第9話 潜入! リアル心霊スポット~その1~
荒れ果てた城に入り、かなり長い時間が経過していた。
なんだかんだ言って、みんな寝てしまったようだ。
それもそうだろう。あれほどのことがあって、みんな疲れていないと言ったらウソになる。
ヴィーシャはあまり疲れていない。だからこうして暖炉の番をしているのだが、よくもまあ自分にこんなこと任せられるものだ。
自分は盗賊なのだ。そんな人間をパーティに引き入れるということが、何を意味しているのか彼らはわかっているのだろうか。
自分が信用に値する人間だとでも思っているのか。
ヴィーシャは寝静まった彼らの様子を確かめる。
なんて無防備なんだろう。今なら彼らのふところからいろいろなものを盗み放題だ。
特にコシンジュはこともあろうに伝説の棍棒を無造作に床に置いている。しかもよりによって自分のとなりに寝そべっている。
ヴィーシャはきらびやかに火の光を反射する装飾をながめた。
誰もが欲しがる伝説の武器が、手を伸ばせばすぐ届く距離にある。ヴィーシャは意識してか知らずかその手を棍棒に向かってそっと伸ばす。
「……それを持って逃げるつもりですか?」
ヴィーシャの心臓は跳ねあがった。視線を向けると、ななめ向かいに寝転がるメウノの目が開かれ、まっすぐこちらを見つめていた。
「起きてたの?」
ヴィーシャの声は少しだけふるえている。メウノはほんの少しのほほえみを浮かべた。
「ついさっきです。自分はあまり活躍してなかったので。それでもけっこう休ませてもらった方です」
メウノは両腕をついて体をそっと起こした。そしてまっすぐこちらを見つめる。
「それにしても皮肉ですね。あなたは高貴な身分にお生まれなのに、今のしぐさは完全にいやしい者のそれでした……」
ヴィーシャは彼女の視線から目をそらした。そしてわざとらしい口調で吐き捨てる。
「いいえ、いやしい人間よアタシは。
王族なんて名ばかり。地位の高さにかこつけて国民からしぼれるだけしぼりとってる。盗賊と一緒よ。アタシたちは……」
「その復讐のために、あなたは本当の盗賊になった」
ヴィーシャは一瞬目を向けたが、すぐにそらして言い返す。
「そうよ。アタシはあの国から盗めるだけの物を盗んで、いつか自分の正体をさらしてあの国賊どもに思い知らせてやるのよ」
ヴィーシャは暖炉の火をにらみつけた。そこに自分たちが憎む連中が映し出されているように。
「だけど、あなたはそうして手に入れた金品を国民に還元している。
行い自体は立派ではありませんが、そのお気持ちは多少理解できます」
「言うのは簡単よ」
少々うっとうしくなってきたヴィーシャは投げやりに答える。
しかし相手はこちらを見つめる目をいっこうにそらさない。その視線に耐えきれなくなった。
「なによ。まだ何か言いたいことがあるわけ?」
「いえ、どうにもふに落ちなくって」
「ふに落ちない顔? それが?」
どう考えても何か問いかけたい顔をしている、とまでは言わなかった。
メウノは一瞬ためらったようだが、思い切ったように口を開く。
「なぜ戦わないんですか? 正々堂々と……」
「……どういう意味?」
ヴィーシャは痛いところをつかれたような気になった。つい突き刺すような目を向けてしまいメウノは少々委縮したようになったが、ツバを飲み込むようにして告げる。
「なぜ、正々堂々と国と戦わないんですか? 王族であるあなたが正面切って立ち向かえば、国民の皆さんもそろってあなたについていくはずですが。
なのになぜ盗賊として自分を汚すような回りくどい道を選んだんですか」
ヴィーシャは深いため息をついて、頭をポリポリとかきながら言い返した。
「そんな簡単な話でもないでしょうが。アタシ1人が出しゃばったところで、すぐつぶされるし。
だいいちあんた王女の立場っていうものを誤解しすぎよ。アタシに言わせれば、国王にとって娘っていうのは、ただの道具にすぎない」
「道具?」と首をかしげるメウノに向かって、ヴィーシャは深くうなずく。
「道具よ。あいつにとってアタシの存在は、自らの地盤をより強固にするための政策道具にしか過ぎないの。
都合のいいところに嫁に出したら、後は子供でも産ませて同盟関係を盤石にして、それでおしまい」
「ランドンの王女さまとは違うと?」
メウノの言葉にヴィーシャは鼻で笑った。
「あれはほかに補欠がいないからでしょ? 王子に万が一のことがあったら彼女が父親の後釜に座るのよ。もっとも有名無実の空虚な玉座だけどね」
「ひどい。それをご本人に聞かせたら何とお思いか……」
メウノはドン引きするが、ヴィーシャは意に介さず首を振った。
「事実を言ったまでよ。もっともあの子のことは大好きだけどね。
政治に興味があるフリをして、実はなんにもわかってない箱入りのお姫様」
「なにをわかってないっていうんですか。
いくらベロンの内政が汚れているからと言って、私たちの国まで同じような目でとらえるのは心外です!」
「なにをムキになってるの。ランドンは単に新しい空気に入れ替わってみんなハイになってるだけじゃない。
冷静になればすぐわかるわよ。人間なんてしょせんどこに行ったって同じ。
薄汚れた性根を隠して、善人ヅラしてるだけのただのろくでなしだって」
「で、あなた自身もそうだと? だから盗賊のような後ろめたいことをしでかしても何も変わらないと?」
とがめるような相手の視線に、こちらもにらみつけるようにして「そうよ」とつぶやいた。
「みんな同じよ。崇高な使命とやらにかられて勢いよく飛び出してはいるけれど、実際は暴れ倒してえらそうにふんぞり返りたいと思っているだけのただの目立ちたがり屋集団よ。コシンジュもイサーシュも、そしてロヒインでさえも」
「私を怒らせたいんですか?」
「まあ、あんたは違うのかもね。実際身を守るだけで精いっぱいのインチキ僧侶さんには」
「お前は……お前はどうだと言うんだ……」
メウノの声ではなかった。2人の視線が暖炉のすぐ真横に向く。
寝そべっていたイサーシュの目はぱっちりと開かれていた。
「起きてたの?」
「何かやたらと言い合っているかと思えば、どうやら俺たちのことをボロクソに言っているのが聞こえてな。お前はどうだって聞いているんだ」
「見ればわかるでしょ? 自分の無力さに嫌気がさしてヤケクソになってるただの王女兼盗賊よ」
「……それが真実か?」
ヴィーシャは思い切り顔をしかめた。まるで自分の中にある何かを見すえているかのような……
「なによ。あんたまでそんなことを言い出すわけ? みんなの中で一番頭のニブいあんたが」
「鈍いとはなんだ。自分のことをわかっているつもりで、実は一番真実から逃げているのはお前のほうだろうが」
「どういうことなんです?」
メウノが彼のほうを見ると、イサーシュはちらりと視線を返した後もう一度ヴィーシャを向いた。
「お前、本当は逃げているだけだろう」
「じ、実際逃げてますけどぉっ!?」
思わず声が上ずったヴィーシャにイサーシュは鋭い目を向けた。
「違うだろう。お前はただ単に自分が高い身分であるという事実に逃げているだけだ」
「……は?」
「……よく聞こえなかったが、正面切って戦ったところで勝ち目がない?
違うだろう。お前は自分の国をつぶすことで王女という立場を失うのが怖いだけだ。
王政でなくなった時の自分がどんな状況に追い込まれることになるか、想像するのが怖いだけだ」
「ちょっと待ってくださいよイサーシュ。彼女自分で言ったでしょう。もし自分が盗賊に身を落としているという事実が明らかになれば、ベロンの権力構造自体がゆらぎかねないと」
「こうやって一国の姫君がお忍びでやりたい放題やれるような国なんだぞ。
わざわざ盗賊稼業なんぞやらなくても、国家を転覆させる方法なんてほかにいくらでもある」
メウノのほうを向いて言ったあと、もう一度ヴィーシャに視線を戻し、アゴでしゃくる。
「それにこいつ、真剣に国の将来を考えている割にはこの性格だ。
彼女の性格は元からじゃない。あの国の連中にそうなるようにしつけられたんだ。ベロンの王侯社会なしには生きていけないようにな」
「なんで、そんなことが分かるわけ?」
納得いかないと言わんばかりのメウノを無視して、ヴィーシャはまっすぐイサーシュをにらみつけた。
我ながら殺気すらただよっている、と思う。
「人ごとじゃないんだよ。俺も貴族出身なんでな。
父親に高貴なふるまいを徹底的に教えられた。そして一般庶民をさげすみでもって接しろと、いやというほど叩き込まれた……」
メウノが「イサーシュ……」とつぶやく。ヴィーシャはそれをも鼻で笑った。
「だったらなに。アタシが王女でなくなることを死ぬほど恐れているビビリだって言いたいわけ?
いずれは王国中に事実が知れ渡るかもしれないってのに?」
「そうかもしれないな。だがお前、自分で白状する気はないだろ」
その場に沈黙がただよった。ヴィーシャは相手を殺したいという気持ちをおさえきれなくなった。
メウノが横で完全に怖気づいている。
「なにが言いたいわけ?」
「お前は自分の正体を大衆に明かす気がない。
まるで処刑を待つ囚人のように、いつやってくるかもしれない憲兵の影におびえながらもコソ泥をやめられないだけの哀れな女だ」
殺気立つヴィーシャに怖気づくこともなく、イサーシュはとどめの一撃をさした。
「バカな話だ。だとすればお前が巻き込んだ連中が一番の犠牲になる。
わがままなお姫さまのせいで、お前の仲間たちはいったいどんな目にあわされることになるか。先が思いやられるな」
「なによっっ! もう一度言ってみなさいよっっっ!」
ヴィーシャの叫びが部屋いっぱいにひびき渡った。一部はそこだけでは収まらず他のフロアにまでこだました。
それを聞いたイサーシュはニヤリと笑って告げる。
「……やっと怒りだしたな。よもや仲間のことを言われて一番の琴線に触れるとは。
やっぱりお前は根が優しい性格らしい」
「なによ、何わけのわからないことばっか言ってんのよ……」
ヴィーシャが目に見えるほどに動揺していると、隣で寝ていた人物がそっと身を起こした。
「なんだよぉ、こんな真夜中にギャアギャア騒ぎまくりやがってぇ……」
眠い目をこするコシンジュにメウノが声をかけた。
「そう言えば、コシンジュさんも名義上は貴族の家系でしたね。その割に暮らしぶりはほどほどのようですが」
「……フアァ。ああ、その話? たしかにそうだよ。
だけどオレ、自分が貴族だっていう自覚はないかな。オヤジも母ちゃんもぜいたくは嫌いだし、オレ自身そんなかたっ苦しい生活なんか嫌いだし」
「お前はそうだろうな。だが俺は、絶大な権力に対するあこがれがある」
「イサーシュ、お前それでいいのかよ。
しょせん親に押し付けられてその気にさせられてるだけなんじゃねえのかよ」
コシンジュのいぶかむ視線に相手は首を振った。
「だが、それは俺自身の願望だ。父上は関係ない。
俺はただ、自分の一族がかつて眺めていた光景を、自分の目で確かめたいだけだ。親の意向とか、その影響は全くない。これは自信を持ってはっきり言える」
そしてちらりとヴィーシャに視線を向けた。まるで心のそこをまさぐるように。
「お前は、どっちなんだ? 国と戦って本当の自由を手に入れるか、それともうす汚れた性根を抱えたまま破滅の時を欲にまみれながら待ち受けるのか」
コシンジュも含め、3人の視線がまっすぐこちらに向かう。
耐えきれなくなって、ヴィーシャは最後の1人に目を向けた。
「こんなに周りが騒ぎたててるのにこいつまったく起きる気配ないわね」
つられるように3人がそちらを向く。
ロヒインは周りの状況に全く気付かないまますやすやと眠りこけている。イサーシュが口を開いた。
「当然だろう。魔導師は精神力を使う。心の疲れは夢の中でしか完全には落とせない。
ちっとやそっとでは目覚めることはないだろう」
「にしても爆睡だな。ここはそっとしておくか」
そう言ってコシンジュがメウノに向かって視線をあげた時だった。
彼女の目はなぜかヴィーシャのすぐ真横に向かっている。その表情が凍りついており、さすがのヴィーシャもうすら寒い気分にかられた。
「メウノ、いったいどうしたのよ」
メウノはゆっくりと目線と同じ場所に指をあげた。
「そ、そこ……」
他の2人につられるように、ヴィーシャはくるりと視線を真後ろに向けた。
すると入口の暗闇の中に、チラリと何かが動いたような気がした。
「……敵?」
「あ、ああ……ああ……」
ヴィーシャは視線を戻した。コシンジュが同じ方向を見てガクガクと震えている。
「どうしたのよ。あんた戦い慣れてんでしょ?
今さら魔物の1匹や2匹でビビるほどの根性でもないでしょうが」
「……違う……」
今度はイサーシュがつぶやく。震えてことはいないが顔が完全に戦慄している。
「違うって何よ。まったく3人そろって一体何なの?」
「いました……完全にいました……」
「いましたって何よ! あんたらそろってあたしをおちょくってんのっ!?」
「「「しっ……!」」」
声を荒げたヴィーシャに3人がそろって人差し指を口に立てた。
ヴィーシャもその雰囲気を察して声をひそめる。
「いい加減教えなさいよ。いったい何がいたのよ」
「だから、いたんですよ……」
メウノがこちらをのぞきこんだ。ヴィーシャも同じようにして相手と視線を合わせる。
「……幽霊が……」
ヴィーシャの顔はあきれ顔になっていた。もはや合わせる気にもなれない。
「……うはぁっ!」
「ちょっとコシンジュ! 大きな声を経てないでください!」
肩を叩いたメウノにかまわず、コシンジュはぶるぶる震える人差し指を上にあげる。
「ま、また……横切った……」
それを聞いたメウノとイサーシュは顔を合わせる。ヴィーシャはつきあってられないと言わんばかりに頭を抱える。
それを戻したとき、3人の背後にあるとなりの部屋の入口から、白い何かがサッと横切った。
その視線に気づいたのか3人もそちらに振り返る。そして一斉にこちらへチラリと目を向けた。
「確かにこの城、なにかあるのかもね……」




