第1話 旅立ちっぽい展開~その4~
村の奥にある小高い丘の中腹に、勇者の聖地と呼ばれる場所がある。
巨大な岩と岩の間に小さな穴が開いており、昼間はそこからは小さな光が漏れだしていると言う。
ただここ、基本的に参拝禁止。
それどころか付近にも近寄ってはならないということで、入り口広場の手前には常に王国兵やチチガムの弟子が見張る詰所が設けられている。
その手前で、息を切らしながらヒザに両手を突いてコシンジュは立ち止まった。
なにせ広場の手前には、ものの見事に番兵が立ちふさがっているからだ。
「コシンジュ、悪いがお前はこの先を進めないぞ」
「伝説の武器を手にするなら、やはりチチガム先生やイサーシュの奴がふさわしいだろう。
お前にはとうていムリだ」
2人の番兵が口々に言う。
コシンジュはようやく頭を上げ、息も切れ切れに叫んだ。
「どけっっ! オレだって勇者の血を引くものだ!」
そうは言っても、番兵たちは同時に頭を振ってその場を身じろぎもしない。
「バカにしてるのか? 俺だってお前の腕前くらい知ってる。
伝説の勇者の武器が扱えるはずがない」
「帰れ帰れ。イサーシュの奴、ああ見えて優しいからお前をひょっとしたら魔王討伐の旅に連れていくかもしれんが、多分足手まといだ」
「ふざけるなっっ!」
しかし次の瞬間、コシンジュは別のほうに目線を動かした。
「オヤジッッ! おいクソオヤジッッ!」
しばらく黙っていると、番兵の後ろから大きな影が歩いてくる。
「これは、チチガム先生」
遅れて気がついた2人の番兵はその場をどいて父親に道を譲る。
コシンジュはまっすぐ彼をにらみつけた。一方のチチガムは怒りと困惑が入り混じった複雑な表情をしている。
「コシンジュ……」
「なんでだよ親父っっ!
親父はオレに、立派な勇者になってほしいんじゃないのかよっっ!」
悲痛な叫びを聞いて押し黙るチチガムだったが、しばらくして小さくつぶやき始めた。
「コシンジュ。お前だったらわかるだろ。
この俺だって、ずっとこの日を待ち望んでいたんだ。
俺だって勇者の血を引く者。お前くらいの歳から、ずっとずっとあこがれ続けてきたんだ」
「オレにはムリだっていうのかよっっ!」
そう言っても、相手はうつむいたまま動かない。
しかし、次の瞬間にはきびすを返して、ふたたびほこらに向かいはいじめた。
コシンジュはすぐに呼びとめる。
「親父っっ!」
「イサーシュの奴が手に取る前に、俺が止めなければ。奴はまだ若い。
魔王を倒した伝説の剣は、まだ早いかもしれん」
その時だった。
父親のいる延長線上に、イサーシュの姿が現れた。
なのに、彼の手にはなにも握られていないのだ。
は? なに、どうしちゃったの?
「イサーシュ、勇者の剣は?」
チチガムがおもむろにたずねると、相手は細かく首を横に振り続けるだけだった。
「……いやいやいやいやいやいやいやいやいや……」
今度は勇者親子が首をかしげる番だった。
イサーシュからは何の説明もないので、仕方なく3人そろってほこらの中に入る。
奥は前方からありえないほど光が差し込んでいてよく見えない。
「よくぞやってきた戦士たちよ。
長らく待たせたな。ようやくお前たちの番だ」
中から声がかかる。
すると突然光が弱くなり、そこに4人組の老人が現れた。
「ええと、あなた方は、いったいどなたですか?」
「バカっっ! 天界の神々だよっ!」
とぼけるコシンジュをイサーシュがしかると、3人は一斉にひざまずいた。
「殊勝なことである。
この時代になっても、神々への敬意は忘れてはおらんようだ」
先ほどとは別の声がかかる。
3人はそれを聞いて顔を上げる。チチガムはうやうやしく声をあげる。
「偉大なる神々よ。敵はまっすぐにこの村を襲いました。
お願いです。すぐに我々をお助け下さい」
短めの髪をもつ神が(また変換がややこしくなってきた)、しかし腑に落ちない顔を向ける。
「そうしたいところなのだが、これを見てもそうは言ってられるかな?」
そう言って神は両手に何かをかかげた。
これが、あの伝説の勇者の剣……
……にしてはなんか無骨な造形である。
たしかに豪華な装飾がいたる所についているが、中身は基本的に木製だ。
これは剣と言うより……
「『棍棒』……ですよね……?」
コシンジュは何となくつぶやいてしまった。
「頭が高いっっ!」「ひっ、すみませんっっ!」
「なにおどしつけてんですか。普通の反応でしょ普通の」
なぜかフランクな口調の神は、頭頂部が少しさみしい。
「ええと。で、これが伝説の武器?」
いまだに困惑を隠せないチチガムが恐縮ぎみに問いかける。
「コホン、その通り。
これがかの大英雄、『ロトロ』が愛用した神聖なる棍棒である。
我々がこのように本人に直接渡したのだから間違いない」
長めの髪が答える。言われるなりがく然とするチチガム。当然だろう。
「というわけで、少々無骨ではあるが、こう見えても強大な力を秘めておる。
これを使いこなすことができれば、その者は間違いなく勇者と呼ばれよう」
「おい、おいコシンジュ……」
「え? あ、はい……」
なぜか声をひそめるイサーシュに自分も同じように返す。
「剣返せ」
「え、なんで?」
「それ俺の。プレミア価格」
「いや、わかってるけどなんで今のタイミング?」
「いいから早く返せ」
釈然としないながらも、コシンジュは手に持った名剣を相手に返す。
「何をこそこそしている」「「はいっっ!」」
頭が大きくはげ上がった神が注意すると、2人はすぐに姿勢を改めた。
「コシンジュ、立つのだ……」
「あ、オレ?」
何となく自分が呼ばれるのは予想していたコシンジュ。
「がっかりした?」
フランクな神が問いかけると、コシンジュはどぎまぎしながら首を振った。
「いえ、まあ確かに。
伝説の武器だからって絶対に剣だなんて、決めつけもいいことですよねえ。
なんでみんなそんなふうにカン違いしちゃったんだろ。なんかの読み過ぎ?」
「ゴタクはいい。
それよりお主、この伝説の武器をもらいうける勇気はあるか?」
「心外な武器で周囲から特異な目で見られるかもしれん。
そしてさらに、伝説の後継者と言う責務が、お前の両肩にのしかかることだろう。
それでもお前は、この名品を受け取る勇気があるのか?」
長いのと短いフサフサ髪が交互に問いかける。
コシンジュも両側に目線を合わせた後、黙って棍棒に手を伸ばす。
「おもしろい。何の躊躇もなく手に取るか」
ハゲあがった神の問いに答えることもなく、ついにコシンジュは伝説の武器を持ち上げた。
思ったより重量はあるが、持てないことはない。
「これが……伝説の武器……」
「よろしい。お前の勇気に敬意を表しよう」
「お前の活躍に、心ならずとも期待をかけておるぞ」
「地上の平和は、お前の肩にかかっている。
必ず魔王軍の進撃を食い止めよ」
「さらばだ英雄の血を引く者。
かげながら我らはお前のことを見守っているぞ」
神々が口々に言った後、光はゆっくりと消え去っていった。
それでも、手にした武器からは美しい光がこぼれている。
「確かに意外だが、言い伝えにたがわない神々(こうごう)しさを感じる」
「コシンジュ。それは確かにお前のものだ。
どこまで使いこなせるかわからないが、そいつを手に取るのはお前しかいない。俺にはわかる」
「親父、イサーシュ……」
コシンジュは振り返る。
自分と同様、2人もその手に握られた光に見とれていた。
「敵襲だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
突然の声がほこらの外から聞こえてきた。
「あれはっっ! もう敵がやってきたのかっっ!」
振り返るなりチチガムのどなり声が洞窟内にひびき渡る。
イサーシュも急いで自前の武器を引き抜いた。
「ついにこの剣を使う時がやってきたか!」
「俺も助勢しよう。3人そろえば何も恐れることはない、行くぞっ!」
チチガムとイサーシュが我先にと洞窟を抜けだした。
コシンジュも急いで2人のあとを追いかけた。
外に出ると、2人の番兵はともに血を流して倒れていた。
片方はなんとか顔を上げて3人に目を向ける。
「うぅ、こいつら、かなりの手勢です。気をつけて……」
そう言ったきり、番兵は顔を伏せた。もう2度と起き上がれないかもしれない。
そんなことに思いをはせている場合ではなかった。
ほこら前の広場にはおびただしい数の影が立ちふさがっていた。
明らかに人間らしい体つきをしていない。たしかに2本足で立ってはいるが、そのフォルムは獣のそれに似ていた。
剣を手にしている以外は、身につけているのは腰巻ぐらいしかない。
コシンジュはぼう然とつぶやく。
「これが、これが魔物……」
「こ、こいつら……言い伝えを信じるなら、『オーク』だなっ!?」
「より小者である『ゴブリン』や『コボルト』じゃないところを見ると、連中さっそく本気を出したようだ!」
イサーシュとチチガムがあたりを見回すが、コシンジュ自身の目はそれよりも奥に注がれていた。
そこにはひときわ大きい、巨大な獣の姿をとらえていた。
「奥にいるのは、まさか『トロール』っ!?」
「中級魔族っ!?
連中もうそんな奴まで用意してるのかっ!」
警戒している名剣士2人をよそに、コシンジュはおもむろにその場を歩きだした。
「……おい、コシンジュっ!
何をしている! 後ろに下がっていろ!
俺たちだって魔物と戦ったことはない! 今は慎重に事を構えるべきだ!」
「お前ふざけんなよ!
こんな危なっかしい状況でとのうのうと前に進んでくなんてアホかっ!
早くも認知症が始まったかっ!」
「人の息子に失礼だなおい!」「すみません!」
コシンジュはまともに話を聞いていなかった。
というより耳を貸すほどでもなかった。それくらい今の自分には自信があった。
自分にはわかる。
この左手の中に、おびただしい力がわいてくるのを。
「グギ、グギギ……ギェェェェェェェェェェェェェッッッ!」
オークのうちの1匹が、2回首をかしげながらもすぐに向かってきた。
「あぶないっっ!」
イサーシュに言われる間もなく、コシンジュは真横に向かって棍棒を振りかぶった。
するとどうだろう、手持ちの刃物を振りかぶろうとしたオークに向かっていきなり光がはじけ、
次の瞬間にはオークの身体が丸ごと大きく跳ね飛ばされてしまった。
人型の獣は大の字になって向こう側の岩肌にぶつかり、地面に倒れ込むなりぐったりして動かない。
「ギギ、ギェェェェェェェェェェェェェェッッ!」
別のオークがすぐに手向かった。今度は距離を詰められていたため反撃が間に合わない。
しかしコシンジュはすぐに振り返って棍棒を縦に構えた。
それにオークが刃物をぶち当てた瞬間、またしても光がはじけ相手の身体がはじき返された。
一回転しながら地面に激突したオークは尻を突き出すような無様な格好で倒れる。
それを見ていた他のオークたちが、あまりの光景にしり込みし始めた。
「なんてこった……」
「こんなのありかよ。聞いた話以上だ……」
チチガムやイサーシュもまた、そのあまりの威力に口ごもっていた。
しかし、それを落ち着いて見ていた者がいた。
広場入口に陣取る巨大な影のことだ。
巨大な肉の塊が、軽く地面をゆらしてその場を動きだす。
「グル、グルルルル……たしかに、すげえチカラだ……」
まともに言葉を話せない手下たちと違って、トロールはそれなりの知性を有しているらしい。
だからこそこの場の指揮官を任されているのだろう。
「だがな……さすがのテメエも……こいつまではフセぎきれねえだろがよ……」
そう言っておもむろに何かを持ち上げた。
「……なんだと!」
チチガムが驚くのも無理はない。
それはトロール自身の背丈ほどもある、あまりに巨大な棍棒だった。
さすがにこれをくらえばひとたまりもない。
取り出すなり、トロールはなにもない地面にそれを叩きつけた。
とたんに地響きがする。
「「うおあぁぁぁぁぁぁっっ!」」
後ろの2人があわてて身構える。
立ち上がれなくなるほどではないが、気力をなえさせるほどには大きなゆれが彼らを襲う。
コシンジュだけが、落ち着き払っていた。大丈夫だ。オレならできる。
「どうだ、ビビったか……
こいつをオマエにタタきつけたら、ブジじゃスまえねえだろ……」
そう言ってトロールは恰幅のいい自分の腹をなでまわす。
「そしたらぁぁ、ミンチになったオマエのニクをたっぷりいただいてやるぅぅっっっ!」
そう言って手首をまわしてふたたび棍棒を持ち上げた。
しかしコシンジュは落ち着いて棍棒を振りかぶっているあいだに真横にローリングする。
地面に衝撃が走っているあいだに、巨大な木のかたまりに向かって自らの棍棒をなぎ払った。
これだけで、敵が手にした武器は軽く弾かれてしまう。
「やったなぁぁぁぁぁぁっっっ!」
トロールはあきらめずに反対の手でコシンジュの首根っこをつかもうとする。
しかしその時には彼は軽く棍棒をそれに向かって叩きつけていた。
光がまたたくと、トロールの目が大きく開かれる。
「……ぐげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
だらしない叫び声で、トロールは腕をかかげる。
その手はとんでもなくエグいことになっていた。
そうしているあいだに、コシンジュは膨らんだ腹に向かって棍棒を振り上げた。
「オーボエェェェェッッッ!」
途端にトロールの巨体がくの字になって折れ曲がり、コシンジュの背後にある口から得体の知れない何かが飛び散った。
コシンジュは素早くその場をしりぞいた。
その瞬間にトロールは白目をむき、コシンジュがどいた場所にうつぶせになる。
巨大さをほこる身体が全く動かなくなってしまった。
「そんな、あんな化け物が、たった3発……」
イサーシュがつぶやいた途端、今まで怖気づいていたオークたちの視線がそちらのほうを向いた。
「親父っ! イサーシュ! 来るぞっ!」
コシンジュが呼びかけるなり、2人はあわてて身構える。同時にオークたちが一斉におそいかかった。
しかしそれにもめげることなく、2人は相手の攻撃を弾いて反撃の一閃をそれぞれかます。
まんまと急所を斬りつけられるオークたち。
この者たちも、当然ただの素人ではないのだ。
次々と襲いかかる異形の怪物たちを相手に、彼らはたくみな剣さばきで対応する。これなら加勢する必要もないだろう。
すると、戦っているオークたちのうちの1匹がクルリとこちらを向いて逃げ出してきた。
コシンジュはそいつに向かって棍棒を突きつけると、オークは素早く刀を落として両手を上げた。
「……あっ! ちょっと待ってっ!
オレ、ただのエキストラなんで斬られ役とカンベンしてもらっていいですか!
飛び入り参加なんでそんな大部屋役者みたいなことしたくないんですけど」
なぜか流ちょうにしゃべるオークにコシンジュはさらに棍棒を前に突き出す。
「村人に手を出さないってんなら助けてやる!」
「いやだからこれ以上の仕事は要求されてないんでオレもう帰りますってば!」
「わかった。ギャラをもらう時はちゃんとお礼を言っとけよ!」
オークは律義にぺこりと頭を下げ、その場を一目散に逃げ出した。
コシンジュは気付かなかったが、なぜかオークは一瞬振り返り、ニヤリと思わせぶりな表情を浮かべていた。
「……あれが勇者か。
まだ子供だが、手にする武器はかなり厄介だな……」
チチガムとイサーシュの様子をうかがうコシンジュをしり目に、オークはふたたびかけだした。
気がつくと、それ以外のオークは見事にぶった切られて全滅していた。
しかし2人はさすがに息も切れ切れだ。
「お、おいっ! 何をボサッとしている!
倒れている番兵の息を確かめろ!」
けっこう血だまりができているのでムダじゃないかと思いつつ、首をかしげながらも番兵のわきに座りこんで脈を確かめる。
「あ、生きてる。
ていうかこれって死なせるとあとぐされが悪いからとかそういう理由!?
そういうムダな気づかいするぐらいだったらリアルなトロールの死亡描写いらなくねっ!?」
「こっちもなんでか知らんが生きてる! 治療が必要だ!
俺はすぐに医者とか僧侶とか呼んでくる! お前らは他の敵キャラを頼む!」
「なんで親父が?」「あ、いや、ちょっと疲れた」「歳だな!」
親子がそんなやり取りをしていると、イサーシュがいきなり鼻を押さえはじめた。
「ていうくせえ! 超くせえ! なんだこの臭いは!」
「あ、ホントだすげえ臭う!
夢中になってて気づかなかったからわかんなかったけど終わると露骨に臭う!」
コシンジュも同じようにしているあいだに、父親も鼻をおさえつつその場をそそくさと逃げだす(そういうふうに見える)。
コシンジュ達もあわてるようにしてその場を立ち去る。
「ぜってえこいつら風呂入ってねえだろ!」
「まあ魔界のろくでなしだからな!」
「先が思いやられるんですけど!
この先こんなくっさい連中とばっか戦うんですか!?」
「それよりどうすんだよこれだけの死体!」
「村人にやらせりゃいいじゃねえか!
どうせこの先出番ないんだから、ていうかまだ一度も出番ないけどな!」
「なんだかかわいそうだな……」
「この先ずっとこんなくっさい連中相手にするオレたちのほうがよっぽどかわいそうだ!」
コシンジュとイサーシュはムダ口を叩きながらも村入り口に向かう。