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第8話 森の中の追いかけっこ~その3~

 暗がりが目前に迫ったところでコケるのではないかと心配になったが、馬たちは器用に木をかわしたり跳びはねたりして森の中へと突入していった。


 しかし目の前の枝葉はかわしきれない。コシンジュは「いたっっ!」と叫びながらあわてて馬のたてがみに顔を伏せる。そして少しだけ横に向いた。


「マドラゴーラっっ! あいつの情報を教えろっっ!」


 棍棒用の袋に入った小さな魔物は少し身を乗り出して語り始めた。


「はいっっ!

 あいつ、バックベアーはトロールの変異種です! とは言ってもかなりやりたい放題の性格で、今は仲間内からも嫌われてたいてい1人行動です!

 普段は今みたいに森の木々をなぎ倒して、強引に進みながら魔界のあちこちを行ったり来たりしています! 魔族の中では『森の殺戮者(さつりくしゃ)』って呼ばれてて評判悪いですっ!」

「かなり頑丈(がんじょう)な奴みたいだけどっ!?」

「奴の真っ赤な身体を見たでしょう!? ギンガメッシュと同じ物理・魔法耐性でやたらと防御力が強いんですっ!」

「目がないみたいだけど、どうやってこちらの様子をとらえているのっ!?」


 少し離れた場所にいるロヒインが同じく身を伏せながら問いかけてくる。


「同じく魔力の一種です! 特殊な感覚で、たとえ木々をへだてていてもこっちの位置を正確にとらえることができるんです!」

「それならあの動きも納得がいく! 見ろっ! もうこっちに来るぞっっ!」


 反対側にいるイサーシュの叫びに振り返ると、はるか遠くのほうから木々がなぎ倒されているのがわかる。

 けっこう距離が近い。ロヒインをはさんでメウノが叫んだ。


「どうしますっ!? こっちは障害物をよけながら進まなきゃならない!

 このままだと追いつかれますっ!」

「わたしが対処しますっ! そのあいだにみんなは相談をっ!」


 ロヒインがそう言ってブツブツと呪文を唱え始めた。コシンジュが意見する。


「ロヒインがうまく足止めしてくれるみたいだっ!

 そのあいだにどうやって片づけるか相談しろだって!? 勝手なこと言ってくれるぜ!」

「馬で逃げ続けるのは限界があるな! 見ろ、足場が悪いところを進んでいるせいで馬たちも疲れはじめてる!」

「馬はもう逃がすとして、敵を片づける方法を考えない限りこちらは下手な動きはできませんよっ!?」


 そう言うメウノの前にまたがるヴィーシャが叫んだ。


「ああっっ! もう時間がないっ! ロヒインはやくっっ!」


 彼女が言うとおりなぎ倒される木は目前に迫っていた。

 ロヒインが身を伏せたまま後ろを向いて杖をそちらに向けた。


「ウォールプロテクトッッッ!」


 すると真後ろに巨大な半透明に光り輝く壁が現れた。倒れる木々はその壁に押し付けられ固定される。

 ところがすぐに壁はひび割れてもろくも崩れ去っていった。


「ああっっ! ダメだったっ!」


 コシンジュは叫ぶが、馬たちがそこを通り過ぎたところで現れた巨大魔物はバランスを崩してすべりこむようにして倒れていく。

 それでも大地に引きずられ、前方の巨木にぶつかってようやく動きを止めた。メウノは少し喜んだ。


「今のうちに距離をかせぎましょうっっ!」

「……こしゃくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 立ち上がろうとする巨大トロールの叫びを無視して、4頭の馬はスキを見て駆け足を速めた。

 そのあいだにロヒインが叫ぶ。


「わたしに考えがあります! この中の3人が持っている力を使いましょう!」

「3人っ!? この中の誰がっ!?」


 イサーシュの叫びにロヒインは応える。


「わたしとコシンジュ、そしてメウノさんです! メウノさんの持っているダガーの力があれば、あの巨体の動きを完全に封じることができるはずです!」

「そんなっ! わたしの武器だけでは奴の突進を防げませんよっ!」

「だから、わたしとコシンジュとともに奴の動きを止めるんですっ!

 1人なら無理でも、3人の力を合わせれば奴の突進を止められますよっ!」

「アタシたちはどうすればいいわけっ!?」

「姫とイサーシュはわたしたちの後ろに隠れて!

 奴の動きを止めたら姫が狙撃して、それでまだ息があるようならイサーシュにとどめをお願いしますっ!」

「……わかったっ! で、どこでやるっ!?」


 イサーシュの指摘にロヒインはまっすぐ前をさした。奥には横一直線に明るい場所があった。


 たどり着くとそれはきちんとした道路ではなく、無残に木々がなぎ倒されて作られた即席の通り道だった。深いくぼみの中央で馬たちを止めた。


「……ひでえ」

「なげいてる場合じゃないよコシンジュっ! 急いで馬を下りてっ! 早く逃げてもらわなきゃっ!」


 5人は一斉に馬を降り、それぞれ尻を叩いて馬たちを逃がした。

 そうしているあいだに遠くからバックベアーが近づいていることを知らせる轟音が響き渡る。


「コシンジュとメウノはわたしの横に並んでっ! 他の2人は後ろにっ!」


 4人がロヒインに言われる通りにする。魔導師はステッキをまっすぐ上に向けた。


「わたしは呪文を唱えたら身動き1つ取れなくなります! 後は皆さんで柔軟(じゅうなん)に対応してください!」


 そしてブツブツと呪文を唱えだした。コシンジュはいちどはやめておこうとしたが結局質問することにする。


「おい、いきなりなに言いだしてんだよ。お前ヘンなこと考えてるんじゃないだろうな」

「アイアンコーティングッッッ!」


 するとロヒインの身体に変化が起こった。

 ロヒインの肌がどんどん黒に染まっていき、それだけでなく持っている杖や服、とんがり帽子にいたるまで真っ黒になっていく。

 気がつくと、ロヒインのいた場所には同じ形をした黒光りした彫像(ちょうぞう)の姿があった。


「お、おい。これって、いわゆる『石化』ってやつなんじゃ? これ使うともう2度と元に戻れなくなるとか……」


 すると彫像の中からわざとらしく鼻息を荒くしたような音がひびいた。

 と思いきや「ンフッ! ンフッ!」苦しそうに咳き込んでいる。コシンジュはあっけにとられた。


「あ、生きてるの……」

「変なツッコミしてないでっ! もう奴が目前に近づいていますよっ!」


 メウノがダガーを構えて前方を見る。彼女の言うとおり暗がりの轟音がすぐそばまで近づいている。

 2人はそれぞれの武器を手に鋼鉄(こうてつ)と化したロヒインのそばに寄る。


「奴が現れたら合図です! 一斉に奴に向かって武器をっっ!」

「わかってるっっっ!」


 言った瞬間、目の前の木々が吹き飛んだ。

 木の破片をまき散らしながら、巨体をおどらせてバックベアーの姿が現れた。


 鋼鉄の肉体となったロヒインをはさみ、メウノが思いっきりダガーを前方に突き出す。反対側のコシンジュは斜め下から思い切り棍棒をふるった。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 閃光、そして波動。2つのエネルギーが同時にバックベアーの巨体にぶつかる。


 コシンジュは時間が遅くなったかのような錯覚にとらわれた。

 ちょうど棍棒は巨大な手のひらにぶつけられたらしく、大きくバウンドして一気に肩の部分まで持ち上げられる。


 一方メウノの武器から放たれた波動は大地に押し付けた腕に当たり、手でさらに押しつけられるようにしてバックベアーの巨大な肉体が持ち上がる。

 足の部分から大きく浮上した敵はどちらかというとメウノのほうに向かって倒れ込もうとする。コシンジュが叫ぼうとする前にメウノが両腕を前に出してのけぞる。

 ところが、ちょうどそこにロヒインの硬化(こうか)した杖がバックベアーのアゴに命中し、そこからバックベアーは完全に宙に浮かび上がった。


「あぐりっっっっぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!」


 奇妙な叫び声とともに完全に宙に投げ出されたバックベアー。

 コシンジュはふと横の目を向けると、ロヒインの像がゆっくりと地面に倒れ込もうとしていた。その下にはヒザを突いてバックベアーが宙を舞うのをながめるヴィーシャの姿が。


「姫っっ! あぶねえっっ!」


 こちらを向いたヴィーシャは自体に気づき、恐ろしい速さでその場を転がった。

 瞬間ゴォンッ、という音を立ててロヒインの像が横倒しになる(一瞬「うぅっ!」という声が聞こえた気がした)。


 コシンジュがそれを見てほっと胸をなでおろそうとした時、今度はそれとは比べ物にならないほどの轟音がひびきわたった。

 とてつもない震動とともに4人は後方を確認すると、バックベアーは頭をこちらに向けてあおむけに倒れている。


「いまだヴィーシャッッ! 奴の脳天に鉛玉をぶちこめっっ!」

「言われなくてもそのつもりっ!」


 そう言ってヴィーシャはすでに準備ができている短銃の先をバックベアーの頭部に向ける。

 しかし相手は動きだし、うつ伏せになってもとの姿勢に戻ろうとする。


「ちょっとやそっと動いたくらいでアタシの狙撃をかわせるとでも思ってるつもりっ!?」


 そう言ってヴィーシャは引き金を引いた。

 つんざくような音とともに銃口から火が放たれ、その対角線上にいたバックベアーの眉間に血吹雪が舞った。同時に敵の動きがピタリとやむ。


「……いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 するとバックベアーは自らあおむけになり、両手で顔面をおさえながらジタバタともがきだした。ヴィーシャは叫ぶ。


「ああっ! ダメだったっ! イサーシュ、とどめを刺してよっっ!」

「当然だっっっ!」


 イサーシュは背中の剣をつかむなり、すさまじい速さで前方へとかけだした。そして顔面をおさえている両手を素早く斬りつけた。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」


 バックベアーが両腕を引っ込めた瞬間に、イサーシュは逆手に持ちかえた剣をまっすぐ相手の血まみれの眉間に突き刺した。


「……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 巨大な魔物はすぐにイサーシュの身柄を取り押さえようとする。しかし彼は剣を離して素早く後ろに下がり敵のつかみ攻撃をかわした。

 そしてさらに傷ついた指に向かって蹴りつける。一瞬手を離したすきに、刀身が埋まった剣の柄を思い切り踏みつける。


「オペシッッッッッ……!」


 イサーシュの剣は根元まですっかり埋まった。

 同時にバックベアーの両腕は力をなくしてだらりと地面に投げ出された。コシンジュはつぶやく。


「ふぅ……終わったみたいだな……」


 イサーシュが敵の眉間に手を埋め込もうとしたので、コシンジュはあわてて目をそらした。

 そこにちょうどロヒインの像があったので、その場にしゃがんでポンポンと肩をたたく。実際に触れるととても堅い質感がした。


「おい、終わったぞ。もう元に戻ってもいいんじゃないか?」

「んん~、ん、んん~っ!」

「ダメだ。こいつしばらく動けそうもないぞ。しばらくここで休憩(きゅうけい)だな」


 コシンジュは皆を見上げていった。3人はすぐにそばで腰を下ろした。





「ぶはぁっっ! 死ぬかと思ったぁぁっ!」


 しばらく休憩していると、突然ロヒインががばっと身を起こした。姿は元に戻っている。


「うぉっ。なんだよロヒイン、汗びっしょりじゃねえか。見てるだけで風呂入りたくなってきた」


 コシンジュがのけぞりながら言うとロヒインはすぐにこっちのヒザをポンと叩いた。


「仕方ないでしょ。

 鋼鉄化すると体温調節はできないし、呼吸も思うようにできないから暑くてたまんないんだよっ!」

「その魔法、出来るだけ使用を(ひか)えたほうがいいだろうな」


 ロヒインは手で顔を仰ぎながらイサーシュにこたえる。


「普通の防御魔法が通じないから仕方ありませんよ。

 あれほどの防御力がなければ、敵の動きを止めることはできませんね」


 それを聞いてイサーシュが何か気付いたかのような顔をした。


「そうだコシンジュ。今からあいつの皮をはいでこい。あれも一応ギンガメッシュと同じ防御効果があるんだろ? あれほどの大きさがあればもっとたくさんの防具をつくれるはずだぜ」

「やだよ。なんでオレがそんなことしなきゃいけないんだよ。

 だいたい俺1人でやることないだろ? 街の人たち呼んで一斉にやらせた方が絶対いいって」

「……冗談も通じない奴め」

「お前って冗談とか言うキャラだっけ?」

「その『きゃら』ってどういう意味だ? お前らの大好きな専門用語のたぐいか?」


 首をかしげるイサーシュにコシンジュは「ダメだこりゃ」と首をすくめる。


 そうしているあいだにロヒインが立ち上がった。コシンジュは(そで)をつかんで引きとめようとする。


「おい! 無理すんなよ!」

「大丈夫だよコシンジュ。汗はかいてるけど疲れてるわけじゃない。

 それより早く街に向かったほうがいい。目の前の死体は放っておけないし、敵の別動隊がやってくるかもしれない」


 そう聞いても、ヴィーシャは倒れた木に腰を落ち着けたまま動こうとしない。


「どうかしら。簡易ゲートで送ることができる数は限られてるんでしょ?

 あれだけの巨大な化け物を送りこんで、それなりの取り巻きを一緒に送れるとは限らないけど?」

「別の日に送りこんだ可能性もあるでしょう。それに、どう考えても人数が合わない時だってあったじゃないですか。たとえば、ガルグールの時とか」


 コシンジュがそれを聞いてあごを手で押さえながらうなずいた。


「確かに。どうせ一度に送れる人数が決まっているのなら、そいつらを常に一緒に行動させる必要はない。何人かの手勢を別の場所に送って、そこで待ち伏せさせるとか」


「だったら議論の余地はないわね。次の奴がやってくる前にさっさとここを離れましょ」


 ヴィーシャの言葉で全員が立ち上がり、全員が巨大な死体の前をあとにする。


「街の方角はわかるか?」

「もちろん」


 イサーシュの質問に答えるようにしてロヒインはブツブツとつぶやいた。そして杖を上に向けると、そこから矢印のようなものが現れ森の中を指差した。


「ヴァルトの街はこっちです。急ぎましょう」


 5人は若干駆け足気味に森の中へと入っていった。

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