなのあったか?」


 そんなイサーシュにメウノはほほえみを浮かべ、すぐに真後ろを向いた。


「そうですよね、ヴィーシャさま」


 他の3人が同じ場所に目を向けると、少し離れた場所に彼女の姿があった。

 片手でもう一方のヒジを持ち、疲れ切った表情でコシンジュ達を見つめる。


「あんたたち、本当にこれでいいの?

 またあんたたちの武器を盗み出すかもしれないし、そしたら他の誰かに地下のことチクっちゃうかもしれないわよ?」

「あら、なにかカン違いしてらっしゃるんじゃないですか?

 私はただ、先ほど助けていただいた借りをお返ししただけです。これでおあいこ、私たちは再び貸し借りのないゆるい関係に戻っただけですよ」


 メウノの回答にヴィーシャは少し驚いたようになるが、やがて力なく皮肉な笑みを浮かべる。


「そうか、わかった。じゃああんたたち、このままアタシに狙われ続けたっていいわけね」


 そしてこちらまでスタスタと歩いてきた。


「知らないわよ? もしあとで後悔することになっても」


 返事はせず、前の4人は向き直って歩き出す。ヴィーシャがそれについていく形になる。

 コシンジュはふとはるか後ろを見上げた。

 石が積まれただけの簡素なつくりの城は、あちこちがボロボロになって原形をとどめていない。その全貌(ぜんぼう)は想像したよりもずっと規模が小さかった。


 なんだかうすら寒い気分におそわれて、コシンジュは前に向き直った。

 今日あった出来事はすべて、よほどのことがない限り仲間内だけの秘密になるだろう。





 一行はヴァルトの街に向かい、日が昇り始めた街道を歩く。


「そう言えば、コシンジュのお父さんどうなったんでしょう。無事だといいのですが」


 突然メウノに問いかけられ、コシンジュは思い出したようにつぶやいた。


「大丈夫みたいだぜ? 多分もうあれでこりて村に帰ったんじゃないかな」


 ロヒインに返事を返すと、肩に乗るマドラゴーラがあやまった。


「すみません。今思うと勇者の身内をおそうなんてどうかしてました……」

「いいんだって。仕事でやっただけなんだろ? もう忘れろよ」


 言っているそばでメウノがこんなことを告げる。


「そう言えばあなたのお母様が手紙を書いてとよこしてましたね。

 コシンジュさん、ヴァルトに着いたらさっそく返事を書いたらどうですか?」

「そっか、そうだよな。よく考えてみればあれからまったく音さたなしだからな。苦手だけど、いっぺん手紙書いてみるか」

「フフフ、うらやましいです。コシンジュさんの家はみなさん仲がよろしいようで」

「メウノ、いきなりそんなことを言いだして。お前の家族はどうなんだ?」

「私ですか? 実のところを言うと、生まれつき両親を知らないんです」


 コシンジュは返事ができなかった。メウノは気にするなと言わんばかりに少し笑った。


「どういう事情があったのかは知りませんけど、生まれたばかりの私は修道院の前に置かれていたそうなんです。今の私にとっては修道院のみなさんが家族のようなものです」

「ゴメン、変なこと言った」

「いいんですよ。私のほうから白状したんですから」

「コシンジュ。それを言ったらわたしだって親から勘当(かんどう)されっぱなしだよ」


 コシンジュはすぐさまロヒインの横顔を見つめた。

 その割に本人はあまり気にしているようには見えない。


「大きな商家の長男だからね。期待も大きかったんでしょ。

 だけどわたしはそんな両親の反対を押し切って、危険を伴う魔導師になった。両親とはまだうまくいっていないけど、後悔はしてないよ」

「俺の家も同じようなもんだ。俺は結局父親の望む方向に向かっているが、最近は口もきいていない」


 イサーシュが平然として言うと、うしろからヴィーシャが声をかける。


「そういうことよ。こんなかで親との関係がうまくいっているのはあんたくらいのものよ」

「そうか、なんだかゴメン……」


 コシンジュは気恥ずかしくなって角つきの帽子ごしに頭をかいた。ロヒインが言う。


「いいんだよ。だからコシンジュ、すぐに手紙を書いてあげなよ。

 どんな手紙でもいいから、送られた方は大変喜ぶよ」

「よし! わかった! ヴァルトの町に着いたらすぐに手紙を書くっ!」


 そう言って意気揚々と歩きだした。仲間たちがそれを見てあとをついていく形になる。

 イサーシュが半ばあきれるようにして声をかけた。


「ほかにもやることあるんだろうが! おい、ちょっと待てよっ!」


 それを見たロヒインとメウノがクスクスと笑った。

 そこへちょうどボンっ! という音がひびいてロヒインが元の男の姿に戻った。イサーシュがとたんにイヤな顔をした。


 コシンジュが遠くを見上げれば、木々の合間から小さな塔が見える。

 あれがヴァルトの街だろうか。期待を大きくふくらませつつ、軽快な足取りで道なき道を行くコシンジュ達であった。

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