第7話 森の木かげのボランティア活動~その1~
広い大草原、長い道のりを4つの馬が進む。
その上に乗っているのはどれも若い男女の姿だ。
それぞれ思い思いの装備に身を固め、旅の目的が危険なものであるということを如実に示している。
見渡す限りの草原には時々雲がかかり、日に照らされたあざやかな緑と、おさえた緑のツートンカラーを映し出している。
一行はそれを感動的な目で眺めていた。
一行の1人、魔導師ロヒインが勇者と呼ばれている戦士、まだ年端もいかない少年コシンジュのとなりにやってきた。
「コシンジュ、ここからが本番だよ。いよいよ本格的な大冒険の始まりだね」
「ここから先は、オレも進んだことがないからな。オレにとってはすべてが初めてだ」
そして前方を進む2人組の女性に目を向ける。
「ちょうどよかったよ。なんだかんだ言って姫さまがいてくれて助かった。
彼女ならいい道案内になってくれる」
すぐ後ろにいるイサーシュが不満げにもらす。
「そんなこと言ってる場合か。もし彼女の身に何かあればこっちの責任になる。
もしこのことがベロンに知れ渡れば重大問題だぞ」
「わかってるよそんなこと。ただ少しでもポジティブなことを言って気持ちを盛り上げたいだけだよ。
ったくそんなこともわかんねえのか」
「あ~、あ~! 後ろでアタシのウワサ話をしている奴らは誰かな~!」
「なんでもありませんよ~!」と言いながらコシンジュは前を進み、後ろにメウノを乗せたヴィーシャの横まで来て問いかける。
「ヴィーシャ。お前結局のところ、なに考えてんだ?」
「なんなの? まるでアタシに隠し事があるみたいな言い方じゃない」
「とぼけんなよ。お前、本当の目的はなんだ?」
言われた瞬間ヴィーシャはフードを外して不機嫌な顔をする。
こうしてみると金髪がはえる超美人なだけに非常に残念である。
「どうしてそんなこと言いだすのさ」
「盗賊が単なるボランティア精神で勇者のお手伝いなんかするわけないだろうが」
「まあ、そう言われればそうですね」
後ろのメウノが空を見上げてつぶやく。一方のヴィーシャは呆れるように首をすくめる。
「さすがは勇者さま、全部お見通しってわけね。勉強はからきしのくせに」
「なっっ! お前どこでそれを!」
「あんたたちの会話、盗み聞きしちゃった。
当然でしょ? 盗賊にとって情報収集は基本中の基本よ?」
「てんめぇ~~~っ! やっぱりかわいくないっっ!」
コシンジュは拳を握ってプルプルと震える。
「はっはー! あんたみたいな青臭いガキにそんなこと言われてもくやしくなんかありませんよ~だ」
「ちきしょ~!」と悔しがるコシンジュをよそに、メウノがヴィーシャの横顔を覗き込むようにしてたずねる。
「そう言えばヴィーシャさま、あなたさまのご年齢いくつなんですか?」
「そ、そんなこと聞いてどうすんのよ」
「いや、ちょっと気になっただけです。無理にお答えなさらなくても結構ですよ」
するとヴィーシャは冷たい視線を彼女に向けた。
「人に年齢をたずねる時は自分から名乗るのがスジよ」
「私ですか? 今年で27になります」
「オバサンッッ!」
あまりに失礼なヴィーシャにメウノの表情が固まる。コシンジュはどなった。
「おばさんじゃねえだろっっ! だったらお前いくつなんだよっっ!」
「あたしぃ~? まだぴちぴちの19さぁ~い」
調子に乗ってほおに手をそえるヴィーシャにコシンジュはキレた。
「お前こそうちのロヒインより2歳も年上だろうがっ!
ガチの中世だったらそろそろ『行き遅れ』って言われてる年齢だぞっ!? 人のこと言ってる場合かっっ!」
「うるせえわよっっ! アタシなんて別に結婚しようと思えばいつでも結婚できるんだからねっ!
こんな完全に行き遅れたドブスと一緒にしないでくれるっ!?」
「行き遅れてねえよ! 僧侶は一生独身で過ごす奴もいるんだから事情がちげえよ!
あとドブスもやめてくれっ! パーツの位置はそろってんだから少なくともブスじゃねえよ! 自分が顔整ってるからって完全な上から目線はやめてくれっ!」
「行き遅れたドブス……行き遅れたドブス……」
「だからメウノは必要以上に落ち込むんじゃねえってっ! あと変なこと考えるなよっ!?」
コシンジュは当初の会話目的を完全に忘れていた。
後ろでそのやり取りを聞いていたイサーシュが、ロヒインにぼそりとつぶやく。
「なんだかめんどくさい奴ばかりそろってしまったとは思わんか?」
「……お前が言うなよお前が」
だいぶ日が傾いていたので、この日は道中の宿屋で一泊。
「いっただっきまぁぁすっっ!」
コシンジュは巨大なソーセージにかぶりついた。そして口いっぱいにふくらんだほおを両手で押さえる。
「……お~いち~いっ!」
「ちょっとあんたたち! こんなところでのんきに泊まっていいのっ!?
ここに敵が現れたら宿屋の人たちにメーワクじゃないっ!」
呆れるヴィーシャにロヒインがあきらめたように言う。
「そうしたいのはやまやまなんですけど。
コシンジュ、野宿が続くと身体が洗えないとパニック起こすんです。
川の水でいいじゃないって言ったんですけど、本人はわかしたお湯じゃないとダメらしくて……」
「すごい。見た目通りの食いしん坊なのに潔癖症って……」
もはやドン引きするヴィーシャに変わりイサーシュが突っ込む。
「コシンジュ。お前ロヒインの話聞いてなかったのか? この先の道のりはけわしいんだぞ?
山岳地帯に海、そして砂漠と行き先はどこも簡単に水を使えないようなところばかりだ。
おい話聞いてんのか?」
「そんなこと言わずにさぁ~。みんなも食べなよぉ~。せっかくおいし~んだからさぁ~」
「ダメだ。聞く耳もたない」
「こんな風にして都合の悪いことはシャットダウンするのね……」
「わかったっ! コシンジュの勉強嫌いの原因ってそれでしょ!
コシンジュ頭が悪いんじゃなくって、自分の興味のない分野には全く考えが及ばないんだ!」
イサーシュ、ヴィーシャ、ロヒインが好き勝手ばかり言っていると、コシンジュが現実に引き戻されたかのように真面目な顔で問いかけてきた。
「そう言えばさ、オレらの強さってどんぐらいになってんのかな。
手っ取り早く言えば、オレらって今何レベル?」
「は? ナンレベル? それは俺たちの戦闘力をデータ化したものなのか?
相変わらずお前らの専門用語はわからん」
他の3人はイサーシュを無視してコシンジュの話に加わる。
「それって必要なことなんですか?
あまり数値化するとむしろかえってよくないような気がしますが」
「でも、気になることは気になるじゃない。ねえロヒイン」
メウノとヴィーシャの言葉を聞いてイサーシュが頭を抱える。
「戦闘力を数値化。一体何ケタの数字が並ぶと言うんだ……」
「あっ、ありますよ。レベルを数値化できる魔法」
「「「「マジでっっっ!?」」」」
ロヒインの提案に全員が目をぱっと輝かせた。
いやイサーシュは若干のとまどいが含まれている。
ロヒインはブツブツと呪文をつぶやくと、ステッキを持ち上げてテーブルの中央に「えいっ!」と先端を向けた。
ロヒインはにっこりとほほ笑む。
「これで皆さんのレベルがわかりますよ。頭の上を確認していきましょう」
――コシンジュ クラス:勇者(戦士タイプ) Lv:27
「は? これだけ? たった2ケタしかないのかお前は」
イサーシュがバカにする横で3人は目をかがやかせる。
ヴィーシャがつぶやく。
「へぇー。すごいじゃない。まだ旅の始まりにしてはずいぶんレベルが高いんじゃない?」
「う、うん。多分ガルグールと戦ったさいに、クリティカル的に経験値ボーナスもらったんだと思う。たぶん」
照れながら頭をナデナデするコシンジュに、イサーシュは腕を組みながら毒つく。
「なんだそりゃ。わけがわからん。お前が基準じゃどうやって判断したらいいかわからん」
「簡単ですよ。イサーシュの頭の上を見ればいいんです」
――イサーシュ クラス:剣士 Lv:35
「げっ! あの剣さばきを見てたら負けてるとは思ってたけどまさかこれほど開いてるとはっ!
なんかチョーくやしいっ!」
「俺としてはもっと数字が開いてないのが残念だな」
「もー! コシンジュもイサーシュもそうやってムキにならないっ!
どうせこの先の旅は長いんだからもっとじっくり鍛えていけばいいでしょっ!?」
「じゃあそういうロヒインはどうなんだよ」
――ロヒイン クラス:魔導師 Lv:48
「はあっっ!? よんじゅうはちぃぃぃぃぃっっっ!?」
すっとんきょうな声をあげるコシンジュ。イサーシュは冷静にたずねた。
「それってまずいことなのか?」
「まずいもなにもっ! まだ旅も始まったばかりだっていうのになにこの積みよう!
もう中盤くらいのレベルいってんじゃねえかっ!」
責められたロヒインは苦笑する。
「あはははは……ま、まあレベルを積んだら積んだで多少の相手じゃいい経験値もらえなくなるっていうことですから、みなさんもうちょっと落ち着いて……」
――メウノ クラス:僧侶 Lv:40
「うそ……迫ってる……」
「ロヒイン。なぜあせっている? 先ほどの言葉は単なるなぐさめか?」
イサーシュの冷徹極まりないつっこみにメウノは申し訳なさそうに笑う。
「い、医者としてのキャリアが評価されたんでしょう。
対して戦闘スキルはそれほどではありませんので、そちらが今後の課題になるでしょうねぇ……」
――ヴィーシャ クラス:盗賊(王女) Lv:20
全員が押し黙った。ヴィーシャは4人を一瞥する。
「なによ。どうせアタシはまだまだ駆け出しですよ。
魔物とほとんど戦ったことのないあたしが出遅れるのは当然ですよ」
「あ、いいんだ姫さまは。身分の高いお方だから進んで前に出なくても」
「なに気を使ってんのよコシンジュっ!
どうせあんたもレベルの低さを強力な武器でおぎなってるクセにっ!
わかってるでしょっ!? アタシにだってこれがあるんだから!」
そうやってヴィーシャはふところの銃を見せる。
「おっしゃるとおりですが、短銃は装填に時間がかかります。
火薬と弾丸を別々に詰めるわけですからより問題は深刻でしょう」
「火薬と弾丸をセットにできる発明があればいいんですがね。
伝書鳩を使ってノイベッドさんと相談してみましょうか」
まじめに意見交換するロヒインとメウノをよそに、ヴィーシャは大人げなく両手をブンブン振った。
「もぉ~っ! いいわよっ! アタシは少し後ろに引っ込んでればいいんでしょっ!?
見てなさい! 離れた場所からも百発百中させてやるからっ!」
姫のそんな調子に苦笑しながら、4人は楽しい夜を過ごしていた。
暗い大広間の中、若き魔王はなぜか白い長髪を振り乱して激昂する。
「ばぁかもんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
「申し訳ございません」
離れている場所にいるマントに身を包んだ男は本当に反省しているかわからない表情でひざまずく。
「なにを考えておるっ!
よもや地上に送った部隊を2手に分けて、たった1名を勇者どもに差し向けるとはっ!」
「申し訳ございません。
私がついておきながら、このような事態になってしまいまして」
マント男の横にいる老人が一緒に頭を下げる。魔王はすぐにそちらを指差した。
「お前は黙っておれルキフールっ!
ブラッドラキュラー! 貴様の考えを述べさせてやろうっ! 返答次第では容赦しないぞっ!」
ブラッドラキュラーは青白い顔を持ち上げて真っ赤な瞳を魔王に向けた。
「はい。わたくしが考えた計画は、非常に巧妙なものであります。
ですから準備にかなりの時間がかかりまして、ガルグールにはどうしてもその時間稼ぎをしてもらわねばなりませんでした」
「だったら皆まとめて街に向かわせればよかったではないかっ!
手勢が多ければそれだけ勇者どもが不利になるではないかっ!」
「それはやめた方がいいでしょう。勇者たちがいたミンスターにいる戦士たちはみな優秀です。
いずれ時を迎える大戦においても大きな障害となるでしょう。
街の住民たちが比較的警戒心がゆるいほど、こちらは油断を許さない状況でした。
そうした中に我ら地底魔団の精鋭を送るのは危険な場所なのです」
魔王はブラッドから身体をそむけ、腕を組んでどことでもない場所をにらみつけた。
「フン、どうだかな。
聞くところによると勇者にやられたガルグールという奴は、お前のところの厄介者だったそうだな。
ツラ汚しのジャレッドやゴッツと合わせて体よく処分したのが真相じゃないのか?」
「まさか。いくら目に余る存在とは言え、戦力になるものを処分しようだなどとは思いません。
ガルグールに勇者を倒させることができれば、それはそれで万々歳。
実際、今まで送られた刺客の中で勇者に実質的な手傷を負わせることが出来たのは奴だけです」
「ぬかせ」表情を変えない魔王に対し、ブラッドはさらに続けた。
「このような事態になってしまい恐縮なのですが、その上もうひとつお願いがございます」
「言ってみよ」
これはルキフールが言った。ブラッドは彼に向かった。
「はい。送りだした別動隊は着々と準備を進めておりますが、勇者どもを迎えるための支度がまだ完了しきっておりません。
申し訳ございませんが、いましばらくの時間かせぎを」
ルキフールはアゴをなでつけ考え込んだ。
そして手にした杖でこんっ、と床をつついた。
「よかろう。新たなる刺客にはファブニーズの配下を送る。
奴にとっては最後の機会となるだろう。
手柄を奪われなければよいがな」
ブラッドラキュラーは最後にニヤリと笑うと、動ずることなく頭を下げた。
「はあ、もう疲れた……」
玉座に座った魔王はひじ掛けをついた手で額をおさえた。
翌日、早朝に宿屋を起った一行は、森を目指して南下する。
馬を歩かせているだけでもう半日が経過していた。
コシンジュがたえきれない様子でつぶやき始める。
「それにしてもけっこう時間がかかんだな。
この先森なんだろ? 一体いつになったらつくんだよ」
「はあ? あんた勇者の村からの距離だけで全部判断してない?
そんな簡単にベロンまでたどり着くはずがないじゃない。
次の目的地まではずっとずっと先のことよ?」
生意気な口を聞くヴィーシャに男の姿に戻ったロヒインがたずねる。
「姫はいつもこの道を通られる際にどの程度の距離がかかっているんですか?」
「なによブ○イク。アタシにえらそうな口を叩くんじゃないわよ」
ロヒインは細い目をして相手を凝視する。
見かねてコシンジュが声をあげた。
「ブ○イクはないだろブ○イクは!
なに? あんたそうやって人ののしるのマイブームっ!?
それとロヒインはそんなえらそうな口叩いてないと思うよっ!?」
コシンジュのツッコミを無視して姫は思い返すかのように空を見上げる。
「うーん。いつもは馬車に乗った行列で2週間以上は余裕でかかるかなぁ。
今乗ってる普通の馬を使えばもうちょっと時間短縮できると思うけど。
走らせれば1週間は切れると思う」
「えぇ~っ! そんなに時間かかんのかよぉ~! 長すぎじゃね~?」
「だからあんたはどんな基準で世界の広さを図ってんのよ!
だいたい勇者の村と首都の距離が近すぎるからそんな尺度でしかものを考えられないのよ!」
2人のくだらないやり取りにイサーシュがあくまでもまじめに割り込む。
「コシンジュ。森を抜ければさらに過酷な道が待っているんだぞ?
まずは山岳地帯を抜ける。これはベロン国をはさんで小山脈と大山脈で構成されており、特に大山脈はまわりこめばそれこそ1カ月以上はかかる。
洞窟を抜ける、あるいは登山するとしても、最低でも8日はかかるだろう。
さらには船に乗って海を渡る。大型船でも1週間以上はかかるそうだ。
そして最後の大砂漠地帯。徒歩以外は通じないうえ、足場も砂浜のごとく悪いと聞く」
「キメキによると、3週間は不毛地帯を出られなかったって話よ」
とどめを刺したヴィーシャにコシンジュは頭を抱える。
「ダメだ。もうスケールがでかすぎて把握できない……」
「まとめてみるとこうなりますよね……」
・カンパティア大森林馬で急いで7日以上 徒歩なら3週間以内
・マンプス山脈直進でも8日、う回路なら1カ月
・ミドテリア海大型船で1週間以上
・ペレーネ大砂漠徒歩で3週間以上
合計最短 45日程度最長 4か月以上
「うわぁ~! なにそれぇ~!? めちゃめちゃ時間かかんじゃ~んっっ!」
「文句言わないっ! 旅は長いほうが面白いでしょうが!」
ロヒインの叱咤にもかかわらずコシンジュは正々堂々と落ち込む。
「一体この旅の中で何回風呂がおあずけになるんだよ……」
「出た、主役にあるまじき潔癖症キャラ……」
ヴィーシャが相変わらずドン引きしていると、すぐ後ろにいたメウノが前方を指差した。
「あっ! 前方に何か見えましたっ!」
5人はちょうどなだらかな丘を登っていく形になっていたので、登りきったとたん地平線のあたりに濃い緑色のギザギザ模様を発見した。ヴィーシャが意気揚々と応える。
「お疲れ様。あれが例のカンパティア大森林よ。いよいよ最初の難関に到着ね」
「最初の難関? ただバカでかいだけの森だろ? 馬で抜ければ問題ないだろ」
状況がよくわからないコシンジュを姫は鼻で笑う。
「バカね。いったんあの中に入れば敵がどこで待ち伏せているかわからない。
それでもって森の中に誘いこまれればそこは天然の大迷路。
そうなったらもうどこをどう行ったらいいかもわかんなくなっちゃうわけ。
あの森はそれくらい広大なのよ」
「うへ~、あんなかも十分気が抜けないな。野宿が続くのも覚悟しとかなくちゃ」
「そっちの心配かよっ!」
姫がコシンジュにツッコんでいるあいだに、ロヒインは指で輪っかを作り広大な森をながめる。
「この調子なら、日が沈む前に森の中にたどり着けそうですね」
「森の入口にはドブロク村があるわ。そのあとは村々の距離がだいぶ離れているの。
どうしても宿に泊まりたいのなら多少急いだ方がよさそうね」
ヴィーシャの的確なアドバイスにイサーシュはうなずく。
「日暮れは遠くない。今日はあの村に泊まるとしよう。
いろいろ村人から話を聞きたいしな。
姫は行列を連れての往復だから、なにげに知らないこともあるだろう」
「ていうか姫ミンスターの城に来るときは行列連れてったんだよね! 帰りはどうしたのっ!?」
コシンジュのあわてた質問に姫は平然と答えた。
「ああ、あれ替え玉」
「替え玉ぁっ!?」
「当然でしょ? いざという時のために影武者を用意しておくのは王家のたしなみよ。
とはいってもアタシの侍女がなり替わっただけだけどね」
「そのぅ、その方は姫が盗賊だと言うことをご存じなんでしょうか」
姫が「ん、知らないわよ」と言うと、質問したロヒインが「かわいそう。事情も知らずに勝手に変装させられて替え玉にされるなんて……」と小さくつぶやいた。
聞こえているのかいないのか姫は平然としていた。
一方、一行が長い道のりをたどるなか、はるか後方で馬が1匹だけあとをたどるように歩いていた。
それは偶然ではなかった。
その馬上には、コシンジュ達もよく知っている人物の姿があった。
何やらさっきからずっとブツブツとつぶやいている。
「くぅっ! 危なかった! なんとか追いついたようだな!
まさか移動に馬を使うとは。いや、ありえたことだ。
あいつらは先を急ぐ。早い移動手段を使うのは当然のことだ」
屈強な肉体を持つ男は親指の爪をかんだ。
「うかつにもそのことを想定し忘れていた。
しかもあわてて馬を借りてしまって店の人間に怪しまれてしまった。今後は気をつけなければ」
口から爪を離すと、男は目に力を込め前方を進む勇者一行を見すえた。
「この不肖チチガム、いざという時は息子たちの盾となって身を守る!
そうでなくばリカッチャの目を盗んで村を抜けだした意味がない!」
王国一の剣士は、息子離れできないことでも王国一であった。
「……ああ~! リカッチャっ! 1人にしてしまってすまないっ!
今度村に帰るときはとっておきの土産をいっぱい買ってやるからなぁぁっっ!」
そして気持ち悪いしぐさで両手を頭のわきで組む。
王国一の息子思いは王国一の愛妻家とのジレンマに苦しんでいた。
そんな苦悩しているから、チチガムはもう1つの監視の目に気づかないのだ。
ククククッ! この男、あの小僧の父親かっ!
おかげでこちらとしても追いかけるのに好都合だっ!
この魔界一の暗殺者マドラゴーラ、いまだ大義ある使命をあきらめてはいない!
今はこの男の荷物に張り付いて連中を見張っておる!
それにしても馬とはな。
充分考えられたことだが、この男がいなければ永遠に足取りをたどれないところだったっ! 感謝してやろう!
それにしてもこいつ、大男のクセに気持ち悪い奴だな。
なんだよさっきからやたらと妻の名前を口にしてクネクネしやがってっ!
正直馬の揺れと合わさって吐き気をもよおしそうだ。まあ俺は植物で光合成するから胃はないけどなっ!
いずれにしろ、決着は早くしなければならない。
この男には悪いが、魔界のために、そしてなにより俺の将来のために、あの小僧には死んでもらわねばならんのだっっ! うえっ、気持ちわるっ!




