第9話 潜入! リアル心霊スポット~その3~
突然声が聞こえてきた。コシンジュはどことでもない場所に向かって叫ぶ。
「ちきしょうっっ! どこに隠れてやがるっ! 姿を現せっ!」
「心配しなくても、すぐに正体を見せてやる。
ただし覚悟を決めておけよ……」
すると急に気配を感じた。
ふとそこに視線を向けると、壁の中から白い何かがぬぅっと現れた。
全体が白い色をしているが、どこかうっすらとしていて実体があるとは思えない。ローブをはおった人間にも、ただの煙のかたまりにも見える。
ただ確実に言えることは、こいつが宙をゆったりと漂うことができると言うことだ。イサーシュが叫ぶ。
「霧状の魔物かっ! それであの森の中でもまったく姿が見えなかったんだなっ!?」
「私の名は『レイスル』。
4つの幻魔兵団のうち地底魔団に属する、『呪いの霧』と呼ばれる存在」
「レ、レレ、レイスルッッ! お、お前が、来たのかっ!」
マドラゴーラがおびえた声で呼びかける。コシンジュは後ろに振り返った。
「知ってるならさっさと情報教えろっ!」
ところがマドラゴーラは「ひぃっ!」と言って奥に引っ込んでしまった。
「そんなやっかいな奴なのかっ!?」
「ある意味ではそうかもな。しかし奴がこの私を恐れるのは、単なる強さだけではないのだよ」
コシンジュが「なんだと!?」と返すと、霧のローブは両側の袖を広げた。
すると円形の広場の石積みの中から、レイスルと同じように真っ白な霧が次々と現れ、人型の姿をとっていく。ボスのレイスルより若干小ぶりでよりぼやけて見える。
コシンジュ達があたりをきょろきょろさせている最中にも敵は語りかけてくる。
「わが眷属、『ゴースト』たちだ」
「え? いまなんつった? ご、ごーす、なんちゃら?」
「まさか、この集団は……」
コシンジュに続いたロヒインはおびえた声になっている。すぐさまレイスルが応じた。
「ククク、その通りだ。
我々はもともと現世において人間だった存在、死してなお執着を残し、
大地との呪われた契約によって姿形を残せし者たちの集まりよ」
「え、しゅ、しゅうちゃく? なににこだわってらっしゃるんですか? 食欲とか、性欲とかですか?」
コシンジュは完全に思考が停止している。それを聞いたレイスルは低く笑う。
「クククク……そうか、たとえ勇者といえど、我らを恐れるか。ならば教えてやろうっ!」
レイスルが両腕を広げると、頭のフードがはがれ、
中から簡素な冠をかぶった白いガイコツが現れた。全員がそれを見て固まる。
「わたしは生前、他者に命を奪われし者っ!
すなわち『アンデッド』っ! その強い恨みによって魔界へといざなわれ、復讐を遂げるべく不死の存在へと生まれ変わったのだぁぁぁっっっ!」
「「「「……ぎゃ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」
コシンジュ達はそろってこの世の終わりのような叫びをあげる。
そして口々に、「出た~っ!」だの、「本物の幽霊だ~っ!」だのパニック状態でわめきたてる。
味を占めたのかレイスルはさらにコシンジュ達を責め立てる。
「さらに教えてやろうっ! 貴様らがここにやってきたのは偶然ではないっ!」
「ちょ、ちょっと待ってっっ! これ以上オレらをビビらせないでっっ!」
「聞くがいいっ! なぜ貴様らはまんまとここへ誘い込まれたと思う!?
なぜ我々が魔界の住人にかかわらず、この城の存在を知っていたと思う!?」
「やっ、やめてっ! そっから先は絶対に言わないでっ!」
コシンジュの必死の嘆願にも幽霊の王は容赦がない。
「こここそがっ! 我らが死に追いやられた最後の場所っ!
このレイスルこそがかつてこの地に栄えたヴァルト王国最後の王なのだぁぁっ!」
そして自らの頭にかぶせられた王冠を指差した。
「この王冠こそ、我がかつて王位についていたという証っ!」
「……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
恨みたっぷり、怨念もたっぷりだぁぁぁぁぁっっ!」
コシンジュが半狂乱になるなか、怖さのあまりロヒインと抱き合うメウノが叫ぶ。
「な、なんででしゅかっ!
あなたがたをほろぼしゅたまえのおうこくは、わがらんどんおうこくによってほろぼされたはじゅっ!」
完全に舌が回らなくなっていたが、意味をきちんと理解していたレイスルはクククッ、と笑った。
「それしきで、国を滅ぼされた我が恨みが消えるとでも思ったかよ。
たとえいかなる事情で仇敵がほろぼされたとしても、あの時の苦痛と屈辱は未来永劫消えることはない!
かくなるは魔物として、すべての人類にこの憎悪をぶつけるのみよ!」
コシンジュ達はそろって「八つ当たりだ~っ!」と叫んでパニックに拍車がかかる。
レイスルはそれを面白そうに笑いながら、さらにフロア中を指差した。
「さらに見よっ! 我が使いし『ネクロマンシー』っ! これらの亡がらたちはいったいどこから集めたと思うっ!?」
コシンジュは床に散らばった手足に目を向けた。そして絶句する。
「こ、こいつらっ! まだ動いてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」
バラバラに散らばった死体は、一部がまだビクビクとうごめいていた。
それを見た他の仲間たちも一様にビビリだす。レイスルがとどめの一撃を加えた。
「その通りだっ! この者たちはもともと生前に不慮の死を遂げた者たちっ!
強い現世への執念を利用して、我らは彼らをかりそめの魔族としたのだっ!」
コシンジュ達はもはや声にもならず、それぞれあわてふためいている。まるでこの世の終わりのようにしっちゃかめっちゃかに暴れる。
そしてレイスルはそれを見て高らかに笑う。
「どうだっ! もはやまともにものも考えられまいっ!
ここまで精神を追い詰めれば、勇者といえど赤子同然、このまま一斉にひねりつぶしてくれるっ!」
レイスルの言葉に反応するように、他のゴーストたちがそろって身構えたようになる。
「さあみなの者、いっせいにかか……」
轟音。
それが銃声だと気づいたとき、コシンジュには筒先からくすぶった煙を出した短銃をまっすぐ亡霊に向けたヴィーシャの姿があった。
ついでにレイスルのほうを見る。身体の中央部は霧が晴れるようにしてなくなっているが、徐々にゆっくりと元に戻っていく。
「なぜだ。貴様、なぜ我らを恐れない」
納得がいかないと言わんばかりの幽霊に、ヴィーシャは淡々とした口調で答える。
「たとえ死んだ人間でも、魔物であると言う以上は実体があるわけでしょ?
だけど甘かったわね、物理攻撃はお前には聞かないみたい」
「バカな、貴様は死者を恐れないというのか?
現世に強い怨念を抱く、呪いの存在に貴様は少しも恐怖を抱かないと言うのか?」
「さあ、どうしてかしらね。
アタシ、物心ついたころからユーレイとかオバケとか怖いと思ったことないの。むしろ好きすぎていろんなところからそっち系の情報ばかり集めていたの。
おかげで盗賊になるための情報まで集められて非常に役に立ったわ」
「バカなっ! 世の中に恐怖を感じない人間など、この世にいるわけがないっ!」
信じられないと言わんばかりのレイスルに、ヴィーシャはニヤリと笑って応じる。
「覚えておきなさい。この世には2つの恐怖があるのよ。
ひとつは命が危険にさらされる時に感じる恐怖。そしてもうひとつは得体の知れない者に対する恐怖。
大事なのは、後者のほうは単なる気のせいってこと。そしてもう1つの恐怖は、努力によっていくらでも克服できるものだって言うことよ。つまりアタシにあんたたちを恐れる理由は何もないわけ!」
顔が白骨であるためレイスルの表情はわからないが、確実に怒っていると思う。
大きく片手を振り上げてどなり散らす。
「ああもうよいっ! みなの者とりあえずこの生意気な小娘から先に片づけてしまえぇぇぇぇぇっっ!」
レイスルが手を振り下ろすと、まわりのおぼろげな幽霊たちが一斉にヴィーシャの周りを取り巻いた。
彼女はまとわりつく霧を振り払おうとするが、それだけで対処できるような連中であるわけがない。
コシンジュの背中から、ようやくマドラゴーラが顔を出した。
「まずいですよっ! ゴーストは地属性、その霧状の身体には若干の毒性が含まれています(一酸化炭素のこと)! 長時間当たり続けると死にますよっ!」
「それで霧なのに地属性なのかっ!」
「コ、コシンジュッ! わめいてないでさっさと助けなさいよっ!」
コシンジュはうなずいて歩き出そうとするが、あまりに長時間恐怖にさらされ続けたためか、思うように前に進めない。
「もうっ! 誰でもいいから早く助けなさいよっ!」
「だ、ダメだっ! イサーシュの奴、顔は平然としてても足がガクガクふるえてるっ!
だいいち物理攻撃が利かないんじゃ無意味だっ! メウノは腰が抜けて立てるような状況じゃない!
ロヒインはっ!?」
コシンジュはロヒインを見た。せっかくの美少女がこわばっておかしな表情になっている。
「わわわ、わらしは……だいじょぶれす……」
「ダメだっ! 完全にろれつが回ってないっ! これじゃ呪文を唱えるのはムリだっ!」
それを聞いたヴィーシャは首をしきりにふり、いきなりその場を転がりだした。
しかし大量の霧はすぐに彼女に取りつこうとする。かえって行き先の仲間たちをも巻き込む羽目になった。
「ああバカっ! みんなを巻き込むなよっ!」
「違うわよっ! こうするのよっ!」
ヴィーシャは地べたに座り込むメウノの手を両手にとって、華麗な動きで持っていたダガーをとり上げた。そして上空に向かってそれをふるう。
とたんに波動が現れ、ヴィーシャにまとわりついていた霧が晴れていく。
すると幽霊たちはとたんに壁に向かっていき、まるで飲み込まれるようにして姿を消した。
「くそっ! 逃げられたかっ! それにしても霧が壁をすり抜けるなんて!」
ヴィーシャの疑問にマドラゴーラが応える。
「や、奴らは地属性の魔物、大地と一体の存在だから自由自在に障害物の中を行ったり来たりできるんです!」
「フンッ! しょせんザコでは歯が立たんか、ならばわたしが出向いてやろう!」
今度はレイスル自身が急速にヴィーシャの姿に取り巻いた。途端に彼女は口に手を当ててその場にヒザを突く。すぐそばにいたロヒイン達が必死に手で霧を振り払う。ロヒインが顔をしかめてわめいた。
「ぐえっ! なにこれっ! この毒素、さっきの連中とは比べ物にならないっ!」
「ククククッ! この亡霊王を甘く見るな。先ほどとは違い我が毒素(高濃度の光化学スモッグレベル)はものの数十秒で貴様らを死に至らしめるぞ!」
猛毒の中にいたヴィーシャが、ダガーで必死に霧を振り払う。しかし何度振り払ってもいっこうに霧は晴れない。それを見てメウノがむせびながら叫んだ。
「ごほっ、ごほっ! ダメですっ! ヴィーシャの霊力は高くない! 魔法の道具は使い手によって威力が全然違いますっ! けほっ、彼女の力では本来の威力を発揮できません!」
無理にしゃべっているためか相当苦しそうだ。そうしているうちに、ヴィーシャが片手を床についた。
これにはさすがにコシンジュも素早く駆けこんで棍棒でなぎ払う。現れる光は弱かったが、レイスルの霧は途端に後ろに退いた。
「ぐぅぅっ! 神々の棍棒かっ! これはさすがにたまらんっ!」
そう言って幽霊の王は壁の中に消えた。コシンジュは敵の消えた方向をまっすぐ見つめる。
「やったっ! 敵を追い払ったぞっ!」
それを聞いて、ヴィーシャがせき込みながら立ち上がろうとする。
「げほっ、げほっ! そんなわけないでしょ!? 敵はきっと別の何かを仕掛けてくるはずよ!」
その言葉が当たったのか、目の前の壁から素早い勢いで何かが通り抜けている。
霧状の物体が壁の周りを一周し、いつの間にかあたりはものすごい速さで回転する霧に覆われた。
とたんにコシンジュの呼吸が苦しくなってきた。
「今度は一体何だっ!?」
コシンジュは叫ぶ。その答えは壁のほうからやってきた。
「教えてやろうっ! ここはほぼ密室だ!
ならばこの部屋を毒霧で充満させ、貴様らをあっという間に死に至らしめてやるっ!」
「まずいっ! 逃げるぞっ! みんな走れっ!」
コシンジュはメウノの腕を引っ張り上げようとしたが、なかなか思うようにいかない。
「ム、ムリっ! まだ足に力が入らない! どうやら本格的に腰を抜かしちゃったみたい!」
「まだビビってんのかよお前はっ!」
「メウノはまだいい! ヴィーシャのほうが調子はまだ戻っていない!」
イサーシュの叫びに振り返ると、ヴィーシャは立ち上がろうとして失敗している。あれだけの毒素を吸いながら戦い続けたのだから当然だ。
「ロヒインっ! こうなったらお前の魔法だけだ頼りだっ! なんとかして奴らを一斉に攻撃しろっ!」
「しょ、しょんなこといわれらってっっ!」
ダメだ、まだロヒインのろれつは回っていない。
その時、苦しそうなヴィーシャが振り返っていきなりロヒインのほうに向かって手のひらを向けた。
バチン! という素敵な音がひびき渡った。ロヒインがほっぺたをおさえながらヴィーシャに向かって目を見開くと、相手は不敵な笑みを浮かべた。
「どう? 少しは現実に戻った?」
それで目が覚めたのか、ロヒインは力強い目を向けてこっくりとうなずく。
そしてすぐに明かりのともった杖を持ち上げ、ブツブツと呪文を唱え始めた。
こうしてはいられないと思い、コシンジュも壁のほうへとかけ込んだ。呼吸がより苦しくなるが、棍棒をまっすぐ霧に向かって突き立てた。
バチバチと光を点滅させながら素早く動く霧は真横に切り裂かれる。壁からいくつかの叫び声が聞こえてくる。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!」
「コシンジュっ! 無理をしないでっ!」
後ろからメウノが声を立てるが、コシンジュは必死にかぶりを振る。
背中からも小さい何かが必死に叩いてくるが、それをも無視する。なにか返事を返したいが、呼吸が苦しくて何も言うことができない。
「コシンジュっ! ロヒインが手招きしてるっ! 早くこちらへっ!」
メウノの声に振り返ったコシンジュはすぐにロヒイン達のもとへ向かう。ロヒインがみんなを集め、ギュウッとひとかたまりになっている。
コシンジュもそれに加わりヴィーシャとロヒインの肩をがっちりとつかんだ。
それを確認したロヒインは上空に向けて光る杖をまっすぐ突き立てた。
「エアストリィ~ムッ!」
すると杖を中心に円形の風が吹き抜け、あっという間に部屋中をすさまじい風が駆け抜け始めた。
あまりの勢いに部屋中からおびただしい悲鳴が聞こえはじめた。
「わぁぁぁぁぁぁっっ! やめろぉぉっ! 我らの身体がっ、拡散するぅぅっっ!」
それでも突風はやまない。しばらくすると呼吸が楽になってきた。
おそるおそる周りを見ると、まわりの霧はすっかり晴れて、代わりに小さいガレキやバラバラ死体が飛び交っていた。




