第7話 森の木かげのボランティア活動~その4~
コシンジュの回復を待って、例の薬草とおぼしき野草を回収(とりあえずありったけ持っていった)。
急いで村に着くと、広場のあたりで数人がたむろしていた。
その中に村長がいる。急いで駆け込んだので彼らはすぐにこちらに気づいた。
「大丈夫ですかっ!? 例の薬草はっ!」
「この中にありますか!?」
ロヒインが腕いっぱいに抱えた野草の数々を村長に見せると、村長はその中から最もきれいな花を咲かせている一本を手に取った。
「これですっ! 今からこれを煎じてヘビの血と混ぜます!」
言うなり村長と取り巻きは頭を下げながらもすぐに屋内へと消えていった。
なぜかメウノがコシンジュ達から離れる。
「私、女の子の様子を見に行ってきます!」
それを聞いたコシンジュは不満と申し訳なさの入り混じった表情になって言う。
「おい、もしかしてよけいなこと考えてないだろうな。オレが言うのもなんだけど」
ただでさえコシンジュの治療に気力を使ったうえ、薬を作っているあいだの時間稼ぎに中にいる僧侶とともに少女に念を送るつもりではないだろうか。
そんな意味を込めてメウノの目をまっすぐ見ると、彼女はそれを悟ったかのようにまっすぐうなずいた。
「でも、行かなくちゃ。それが私の仕事ですから」
「ヘタこいたオレは文句言えないよ。だけど、絶対にムチャするなよ」
メウノはもう一度うなずいて、中へと入っていった。
コシンジュ達はそれを見送ったあと、その場に腰を落としてしまった。ヴィーシャが思わずつぶやいた。
「はぁっ! もう疲れたっ!」
「言うなよ。ここのみんなにとってはここからが本番なんだから。ってオレもくつろいどいて言うのもなんだけど」
「コシンジュ、お前はメウノのもとについてってやれ。お前が一番世話をかけたんだからな」
イサーシュにとがめられ、コシンジュは首を振りながら立ち上がった。そしてトボトボとメウノ達のいる屋内へと歩いていった。
中に入ると、ベッドをはさんで2人の僧侶が向かい合い、いまだに顔色のすぐれない少女に向かって必死に念を送っている。
「司祭さん、うちのメウノは戦いの後の手当てでだいぶ気力を使ってる。あんまりムチャはさせないでくれ」
司祭はこちらを見ないまま言う。
「こちらだってこの子にずっと念を送り続けっぱなしなんですよ。こちらのほうが休みたいくらいです」
コシンジュはハッとした。
そうだ、そのことをずっと忘れていた。もしかして、この司祭は少女が毒にかかってからずっと不眠不休で応急処置を続けていたのではないのか。コシンジュはバツが悪い思いにかられた。
「オレは、オレはなにをすればいい?」
「あなたが神に祈っててください」
コシンジュはうなずいて、そばにあったイスに腰かけた。
そして両手を組み、ヒザに押し付けて祈る。
神様。どうか、この幼い少女を助けてやってください。
もし彼女の身に何かあったら、この旅の大きな心残りになるでしょう。いや、そんなこと言ってる場合じゃないな。とにかく、オレのせいで何も関係のない人が犠牲になる。
そんなことはまっぴらごめんです……
気がつくと、コシンジュはイスのすぐわきにあった小さいテーブルにうつぶせになっていることに気付き、あわてた顔をあげた。
正面に目を向けると、メウノと司祭が同じようにしてベッドにうつ伏せになっていた。
コシンジュはあわてて立ち上がる。
ひょっとして少女の顔に白いハンカチでもかけられているのではないか。
全身に鳥肌が立ちながらも少女に目をやると、ハンカチをかけられているどころか今は安らかな顔でぐっすり眠っている。
コシンジュはほっと胸をなでおろした。
今回もなんとか、自分たちのせいで死人が出るのをなんとか防ぐことができたようだ。そう思いながらメウノと司祭に視線を送る。司祭はわからないがメウノもまたぐっすりと眠っている。
あくびをしながらも、コシンジュは音をたてないよう静かに部屋を出る。
広めの部屋にも、何人かが壁にもたれて眠っている。その中に剣を大事そうに抱えるイサーシュと、同じように杖を抱えるロヒインの姿があった。
ヴィーシャの姿はない。きっとあいつのことだからずうずうしくもベッドを借りているんだろう。
コシンジュはその部屋の扉も開けた。
すると目の前は明るい霧でおおわれており、心地よい涼しさが全身にまとわりついた。
コシンジュは広場の中央、井戸のわきまで歩いた。深く息を吸いながら、背負う棍棒を手に取る。
目の前までもっていくと、両手でそれを構え、上に持ち上げてまっすぐ振り下ろした。メウノの必死の治療のおかげで胸の痛みは消えている。
もう一度振り下ろす。今度は斜めから、横から。後ろに向かって。目の前に昨夜の巨大な獣の姿をイメージしながら。
あの時、ビビらずに敵をきちんと攻撃していれば。コシンジュはその前のガルグールと戦った時に覚えたコツ以前に、強大な敵と戦うための心構え自体ができていなかった。それを痛いほど思い知る。
痛感したと同時に、急に足に力を感じなくなった。コシンジュはその場に力なくひざまずいた。
そして朝の寒さが全身にしみてくる。ついでに吐き気すらこみ上げてきて、そう言えば昨日の夜から何も食べていないのに気づく。なのに、空腹すら感じることができない。
頭の中を、恐怖が埋めつくす。今まで戦ってきた魔物たちに加え、その横にはなぜか見たこともないような化け物の顔が次々と並んでいる。絶え間ないほどみにくい顔がどんどん頭に浮かんできて、ようやく最後に現れたもの。
霧の中は何も見えないはずなのに、目の前いっぱいに巨大な影が浮かび上がる。
いまだに会ったことがないはずなのに、想像力がふくらんで、自分なりの魔王像が勝手に浮かびだすのを止められない。
それを目にしたとたん、全身の血の気が引いた。
そのあまりに巨大な影はいつでも自分を踏みつぶすことができる、そう言わんばかりのようだ。
こんな化け物に、自分は勝てるのか。いや、その前にそいつの足元までたどり着くことができるのか。
次の戦いで生き残れる、そんな保証すらできやしないのに。
コシンジュはおもむろに、力なくにぎる棍棒を目の前に持っていった。
その瞳はこれ以上ないほどに見開かれていた。
いくらこれで保障されているとは言っても、こんな小さな武器だけを頼りに、昨日のような化け物と戦い続けるなんてバカげてる。本当にバカげてる……
本当にバカげてるっっ! なにを考えているんだオレはっ!?
オレは神様に選ばれた勇者なんだぞっ!? オレはずっと思い描いてたんじゃないのかっ!?
勇者になるのはオレの夢であり誇りだったんじゃなかったのかっ!?
今さら逃げ出そうなんて何ゼータクなこと言ってんだよっ!
コシンジュは心の闇を振り払い、棍棒を握る手に力を込めた。
そしておもむろに立ち上がり、目の前の巨大な影に向かって思い切り棍棒を振りかぶった。
少しだけ、その姿がにじんだ。コシンジュはそいつにもう一度棍棒を叩きつける。もう一度、もう一度。
「……朝から練習熱心なことだな」
後ろから声がかけられる。すぐにイサーシュだと気づいた。顔を向けずに告げる。
「イメージトレーニングだけじゃ足りねえよ。木の棒でも持って来い。オレと試合しろ」
相手は少し沈黙した。そしてため息まじりに告げる。
「今のお前じゃ、まだまだ俺には不足だ。敵を目の前にしてビビっているようじゃな」
まずいとはわかっていても、コシンジュは振り返ってにらみつけてしまった。
目の前に現れたイサーシュは動じることもなく首をすくめる。
「お前は、化け物相手にビビってねえって言えるのかよ」
イサーシュは少し押し黙る。しかしすぐに首を振った。
「怖くない、そう言ったらウソになるさ。だけどお前ほどじゃない」
「オレが木の棒持ってくるっ! 逃げんなよ!」
コシンジュはその場を去ろうとした、その時だった。
「お前の弱点を言ってやろうか」
コシンジュはイサーシュをすり抜けようとした立ち止まる。顔も見ないうちにイサーシュは口を開いた。
「お前、旅に出るまでずっと先生しか相手にしてなかっただろ」
コシンジュはハッとしてイサーシュの横顔を見る。
先生とはもちろんコシンジュの父、チチガムのことである。髪を後ろで束ねた剣士はこちらも見ずに言う。
「ずっと同じ相手に戦い続けてきたんだから、未知の敵に対応できないのも当然だ。
世の中には、いろんな戦い方をする奴が山ほどいる。俺も経験豊かってわけじゃないからえらそうなことが言えるわけじゃないが、それでも道場には大陸じゅうから修行者がやってくるから、それを痛感することはできる」
そしてイサーシュはこちらに目を向けた。真顔でどう読み取っていいのかわからない。
「旅に出はじめた時のお前は妙なテンションで自覚がなかったようだが、ようやくこの旅の恐ろしさに目が覚めたようだな」
コシンジュはツバを飲み込んだ。
イサーシュにはわかっているのだ。自分が今、どんな立場に置かれているのか。おそらくロヒインもそうだろう。
なんだかバカになった気分だ。自分が勇者になれたことに浮かれて、そんな簡単なことにも気付いていなかっただなんて。いや、実際バカか。
情けない顔でも見せてしまったのか、イサーシュは鼻で笑った。思わず顔をしかめると、相手はコシンジュの肩をポンと叩いた。
「お前も強くなれ。俺だって例外じゃない。お互い必死にもがいて、この旅で生き残る術を学べ」
一瞬相手の言っていることがわからなかった。ところがその意味がわかると、おどろいたコシンジュはイサーシュの方向を向いた。
すでに後ろ姿の彼は、何も言わずに屋内に消えた。
コシンジュはぼう然とそれをながめた。あいつもまた、この先どうすればいいのか迷っている。そう直感した。
一行が村を出発したのは日がだいぶ昇ってからだった。
メウノが力尽きて休んでいるあいだ、コシンジュは水浴びをして身支度を整えた(みんなに止められたのだがそこはゆずれなかった)。
手を振る村人たちに見送られ、コシンジュ達は再び馬にまたがり街道を進んでいく。
「はあ、今回はさすがに疲れましたね。正直今までで一番危なかったかも……」
そうつぶやくロヒインにヴィーシャが反応する。
「アタシぶっちゃけこの旅後悔し始めてきたかも」
コシンジュは今朝のこともあったので何も言うまいと思っていたが、一瞬戻そうとした視線をもう一度ヴィーシャに向ける。
「ヴィーシャ。お前コボルトから奪った武器は?」
言うと相手に思い切りにらみつけられた。
「なに言ってんのあんたは? あんな薄汚い化け物の武器をいつまでも持ってるわけがないじゃない」
「じゃあなんで自分の武器を持たないんだよ。銃なんて一発使っちまえば再び使うのに時間がかかんだろ? それなら常にいつでも使える予備の武器持っといた方がいいだろうが」
「イヤだ。荷物がかさばる」
「お前良くそんなんでオレらについていこうと思ったなっ!」
すっとんきょうな声をあげるコシンジュ。ヴィーシャは自信満々に胸に手を当てた。
「それにアタシは盗賊よ?
盗みのテクさえあれば相手から奪い取っていつでも自分のものにできる。簡単よ?」
「命がけの旅に変な哲学持ってくんなっ! あと敵が武器持ちじゃない場合なんていくらでもあるだろ!」
「敵が持ってない場合は味方から盗む。メウノなんてナイフいっぱい持ってるじゃない」
「そんな理由で懐をまさぐられるメウノがかわいそうだよ!」
ヴィーシャと同じ馬に乗るメウノが自分の胸をおさえるのを見て、コシンジュははっとした。
「あ、気づいた。お前の本当の目的」
ヴィーシャが口をとがらして「なによ、言ってみなさいよ」と言うのでコシンジュはまっすぐ指差した。
「お前、オレたちの持ち物から何かちょうだいする気だろ。言っとくけどオレらそんなに金持ってねえからな」
するとヴィーシャはあきれたように両手のひらを上にあげて首をすくめた。
「はんっ、なに言ってんのよ。アタシから見れば、あんたたちの持ち物宝の山よ?」
コシンジュはどこが、と言わんばかりにまわりを見回すが、そのうちに自分の背中に意識が向いた。とたんにがく然とする。
「……はぁっ!? お前、何考えてんだよっ! こんなもん盗んだら神様のバチが当たるだろっ!?」
ヴィーシャは悪びれることもなくこちらに向かって手を仰いだ。
「心配しなくてもすぐに取り戻せるわよ。そいつをいただいたらすぐにタチの悪い商人に売りつけてやるから、あんたたちはそいつからブンどればいいだけよ?
そうしてるあいだにアタシはさっさとトンズラってわけ。どう? なかなか有意義な目的でしょ♡」
「こ、こいつっ! 相当タチがわりいっ!」
思いきりなじるコシンジュにも当の本人はのんきにアハハ、と笑うだけだ。
「ついでに言うとお前、目的を果たすまでずっとオレらについてくつもりだろっ!? うちの王様とかわした時の反応もなんだか軽々しかったしな! どうせお前は口約束だと思ってんだろ!?」
「あら、バレちゃった? さすがは勇者さま、なんでもお見通しね」
「お前にどんな技があろうが、絶対にコイツは渡さねえからなっ!」
ムキになって背中の棍棒をにぎると、ヴィーシャはこちらに向かって身を乗り出した。
「あら、ここまで素直に白状するだけでもありがたいと思わなくて? タチの悪い盗賊だったら何を言われてもしらばっくれてるわよ?」
「やっぱりお前、ぜってえかわいくねぇ~っっっ!」
わめきたてるコシンジュ。それをながめる仲間たちは温かく見守る。一時は深く落ち込んでいたが、なんとか持ち直した彼に皆が胸をなでおろしていた。
こういう楽しい瞬間があるからこそ、旅は楽しいと思えるのだ。
つらいこともあるけれど、もしすべてを終わらせることができればそれも含めていい旅だったと思えるようになるだろう。
それを口に出さないながら、誰もがそれを心のそこで胸に刻みつけていた。そんな彼らを乗せて、馬たちは南へとゆっくり進んでいく。
途中、ロヒインが後ろを振り返った。だけど怪しい雰囲気ではなかったのですぐに視線を戻す。
まさかそこにいる人物が自分たちのよく知るものだとはまるで気付かずに。その人物がドキリとして一瞬馬を止まったとも知らずに。
ついでに本当に怪しい者もついて来ているのだが。ソイツについては、また別のお話。




