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第8話 森の中の追いかけっこ~その5~

 入口の光を確かめながら、コシンジュはつぶやく。


「どうやらこっちまで追ってくる気配はないみたいだな」


 入口を見ると、霧はなんだか黄ばんでいるように見える。もう日暮れが近いらしい。


「あの霧がいつまでも持つとは思えん。霧が晴れたら外に出よう」


 後ろから呼び掛けるイサーシュにコシンジュは振り返らないまま首を振った。


「いや、ムリだね。あの入口のせまさじゃ敵の集中砲火を浴びる。このまま中にいたほうが安心だ」

「あ、いやコシンジュ。それはそれでまずくないか?」

「なんだよイサーシュ。まさかここが例の心霊スポットだって言うつもりじゃ……」


 コシンジュは振り返りざまに固まった。仲間たちが一様に深刻そうな顔をしているからだ。


「あ、ウソ……」


 その中のロヒインがすぐそばの床を指差した。

 そこにはバラバラになった白骨が散らばっていた。少しくすんだ色をした頭蓋骨(ずがいこつ)が、仲間たちのほうを向いている。


「あ、ウソ……」


 コシンジュは血の気が引いた。そしておもむろに仲間たちの向こう側を向く。

 薄明りに照らされたくずれた廊下が何やら異様な気配を放っている。


 コシンジュはそっと、入ってきた元の入口へと動き出した。

 その肩ががっちりとつかまれる。コシンジュは「ひぃっ!」と小さく悲鳴をあげた。


「ちょっと待てよコシンジュ。お前自分で言ったんじゃないか。外は危険だからここにいたほうがいいって」

「だ、だからって中に入るのも危険なんじゃ……」


 コシンジュはおそるおそる振り返る。イサーシュにあるまじき深刻な表情のすぐわきに、例の廊下がちらりと見え隠れする。


 今度は急いで入口に向かおうとした。今度はがっちりと両肩をつかまれる。


「コシンジュっ! 覚悟を決めろっ! 俺たちはここの奥を進むしかないんだっ!」


 叫ぶイサーシュにコシンジュは若干おさえた声で叫ぶ。


「大きな声を出すなよ! ここに住んでいる『人たち』に失礼じゃないか!」

「なぜ住民がいるという前提でそんなことを言うんだ!? ……単なるうわさ話かもしれないだろ?」

「そう言うイサーシュこそなぜすぐに声を小さくするんだ?」

「と、とにかく、敵の攻撃が止んだんです。こ、このまま奥へ、進んだほうが、安全で、しょう……」

「ロヒイン! 昼間はあれほどえらそうなことを言っておきながら、なぜお前まで声がふるえてるんだ?」


 振り返った2人の視線をさえぎるようにロヒインはメウノの方に手をかける。


「そ、そうだ。メウノ、大丈夫ですか?」


 メウノは疲れ切った表情をしながらも、笑ってロヒインを見上げる。


「私は、大丈夫です。それより、とんでもないことになってしまいましたね」

「あんたら、現実見てないわね。メウノはこんな状態なのよ。外に出られるはずがないじゃない。

 どちらにしろ今夜はこちらに泊まるしかないわね」


 金髪をかきあげるヴィーシャも不安げな顔になっている。

 しかし、どこか様子がちがう。コシンジュは違和感を覚えながらも口を開いた。


「ゴメン、たしかにお前の言うとおりだ。メウノがこんな状態だとしばらくは動けないな。しばらくここにじっとしていたほうがいい」

「コシンジュ、お前正気か?」

「イサーシュのほうこそ正気をうたがうぞ! 変な想像ふくらませてないで現実を見ろよ現実を!」


 2人がくだらないやり取りをしているあいだにヴィーシャは奥の闇をそっとのぞきこむ。


「とにかくここにいるのはまずいわね。メウノの調子を見るためにも奥へといかないと」

「正気ですか?」

「ロヒインも正気とは思えないわね。あんた仲間の具合が気にならないの?」

「あの、私大丈夫ですから……」


 そっと手をあげるメウノにヴィーシャは首を振って告げる。


「あんな攻撃を食らってあんたが大丈夫とは思えない。

 それにチーム唯一の治療者がケガを負って、誰があんたの面倒をみるっていうの?」


 そしてなぜかコシンジュのほうをにらみつける。


「マドラゴーラっつったっけ? あんたのせいよ。ちゃんと彼女にあやまって」


 当人(?)に代わり、なぜかコシンジュのほうが頭を下げる。


「あ、ごめん。こいつさっきから棍棒の袋に入りっぱなしだ。中でブルブルふるえてる」


 ヴィーシャは深いため息をついて髪をかきあげた。


「とにかく、奥に進むわよ。暗いからロヒインが明かりつけて。先頭はアタシでいいわ」





 一行は真っ暗に近い廊下をゆっくりと進む。

 あちこちが崩れかけてガレキだらけになっている廊下はつまずきやすく、コシンジュ達は慎重に歩を進めた。


 ヴィーシャを先頭に、彼女にしがみつきながらも魔法で光を放った杖をかかげるロヒイン、そのあとにメウノを抱きかかえたコシンジュが続く。最後尾のイサーシュは仕切りにあたりを見回している。

 コシンジュはふと、杖の光に照らされたヴィーシャの後姿をながめた。


「ていうかヴィーシャ。だんだん髪がまっすぐになってきたな。前はクルクルカール巻きだったのに」


 ヴィーシャはツインテールの片方を引っ張りながらちらりとこちらを向いた。


「ああこれ? アタシもともとストレートなのよ。だけど巻き髪にしておいた方が、なんだかセレブっぽいでしょ?」

「オレ、そっちのほうが似合うと思うな。せっかくきれいに整っているんだからもったいないよ」


 するとなぜか彼女は急にもじもじとしだした。


「あ、ありがと。でも確かにあんたの言うとおり、こうしてた方がアタシらしいかもね。

 盗賊がカール巻きなのもなんかおかしい話だし」

「ヴィーシャって、やっぱり盗賊をやってた時のほうが自分らしいって思えるのか?」


 コシンジュはなんともなしにつぶやいていたが、なぜか返事が返ってこない。「ヴィーシャ?」と呼び直したが、なぜか彼女は少し怒った口調になる。


「ていうか気になるのはそっちのほうなの?」


 コシンジュは思わず「は?」となった。なんだか少し居心地が悪い。


「コシンジュ。さっきからおかしいと思わないの?

 普通こういう場所に来たらアタシのほうが一番ビビり倒してるもんだと思うけど」

「あ、それ一瞬思った。だけどヴィーシャって盗賊だろ?

 夜がメインの裏稼業って暗闇に溶け込まなきゃいけないことも多いから、そう言うのに慣れるための訓練もしてるだろうから、当然だろうなとは思った」

「なんであんたはそこで変な知恵回らせるのよ。まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」


 コシンジュは首をひねった。どうも彼女の言い回しが気に入らない。どうにも歯切れが悪い。


 そう思っているうちに5人は広い場所に出た。

 円形のドームは天井が崩れており、見上げた空は濃い青色になっていてうっすらと星が見えている。


「ここじゃ危ないわね。もっと別の場所を探しましょ。上の階のほうが安全かも」


 ヴィーシャは奥にあった石積みの階段を目指す。そうしているあいだにメウノがコシンジュにそっと話しかけてきた。


「気になりますか、彼女」

「ん、うん。なんだかちょっとおかしいよな」


 コシンジュとメウノは一緒に階段を上り始める。

 少しつまずいたメウノにコシンジュは「大丈夫か?」とつぶやく。メウノはうなずいてから続けた。


「彼女、美人ですからね」

「な、なに言ってんだよ。それは関係ないだろ?

 それにたとえ美人でも、ああも自分勝手な性格じゃかわいいとも思えねえし」

「それじゃ私はどうなんですか? 私も一応、女なんですけど」


 コシンジュはメウノの顔を見た。何やら意味ありげな顔をしている。

 瞬間的に顔を赤らめてそむけた。どうやら、少年とはいえ男性の肩を借りているのが恥ずかしいらしい。

 うっかり腕もはずそうとしたがそれはさすがにとどめる。


「じょ、状況的に仕方ないだろ! ほかに手助けできる奴がいないんだから!」


 メウノはそれを見て小さく笑う。コシンジュは思わず「なんだよ!」とつぶやいた。


「今のコシンジュさんを見て、少し安心しました。

 私、あまり女性として意識されてないんじゃないかとちょっとだけ思ってしまいまして」

「そんなことないよ! パーティにメウノがいるだけで、雰囲気がずいぶんなごやかになっているんだから」

「そうですか。それを聞いてちょっとホッとしました。単なる補助要員とだけ見られているわけではないのですから……」


 コシンジュは戻りかけていた顔をまた赤面させて、鼻をポリポリとかいた。そこへ背中の袋がこそこそと動いた。


「あ、あの、メウノさん?」


 メウノはマドラゴーラのほうに顔を向けた。コシンジュには背中の様子が見えない。


「さっきはすみませんでした。いくら名前がわからないからって『白いの』は失礼ですよね」

「そんなことないですよ。どちらかというとあれで私だと気づかなかったほうが悪かったんですよ。

 パーティーの中であまり目立つようなことをしていないし、僧侶という職業も魔界には縁がないですしね」

 そう言ってメウノはにっこりとほほ笑んだ。「ああ、天使や……」というマドラゴーラのうっとりしたつぶやきが聞こえる。コシンジュはそっとため息をついた。





「ここなら大丈夫そうね」


 ヴィーシャが立ち止まった部屋はそれなりの広間のようだった。くつろぐには最適の場所だが、なんせ例の気味の悪さのせいで落ち着くことができない。


 コシンジュ達は敵の追跡を逃れて駆け込んだ場所というのが、幽霊が出るともっぱら評判の古城だったのである。おかげでヴィーシャ以外の全員がビビり倒している。


暖炉(だんろ)がある。火をつけられるかどうか見てみよう」


 イサーシュは躊躇(ちゅうちょ)しながらも、部屋の奥にあった暖炉をそっとのぞき込む。時間をかけて目前まで迫ると、おそるおそる手を伸ばす。


「ビビってないでさっさとしたらどうなのっ!?」


 いきなりどなったヴィーシャに全員がビクリとする。コシンジュは口に人差し指をたてながらかすれ声でいさめた。


「シーッ! バカっ! いきなり大きな声をたてんなよっ!

 いるいないにしても静かにするに越したことないだろ?」

「ビビリになんか言われたくないわよ。それにしてもびっくりしたわね。

 あんたならともかく、イサーシュやロヒインまでここに来たらビビりまくりじゃない。あんたたちわりと平気そうだと思ってたのに、がっかりだわね」

「そんなこと言われても、やっぱりこういう場所に来ると雰囲気だけで圧倒されてしまうもので。

 だからってアレを信じてるわけじゃないんですけど」

「ふーん、どうだかな……」


 思いきりいぶかしむヴィーシャをしり目に、イサーシュがこちらに振り返った。


「これ、まだ使えるぞ。(まき)は完全に干からびてる」


 そう言って薪をかかげるが、その両手がブルブルふるえている。それから暖炉の横の黒い何かを指差した。


「こっちにまだまだストックがある。今夜はこれで持ちそうだ。ロヒイン、火を」


 ロヒインは「はいっ!」と言ってあわてて暖炉の前までしゃがみこんだ。

 とたんに杖の明かりが消えてあたりは真っ暗になった。コシンジュが「うわぁっ!」と思わず叫ぶと、暗闇からヴィーシャの「あんたが静かにしろっつったんじゃない……」という声が聞こえてきた。


 やがてロヒインのいた方向から小さな明かりがともり、先ほどとは打って変わって赤みを帯びた光が部屋を照らしだした。ロヒインのシルエットがこちらに振り返る。


「つきましたよ。これで何とか落ち着きそうです」

「まだよ。メウノの背中の調子を見ないと。

 となりに部屋があるでしょ、そっちに連れてくわよ。ロヒイン、あんたも来て」


 そっけない口調で告げるヴィーシャにロヒインは自分を指差した。


「え? わたし、男ですけど」

「オカマでしょあんたは? いいからさっさと来る! ほらメウノも立って!」


 メウノを連行するように引っ張っていくヴィーシャの後ろで、ロヒインはしきりに首をかしげる。


「オカマ呼ばわり……たしかに間違ってないんだけど……」


 そう言いながら隣の部屋に消える3人を遠い目でながめるコシンジュの横で、イサーシュが背中の剣を(さや)ごと下ろした。


「とにかく、これでやっとくつろげる」

「くつろげねえよ。久方ぶりの野宿かと思いきや、よりによってこんな場所かよ」


 言いながらコシンジュも荷物をその場におろし始めた。ポシェットを枕にその場に寝転がる。


「お前はこん中にいろよ」


 そう言って普段は棍棒を入れている袋をポンポンと軽く叩いた。

 中からチューリップの花が飛び出してこちらをのぞき込む。


「あれ? 『くれぐれも変なことはしでかすなよ』とは言わないんですか?」

「お前たった1人でここを出ていく気かよ?」

「あはは、ムリな話ですね……」


 そう言って葉で花びらをなでるマドラゴーラをしり目に、コシンジュは腰の小さい袋からビスケットを取り出し、ポリポリとかじりながら続いて干し肉を取り出した。

 ついでに反対にぶら下げていた水筒をポンと床に置いた。


「うん、たまには野宿も悪くないな」


 そう言いつつ天井を見上げる。ふと横を見ると入口の暗がりが現れ、あわてて顔をそむけて暖炉のほうに横向きになった。


「なにしてんだよあいつらは。早く戻ってこいよ……」


 言うが早いか、3人がとなりの部屋から戻ってきた。

 平然としているヴィーシャとメウノの横で、ロヒインが青ざめた顔をしている。


「どうした。まずい状態なのか?」


 コシンジュが問いかけるとヴィーシャがあきれた様子でにらみつけてきた。


「そんなわけないでしょうが。よかったわね大事なくて。何か特別なもの身につけてんの?」


 するとメウノが豪華な装飾がほどこされた肩掛けを少し持ち上げる。


「ミンスターで手に入れたこの特別な肩掛けのおかげですね。特殊な魔法防御が施されているみたいです」

「それただの飾りじゃなかったんだ。あ、それ質屋に売ったら高そうじゃん。もったいない」


 ヴィーシャのつぶやきにメウノは苦笑する。しかしコシンジュは別の方向を向いた。


「だったらなんでロヒインはそんな死にそうな顔をしてるんだよ」

「い、いや。これはあんまり言わない方がいいと思うけど……」

「あ、何となく察しがついた。聞かんどく」


 コシンジュはそう言って再び寝そべると、ヴィーシャが冷たい声で告げた。


「なによ。ガイコツのひとつふたつぐらいどうだっていいでしょうが」

「だからやめろって言ってんでしょうが~~……」


 コシンジュはムキになってヴィーシャのほうを向いた。相手は楽しげに笑う。


「なによ。あんなん死んでからずっと経ってんじゃない。死体のうちにも入らないわよ」

「時間が経てばただの物って話でもないでしょうが!」

「ただの物よ。ヴァルトの国はランドンよりも前の国にほろぼされた。

 その国も民衆の怒りを買ってマグナクタ1世が率いる反乱軍にほろぼされた。もうここの連中がうらみをぶつける相手はどこにも残ってないわよ」


 そう言ってクスクス笑っている。コシンジュは「ぐぅ」と言ってこぶしをにぎる。完全におちょくられた気分だ。

 その反対側でイサーシュが干した薬草をかじりながら言う。


「それならそれで彼らはここを墓に安らかに眠っているんだ。

 だとしたら俺たちは彼らの眠りを妨げてることになる。あまりおそれ多いことは言うな」


 コシンジュは思い出したようにつられて干し草にかじりついた(便秘になるのがいやなので)。

 入口方面に腰掛けたヴィーシャが挑発的に笑う。


「知らないわよ。(たた)れるもんなら祟ってみなさいよ」


 ついでに彼女は両手を突きながらのけぞって顔を後ろに向ける。暖炉の明かりで身体のラインが強調されて美しいが、なんだか冒涜的(ぼうとくてき)だ。


「おーい城のみなさーん! かかっておいでーっ!」

「だからやめろってのそう言うのっ! お前に何かあっても知らないからな!」


 コシンジュはそっぽを向いてふたたび寝転がる。

 ヴィーシャが入口方面にいてくれたおかげで少しは気分が晴れた。ちらりと横目を向くと、ヴィーシャはきれいな足をこちらに組んで寝転がっている。

 気分はわりと落ち着いているが、今夜はなんだか眠れる気がしない。

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