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第8話 森の中の追いかけっこ~その1~

 もはや恒例になってきた、魔王城でのやり取り……


「なっ! バカなっ! ルーガルの奴めっ! 別行動をとっただとっ!?」


 老人の姿をした魔族、ルキフールが振り返って怒り心頭の表情を見せる。

 対する一本角の魔族ファブニーズはひたすら謝り続ける。


「申し訳ありません。私が送りこんだ刺客たちは、どうやら仲が険悪だったもようで。

 戦闘力ばかりを考慮(こうりょ)したばかりにこのような事態に……」

「失敗すれば後がないと言ったのはお前自身ではないか! どうしてそれしきのいがみあいも見抜けなんだっ!」

「お言葉ですがルキフール様、わたくしが統括する魔界大隊は幻魔兵団と違い、非常に大規模になります。

 各隊には直轄(ちょっかつ)兵長がおりますが、その数も膨大(ぼうだい)であり、それぞれがお互いにどのような感情を抱いているかなどとてもわたくしには……」


 それを聞いたルキフールはくるりと後ろを向き、そのまま吐き捨てるように言った。


「地上に残った最後の1名が、誰ひとり片づけることができなければ、今後一切お前の部隊に勇者討伐(とうばつ)の任は下らないこと、覚悟しておけ」

「かしこまりました……」


 ファブニーズはそれだけ言って、おぼつかない足取りで大広間から出ていった。


「……おしいことですな。あのルーガルという者、勇者を倒すのにあと一歩まで迫っていたということらしいではないですか」


 大広間のすみにある円柱にもたれかける、黒ずくめのマントをはおった魔物、ブラッドラキュラーが前に進みでる。


「最後の刺客とまともに協力し合っていさえいれば、私の出番が来ることもなかったでしょうに。

 と言ってもこれで心置きなく私の主力を勇者たちに差し向けることができるのですがね」


 するとルキフールは鋭い視線をブラッドに向けた。


「黙れ。もとはと言えば貴様が相談なく勝手に作戦を進めるからこのような事態になったのだ」

「慎重な計画をねった、そうおっしゃってください。

 ルキフール様に作戦の内容をお教えしても、あまりご理解いただけないでしょうから」

「言ってくれるな。ならば、それで本当に勇者どもを片づけることができるのであろうな」


 いぶかしむ目つきを向けるルキフールに、ブラッドは深く頭を下げた。


「ええ、もちろん。私は皆さまと違い、元人間ですから」

「元人間であることを利用すると?」


 ルキフールの問いに、ブラッドラキュラーはニヤリと笑うだけだった。

 しかし次の瞬間、ブラッドはあたりをきょろきょろとうかがう。


「そう言えば殿下は?」


 問われたるルキフールは深いため息をつき、誰も座っていない玉座を力なく見つめる。


「殿下は相当お疲れのようだ。

 不毛な会話など聞きたくもない、そう言ってすでに奥へと引っ込んでしまわれたよ」





 ランドン王国の南部を占める、広大な森林地帯。

 見渡す限りの広大な森のあちこちには、するどくとがった山々が点在し、切り開かれた道の間かもそれの雄大な姿をながめることができる。


 夕方にはじめてその姿を拝んだ際は、その全体が夕日に赤く染められていた。

 そして真昼間である今は、木々が多い茂る下部分の深い緑と、切り立つ頂上部分の灰色が見事なコントラストを描いている。


 初めにその雄姿(ゆうし)をおがんだ際は感動で胸がいっぱいになったものだが、今となっては……


「あ~っ! もうこの風景見あきたぁ~っ! 早く森林地帯抜けてぇ~っ!」


 コシンジュがとうとう根をあげはじめた。ヴィーシャがうんざりしてため息をつく。


「あ~、そろそろ言いはじめるんじゃないかと思った。ていうかあんた本当にこらえ性ないわね」


 言われてコシンジュは馬上でジタバタし始める。馬が少しいやそうにしているがおかまいなしである。


「だってよ~、朝も昼もずっとこの光景だぜ?

 最初はスゲーッ! って思うんだけどさ、ずっと見てるといい加減あきてくるんだよ!

 あとこの状況何日続くわけ?」


 となりを歩くロヒインが地図を確認しながら言った。


「本日経った村はちょうど全行程の3分の1に当たるね。

 予定だと少なくともあと1週間以上はこの光景が続くと考えた方がいいかも」

「だぁぁぁぁぁぁぁっっ! ウソだぁ~っ! こんなのがまだまだずっとつづくのかよぉぉぉっ!」


 コシンジュはショックのあまり馬のたて髪に顔をうずめ始めた。後ろを歩いていたイサーシュが深くため息をつく。


「お前本当にこんな調子で大丈夫なのかよ。旅はまだまだ先が長いんだぞ。

 ずっとこのテンションでいかれたらこっちだっておかしくなるんだよ。まったくお前の脳内地図はどれだけスケールが小さいんだ」


 それを聞いてアハハと笑いながらヴィーシャがつぶやく。


「とはいっても、アタシもこの街道を進むとどんどんグチっぽくなってくけどね」

「やっぱりお前もこらえ性ねえじゃねえかっ! あと何日でオレみたいになるんだ!?」

「でも、この先にちょっと大きめの街があるのよ。

 そっちのほうはけっこう面白いところだから、本格的にナーバスになってくのはそこからね」

「へえ、どんな街なんだ?」

「『ヴァルト』っていって、建っている家の壁がいろんなパステルカラーで塗られているの。もちろん目に痛くない程度にね。

 それだけじゃなく、昔は古代魔法文明の大都市があったらしくて、それに関する遺跡が数多く残っているの」

「へぇ~、そりゃおもしろそうだな」


 感心するコシンジュの横でロヒインが何かを思い出そうとしてアゴに手をやる。


「ヴァルトと言えば、昔は独立した国家があった場所ですよね。今はそれもランドンの前にあった王国にほろぼされてしまいましたけど、なんでも歴代の君主は旧文明の遺跡を再現することに非常に熱心だったとか」

「王が城をかまえていた場所は遠く離れていたと聞く。まったく風変わりな城主もいたもんだ」


 イサーシュがつぶやいているあいだに、メウノが思い出したかのようにコシンジュのほうを向いた。


「聞いた話だと、そのお城、今では有名な心霊スポットになってるとか。まあ王国の人々が追い詰められて命を絶った場所だから当然ですよね」

「おいおいおいおい、オレそういうのマジ苦手なんだからやめてくれよ……」

「あははは、心配しなくてもそんな場所に寄ることなんてないわよ。

 別に観光しに行くわけじゃないし、もの好きのヒマ人くらいしかそんな場所になんか行かないわよ」


 ヴィーシャがなんとでもないというふうに笑うが、コシンジュの顔色は変わらない。


「ダメなんだよオレ。そういう話を聞いちまうと勝手に想像力がふくらんで、もし自分がそういう場所に行く羽目になったらどうしようとか、そんなことばっかり考えちまう」

「これから魔王を倒しに行くと言う奴が口にするセリフか」


 イサーシュがジト目を向けて言うと、コシンジュはムキになって振り返った。


「こわいよ!? それだって十分こわいよっ!?

 だけどそういうのとは別次元なんだって! 考えてみろよ! 幽霊(ゆうれい)って魔物と違って、確実にいるかどうかはっきりしないだろっ!?

 気味悪くね!? あと何考えてるのかさっぱりわからないところとか!」

「あ、それわかります。幽霊は得体の知れないところが多いから、未知の存在に対する恐怖をかきたてられますよね」


 メウノの意見にコシンジュはポンと手を叩いて指差した。


「さすがっ! わかってらっしゃる! ロヒイン、お前もそう思うだろ!?」


 そう言って反対側に目を向けると、ロヒインはなぜか深く考えるようにアゴに手を触れ続ける。コシンジュは首をかしげた。


「ロヒイン?」

「それ、戦略として有効ですよね。

 未知の存在にかかわる恐怖をあおりたてて、こちらの感情を大きくゆさぶる。敵が使う戦略としては十分考えられます」


 言われた瞬間にコシンジュは悲壮感あふれる表情で頭を抱えた。


「や、やめろぉぉぉぉぉぉっっ! お、おまえは突然なにを考えているんだぁぁぁぁぁぁっっっ!

 突然変なことを言いだすんじゃねぇぇぇぇぇぇっっ!」


 すっとんきょうな叫びをあげるコシンジュにロヒインは能天気に笑いかける。


「なに言ってんだよコシンジュ。幽霊なんているはずがないじゃない」

「あれ? ロヒインさんって、魔導師なのにそういうの認めないんですか?」


 メウノの問いかけに相手はこっくりうなずく。


「魔術にかかわる仕事をしているから言えるんですよ。魔導の世界では死後の(たましい)が現世に留まる事実は証明されていません。

 だいたいおかしいじゃないですか、死んだはずの魂が、なんの媒介(ばいかい)もなくその場にとどまっていられるなんて。

 肉体を維持できなくなったエネルギーは必ず何らかの引力に寄せられて地上から消えてしまいますよ」

「でも、霊というのは人が死に直面した際に、その場に残した強い念の実体化という仮説もあります。目撃者は多いですし、実証性の高い報告例もありますよ」

「だとしたらそれはただの幻影にすぎません。しっかりと気を強く保っていれば、それにまどわされることはありませんよ」


 2人が知的なやり取りをしているあいだにコシンジュは顔を手で押さえながらしきりに首を振る。


「お前ら~、よくそんな話題で盛り上がれるよなぁ。聞いてるこっちはもう目がクラクラしてきた……」

「コシンジュ、お前あれがあるだろ。聞きたくない話題は自動でスルーするやつ。あれ使って聞き流せないのかよ」

「イサーシュッ! お前オレをどんだけ器用な奴だと思ってんだよ!

 オレだってそんな話聞きたくなんかないけど苦手な話だからこそ気になるっていうのあるだろ!」

「フン、なんとも不器用な脳みそだ」


 鼻で笑いながら首をすくめるイサーシュにコシンジュは人差し指を突きつけた。


「お前にだけはっ! 言われたかねぇっっ!」


 ちょうどその時、一行の背後で何かがはばたく音が聞こえてきた。

 全員が警戒してそちらを振り向くと、それは完全にみたことがある生き物だった。


「あ、魔法伝書バトだ」


 魔法伝書バトというのは、こちらの世界ではよくつかわれる通信手段である。


 生きているハトに魔法暗示をかけ、飛ばせば目的地まで一直線に進んでくれる。

 便利なのはその目的の相手がたとえ移動中でも超正確に探し当ててくれることである。一般的な伝書バトと比べると料金が割り増しだが、あまりに便利すぎてたいていの人が気にせずにこちらのほうを使う。


 送る手紙はいろんな種類があるが、ロヒインが手に取ったのはほんの小さな封筒1つだった。


 ロヒインは中身を開いてひと目だけ通すと、すぐにコシンジュに差し出した。「え、オレ?」と言いながらもありがたく受け取る。なんとなく音読する。


「えー、『愛するコシンジュへ。母です、元気にしていますか?

 わたしはあなたが旅に出てからというもののあまり旅の状況がよくわからず心配でなりません。たまには手紙を送ってきてちょうだい』」


 そこまで読んで、続きを読むのをためらった。しかし顔をしかめながらも結局音読することにする。


「『もう1つ心配事が。じつはお父さんがわたしたちの目をかいくぐって村を出て行きました。

 ひょっとしたら、いや間違いなくあなたのあとを追いかけたに違いありません。きっとずっと後ろに張り付いているに違いありません。

 もしそれらしき人がいたら声をかけてあげてください。そして村に戻るよう言い聞かせてください。母はさみしくて仕方ありません。さみしすぎて死にそうです。ついでに愛していると伝えてください』

……この先字が細かすぎて読めねえ」


 文面の下のほうにひたすら文字が敷き詰められているのを見てコシンジュはドン引きした。

 イサーシュが気まずい顔でつぶやく。


「もはやホラーだな。お前の家族どんだけ仲がいいんだよ。というより完全に依存症だな」

「想像したくもねえ」

「そんなくだらないこと言ってる場合ですか。この手紙に書いてあることが本当なら今わたしたちの後ろには……」


 全員が馬を止める。そしてクルリと一斉に振り返る。

 そしてたしかに見えた。奥の木かげに一頭の馬が隠れていくところを……


 コシンジュはため息をつき、そして声を張り上げた。


「おいっ! オヤジ何してんだよっ! さっそく母ちゃんが速達で手紙送ってんぞっ! 気にならねえのかよっ!」


 言っても相手は姿を見せず、声1つあげない。コシンジュはもう一度叫ぶ。


「おいっ! この手紙ヤバいぞっ! もはや呪いがかってんだぞっ!

 母ちゃん死にかけてんだから早く村に帰れよっ!」


 相変わらず反応はない。コシンジュは深いため息をついた。


「……仕方ねえな。引き返して確かめてみるか」


 コシンジュたちは馬を返し、馬が隠れたとおぼしき場所に向かって歩かせた。

 すると突然のっそりと馬が出てきた。その上にはたしかになつかしい姿があった。


「あれがコシンジュさんの父君、チチガムさんですね。おうわさにたがわぬ勇ましいお姿で」


 メウノが感心する声で呼びかける。コシンジュがあきれてつぶやく。


「ただの筋肉バカだよ」

「言うな。俺の師匠でもあるんだぞ……ん?」


 イサーシュがツッコんだその時、どうも向こう側の様子がおかしいことに気づいた。

 馬上のいかつい姿はなぜか馬のたてがみにもたれけた。首をかしげていると、ロヒインが突然さけんだ。


「いけないっ! あれはワナですっ!」


 同時に馬もその場に座り込んだ。間違いない、なにか大変なことが起こっている。


「近づいて大丈夫なのかっ!?」

「今調べますっ!」


 イサーシュに応じるようにロヒインが杖をかまえると、チチガムがいる方向から突然見知らぬ声がひびいた。


「……おっとぉっ! その必要はねえ! ていうか魔法をかけると承知しねえからな!」

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